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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第八章 これにてマクヒキ

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11話 最高の結界

 (きん)()(かい)()(ぶき)(かい)の登場により、状況が一変した。

 金烏会一同及び、(せっ)()(じゅつ)(そう)()(ゆき)ヶ(が)(はら)()(いち)(もん)(てん)(こう)(じゅつ)(そう)()(だっ)(さい)()(いち)(もん)(ばけ)(ねこ)(じゅつ)(そう)()(ねこ)(やなぎ)(いち)(もん)は戦線にそれぞれ班を作り、()()への攻撃準備を始めた。

 それと同時に、既にボロボロになっていた千羽一門は当主・(せん)()(とも)()()(はん)(だい)(ふじ)(むら)(かおる)というリーダーを残し、殆どの戦闘員は、回復のための処置を受けに一旦拠点へと戻っていった。

 その拠点では(やく)()(いち)(ぞく)()(たん)(ざか)()による処置と、(じゅ)()(せい)(さく)(いっ)()(ふた)(いり)()による(じゅ)()配布が行われ、(せん)(せい)(じゅつ)()(いち)(ぞく)(つき)(うたい)()、神の憑坐(よりまし)(はく)(たく)(いん)()はその手伝いに奔走している。

 頼もしく力強い増員に、1度地面に降りていた()(づる)は、興奮が抑えきれなくなっていた。

「すごい、すごい! なんだか一気に視界が開けた様だわ! これなら、きっとお姉ちゃんを止められる!」

 最初の不安はどこへやら、今はこれから向上するであろう戦況にワクワクしていた。

「伝令~! (けっ)(かい)がもう持たないため、全戦闘員は総員配置に付いてください! 繰り返します……」

 伝令が駆け巡る。走る緊張に、手がじっとりと汗ばんだ。

 紙鬼の身長に合わせて、智鶴が空へと飛び立つ。

 皆の目の前で、スーーと結界が解かれた。

「ぎゃお~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

 耳を(つんざ)くような轟音を発しながら、紙鬼が立ち上がった。

()(そう)(じゅつ) (かみ)()(ぶき) (はり)()(ごく)!」

 既に数千の針を紙鬼に向けていた智鶴が、いっきにそれらを打ち放った。紙鬼の意識が智鶴へ向いた……が、

「紙操術 応用 絡繰人形(からくりにんぎょう)

 鬼の背後に、紙で出来た同じ背丈の(がい)()(しゃ)が立ち上がり、紙鬼と手を絡ませ、力比べを始める。

「おお、以外と上手くいくもんだな~」

 いつの間にか通常の()()(かい)()を発動していた(とも)(なり)が、暢気な声を出しているが、その人形内で動く全ての歯車を、汗一つかかず、精緻に操作している彼は、一同の度肝を抜いていた。

「智成さーん。ブーストいります~?」

 彼の側に控えていた黒ケープの女――(かた)(ぎり)(めい)()が、声を掛けた。

「そうだな~。この紙鬼回帰じゃ、ちょっと物足りねぇかもな。んじゃ、よろしく頼むぞ」

「はーい」

 冥沙の右目がキラッと光った……様な気がした。

(ごく)(もん)(じゅつ) 第三の戸 ()(ごく)()()!」

 彼女がそう唱えると、その背後に大きな扉が現れ、開いた。その中には地獄の風景が覗いており、濃密な(じゃ)()が流れ出した。

 彼女の術は獄門術。栞奈の降霊が住まう霊界よりも、更に邪気が濃くおどろおどろしい場所、「地獄」。そこと繋がる扉を開き、様々な効果をもたらすのが、彼女の獄門術である。第三の扉は地獄の中でも、邪気の濃い箇所と現世を繋ぎ、辺りにまき散らすものだった。

 これはたまらないと、吹雪会の面々が後ずさる中、智成はその邪気を思いっきり吸い込むと、ニヤリと笑い、絡繰人形に流し込んだ。

 そう、彼女の術は、智成の紙鬼回帰をブーストさせる効果を持つのだ。だから、2人は相棒関係を結ばされているのである。

「おまけです。獄門術 第二の戸 餓者割拠(がしゃかっきょ)

