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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第八章 これにてマクヒキ

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第7話 新たな不安


もう何も聞こえない。

 もう何も感じない。


 上も下も分からない暗闇の中

 怖くなんてありません。

 

 何だか胸が

 すーと軽く

 心地よい世界を

 漂っている気分です。

 

 私はこれにて幕を引きます。


 *


「最初から飛ばすわよ!」

 (せん)()()(づる)が地面を蹴り、紙を足場に高く(ちょう)(やく)する。そして手を(ひるがえ)すと、紙が(まと)まり、折りたたまれ、一振りの刀を作り上げた。

 と、自分の内から声がする。

 ――やる気になったか――

「ええ! 力を貸して頂戴ね!」

 全身から湧き上がる()()が、刀に込められる。

()(とう)(じゅつ)! (きょ)(ぼく)(じゅう)(だん)!」

 これは智鶴がこの山で作り出した技であり、その名の由来は言うまでもないが、(はっ)(かく)(さい)にしこたま怒られた記憶が懐かしく思い出された。

 振り下ろされた刀身は結界ごと紙鬼の体を切りつけた。ギリギリで紙鬼の攻撃に耐えていた結界は崩壊し、紙鬼の体にも、微かにだが傷がついた。

「よし! この調子!」

 その時、拠点の方角から悲鳴とも怒りとも信頼とも聞こえる絶叫が、聞こえた気がした。

「誰か! お母さんに、山頂付近まで誘導するって、伝えて! 他のみんなは援護を!」

急に現れた智鶴の戦い振りは余りにも頼もしく、皆の視線を集めていた。そのため、彼女の声はすんなりと門下生へと伝わり、伝播し、拠点にいる美代子へと届けられていった。

 年端もいかない女子高生の奮闘に、負けていられないと、士気が高まっていく。

「皆さん! 智鶴様に続きなさい! 境内から押し上げますよ!」

 (ふじ)(むら)が智鶴に賛同し、援護の指示を飛ばした。

 智喜はフッと笑い、「頼もしくなったわい」と言葉を吐くと、自分の班員にも藤村と同じような指示を出した。

「応!!」

 門下生達の猛々しい返答が、山に()(だま)した。


 *


「うわっ! いや~~~~~~~~~~~~~~。もーーーー!!」

 拠点にいた後方支援組から、様々な感情が()()ぜにされた美代子の悲鳴が上がる。

「何? 何があった、の?」

 暫く拠点を離れていた(どう)()()が、声を聞きつけ慌てて戻ってくる。

「あの子ったら、折角の(けっ)(かい)を破ったのよ!」

 美代子が言外に憤慨を表している。だが、成長した娘が頼もしくて仕方ないのか、口元は笑っていた。

「まあまあな硬度と柔軟性を持たせて、紙鬼の攻撃にも耐えうる構造だったのにな~。負けてられないわ~~~~!」

(紙鬼に目が眩んでた。それだけじゃない、娘とも張り合える結界を張らないとね)

 腕まくりをして、肩を回し、呪具を選定するべく腰のポーチに手を伸ばした。やる気は十分だった。智鶴の本格参戦が、皆に活力を与えていた。

 そこへ伝令がやってくる。

「智鶴様より伝令です。これより紙鬼を山頂の方へ誘導するとのこと。続いて(とも)()(さま)より、7合目を過ぎたあたりで結界を張り直してほしいとのこと。以上です!」

 息が上がっているにもかかわらず、一息で言葉を紡ぎきるのは、流石千羽の門下生というところか。伝令を聞いて、美代子が後方支援組に指示を飛ばす。折角呪具へ手を伸ばしたのになどと、出端をくじかれたような感情は一切無く、娘に対する闘争心ともいえる想いで溢れていた。

「偵察班は至急山頂への導線を確定させて! でも、紙鬼の監視も忘れずに! 結界班は、結界の維持よりも、戦闘班の援護・防護へ作戦を転換、支援班はどんどんみんなに力を!」

「はい!」

 こちらでも、頼もしい返事が揃って上がった。

 すぐさま展開していた術をバタバタと転換させていく。各々自分の流派に沿った術名を口にする。人数の少ない後方支援隊だが、その分連携は見事なもので。

「百目鬼さん! 導線の提案です!」

「ありがとう」

 大した時間も掛けずに山頂へのルート案が作られ、偵察班班長の百目鬼へと提出される。数秒のディスカッション。

「いいね。それで、いこう」

 彼が頷くと同時に、他所からも声が上がる。

「美代子さん! 結界班・支援班、術の切り替え完了しました! 百目鬼さん! 過不足は無いですか?」

「大丈夫。現状、維持、してね」

「はい!」

「美代子さん、俺、ルート、案内する。前線、行くね」

「わかったわ! じゃあ、後輩にちゃんと偵察引き継いでいってね!」

 百目鬼がサッと後輩に要点を伝える。聞いた端から理解を示し、後輩が首肯したところを眼で視ると、彼は直ぐさま走り出した。

 本来ならば班長の彼はここに残るべきだろうが、偵察班は非戦闘員で構成されている。そのため、戦闘経験があり戦力にもなり得るとなると、彼以外に適役はいないのだった。

 

