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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第2部 第一章 殺しはキライ

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1話 最期の仕事終わり

 様々な店舗の灯りで煌めく、夏の大阪の街。

 飲み屋の暖簾の向こうでは、串を手にした人々が今日の疲れを癒やさんと、ガヤガヤ語らい、顔を赤くしながらビールを煽っている。

 人々が逸楽の時を過ごす街の中で、キラキラした光とは対照的に、深い闇へと突き進む者がいた。

「はぁ、はぁ……やめてくれ! 来るな!」

 男は息を切らし走っていた。中年といった年の頃。でっぷりと肥えた腹を醜く揺らしながらも、荒い呼吸を整える間もなく、大阪は(しん)(さい)(ばし)辺りの路地を駆け抜けていく。

 どうやら何かから逃げている様であった。

 角を曲がった所で立ち止まると、呼吸を整えようと必死に息を吸っては吐き、吸っては吐き、時折苦しそうに生唾を飲み込んでいた。

「うっ、はぁ、はぁ……。はぁ、追ってきていないか?」

 だらだらと汗が流れ落ち、アスファルトに染みをつくる。体型に合わせてオーダーメイドしたアルマーニのジャケットを脱ぐと、同じくアルマーニのワイシャツの袖で額をぐっと拭う。先程走ってきた路地に顔を出し、辺りを見渡してみるが追っ手の姿は見当たらない。

「ようやく巻いたか……」

 男はやり過ごせる場所を探そうと、目の前にある雑居ビルの裏口らしいドアノブをダメ元で回してみた。そのノブは素直に回転すると、キィという小さな音を立てて扉が開く。どうやら、鍵はかかっていなかったようだ。俺はツイている。神様はまだ俺を見放しちゃ居ない……とほくそ笑み、辺りを警戒しながら、滑り込むようにこっそり中へ入った。


「クソッタレ。俺が何したって言うんだ」

 階段を上りながら悪態をつく男の名は、()(さき)(はる)(おみ)。元国会議員で、現在は天下り、大阪の商社で役員を務めている。無能な部下(彼がそう決めつけている)に囲まれ、抑えきれない苛立ちを解消するために、喉が枯れることも惜しまず怒声を上げ続ける日々。「辞めるヤツも、首を吊るヤツも、何も言わずに飛ぶヤツも、どいつもこいつもテメエの無能が悪い。仕事ができねぇなんて、どんな教育を受けてきやがったんだ」このチャーミングな口癖を原因として多くの反感を買っていることなど、飛びだした鼻毛よりも気にしてはいない。

 そんな彼だが、裏では汚職に手を染めていた。闇から闇に金を流し、マージンをがっぽりと懐に居入れ、甘い蜜を吸っているのだ。

 毎日頑張る自分だから、それくらいのご褒美は当然だろう。自分がいなければ、会社が回らないのだから。会社が回らなければ、皆が路頭に迷う。社長だって分かっているハズだ。だから何も言ってこないんだ。口が付いているのだから、文句があれば言葉にできるハズ。なのだから。

 3階ほど階段を上った先に空フロアを見つけ、忍び込む。ようやく落ち着けると思い、遠目に繁華街の煌めきが見える窓際にしゃがみ込んだ。月光に照らされる床を眺めながら、胸ポケットから取り出したタール14ミリのセブンスターを、腫れぼったい唇で咥える。華美な装飾が施された18金のオイルライターで“ジュッ”っと火を付け、()(えん)(くゆ)らす。

「ふぅー。大体だな、俺が追われる意味がわからん。毎日毎日、使えない部下にどれだけ尽くしていることか。そろそろ裏の連中には気を付けろと言われていたが、所詮は噂だろ」

 辺りに煙がまき散らされる。

 見崎の脳裏に、つい先程の事が蘇る。


 ――それは仕事終わり、心斎橋の辺りで酒を飲んだ帰りのことだった。

 いつもなら、そのまま行きつけの料亭やクラブに行くところだが、たまには居酒屋も良いなと入った店。若手の頃、先輩官僚と連れだって通った店と少し雰囲気が似ていて、懐かしい気分になった。甘辛いタレに身を包み、プリプリと口の中を愉しませる焼き鳥をアテに、何杯かのビールを煽った。ふわふわと気持ちが良い程度の酔いが回った所で店を出て、タワーマンションの最上階に構えた自宅へと足を向ける。タクシーが隣を駆け抜けていくのを横目に歩き始めた。今日は夏の夜の涼しい風が心地よく、歩きたい気分だったのだ。ふと目に入った路地がきっと近道だろうと思い、少年の頃の冒険心を取り戻したように角を曲がってみる。暫く進んだ辺りで、ふと違和感を覚えて立ち止まった。何かは判らない。第六感的な感覚。

 そこで彼が振り返ると、自分の背後に刃物を掲げた青年が立っていた。

(いつの間に、いつの間に、いつの間に!? 死にたくない、死にたくない、死にたくない……)