 1度扉が閉じた扉が再び開き、その中からゾロゾロと餓鬼の群れが湧き出た。

「餓鬼の皆様。今日の食事は、あの紙鬼です!」

 冥沙の声を聞き届けた()()の群れが、わらわら紙鬼に群がり、その足を上っては至る所に齧り付いた。

 餓鬼――その鬼は、()()(ひん)した者の末路。常に空かせた腹を満たすべく、どんな物にも食らいついていく。

 紙鬼は足に纏わり付く餓鬼が鬱陶しいのか、力をいなし、絡繰人形を横転させると、どしどしと地団駄を踏み、払おうとした。

「おっと、あぶねえぇな」

 智成は絡繰人形が横転する前に、紙吹雪化させると、二次災害を防いだ。

「紙操術 応用 (じゅ)(もく)(しば)り」

 紙の元は木の繊維。以前、(とき)(さだ)(ばん)(じょう)と戦った時、木を紙にしたのだから、その逆が出来て当然である。彼の紙吹雪が木の枝に変わると、それらが紙鬼の上体に絡みついた。

 上体を縛られても地団駄を踏む紙鬼と、それでもしがみ付く餓鬼。地上にいた術師は皆、揺れる地面に耐える事で精一杯だった。

 だが、その中でも、果敢に戦う者もいる。

(せっ)()(じゅつ) (ゆき)()(しょう) (ゆき)(かい)(だん)!」

 地面から少し浮いたところに、雪の階段が作り出された。(ゆき)ヶ(が)(はら)(しずく)は、その階段を駆け上り、最上段に足を掛けると、「雪華術 (こおり)(しょう) 氷竜(ひりゅう)(あぎ)()!」声高に叫んだ。

 彼女の正面から作り出された氷の竜が、樹木縛りごと紙鬼の脇腹に噛みついた。

「うぎゃぁぁぁぁあああああ」

 甲高い悲鳴が上がる。

「ふう。地団駄に悲鳴なんて、子供みたいですね」

 白い吐息を吐く雫が、そんな捨て台詞を吐いた。

 さらに、みなが続く。

「雫ちゃ~ん、雨降らせるから、頼むぜ~」

 風を操った(だっ)(さい)(かん)(きち)(ろう)が彼女の隣にふわりと現れ、彼女に声を掛けると、更に高く舞い上がる。

「分かりました~」

(てん)(こう)(じゅつ) (とお)(あめ)」「雪華術 氷之章 (とう)(けつ)雨落雹(うらくひょう)

 漢吉郎の術で紙鬼の頭上に集まった雨雲が、鬼の真上にのみゲリラ豪雨を降らせた。更に、それは雫の術で凍らされ、大粒の(ひょう)がマシンガンの如く降り注ぐ。

 数多の上位呪術の猛攻に、とうとう鬼が押され始めた。

「おお! 紙鬼の体に傷が増えているぞ!」

 (てい)(さつ)(はん)の1人が声を上げる。小型化により先程までは回復が上回っていた鬼だったが、ついに攻撃が上回り始めたのだ。

「みんな流石ね。私はそろそろお爺ちゃんを探さないと」

 この状況に安堵を覚えた智鶴は、次なる策へと進むべく、祖父に紙鬼と人を分離させる術を聞き出しにいこうと考えた。

 だが、「あれ? 戦線にいない?」

 自ら班を率いていたはずの智喜の姿は、どこにも見当たらなかった。

  

 *


 千羽智喜は、ひとり山の頂上を目指していた。

 真っ暗な道を、衰えた夜目の利く限り、懸命に進んでいく。

「人員が増えて、ようやく自由になったわい」

 班員には何となくふわっと事情を伝え、新たなリーダーを立て、戦線を後にしてきた。

「それにしても、山を登るだけでしんどいとは、焼きがまわっとるのう」

 智喜は、一度立ち止まると、腰を反らせて体に活を入れた。

「智成の奴め。ワシの知らん間に、()(じゅ)(きょく)(いん)になっておったとはのう。金烏会か。ウワサには聞いておったが、全く、頼もしいやら、不安やら。親の気なんて知らんのだろうのう」