 *


 鼻ヶ岳山頂付近に、ひっそりと建てられた石造りの(ほこら)がある。その中では大きな丸い岩が真っ二つに割れていて、人間が一人、それへ(もた)れかかるように座らされていた。その人間はピクリとも動かないが、微かに微かに呼吸をしている様にも見える。

「動き出しちゃったね。どうなるんだろ」

 声の主は罰当たりにも、祠の屋根に座っており――

 ――ひとりの人間を抱きかかえていた。

 眼下に広がる悲惨な戦場を、憂う目つきで見つめながら独り言が続く。

(ものの)()(さま)のシナリオも、(ぜん)(ぼう)は聞かされていない。もしかしたら、この化け物を人の世に放って、それで全てを崩壊させるのかな。何にせよ、私には関わりないね」

 

「お前! 何者だ!」


 その者にとって、不意のことであったらしく、ピクッと少し驚いたような動作をとった。

 鼻ヶ岳は天狗が治める山。もちろん警備だって、天狗が行う。5体の天狗に見覚えは無かった。

「怪しいヤツ! 捕らえてくれる!」

 声に反応を示したが、ただ虚ろな目を向けるだけで、逃げようとも抵抗しようともしない。

 5体が(しゃく)(じょう)を構え、息の揃った突きを繰り出す。複雑に絡ませ、完全に動きを封じられるはずだった。

(みず)()

 錫杖が届く寸前、座っていた者がひとつ指を弾くと、錫杖は彼女をすり抜けた。まるで池に向かって得物を突き出したかのように、手応えが一切無かった。

「滅されたくなければ、去った方がいいよ。私はもう止まらないから」

 ゾクッとするほどの気がまき散らされた……気がした。

「と、捕らえろッッッ!!」

 自分を、仲間を、鼓舞するように天狗が叫ぶ。だが、錫杖で突き刺そうが、抱きつこうが何をしてもそれは無傷のまま捕らわれてくれない。

「無駄だよ……。こうなる前に、心は全て決めちゃったから」

 その者は悲しげに笑うと、「呼ばれてる」そう小さく呟いた。

 バシャンと水風船が割れる様に、水が弾け飛んだ。

 次の瞬間、不審者の姿はかき消えていた。

「な、何だったんだ?」

 一体の天狗が言葉を漏らす。

「分からんが……とにかく、大天狗様にご報告だ!」

 リーダー格と思しき一体が指示を出すと、みな神域に向かって急ぎ飛び立った。


 *


 各所で事態が動いていく中、いっとう前線で戦う智鶴は、確かな手応えを感じていた。

 来る攻撃は自動防御で防げているし、鬼気を纏わせた各種攻撃も確実に紙鬼の体力を削っている。

 完全に智鶴の援護となった門下生達は、彼女がつけた傷を目がけて追撃を放つことで、通らなかった攻撃が通り始め、かつて無い高揚に包まれていた。

「智鶴様! 危ない!」

 自動防御の隙を突いた攻撃が迫ろうとしていた所へ、一陣のつむじ風が巻き起こり、彼女を守る。

()()()! ありがとう!」

 紙の上に立ち、空中戦をしていた智鶴の直ぐ隣に、(ふう)(てん)(じゅつ)で空を飛ぶ結華梨が援護の風を飛ばしたのだ。

 

 そんな智鶴が戦う姿を、智喜が満足げに眺めている。

「10年前、鬼気を扱える者がおったら、結果は違っていたのかのう」

 彼は自身の紙鬼と取り引きをする際、(そっ)()(じゅつ)の幅を広げるべく、知識を選択していた。だから鬼気を纏うような攻撃は出来ないし、出来たとしても智鶴のような威力は出せないのだ。

「もしも、(とも)(より)(とも)(なり)が門下に残っておったら……などと考えるのは、止そうか。今は目の前に集中じゃな」

 智喜が腕を振ると、どこからともなく、中空に何も書かれていない札が現れた。

「速記術 ()(ぎょう)(そう)(こく)!」

 声を発すると同時に、紙に文字が走り、光を放った。

 これは10年前にも使った技である。(いん)(よう)()(ぎょう)(せつ)に則り、木火土金水の意味が付与された呪符が猛威を振るい、互いを打ち消し合い、補い合う中でこの世を象る五気が混ざり合っていく。最後にそれは(ほう)(おう)の姿を模した火の鳥となり、紙鬼へと迫っていく。紙の鬼、紙鬼。紙は燃え上がるという性質に賭けたのだ。

