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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第八章 これにてマクヒキ

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15話 そして終わる物語

 ()()(ものの)()(いっ)()により連れ去られた後、少し遅れて、(せん)()(いち)(もん)を含めた()(ぶき)(かい)(きん)()(かい)が、山に湧いた全ての(あやかし)(せん)(めつ)しきった。精魂力尽き、安堵と相まってその場に崩れ落ちる者もいたが、まだ気力のある者は紙鬼の末期を知ろうと、最後に紙鬼の気配を感じた方角に向かっていた。ゾロゾロ歩く間に、散らばっていた仲間が合流し合う。それは最終局面でいかに戦力が分断されていたのかを物語っていた。

「きゃ~~~~~~~~~~~~~~!」

 不意にある場所から悲鳴が上がった。

()()()! ゆかりぃ~~~~~~~~~」

 (なか)()(じょう)()()()を可愛がっていた先輩門下生が、彼女の亡骸を見つけたのだろう。他にも様々な場所から、死者を弔う声が聞こえる。守り切れなかったことを悔いる声、助けられた者の感謝の声、仲間の死にただ悲しみを発露させる声。全ての声が想いが、鎮魂歌となり、山を木霊した。

「あ、あそこにいるの、()(づる)(さま)(どう)()()さんでは!?」

 門下生の誰かが、智鶴たちを発見したと、辺りに告げる。

「どけ、おい、どけ!」

 声を聞きつけた(せん)()(とも)(なり)(かた)(ぎり)(めい)()がそんな一団を掻き分けて、先頭に飛びだしてきた。

「おい、智鶴ちゃん。何があったんだ」

 智鶴の肩を揺さぶって、事情を聞き出そうとする智成。冥沙は背後から心配そうに覗き込んでいた。

「あ……、あ……」

 うつろな目は焦点が合っておらず、声も上手く発せられない姪を抱きしめた。

 茫然自失と、気力を失っていた百目鬼は、(ふじ)(むら)(かおる)に介抱されていた。

「大丈夫、大丈夫だ。紙鬼は消えた……終わったんだ」

 何があったかは理解していないし、きちんと辺りを調査したわけでもないが、紙鬼の気配も、新手の気配も山には味方の気配しかない。不安定なままでも、気休めにしかならないと分かっていても、何とか姪を励ましたい一心で言葉を紡ぐ。

「あ……」

 表情を失った智鶴の目元から、ツーと涙が流れた。それは、静かな静かな涙だった。

「あ、あのね……あのね……」

 パクパクと口を動かすが、言葉が動きに伴わない。

「物部がね……紙鬼を、お姉ちゃんを……連れてっ……ちゃった。……裏切り者は…………竜子、だった」

 それだけ話すと、堰が切れ、泣き崩れた。わんわんわんわん。子供のように泣きじゃくる。感情の(ほん)(りゅう)が、ようやく体に到達してきたのだった。

「よしよし、分かった。分かったから、もう大丈夫だ」

 赤子をあやすように、智成が背中をさすっていた。


「皆の者。大義じゃった」


 智成の腕に抱かれて智鶴が泣いているのを、皆、事実が飲み込めないまま見つめていた。不意に茂みの間から声が聞こえ、バッとそちらに注目が集まる。そこには当主・千羽智喜が立っていた。彼の背後には、何やら2つの大きな紙包みが浮遊している。