「ひぃ!」

 見崎は小さく悲鳴を上げ、路地の奥へと走り出す。

 振り返るのが怖かった。

 どこまでも追われている気がして、幾度となく角を曲がりながら走った。

重たい脂肪が嘲笑うように躍っている。

 息が切れた、足は痛くて痛くて仕方がない。

 もう限界だと足を止めたのが、つい先程のことである。


 自分の命が狙われている事実から目を背けたいのか、男の独り言は続く。

「殺し屋なんて、フィクションだ。作り話だ。ありえん」

 再び煙を吐き出したときだった。見崎は異変に気がつく。

「何か、今日は一段と煙が濃いな……」

 いつもなら直ぐ視界から消え、辺りに散っていくはずの煙が自分を取り巻いて漂っている。

 見崎は三度煙草をくわえると、口内に止めた煙を辺りの空気と共に吸い込んだ。

「あれ、おかしいな……」

 いつもは平気なのに、煙草の煙で頭がクラクラしたのだろうか。やけに頭がぼうっとする。

 焦点が定まらないまま前方を眺めていると、次第に煙が晴れていく。なんだ、ただの滞留かと思っていたら、いつのまにか目の前に、日々怒鳴りつけている部下達が立っていた。

「お、お前ら、こんな所で何を……」

 いつも通りスーツを着ている部下たちは、どこか様子がおかしく、手には銀色に煌めく得物を握っていた。ゆらゆらと人影が自分に近づいてくる。

「お、おい、やめろ。そんなモノを!」

 退路を探そうと左右を見たときには、既に囲まれていた。

「お前ら、わかってるのか! それ以上俺に近づいたら、減給だ! 残業代もナシだ! 二度と休日なんて来ないと思え!」

 脅し文句をひとつも聞き入れず、両脇に回り込んできた部下たちが、見崎を取り押さえる。誰も一言も発さない。まるで無機質な人形のように淡々と、しかし、力強く彼を押さえ込んだ。

「やめろと言うのが判らんのか! この能なしどもめ!」

 押さえつけられるれる中、正面の者が月光を反射させ目映いほどに輝くナイフを、彼のでっぷりとした腹に向かって振り下ろした。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ」

 悲鳴がビル中に木霊する。血をまき散らしながら無我夢中で暴れる()(なか)、微かに知らない声を聞いた気がした。


 とうろうにひをくべましょう――と。


 真っ赤に染まる視界の中、走馬灯が流れ始める。

 

 ――幼い頃から正義感に溢れ、成績優秀、品行方正と評価されてきた彼が政治家を目指すというのは、周りにとっても自分にとっても、至極当然のことだった。親も親戚も学校の先生も、みんな彼を認め、応援した。彼もそれに応えるように努力し、勉強を続けた。だが、大学は一浪した挙げ句、滑り止めの私立にしか受からなかった。それでも、そこは政治家を幾人も輩出した名門校であった。これは(てん)(けい)だと、大学に入ってからも、サークルや色恋など、所謂青春と呼ばれるものには目も向けず、(けい)(きょ)(もう)(どう)な日々を送る同級生達を見下し、俺は特別なんだと言い聞かせ続けた。その甲斐あって、努力は実を結びストレートで入庁。最初こそ上手くいかずに(つまず)くこともあったが、更に上へ上へと先を目指す彼の向上心は努力の手を止めさせなかった。

 そして気がついたときには国会議員として、国会の席に座っていた。

 それでも、その地位は彼にとってのゴールではなく、社会をよりよくするための通過点に過ぎなかった。居眠りするダイセンパイを、ロウガイと心の中で()()しながら、自分はそうなるまいと肝に銘じた。

 議員の繋がりで紹介された3つ年下の女性と結婚したのが、30歳を少し過ぎた頃。2男1女に恵まれ、新しい日々に胸を躍らせた。国民のために、家族のためにもっと頑張ろうと素直に思った。

 家族と議員の両立も、次男の誕生くらいまでは完璧に勤め上げようとしていたが、長女が生まれると、次第に“妻に任せれば良い、俺は上級国民なんだ”という思想に取り付かれ始めた。俺は家族なんていう小さな単位に縛られない。俺は国を動かすキーマンなんだ。誰も彼も、この日の本の国で生きていられるのは、“俺の”お陰なのだ。

 議員としてだけの人生に戻った。膨れ上がった自尊心は、正義感というモノをどこかへ流しやり、努力も責任感も忘れ去らせた。彼は歳を増す毎に私服を肥やすことを覚え、高級料理で身を肥やし、定年間際で天下り。自分の城を手に入れた。

 胸を張って幸せと言える、満ち足りた人生だったのに、何故こうも(くう)(きょ)に感じるのか。

 自分はどこかで間違えてしまったのだろうか。

 なあ、教えてくれ。だれか、教えてくれ。

 妻も子どもも愛していたはずなのに、なんでそんな冷たい目で俺を見るんだ。

 なあ、教えてくれ。

 ――おれはどうすれば、よかったんだ?

