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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第八章 これにてマクヒキ

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14話 黒い人影がぽつりぽつりと

 (せん)()()(づる)(どう)()()(はや)()が、()()に片膝をつかせる少し前のこと。

 鼻ヶ岳の山頂にて、千羽家当主千(せん)()(とも)()と、孫娘の智鶴が大切にしているテディベアのイッチーが(ほこら)の前で正座をしていた。

(とも)(ふさ)、お主は次に紙鬼が現れたとき、ワシがこの術を使うと踏んで、クマのぬいぐるみを残していたのだな」

 何も喋らないぬいぐるみを前に、そう話しかけていると、ままごとをしているような、なんとも不思議な気分になった。智房と呼ばれたぬいぐるみことイッチーは、首肯することも無く、智喜を見つめている。

「まあ、よい。それでは始めるぞ」

 祠には紙操術で作り上げられた祭壇が設置されており、また智喜の手元には、祝詞が書かれた長い用紙が掴まれている。それの封を解くと、バッと裁き、一文目から読み上げ始めた。

 読み進めるほどに、智喜の霊気が鬼気と混ざり合い、戦闘時とは明らかに異とする厳かな気が辺りに充満し始めた。イッチーもまた霊気を放出し、そのサポートを務める。

 全てを読み上げるのに、数分の時が流れる。

「……紙鬼、人、魂あるべき形に戻りて、ここに千羽の術師に(さきは)(たま)へと、(かしこ)(かしこ)みも(まお)す」

 千羽の当主にすら、正式な形で語り継がれていなかった御業。智喜がこの10年間、様々なつてを辿り、自身でも調べ上げ、辿り着いた千羽家最高峰の奥儀。『(じん)()(ぶん)()(ほう)

それは、この祠に祀られたとある神様に願い申すことで、発動することができる術。

 智喜の手によって執り行う為に必要とされる『(じん)()(さい)(のり)()』が最後の句まで読み上げられた。

 それに呼応し、祠のご神体として設置されていた水晶石にぽうっと光が灯った。その光はどんどん、どんどん光度を増し、目映いばかりになると、空へと打ち上がった。

 そして、空に巨大な円環を表した。


 その時、()()()(づる)(とも)(なり)が同時に異変を感じていた。

「お、おい、可笑しいぞ。体が元に戻っちまった。(めい)()! 地獄の門は!?」

「開けてますよ! 何があったんですか!?」

「分からん。まったく俺のセンスを持っても、答えが見つかんねぇ」

 ()()(かい)() (しん)が解けてしまい、元の体に戻った智成が、困惑の声を上げていた。

「チッ。しょうがねぇ。このまま戦うか。冥沙! 人間の体に邪気は毒だ。門を閉ざしてくれ!」

「わ、分かりました!」

 冥沙が咄嗟に全て閉門した。辺りの邪気が薄くなる。

()(そう)(じゅつ)! あれ? ()(そう)(じゅつ)!」

 紙はピクリとも動かなかった。


「あ、あれ? 力が抜けていくわ。体が元に戻り始めてる!? 何で? 紙鬼? 紙鬼? 返事をしなさい! 紙鬼!」

 ()()(かい)() (きょく)により、ほぼ完全な紙鬼化をしていた智鶴が、不意に訪れた予期しない事態に、慌てふためいていた。

 ――……とうとうこの術が使われてしまう時が来たのか――

「どういうこと?」

 ――取り敢えず、地上に降りろ。もうすぐ術が使えなくなるハズだ――

 大人しく従った智鶴が地上に降り立った。幸い、紙鬼は片膝をついたまま一切の活動を止めている。

「降りたわよ。説明して」

 ――知識はあるだろう。恐らく現当主が、『人鬼分離の法』を実行したようだ――

 彼女が、新たに注ぎ込まれた知識の引き出しをこれでもかと開け、回答を探した。

「あ、あれ? 上手く引き出せない」

 ――そうか、もう元に戻り始めてるんだな――

 紙鬼が一呼吸置いて、続きを語る。

 ――人鬼分離の法は、文字通り、人と紙鬼の魂を分離する法術。いつだったかの当主が、紙鬼化暴走の最終手段として開発し、山頂に設置していた術式の名前だ――

「え? それじゃあ、お姉ちゃんは助かるの?」

 ――ああ、恐らくな。だが、これでもう、私は私とお別れだ――

「?」

 言っている意味が理解しきれなかったのか、渋面をつくり押し黙る智鶴。

 ――もう、時間が無い。この法術は最終手段。言い換えれば、千羽の時が終わる術――

「……! それって」

 ――そうだ。この世から全ての紙鬼が消える。紙操術紙の中に眠る紙鬼もな。更に言えば、分離した紙鬼の魂は、完全によりどころを失い、自然崩壊する。……と言われている――