「智喜様! ご無事で!」

 百目鬼をそっと地面に横たわらせると、直ぐさま藤村が駆け寄り、跪く。

「よせ。ワシはなにもできんかった。それよりじゃ」

 智喜は背後に浮遊させていた包み紙の片方を、地面に降ろした。

「山の中で見つけた」

 紙包みを地面に降ろし、皆の前で解いた。その中には木乃伊のような人間が包まれていた。

「信じがたいが、これは智房じゃ」

 その言葉に、ザワッと緊張が走った。

「霊気の流れを感じる。まだ完全に生を失っておらぬようじゃが、ここからどうやって元に戻せるのか、皆目見当が付かぬ」

 力なき声に、ざわめきは広がるばかりだった。


 数刻前に遡る。

 山で気力を失い、大の字で夜空を眺めていた智喜を、テディベアのイッチーが強く引っ張った。

「なんじゃ。もう出来ることはない」

 その声が届いているはずなのに、イッチーは引っ張るのを辞めない。

「どこかへ連れて行きたいのか?」

 渋々立ち上がると、テディベアに先導され、山を下った。こんな時だが、おとぎ話の住人になったような気分だった。

 行きのルートは、少しでも早く山頂へ着くために、ショートカットしてきたから通らなかった場所。紙鬼が封じられていた祠に連れてこられた。

「これは、千羽の当主殿」

「おや、天狗様方。ここで何を?」

 何かを護るように張られた結界の周りに、大天狗配下の天狗達が立っていた。

「はい、私ども、この場所にて不審な人物と遭遇したため、その旨大天狗様へ伝えるべく、神域に戻ろうとしたのですが、何故か神域に戻れない。それに、今の準備では鬼との戦いにも参加出来ないと、困っておりましたところ、この方を見つけました。最初は鬼の戦闘に巻き込まれた呪術師かと思いましたが、場所も変ですし、それに状態が明らかにおかしい。そのまま見過ごすことはできず、しかし大天狗様に確認いただくこともできない。それではここで護衛をして、鬼の戦いが収まるのを待とうという事になった次第です」

 そう言って天狗が、手にしていた錫杖の石突きを地面にぶつけると、「カーン」「シャーン」という音と共に結界が消え、中から木乃伊(みいら)のように痩せこけた人間が現れた。

「もしや……」

「時間がありましたので、検分させていただきましたが、この方からは千羽の霊気を感じます。状況から察するに、おそらく千羽のご当主、(せん)()(とも)(ふさ)殿かと」

 理解が及ばない事象に智喜の動きが止まる。関節の動かし方を忘れたかのようなぎこちない動きで、ゆっくり進み出ると、そっと頭の下に手を差し入れ、抱き上げた。

「間違い無い。この霊気は、智房じゃ……。天狗様方、お心遣い、誠に感謝いたします」

 智喜の感謝を聞き届けたとき、山の下から紙鬼の気配が消え、戦闘が終わりを告げた。それを感じとると、もう戻れるかとぼそぼそ話し合い、天狗達は神域へ飛び去っていった。

「お主、自分を見つけて欲しくて……」

 振り返り、イッチーにも感謝を伝えようとした。だが、それはぬいぐるみに戻ってしまったのか、うつ伏せに倒れてぴくりともしない。

「そうか、もう、ぬいぐるみに託した霊力は尽きたのか」

 自分の情けなさに、ひとしきり涙を流すと、彼はぬいぐるみと息子を紙で包み、皆の居るところまで山を下りたのだった。


 ――そして、今に至る。

「……」

 その場にいる全員が理解しきれず、胡乱無論なことすら口にできなかった。押し黙り、思考を巡らせることに手一杯で、感情的になる者もパニックに落ちる者すらもいなかった。だた、一人を覗いて。

「兄ちゃん!? おい、兄ちゃん、生きてたのかよ。なあ、声を聞かせてくれよ」

 父が告げた事実を聞ききながら智成は智鶴を離すと、ゆっくり立ち上がり、智房の側に近寄った。手を触れたら壊して仕舞いかねないことが分かっていたから、ただ側でうずくまり、涙を流すことしか出来なかった。それは嬉しさから来るのか、悲しさから来るのか、彼自身にも分からなかった。

 だんだん感情が追いついてきた者達も、同じように涙を流していた。


「帰るぞ」


 再び息子を紙で包んだ智喜が、静かにだが凛とした声で言った。

 一行は、口数少なく、散っていった。


 *


 拠点に戻ると会話が始まったが、それも必要最小限の業務連絡ばかりで、談笑に現を抜かすような者はいなかった。

 仲間の亡骸を運ぶにも、山の立ち入り禁止の整備をするにも、人手が居るとして、吹雪会・金烏会の面々も帰らず、各々自分の持ち回りを見つけては、作業に取りかかり、荷物を纏めると、千羽屋敷へと歩く。こんな時間にゾロゾロ歩くのも、人から気味悪がられるとして、しっかりと隠形を忘れなかったのは、流石大家に連なる呪術者という所である。

 千羽一行が山を下りるのと逆行して、事前に智成が手配していた()(じゅ)(きょく)(じゅ)(てき)()(かい)(しゅう)(ふく)(はん)が登ってくる。恐らく朝までには粗方の破壊箇所は修復され、一般人は異変に気がつく間もなく、朝を迎え、日常を始めることだろう。

