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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第八章 これにてマクヒキ

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18話 別れの挨拶

 昇りきっていない朝日が山間から滲み出るように薄暗く街を照らしている。あたりの小鳥も夢うつつの時間。さえずりさえ聞こえてこないほど、深とした早朝。智鶴が一人で旅立とうと、玄関を開けた。

 12月の寒波が身に染みる。

 大門の前には、(どう)()()(はや)()(かむ)(くら)(かん)()が立っていた。

「2人ともどうしたの? 私何も言ってないのに……」

「言わなくても、わかる。ずっと、この日、来ると、思ってた」

「わっちらを置いていこうなんて、水くさいヤツだな」

 百目鬼と栞奈が、笑みを湛えて智鶴を待っていた。

「二人とも……。もしかして、ついてくる気なの?」

「当たり前」「勿論だ」

 声を揃えて、首肯で応えた。

「そんな、お爺ちゃんは……」

「わっちらも門外業務だ。これからも一緒だな!」

「もう、ホント……」

 智鶴の目尻に、ほんの少し涙が浮かんだ。

「じゃあ、行くわよ!」

「ちょっと待って、その前に」

「何?」

 意気込んだ智鶴に、水を差す百目鬼。彼が催促すると、2人の背後から、少女が現れた。

「……日向! なんで?」

「昨日ね、百目鬼君が連絡をくれて。……会いに来たよ」

「……」

 (きの)(した)()(なた)がもじもじしている。対して智鶴は、どうしていいか分からず、彼女の顔をみたまま固まっている。

「ちーちゃん、学校にも来ないし、どうしたのかなって、思ってて。またお家のことかなって。だから、私は待ってれば良いかなって思ったんだけど。百目鬼君が、きっと今逢わないと後悔するかも知れないって」

「学校に行かなかったのも、黙って出て行こうとしたのも悪かったと思ってるわ。でも、これは日向にすらも言えない事なの」

「幼馴染みなのに? 親友なのに?」

「ごめんなさい。本当にごめんなさい。守らなくてはならない家の掟なの」

「そっか。分かったよ。でも、私もちーちゃんに、謝らなければいけないことがあるの」

「何かしら?」

 日向が自分に謝る事なんて無いはずなのにと、何を言われるのかハラハラした。

「ごめんなさい! 私、智鶴ちゃんお家のこと、知ってしまったの!」

 ガバッと豪快に、頭を下げて謝罪した。

「これ、読んで。それで、この中に書いてあることは、知ってる」

 日向が差し出してきたのは、『千羽家之歴史』だった。

「何で、これ……」

「地理学の、安心院先生っているでしょ? 部活の顧問の。あの先生が貸してくれて。でも、先生居なくなっちゃって。だから、どうしていいか分からなくて……。今の反応見て、私が持ってて良い物じゃないって思った。これ、返すね」

 返すってのも、おかしいのかなと、日向が混乱していた。

「ああ、そういうこと……」

 智鶴は先の戦いで、(ものの)()傘下の中に、安心院先生の姿を捉えていたから、どうせ物部が日向を使って、自分を動揺させようとでもしたのだろうと結論づけた。

「怒ってる?」

 日向が恐る恐る智鶴の顔色を覗う。

「なーんだ。バレちゃったか。そうなの。私、呪術師なの。引いた?」

 智鶴はパァッと笑って見せた。怒りも幻滅も微塵もない、晴れ晴れとした笑顔だった。

「ううん。引かないよ。でも、まだちゃんと信じてる訳じゃないの」

「それもそうよね。そんなの読んでも、創作にしか思えないのが、正常な反応よ」

 そう言って、片手を掲げた。

「見てて」

 その手をふわりと閃かすと、空から沢山の折り鶴が舞い降りてきた。

「え、どこから? すごい……」

「信じてくれた?」

「うん」

「ずっと言えなくて、ごめんね」

「ホントだよ。学校休んで、気がつくと怪我してて、いつも眠そうで、沢山心配してたのに、心配で、心配で。なのに、何も教えてくれないんだもん。ばか、ばかばか。早く教えてくれたら、私ももっと……」

 日向はそこで言葉に詰まった。知っていた所で、自分に何が出来ただろうと、自問自答してしまう。

「そうね。掟なんてさっさと破れば良かったなんて、最近よく思うのよね。囚われて、縛られて、でも、それに満足もしていた。もしも日向に、家の事が、呪術のことが、仕事の事が、バレたら、距離が出来ちゃうかもって。不安だった」