「言われているって?」

 ――開発した当主でさえ、実行したことがない術だ。その結果が、きちんと理想通りになるとは限らない――

「嘘でしょ。そんなの危険すぎる」

 ――ああ、だが、私の祖父は実行に移した。それだけ事態が急を要するのか、孫可愛さかは分からんが――

「止めなきゃ! 不確定要素が多すぎるわ!」

 ――だが、現状、これ以外に姉を助ける手段が無いと分かっても、私は動くのか?――

「それは……」

 踵を返そうと、足に入れた力が抜ける。

 ――ふん。暴れたがり屋の私が、最後だからと言って、焼きが回ったか。私が止めてくれれば、私はまた暴れられるのにな。いや、もうそんな意識さえ薄らぎ始めているのか。思えば長い長い時が巡った。これでようやく終わるのか――

 紙鬼の言葉に憂いが混じっているのを、智鶴は聞き逃さなかった。

「あなた、本当は、自分を崩壊させたくて、暴れたかったの?」

 ――さあ、もう何も分からない。……っと、おしゃべりが過ぎたな。そろそろお別れだ。私の中に存在できて、それなりに楽しかったぞ。達者でな――

「紙鬼!? 紙鬼!!」

 智鶴は体から何かが抜けていくような感覚に気がついた。

 見えない何かを抑え込むように、胸の前で両手を組んでうずくまった。


『バリン……』


 不意に空から皿が割れるような音が響いた。

「次は何よ……」

 これ以上何が起こるのよと、彼女が恐る恐る空を見上げたのは、そこにあったはずの円環が、何者かによって割られた瞬間だった。


 *


 山頂の千羽智喜は、円環が割れたのを目視し、力なく両膝をついた。

「万事休すじゃ。腹を括って挑んだのに、千羽の歴史を終わらす覚悟を決めたのに、ドコのウマの骨が、横やりを入れやがった……」

 言葉だけは気丈に振る舞っても、体の力が抜けてしまい、立ち上がることが出来なかった。そのまま大の字になって倒れる。霊力も鬼気も全て尽きかけていた。

 イッチーが側に寄ってくる。智喜を慰めるように、肩へ手を置いた。

「のう、智房よ。お主の望んだ未来に、少しは近づけたかのう。運命の歯車はまだ回っておるのか。もう止まったのか。老いぼれのワシには皆目見当もつかぬよ。後は若い者に任せるしか、方法は無いのか……」

 智喜はただ大空を見上げる。真っ暗の夜空に、満天の星が嫌に輝いて見えた。親心というのか、祖父心というのか、まだまだ若い衆の為にしてやれるだけは、してやりたいと願っても、その星々は応えてくれそうになかった。