 屋敷に着いた者から、亡骸は庭に敷いた(ござ)へ、壊れた呪具や拠点の設営備品などの荷物は道場の付近に、傷ついた者、意識を失っている者は広間にと、テキパキ作業を進めた。

 まだ救護の必要があるとして、牡丹坂家の一部が、まだ手伝いをすると言って、白澤院家の一部が残った他、残りのメンバーは自分の持ち回りが終わったことを確認すると、屋敷を去って行った。


 夜が明ければ、朝が来る。

 ショックな事実が多すぎて、誰もが今晩は眠れないと思っていたが、一度寝床につくと、疲れがどっと吹き出し、泥の様に眠ってしまった。最初に起きた門下生が見た時計の針は、午後1時を回っていた。

 急いで大部屋の他の者に声をかけ、千羽の1日が始まる。

 バタバタと朝の支度を始めると、智喜が大部屋にやってきた。

「みな、今日は良いぞ。それぞれ休んでくれ。食事も、取りたい者が勝手に取ることにする」

 その言葉に、昼の支度を急がねばと思っていた門下生達は、ほっと胸を撫で下ろし、中にはそのまま倒れ、二度寝に興じる者もいたくらいだった。


 三々五々、門下生達が好きなように時間を過ごし始めた頃、大広間の縁側に二人の女性が座っていた。

「目を覚ましたとき、辺りが明るいし、屋敷だしで、涙が止まらなくなったわ」

「そうですか。今回は、()()()さんみたいな無茶を言ってくる人が居なかったから、無理には起こしませんでしたが、申し訳ないことをしました」

「いえ、いいのよ。やっぱり私は、最後の最後で詰めが甘いわ」

 作り置きの麦茶を啜っているのは、千羽美代子と、牡丹坂咲良だった。

 美代子が目を覚ましたとき、まだ千羽屋敷は寝静まっていた。状況が掴めない彼女が取り乱しそうになったとき、駆けつけてくれたのが、看護の為に起きていた咲良だったのだ。すっかり落ち着きを取り戻した美代子は、こうして咲良と縁側で話しているという訳である。

「今回もまた、私は誰も守れず、大事な家族を失ってしまった。お兄様だったら、完璧に、それこそ紙鬼と()(あき)を分離させるような術を、行使できたのかも知れない。私じゃなかったら、こんなにも悲惨な事態になっていなかったかも知れない」

 美代子の目尻に、涙がこみ上がってきた。声も震えているようだった。

「美代子さん……。もしもの話は止しましょう」

「ええ、ええ、分かってるわ……。でも、どうしても色んな“もしも”を考えちゃうのよ……」

 咲良が背中をさすって落ち着かせようとしたが、それ以上どんな言葉を掛けて良いのか、見当もつかない。

 二人の母親呪術師は、迎えた結末にどう接していくか、まだ考えが纏まりきっていなかった。


 *

 

 智鶴は一人、ジャージにロングTシャツというラフな格好で、自室のベッドで横になっていた。

 何とか気を取り直した後は、染みる傷口に耐えつつ風呂に入り、その後牡丹坂の治療を受け、今に至る。怪我は骨に罅が入り、そこそこの深傷を負ってこそいたが、牡丹坂の治療と診察の結果、さほど長い療養は要さないとの事だった。

 以前暴走して紙鬼化した時は1週間眠り続けていたから、この度の『()()(かい)() (きょく)』でも同等の反動を覚悟していたが、不自然なほど霊的にも肉体的にも紙鬼化による後遺症がなかった。そのことについて智房に尋ねてみても、紙鬼が協力的だからとか曖昧な回答しか貰えなかった。


「ふーーーーーーーーーーーー」


 天井をぼんやりと見上げ、何度目か分からない深いため息をつく。

 何をする気力も起こらなかった。

 ゴロンと寝返りを打って、ぬいぐるみの山に目を移す。そこには、すこし汚れてしまったもう動かないテディベアが、以前と同じように座らされていた。

「イッチーに、秘密があったなんて、全く気がついていなかったわ」

 何の感情も乗せず、ただ言葉を呟いてみた。

「お父さん……、自分に何かがあったとき、私を、私たちを助けられるように、準備していたのね」

 感謝とも不満ともつかない気分だった。大体、娘へのプレゼントに(じゅつ)を仕込む親がどこに居るのだ。それも、黙って。もしも捨ててしまっていたら、どうするつもりだったのだろうか。いつまでもぬいぐるみが好きだなんて、後生大事に持ち続けているなんて、そんな保証はないのに。