「距離なんて、出来ないよ。ちーちゃんのこと、大好きだもん。例えちーちゃんが実は人間じゃなかったなんて知っても、きっと、今まで通りだったよ」

「本当に言ってるの?」

「勿論だよ」

 智鶴は()()(かい)()を見せつけてやろうかとも思ったが、生身の人間に()()は辛いだろうと、ぐっと堪えた。

「嬉しい。本当に嬉しいわ。今日会えて、本当に良かった。百目鬼君、ありがとう」

 ゆっくりと百目鬼が被りを振った。

「ねえ、もしかして、お別れなの?」

「ええ、暫くね。でも、きっといつか帰ってくるわ。私、しなくちゃいけないことがあるの」

「そうなんだ。秘密?」

「ええ、秘密よ」

「絶対帰ってきてね? 絶対よ?」

「うん。絶対」

 智鶴と日向が確りと指切りをした。

 笑顔に頬を濡らす一雫。

 日向は、その小指を、百目鬼にも向ける。

「百目鬼君も、行っちゃうんでしょ?」

「うん」

「じゃあ、指切り。ちゃんとちーちゃんを守ってあげてね。百目鬼君も、呪術師なんでしょ?」

「うん。実は」

 そう言って確りと指を絡ませ、約束した。

「で、百目鬼君はどんな術を使うの?」

 指を解いた後、少し遠慮の無くなった日向が、問いかける。

「お、俺の、は……その、きっと、びっくり、させちゃう……」

「びっくり? どんなの?」

 日向がどこか目を輝かせている気がした。

「引くよ?」

「引かないよ」

「本当?」

「本当」

「じゃあ……万里眼」

 百目鬼の全身に眼が開いた。

「うっ……か、かっこいいね」

 ビクッと驚きかけたのを必死に飲み込んで、褒める日向が可笑しくて、智鶴はお腹の底から笑った。こんなに笑うことが久しぶり過ぎて、頬とお腹が痛くなった。

 いつかまた、こうして笑い合えるようになったらいいなと、そんなことを思った。

 そんな4人が居るところに、黒いバンがやってきて、門の前で止まった。

「準備が整ったら、声を掛けてください」

 運転席のパワー・ウインドが開くと、そこから顔を出したのは、藤村馨だった。

「え、藤村さん?」

「ええ、そうですよ。智喜様より、運転業務を給わりました、(ふじ)(むら)(かおる)です」

 (とも)()は底抜けに孫思いだった。


 *

 

 日向以外の3人が車に荷物を積み込むと、窓から彼女に再度別れの言葉を掛ける。

「じゃあ、行ってくるわね」

「うん。気を付けてね」

 ゆっくりと車が走り出す。と、もうすぐ千羽町を抜けると言うところで、フロントガラスに(あやかし)がぶつかってきた。

 キーと車が急停車する。

「え、こんな早朝に、嘘でしょ」

 何度も出端をくじかれた智鶴が、イライラした様子で鬼気を放つ。……が。

「アイテテテ……」

 それは(しょう)(てん)()だった。

 小天狗は、中に入れてくれと、ジェスチャーで伝えてくる。仕方なく、智鶴が窓を開けてやると、中に入ってきた。フロントボードに座り込むと、しゃべり出す。

「我が輩、鼻ヶ岳は大天狗様の使いとしてやってきた、陽々(ようようまる)と申す。お前らの旅に同行し、そのフォローと、鼻ヶ岳への連絡係を仰せつかっておる。ついては、我が輩を同行させろ。分かったか」

「偉そうな天狗ね。()(ばく)(じゅつ) (ばく)

 智鶴の手元から()(いと)が伸び、天狗を縛り上げた。

「人に物を頼むときには、態度ってもんがあるわよね?」

 智鶴が陽々丸をブラブラ揺らしながら、鬼の形相で詰め寄る。

「ひ、ひぃ~人間の(おな)()は怖い~」

「滅するわよ」

「ごめんなさい。連れて行ってください。お願いいたします」

 智鶴の凄みに負けた陽々丸は、呆気なく陥落し、智鶴の言うとおりにした。


 先へと進む車の中、彼女はそっと、まだ誰も乗っていない3列目のシートに目をやった。


今回はエピローグに引き続きます。

あとがきもそちらで!

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