 *


「あれ? 紙鬼?」

 しゃがみ込んでいた智鶴が、何かに感づき、手を広げた。

 ――……――

「ねえ、戻ってない?」

 ――恥ずかしながら、戻ったみたいだ――

「何があったんだろう?」

 ――術が中途半端に止められて、本来行き場を失うはずの魂が、元に戻ったんだ――

「そうなのね。おかえり」

 ――そう暢気なものじゃない。私が戻れたと言うことは、目の前の紙鬼は動き出すし、私の姉は還ってこない――

「……! なら、また倒すしかないじゃない!」

 智鶴が意気込んで立ち上がったときだった。大地が地響きをあげ、震えた。

 ここまでの戦闘に、血が登り切った紙鬼が、(ふん)()の鬼気を吹き出し立ち上がったのだ。

「うそ、パワーアップしてない?」

「ちょっと、ヤバい、ね」

「百目鬼!」

 隣を見ると、いつの間にか百目鬼が立っていた。ただ、両腕をブランと垂れ下がらせている。

「ねえ、その両腕どうしたの?」

「大丈夫。少し、疲れた、だけ」

「そうなの? なんかさっき、黒くなってなかった?」

 先程目の端に捕らえた百目鬼は、両腕に何かを装着していたのか、黒々としていた気がしたのだ。

「ああ、うん。また、詳しく、話すけど、新技。でも、制御、しきれ、なかった」

 悔しげに話す横顔が痛々しかった。

「そうなの! 凄いじゃない! 紙鬼の足を打ち砕いていたでしょ!」

「そこまで、じゃない、よ」

 智鶴の賞賛に、照れながら謙遜した。

「でも、それだけの力があれば、まだ戦えるわね!」

「うん!」

「紙鬼回帰 極!」

 智鶴が新たに手にした大技を再び披露する。サイズ違いの紙鬼がそこに現れた。

「万里眼!」

 百目鬼も負けていないと、全身の眼を発現させる。

 だが、2人の意気込みは、出鼻をくじかれる事となる。

『ガサッ!』

 近くの茂みから何かが飛びだした。

 それは弾丸のように、一直線に紙鬼へと飛び込むと、キラリと光るものが閃いた。瞬間、ジグザクに光の軌跡が走ると、紙鬼が全身から邪気を鬼気を、全ての力を噴出させ、横たわった。

「うそ……。そんな、紙鬼が一撃……?」

 その何かは重力に身を任せて無様に地面へ落ちると、ピョコンと器用に立ち上がった。

「あれ、人?」

 百目鬼の疑問も、もっともである。それは、全身を包帯でグルグル巻きにされ、自由を奪われており、唯一自由を与えられた口には日本刀を咥えていたのだ。きちんと正対しなくては、いや、正対したとしても、それを人と見定めることは困難を極める。

「あんな身なりで、紙鬼を圧倒したって言うの?」

「ギシャァ」

 日本刀を銜える口から、人声とは思えないような音が漏れた。

「ひぇっ」

 智鶴はその者を両の目で捕らえた瞬間、悟ってしまった。自分に向けられた殺意と、それに抗いきれない未来を。自分はこの何者かに、抵抗する術を持っていない事を。

 その者は、小さく膝を曲げた。

「いや~~~~~~~~」


「そこまでだ。()(ぎょう)


何も無かったはずの暗闇から、老若男女の差が分からない声が聞こえてきた。

 万里眼を発動していた百目鬼さえ、ビクッと驚き、隣を見上げる。

 そこには顔に白い能面を被り、黒スーツに身を包んだ長身でがしっかりとした男が立っていた。男と分かったのは、ただ男物のスーツを着ていたからに過ぎず、それが本当に男なのか、自分よりも年上なのか年下なのか、気を読んでも見つめても確証は得られなかった。

 無形と呼ばれた異形の者は、暗闇から現れた者の声に従い、動きを止めた。

「誰!?」

「まあ、まあ、お嬢さん、そう気を荒立てなさるな。見てみろ、君たちが倒せず手を焼いていた鬼は、地に伏したぞ。我々のお陰じゃ無いか」

「我々?」

 2人しか居ないだろと、百目鬼が不満の声を上げたが、それはただ気づいていないだけだった。

 知らぬ間に、木々の間からぞろぞろと黒スーツの者達が現れる。その中には、かつて木枯らし山で遭遇した者も、雪ヶ原の山で出会った者も、物部五人衆も居ることに気がついた。それに、街に住んでいた人々や安心院先生の姿もあり、理解が追いつかない智鶴は、ただあんぐりと口を開け、状況を静観していた。

 だが、黒いスーツの呪術師という一点のみで、一つの仮説を立てた。

(ものの)()!?」

「ようやく気がついたのか。お嬢さんは、本当に周りを見ないんだなぁ」

 謎の黒スーツは、慌てる様子も無く、先を続ける。

「申し遅れた。私は、(ものの)()(まん)(さい)。この者達を統べる、物部の当主だ」

「当主!?」

 智鶴が、怒りに任せて鬼気を向けるも、物部は全く動じる様子も見せない。

「そうだ、折角だから、新入りを紹介しよう。さあ、出ておいで」

 黒スーツの者達の中から、そろりとロングスカートスーツ姿の人物が進み出た。その者は両手に抱えた白い布が影をつくり、顔がよく見えなかった。

 一歩、一歩と進む度、月に照らされて、顔が露わになる。

 智鶴の背中を、冷や汗が滝の如く流れていた。顔を見なくとも、その者が誰か分かっていた。分かりたくなかったし、信じたくない事実だったが、うっすらと竜気が混ざった霊気は、ずっと側で感じていた霊気だった。