 しかし、智鶴にはなんとなく分かっていた。お父さんが、自分の娘ならプレゼントされたものを簡単に捨てるようなことはしないだろうと、信頼していた事を。

「癪に障るわね。勝手に信頼してるんじゃないわよ。反抗期に入ってやろうかしら?」

 なんて父の事を考えていると、木乃伊状態で発見された事を思い出してしまった。

(これから、お父さんの方も呪的に解析、回復を図るらしいけど。お姉ちゃんが、紙鬼が連れて行かれたことは、どうするつもりなんだろう。吹雪会の管轄外に逃げられたら、もう追う手立てがないのに)

 魔呪局の出しているお触れにより、呪術師は所属する団体(千羽なら吹雪会)の管轄から出て呪術を使うことが禁止されている。これは、物部の様な者を頻出させないための施策であった。

「私が、追う、か……」

 千羽の跡取り候補として、()(そう)(じゅつ)()である智鶴と智秋は最有力候補だった。だが、智秋は完全紙鬼化した上に、連れ去られてしまった。智鶴は禁術に手を出したために、恐らくこれから破門となるだろう事が予測される。遠方の分家筋にも、紙操術師が居るらしいとは聞くから、養子をとるのだろうか。きっと自分がいなくなっても、この家が存続できなくなるほどの損害はないだろう。

 それに、かつて破門を受けた智成も、今では魔呪局の金烏会に所属し、日本全国をまたにかけ、呪術師として生きてているのだ。所属が変われば、行動範囲も増える。物部を、姉を、竜子を追うとなると、1番現実的なのが『家出』だった。

「でもなぁ。私もまだ高校生だしね……」

 そう。呪術師として認められ始めたとはいえ、彼女はまだ未成年、16歳の高校生なのだ。千羽の後ろ盾もなく一人で行動するには、まだ権利が少ない。お金も持っていない。移動するにも宿泊するにも、お金は必要であるが、今の仕事で得た給料は殆どを家に入れてしまっている。だから、いくら『家出』が効果的であっても、現実的ではないのだ。

「あ~あ。金烏会みたいな団体に入れたりしないものかしらね」

 だが、今下っ端から始められるような余裕はない。自由に動ける地位まで昇っている間に、姉も紙鬼も何もかもが間に合わなくなってしまう。

「あ~~~~~~~~~~~~」

 ベッドの上でバタバタしていた。そうしたら、手が一体のぬいぐるみにぶつかった。それを掴むと、ひょいと持ち上げてみる。

「ねえ、アナタならどうする~?」

 ぬいぐるみに話しかけても、返事はなかった。

「あら、この子……」

 手にした柴犬のぬいぐるみは、尻尾だけ本体とは違う色の布で作られていた。

「この端切れ、懐かしいわ。竜子にあげたくまちゃんと同じ端切れね」

 まだ大事にしてくれているのかしら? 手元に置いてくれてるのかしら? そんなことを考えた途端、何度目か分からない涙が溢れてきた。

 彼女は裏切り者だった。出会ってから、一緒に乗り越えてきたと思っていたことが、彼女の仕込みだった。何度考えても、どれだけ想っても、簡単に割り切ることのできない真実だった。それでも、

「あの涙、私は見逃さなかった」

 それだけが唯一の、真実を曲げる真実だと信じて疑えなかった。

 山で告白したとき、彼女の心でどんな葛藤があったのかなんて、分からない。それでも、今でも智鶴にとって、竜子は仲間だった。もしも今すぐこちらに戻ってきたとしても、直ぐに『信用できる』と即答出来ないかも知れないが、きっと、来るべき時に竜子を取り戻せると、取り戻したいという想いは確かなものだった。

「急に沢山失いすぎよ……」

 先ほどようやく止めたのに、また流れ出してしまった涙は、またもや止まる気配が無い。

(お姉ちゃん、竜子、結華梨……)

 昨日まで、一緒に居たはずの人が、居なくなって、急に屋敷が静かになった気がした。ぽっかりと空いてしまった喪失感は、これだけの裁縫の技術があっても、簡単に縫い合わせられるものではないのだった。


どうも! 暴走紅茶です。

今回もお読みくださり、ありがとうございます。

早いものでこの物語も終盤に差し掛かっています。

(第2部があるので、完全な終わりではないですが)

あと数話、お付き合いいただければと思います。

では、また次回!

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