 そんな独り言を呟きながら、揺れる地面に抵抗しつつ、山を登っていく。

「この老いぼれには、最後の仕事になるかもしれん。心してかからねば」

 当主が決意を固くしたことなど、門下の誰もが知る由もなかった。


 *


(どう)()()~? 百目鬼~?」

 智鶴が皆と一緒に戻っているだろうと、拠点の辺りで相棒の(どう)()()(はや)()を探していた。

「あ、智鶴様! お疲れ様です! 先程の戦い、しびれました!」「智鶴様! 流石です! 紙鬼と力比べするなんて!」「智鶴様!」「智鶴様!」

 先の戦いを見ていた門下生達が、智鶴を讃えようと、次々に声を掛けてくる。ありがたいことだが、人捜しをしている智鶴には、鬱陶しく思えてしまう。

「みんな、ありがとう! ところで、百目鬼知らない?」

「百目鬼さん……? いや、見てないですね」「拠点では見てないです。戦線の方では?」

「いやあ、ずっと見てない気がしますね」

 と、百目鬼の情報は何も得られなかった。

 他を当たろうと、彼女が踵を返すと、丁度背後に(かむ)(くら)(かん)()がいた。

「栞奈、百目鬼知らない?」

「隼人か? あ~さっき会ったぞ。多分拝殿の辺りかな」

 何だかよそよそしい栞奈に、智鶴が怪訝そうな目線を向ける。

「栞奈? 何かあったの?」

「いや、いやいやいや。何も無いぞ。うん。早く行かないと、隼人、場所を移しちゃうかも」

「……? それもそうね。じゃあ、行くわ。何かあるなら、ちゃんと話してよ!」

「おう。勿論だ」

 どうにも不信感が拭えない智鶴だったが、取り敢えずは百目鬼の元に行かないとと、駆け出した。その背中を、栞奈が悲しげな表情で見送った。


 *


 時は数分前、丁度智成が絡繰人形を出した頃。

「お、隼人。いいところに」

「栞奈?」

 拝殿の裏手辺りで、拠点に戻る途中の栞奈と、ひと仕事終えて再び紙鬼の観察に戻っていた百目鬼が出くわしていた。

「ちょっと、聞いてくれないか? わっちにはどうしたらいいか」

「どうしたの?」

「あのな、さっき、紙鬼の魂を探ってきたんだ。あ、でもな、ちゃんと詳しく調べた訳じゃなくて、短時間だったし、わっちもまだまだ未熟者だから、(あん)()姉ちゃんみたいにはできなかったんだ。だけど……」

 そもそも杏奈姉ちゃんを知らない百目鬼は、何を言い出したいのか分かりかねると、首を傾げることしかできない。

「それで、何か、わかった、の?」

「おう、その、言いづらいんだけどな。紙鬼の魂に、()(あき)が見当たらないんだ」

「え?」

 唐突な事実に、百目鬼が訝しむ表情をつくった。

「あの感じ、完全に同一化してるんじゃないかって、思うんだ」

「じゃあ……」

「ああ、あの状態じゃあ、智秋だけを抽出するなんて、わっちはおろか、わっちのお母さんにだって出来る芸当じゃないと思う」

「そんな……。それを、智鶴は?」

「知らない。まだ会ってないし、会っても、どう言ったらいいのか」

 栞奈は自分を抱えるようにして腕を抱き、真実と嘘のはざまで震えていた。

「まだ、完全に、精査した、わけじゃ、ないよね?」

「おう。だけど、わっちの精一杯でもあるんだ……」

 栞奈が自身の未熟さに肩を落とした。項垂れた首と、垂れ下がった両腕が力なく揺れる。

「じゃあ、智鶴には、まだ、黙って、おこう。何回か、時間を掛けて、ちゃんと、調べて、それでもダメなら、ちゃんと、話そう」

「おう、そうだな……。そうするよ。わっち、一回拠点に戻るから。じゃあ」

「うん。お互い、頑張ろう」

「おう!」

 そうして2人は別れた。大きな秘密を共有したまま。


 *


 時は戻り、拝殿裏。

 百目鬼はまだそこに立って、紙鬼の様子を観察していた。

「すごい……皆さん、流石。紙鬼、削られて、きてる……」

「おーい、百目鬼? いるかしら~?」

 そんな時だった。集中している最中、不意に名前を呼ばれて、ビクッと総身が浮き上がった。

「あ、何だ。智鶴……」

「何だって、何よ」

「別に?」

 百目鬼の態度が気に入らなかったお嬢様は、不機嫌な態度を取りそうになるが、今はそんな時では無いと気を取り直す。

「お爺ちゃん探してるんだけど、見つからなくて。探してくれないかしら?」

「智喜様? 前線、には、いなかった、の?」

「ええ、班も別の人がリーダーになってるみたいで、詳しくは分からないけど、見つからないのよ」

「そっか、ちょっと待ってて。……(ばん)()(がん)