「……竜子」

「智鶴ちゃん。改めて自己紹介するね。(ものの)()()(じゅ)(じゅつ)(せん)(とう)(はん)(しょ)(ぞく)(じっ)(しょ)(りょう)()だよ」

 竜子はすこぶる落ち着いた様子で、自分の真の所属を伝えた。

「なんで……。何でよ。そっか、騙されてるんだ。物部!!」

 既に紙鬼と同等の鬼気を手に入れていた智鶴は、辺りを吹き飛ばす勢いで、力を放出した。だが。

「違うよ。物部様は私に手を差し伸べてくれた恩人なの。私は、私の意志でスーツを着て、今ここに立っているんだ」

 その言葉に、すっと鬼気が収まる。智鶴の心が大きく揺さぶられた。

 ――お、おい! 落ち着け! 紙鬼回帰が解け――

 紙鬼の声が途中で途切れたと同時に、パラパラと角が消え、智鶴の姿が人のそれに戻る。

「じゃあ、ずっと私たちを騙してたの?」

 語調までも、いつもの強気なものから、弱々しい少女のものに変わっていた。

「うん。そうだよ。最初、突っかかってきちゃって、このままじゃ仲間になって取り入れないって不安だったけど、一緒に戦ったら、ころっと掌を返してくれて、本当に助かったよ」

 竜子がそう言うと同時に、何者かがパチンと指を鳴らした。それに呼応し、暗闇の中から(ぬえ)が現れた。鵺は大人しく犬座りすると、暴れる気配を感じさせない。まるで、ペットの様だった。

物部家呪(じゅ)(じゅつ)()(じゅつ)(はん)の人工上級妖『鵺』だよ。様々な妖を掛け合わせて上級を作り出す技術なの。凄いでしょ」

「え……? じゃあ、(ただ)()の時も……?」

「勿論。全部仕組んでた」

「じゃあ、まさか、(ゆき)ヶ(が)(はら)の時も、私が退行したときも?」

「うん。そう、智鶴ちゃんが倉に入っちゃったのも、何なら、今日こうして紙鬼が復活したのも、全部全部。千羽は私の掌の上だったってわけ。ぬらりひょんの時とかは流石に仕込みじゃないから焦ったけどね」

「なんで、そんな事を……。私、信じてたのに……」

 智鶴の頬を熱い涙が滴ったが、彼女はそれに気がついていない。ただただ静かに、頬を流れるだけだった。

「いやあ、悪いとは思ってるんだよ。智鶴ちゃんいつも必死だったし、千羽様のお陰で修行までさせてもらって。(ふみ)()さんは大きく千羽に関係する人じゃないのに、悪いことしちゃったな~」

「嘘だ! 嘘、嘘だ!」

「嘘じゃないって言ってるじゃん。分かってよ。子供じゃないんだし」

 竜子の視線はどこまでも冷たく、そして冷静だった。

「じゃあ、なんで一緒に冷やし中華を食べたとき、あんな無邪気に笑えたの? なんで、私の洋服にアドバイスをしてくれたの? 毎夜仕事の度に見せてくれた笑顔は、全部嘘だったの?」

 智鶴の脳内に、今までの思い出が溢れてきた。最初こそはそりの合わない嫌なヤツだとしか思えなかった。それでも、あの日、一緒に笑いながら冷やし中華を食べた日からずっと、日にしてみれば短く、だが密度の濃い付き合いの中で培ってきた全てが嘘だったなんて、それこそ嘘だと言って欲しかった。一緒に空を飛んだときも、一緒に戦ったときも、一緒に居た時間の中に嘘があったとしても、全てではないという確証が欲しかった。

「だから、全部、千羽につけ込む為の芝居だったって言ってるじゃん!! 分かれよ!!」

 とうとう竜子の語気強くなった。

 依然紙鬼は動かない。百目鬼も口を挟める余地がなく、押し黙ったまま、智鶴の思いが竜子にぶつけられる。

「じゃあ、なんで、なんで……今、涙を堪えるために冷静を装ってるの?」

 周りの誰から見ても、冷たい冷静な態度の竜子だったが、智鶴の目にはどうにも涙を流さないように、耐えているようにしか見えなかった。

「そんなことない! 堪えてなんか……いない!」

 一瞬、本当に一瞬だったが、智鶴は彼女の目元からキラリと光ったものを見逃さなかった。それと同時に、今の彼女はこうする他無いのだとも、強く思わされてしまい、余計に感情が揺さぶられる。