 呪力の鳥は火の粉をまき散らし、優雅に鬼の周りを飛び回る。紙鬼が鬱陶しそうに払いのけようとしたところから着火し、次第に燃え広がっていく。

 火の鳥はまだ飛んでいた。段々と己の火を移しながら、紙鬼を火だるまに仕立て上げる。

 10年前はここまでの威力はなかった。彼もまた悔い、抗い、術を磨いていたのだ。

 だが……。

「うおぉぉおおぉおおおぉぉおぉぉ」

 紙鬼が雄叫びを上げると、そこを中心に鬼気が爆発。自身を燃やす炎を爆散させた。無作為に放たれた鬼気は戦闘員達を襲う。生身ならば即座に冷や汗が流れ、泡を吹き、昏倒するのも当然のところだが、美代子率いる後方支援隊による全員への防護術が効力を発揮し、それを未然に防いだ。

 それでも衝撃はあったようで、皆、攻撃の手が止まった。

 それを隙にと、紙鬼が攻勢に出始める。

 かつての紙鬼は無差別に作り出した紙製の武具を、紙吹雪でも飛ばすかのように放ち続ける攻撃をしてきたが、それはどうやら智房が核だったからのようで。此度の核は智秋。そう、紙鬼は()(ばく)(じゅつ)を行使したのだ。

 森中に紙の糸が張り巡らされる。しかもその糸は太いのも細いのも巧妙に混ざり合っており、太い糸に気を取られ避ければ、細い糸に足を絡め取られ、断ち切ろうとすれば、燃え上がり、地上を戦闘のベースとしている術者の殆どが、糸に攻防全てを遮られてしまっていた。 

 それは、前線を目指す百目鬼の足も封じていた。。

 何とか智鶴に、智喜に、前線の皆に拠点で洗い出した山頂までのルートを伝えたいと願うも、蜘蛛の巣……いや鬼の巣状態の山を前線まで登るのは困難を極めていた。

 万里眼で見切れているのに、隙が無い。ただ避けながら登るにしても、糸が邪魔でしょうがなかった。

 万事休すの状態で、唯一この中で鬼気の障害を受けず、また地上でなくとも戦える者がいた。

 ――智鶴だ。

「ホント、困ったお姉ちゃんね!!」

 紙鬼の咆哮を受け、空中班がみな一旦体勢を整えると言って降りていったから、今紙鬼対峙するのは彼女だけ。真の一対一の中、自分の周りに無数の紙吹雪を待機させ、鬼の出方をうかがう。

「姉妹喧嘩で負けた記憶が無いわ。だからかしら、全く鬼気迫る感じがしないのよね」

鬼だけにと付け加え、クスリと笑う。

 こんな状況でも、智鶴の心は折れるどころか、むしろ高ぶってきていた。

「紙吹雪! 紙つぶて!」

 鬼気を纏った紙吹雪のつぶてが、機関銃を思わせる速度・威力を擁して発射されていく。

 紙鬼に想像力が備わっているかは分からないが、想像以上の威力だったのだろう。痛みを覚えた紙鬼は、完全に智鶴を敵と見なした。

「こっちよ!」

 紙つぶてと針地獄を混ぜ、打撃と突撃の痛みに紙鬼が悲鳴をあげつつも、智鶴を追い始める。思惑通り山頂付近、7合目まで鬼を誘導した。その瞬間、鬼を囲む八角形の結界がそびえ立つ。どうやらその結界には、紙鬼の術を遮断する意味も込められていたようで、山に張り巡らされていた糸が急に(ゆる)み、自由になった戦闘員達が山を駆け上り始めた。

 智鶴もまた、息を整えるべく、結界の外に出る。

 鬼は智鶴をどうにかしようと、必死に結界を殴った。だが、その威力は全て吸収される。

「流石、お母さんの結界ね。でも、紙鬼も流石。結界がビリビリいってるわ。いつまでもつのかしらね……」

 智鶴の思考が急回転する。

「どう考えてもこの戦闘、お母さんが(かなめ)よね。そうなれば」

 智鶴が大きく息を吸うと、足下に向かって叫んだ。

「伝令! お母さんに無理しないでって言って! 結界が破られたら、私が相手する!」

 皆がいる5メートル以上下の地面は、智鶴が気配を読める範囲外だったが、何となく誰かが走って行った気がした。だから、落ち着いて結界の様子を見守ることにした。

 ……と、その時ようやく落ち着いた彼女は、ある事に気がつく。いや、何故気がつかなかったのか、自分でも不思議でしょうがなかった。

「あれ? そういえば竜子はどこ?」

 辺りを見回しても、竜気の気配すら感じない。どこにもいないのだ。こんな状況なら、絶対近くに居るはずなのに。()()()の背に乗りって、戦っているはずなのに。気配のその片鱗さえ感じない。

 彼女は苛立たしさよりも、新たな不安を覚えた。


どうも。暴走紅茶です。

今回もお読みくださり、ありがとうございます。

なんだかこのサイトの見た目も、ずいぶん変わってしまったなと思ったのですが、なんと20周年!

僕が今年で10周年なので、その倍ほど前から色んな方がここで切磋琢磨してたのかと思うと、負けていられませんね。

こうして僕らが頑張れるのも、このサイトがあるおかげ。運営さん、ありがとうございます。次の20年もどうぞよろしく。末永く頑張ってください。


ってな感じで、また次回!

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