 既に行使している術だったが、集中し直す意味で再び術名を唱えた。

「………………」

「どう?」

「確かに、戦線、には、いないね。う~ん……。あ、山頂の方、いる……けど、山頂、変な、術が、かかってる。もしかしたら、結界、かも。入れるか、分からない」

「何それ、聞いたこと無いわよ」

「うん。俺も、本殿まで、しか、知らない、から、なんとも、言えない」

 力及ばず、百目鬼が小さく項垂れる。

「ありがとう。それが分かっただけでも助かるわ」

「あんまり、力に、なれた気がしない……」

「そんなこと無いわよ。次は、お母さんのところに行ってみる!」

 栞奈との秘密に加え、ただ見ることしか出来ない不甲斐なさに、申し訳ない気分が湧き上がってきた百目鬼だった。


 拠点に戻った智鶴は、直ぐさま母の元に向かったが、あと少しで話しかけられるという距離で、門下生に引き留められた。

「美代子様は、今から術を行使なされるので、しばらくお待ちください」

「術? どんな?」

「詳しくは……分からないですが、なんか凄い術みたいです」

 門下生が首を傾げながらも真剣な顔持ちで言った。

「お母さんはいつも『なんか凄い』わよ」

「あ、確かに……」

 通せんぼをする門下生を、急いてなんとか切り抜けようとしているとき、美代子から呪力が漏れだした。

「ようやく、おちついて術が使える」

 すぅーーーーと息を吸い込み、ふんと息を止める。すると、手に握っていた5つの呪具が、それぞれ緑・赤・黄・白・黒に輝いた。それは陰陽五行それぞれのシンボルカラーである。

 それと同時に、街の5カ所から呪力の柱が立ち上がり、呪具と同じ色の輝きを見せた。

 その場所は、千羽町とその周辺に点在する5つの(やしろ)。『木隠神社(こがくれじんじゃ)』『()()(ぬい)(じん)(じゃ)』『()(ぞう)(しゃ)』『(こん)(ごう)(づか)』『(すい)(じょう)(じん)(じゃ)』である。

「なにこれ……。なんか凄いわ」

 智鶴が目を剥いて、術が進行するのに釘付けとなる。

「ええ、なんか凄いです」

 門下生も同調して、同じ感想を述べる。

「五行結界」

 美代子が小さく呟くと、その柱は次の動きを見せ始める。

 各地から立ち上った呪力の柱は空の一点で結ばれ、強い輝きの光線が放たれた。光線は鼻ヶ岳の山頂よりも高い位置で爆ぜると、そこから山全体を覆うように、結界が張られた。

「ふぅ。ぶっつけなうえに、他人の術にしては、上手くいったわ」

 額の汗を拭う美代子に、皆が唖然とした表情を送る。

「どうしたの、みんな」

 周りの様子に気がついた美代子が、然もありなんと見回す。

「あ、これ? これはずっと昔、私のご先祖様がこの地に用意していた古式呪術なのよ。五行結界といってね、あらゆる物を浄化する作用があるらしいの。ただし、人には効果が無いらしいのよね。上手く言えないけど、現世のモノには作用しないとか、なんとか」

 そんな説明を受けても、なんとも言えない表情は変わらなかった。

 その術が完成してから、伝令が走るまで大して時間はかからなかった。

「紙鬼弱体化! 紙鬼弱体化! 各員大詰めの戦闘を! 繰り返す……」

 歓声が上がる中、智鶴だけは苦い表情をしていた。

「……お母さん」

「どうしたの智鶴。眉間に皺なんて寄せて。ほら、あんたも大詰めよ~。戦ってこなくちゃ」

「ダメなの、紙鬼を倒しちゃ、だめなのよ!!」

「どういうこと?」

 訝しむ母に向かって、智鶴は、智喜が何か術を隠している可能性、紙鬼を倒しきるよりも姉を救える可能性を口早に話した。

「それで、お爺ちゃんのところに行かないといけないの。だから、山頂へ入る方法を教えて頂戴」

「……ごめんね、智鶴。お母さん、それについては何も知らないの。山頂の結界だっけ? それ、お母さんの術じゃないわ」

「え……?」

 肩透かしを食らった智鶴は、目を丸くして思考が真っ白になった。

(ちょ、ちょっと、どういうこと? お母さん以外にそんな結界? あれ? 何か見落としてる? ……でも、このままじゃ紙鬼が倒されちゃう。そんなのダメよ。お姉ちゃんを救えるかもしれないから、戦っていたのに、全部無駄になっちゃう……)

 焦って思考を巡らす毎に、嫌な汗が全身を伝う。

「お母さん! 今すぐ結界を解いて! じゃないとお姉ちゃんが、お姉ちゃんがいなくなっちゃう!」


「わがままを言うのは止しなさい!」

 

 今までに知らないほど怖い顔をした母が、目の前に立っていた。

「いい、智鶴? いま出来るのは、あの鬼を倒す事だけなの。一度鬼になってしまうとね、二度と戻れないの。だからお父さんは今ここにいない。今本当にすべきことを考えて。呪術師として、千羽家の娘として、最善は何?」