 悲鳴を上げている彼は、遅いと知りながらも、後悔の渦に飲み込まれていった。


「はいはい。夜中に騒いだら、近所迷惑ですよって。ほんま勘弁な~」


 煙の中で1人、悲鳴を上げながらジタバタする哀れな男。その側に、いつの間にか1人の青年が立っていた。部下に刺されたはずの見崎は、依然、体から一滴の血も流していない。

「逃げるやなんて、手間掛けさせんなや」

 ため息を吐きながら、青年は見崎の側にしゃがみ込むと、顔を覗き込む。

「おっさんも、もっと早う自分の行いを悔いていれば良かったんやで。って、聞こえてへんか」

 青年は腰から匕首(あいくち)を抜き取ると、返り血ががかからない角度で、喉笛を掻き切った。

 見崎は息絶えるまで何度も悲鳴を上げていたが、声になる事はなく、傷口からヒューヒューと不気味な音が漏れるばかりだった。

 青年は段々青ざめていく男の姿を見つめ、そっと手を合わせた。

 

「あーあ。ほんま、殺しは嫌いや」


 青年はやれやれと立ち上がると、スマートフォンを取り出し、電話をかける。

「あ、どうも。蝶ヶ澄です~。今、仕事終わりましたよって、掃除屋さん頼みます~」

 それだけ言うと、再び闇の中に消えていった。

 

 *


(げん)(ぼう)様~朝ですよ~」

 その声に反応して、頭まで掛け布団を被った青年が蠢き出す。

「もうちょい寝かせてや~」

 返事が返ってこない事に張り合いを感じず、抵抗するのが馬鹿らしくなった彼は、もぞもぞと布団から這い出すと、のろのろと立ち上がり、とろとろと洗面所へ向かっていった。

 幻望と呼ばれた彼の名前は、フルネームで(ちょう)ヶ(こ)(すみ)(げん)(ぼう)という。

 元・手出し無用の五家が第肆席(だいよんせき)。蝶ヶ澄家の次期当主候補である。

 巷に『(はな)ヶ(が)(だけ)(そう)(どう)』と呼ばれる一件から早一年半近い月日が流れていた。表の世界は何も変わってはいない、いや、確かに変わっているのだが、誰もその異変に気がついていないといった方がいいだろうか。それでも、裏の世界は分かりやすく、大きく変わった。

 手出し無用の五家が集う()()()(かい)は解体された。(りょう)()(がい)(じゅ)(じゅつ)使()(よう)(きん)の緩和は事実上の撤廃であり、()(じゅ)(きょく)()(じゅつ)(じゅ)(じゅつ)(かん)()(きょく))自体は機能しているものの、制約が減った世界は闇が少しずつ裾野を広げ、混沌と化していっている。しかし、流石は五家に祭り上げられていた大家。下剋上をもくろむ派閥の台頭を許さず、法としての地位を失った今も、トップであることに、変わりはなかった。

「朝ご飯、何~?」

 寝癖を解き伏せ、さらさらのマッシュヘアに学生服の姿で現れた幻望へ、女中がトーストを差し出す。蝶ヶ澄家は道場を構えて居らず、よって門下生はいないが、長い歴史の中で配下に加わった家があり、そこから奉公に来ている者たちによって、家事全般が行われているのだ。

「おっ。くるりん堂の食パンやん」

 くるりん堂は、彼お気に入りのパン屋である。

「いただきます~」

 彼の背後、居間の壁には現在二つの家紋が掲げられている。一つは蝶ヶ澄家の(ちょう)(もん)であり、もうひとつは――(ものの)()()のものだった。

 大家を筆頭にした力関係が変わっていないのは先述の通りだが、勢力図には変動があった。元より人間に与する事へ疑問を持っていた、化狸一族(ばけだぬきいちぞく)(たま)(ずさ)()、呪術よりも暴力の世界に身を置く、殺屋一家(ころしやいっか)(ちょう)ヶ(が)(すみ)()。旧・五家議会第参席と第肆席の両家は、物部が暴れた日を境に、そちら側へ与すると全国的に宣言した。呪術界に激震が走ったのも既に懐かしい記憶である。それでも直ぐに討伐だ、戦争だとはならないまま、現状、日本の呪術界は東西に分裂し、一触即発のにらみ合いを続けているのだった。

「んじゃ、いってきまーす」

 幻望は日常の光の中に消えていった。彼は17歳。現役の高校生である。


どうも~暴走紅茶です!!

今回もお読みくださり、ありがとうございます!!

今日から隔週更新で物語を進めて行きますよ~。

ところで、昨日のあらすじはお読みいただけましたか? 智鶴たちのこれまでを振り返っておくと、これから先、もっと楽しめると思いますよ!

……あれ? 主人公が智鶴じゃない?? この物語、一体どうなるのか……。

乞うご期待!!

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