「ねえ、これ見て。お母さんなの。ようやく千羽から取り戻せた」

 竜子が腕に抱えるものの布をずらして見せると、そこには木乃伊(みいら)のような女性がくるまれているようだった。どう見ても生きていることが信じられないが、どこか霊気を感じるのも確かな事実だった。

「まだ死に切れてない。裏を返せば、息を吹き返す可能性が残ってるの。物部様なら、その“可能性”を“可能”に引き上げてくださる。私の願いは10年前から変わらない。絶対にお母さんを取り戻す。高潔で最強の(ひゃく)()(じょ)(てい)を復活させるの」

 竜子の目に信念の灯火を見た。そんなことをしても、お母さんは喜ばないよ! とか、百目鬼に視させて手遅れだと調べさせるとか、様々な否定の言葉が浮かんだが、それも全て虚無で紋切り型の言葉にしか思えず、今の竜子に届かない事など、火を見るより明らかだと、確実に直感した。


『パチパチパチパチ』

 

 不意に物部が拍手を送った。

「いやあ、素晴らしい友情劇だ。だけど、もう見飽きてしまったよ。そろそろお暇してもいいかい?」

 今を逃せば、竜子とは二度と会えない気がした。それでも尚、引き留められるだけの言葉が見つからない。

「ちょ、ちょっと! 待って! まって!!」

 慌てて紡いだ引き留めの言葉も、二の句が継げずあわあわ言うことしか出来ない。

「さよなら、智鶴ちゃん」

 竜子から別れの言葉が発せられた瞬間、背後から凄まじい呪力を感じた。何が起こるのかと振り向く。そこには、紙鬼を取り囲む黒スーツの術師が何かの(まじな)いを発動させた所だった。

(竜子に気を取られている間に……。鵺によって他のみんなが散らされたのも、紙鬼から人を遠ざけるためか)

 智鶴は既に、抱えられる感情の上限を軽く超えてしまっており、ただ凍り付いたように固まり、その場を冷静に見守ることしか出来なかった。

(もう体が動かないわ。止めなきゃいけないのに……)

 よく見ると、辺りに味方と思われる術師が倒れているのが散見された。恐らく異変を察知して駆けつけた者だろう。今誰かが駆けつけてきても、手遅れであった。

 ただ呆然と立ち尽くす智鶴の目の前で、緑色に光る六芒星が展開され、紙鬼が少しずつ塵になっていった。それがどんな術かは知らないが、いままで自分たちがどうしても為し得なかった事を、軽々と行っているように見えた。

 だが、まだ諦めていない者がいた。

「制御、制御……。黒腕!」

 一人の術者に焦点を絞り、百目鬼が飛び出す。

「だめ!」

 智鶴が叫んだ。今飛びだしたら、どんな目に遭うかなんて、そんなの子供にも分かる事なのに。飛びだしてしまう相棒に、「行かないで!」と縋るように叫んだ。

 それでも百目鬼は止まらない。彼の願いは智鶴を守る事だから。今、智鶴がピンチなのに、飛び出せない自分で居たくなかった。

 不思議と体が軽い。ぐんぐん近付く黒スーツの男。

 あと少しで手が届くというタイミングで、両脇から火の玉と水の玉が飛んできた。恐らく後方支援班でも居るのだろう。だが、再生能力を持つ百目鬼にこの程度の攻撃は効かない。吹き飛ばされた左脇腹と右胸も、直ぐに(さい)(せい)(せん)()が伸びて元通りになる。

「うおおおおおお!」

 真っ黒の拳が、呪いを掛ける黒スーツに捻じ込まれた。

「グホブコッ」

 無様な声を上げて、遠く吹き飛ばされる物部の(まじな)()。次の標的へ顔を上げた百目鬼の瞳に映ったのは、今まさに最後の一片(ひとひら)が塵になった紙鬼の最後の姿だった。

「間に、合な、かった……」

 ブランと垂れ下がる両腕からすうっと黒い色が消える。

「撤収!」

 物部萬斎が告げると、全員が足下の影に吸い込まれていった。

 物部も、紙鬼も、全てが消えた山に、意気消沈した百目鬼が崩れ落ちた。


どうも。暴走紅茶です。

今回もお読みくださりありがとうございました。

結華梨の死と、竜子の裏切りはいつ書かなくてはならないと思いつつ、いざ書いてみたらとても辛く、推敲の手が進まなかったです。これから智鶴の物語はどう進むのでしょうか?

と言ったところで、また次回。

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