 夫を救えたかも知れない、()()()も救えたかも知れない。そんな可能性なんて、今更考えたくもない美代子は、真っ黒に濁った目で、智鶴の瞳を捕らえて離さない。

「それは……でも……」

「いつまでも子供みたいな事を言ってるんじゃありません! あなたが自分から選んだ道でしょ? 責任をもって行動しなさい!」

 美代子は果たして智鶴に言い聞かせているのだろうか、それとも、自分に言い聞かせているのだろうか。それは彼女自身にも分からなかった。

「責任……」

 智鶴が顔色暗く、うつむいたときだった。

「……?」

 何かが戦闘服の裾を引っ張っている。

 位置からするに、かなり背の低い何かだった。

(戦場に、子供……?)

 離しがたい母の視線から逃げるように、そろりと振り向く。

「イッチー……?」

 そこには亡き父・智房が最期に買ってくれた、智鶴最愛のテディベアが立っていた。

 智鶴が振り向いてくれて嬉しかったのか、表情は変わらないものの、両手を振っている。イッチーは再び裾を引っ張ると、山頂を指し示した。

「着いていけばいいの?」

 まだ状況に追いつけていない智鶴は、考えも何もないまま、イッチーに着いて拠点から去って行った。

「お母さん、何だか分からないけど、行ってくるわ! 変なこと言ってごめんなさい。責任とかまだよく分からないけど、最善を尽くすから、任せておいて!」

 頼もしい言葉を残して娘の背中が見えなくなった頃、美代子は膝から崩れ落ちた。

「あの霊気……アナタ、そんなところに居てくれたのね……」

 結界にラグが走った。


 *


 救護所から復帰した千羽門下と、吹雪会・金烏会の面々による活躍に、戦線は最高潮の活気を見せている。

「凄い、凄いです!」

 結界が空に突如として現れてから、みるみる戦況が好転していった。

 その場に居た(なか)()(じょう)()()()が、歓喜の声を上げていたら、「こら、アンタも戦うの!」などと、先輩門下生から(しっ)(せき)を喰らってしまった。

「わ、分かってますよ! 風切り!」

 結華梨の任務は主に、紙鬼が扱う()(いと)の切断だった。まだ非力で、鬼の体を傷つけるのは難しい彼女も、これならこなすことが出来た。自分も役に立てているという自負が、彼女を更に勇気づける。

 そんな時だった。折角の結界にラグが走ったのは。

 その隙、約1秒。

 だが、紙鬼はその瞬間に、大ジャンプした。その巨体からは想像できないほどの高さに、全員が着地の衝撃に身構えてしまった。だから、だれもその行為を止めるなどという発想が湧かなかった。

 鬼は、頭を結界にぶつけると、頭突きでそれをかち割ったのだ。

 既に心的ダメージを喰らっていた美代子は、術が破られた衝撃に耐えられず、拠点で昏倒した。

 だから、だれも結界を立て直せず、最高の結界は、ただ無為に消滅していった。

 更に、美代子の昏倒は、元から張られていた数々の結界・呪いの効果を弱めてしまう。直ぐさま後方支援班が既存の結界・(まじな)いだけでもと、調整を始めたが、美代子の天才的な術式を前にして、直ぐ上手くはいかない。

 当の着地による地震は、みな身構えていた為事なきを得たが、その後が問題であった。

 鬱陶しい結界が消えたことが分かったのか、紙鬼はまるで遠吠えでもするかのように、

「ぎゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」と大声を上げたのだ。

 それと同時に、鬼の体から邪気が噴出した。

 邪気、それは他を寄せ付けぬ鬼気と違い、妖を寄せ付ける格好の餌。

 鬼気の対策ばかりしていたから、この展開に状況がどう変わるのかと、術師はみな下手な動きを取れず、ただ見守る事しか出来なかった。

「嘘だろ、おい。こんな事ってあるのか?」

 智成が珍しく驚きの声を上げた。それと同時に、伝令が走る。

「伝令、伝令~~~~~~~~~! 鼻ヶ岳各所に中級から上級の妖出現! 繰り返す……」

 伝令が走るまでも無かった。彼らの目線の先には、ぬえが5体、現れていたのだから。


どうも! 暴走紅茶です!

今回もお読みくださり、ありがとうございます!

暖かくなったと油断して、長袖の下着を仕舞ったら寒くなりました。現場からは以上です。

ではまた次回!!

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