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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第八章 これにてマクヒキ

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5 微かな始まり

 醒めない夢が悪夢に染まっていく。

 笑顔だった愛する人たちが、悲嘆にくれた顔に変わっていく。

 何で、何があったの?

 問いかけても誰も返事をしてくれない。

 それどころか、皆自分を見つめ、息を荒らげる。

 やめて、やめて、やめて、やめて――

 だんだん自意識が遠のいていった。

 

 *

 

 (はな)ヶ(が)(だけ)()()が現れた頃、中部地方の各地に散らばる()(ぶき)(かい)が治める地にも、異変が起こり始めていた。

「何だかおかしな邪気が漂っていませんか?」

(おう)()もそう思いますか。今夜は何やら、大変な事になりそうですね」

 ()(たん)(ざか)(おう)()椿(つばき)(ひめ)の姉妹が、()(たん)(ざか)(やく)(ざい)の店の間に並んで正座している。いつもは交互に話し、互いが互いに指示を出し合い行動する彼女らも、2人で雑談する時は対話をするようだった。

「ここらは妖の湧きにくい土地だというのに……」

 2人揃って、不安げな顔で店の外を眺める。

「早い内に()(じゅ)(きょく)か、(せん)()()に連絡を入れますか?」

「そうですね……。お母様に相談しましょう」

「それがいいですね。でも、お母様のことだから、もう手は打っているかも知れませんが」

 二人がそんな会話をしていたときだった。

 店の前を、(ごく)(さい)(しき)(たて)(じま)が煌めく、大きな白い虎が(ばっ)()していった。

「今の見ましたか?」

「ええ、ハッキリと」

「あれは、妖ですよね」

 二人が驚きに歪む口元を、(たもと)で隠しながら話し続ける。

「でないと、動物園から逃げ出したとしか思えません」

「そんなニュースは聞いていませんよ」

「確かに。それに、色が変でした」

「サイズもです。あんなに大きな虎は、ギネスブックでも見たことありません」

 二人は慌てて奥へと引っ込み、母の部屋の襖声を掛ける。

「お母様! お母様! 家の前に虎が!」

 桜樺が忙しなく声を上げるものだから、母上――()(たん)(ざか)(さく)()が部屋から出てきた。

「ええ、分かっています。虎は知らないですが、この地に妖が、それも上位の妖が湧いています。千羽家とは連絡が付かなかったので、一番近い(だっ)(さい)さんの所へ電話しましたが、そちらも似たような現状で、今戦闘員が出払っていると言われました。これは、きな臭いですね。10年前の再来を思い出します」

 そう告げると、少し困った顔をして、

「危ないから、あなたたちは地下へ逃げていてください。先に店子達を向かわせましたから、鍵は開いているはずです」

 牡丹坂屋敷には、非戦闘員の呪術師一族として、有事の際に身を守るための地下空間が備え付けられている。かつて戦時中には、防空壕として一族や商人達の身を守ったとも伝えられているその空間には、結界が張ってあり、10年前の時も牡丹坂関係者たちとその薬を、上級妖から守った実績があった。

「わかりました。お母様もご無理はなさらず」

「ありがとうございます。この後魔呪局に連絡してから、地下へ入りますから、待っていてください」

 姉妹は首肯すると、今は物置となっている部屋へ駆け込み、床に備え付けられた扉を跳ね上げ、中へと入っていった。


 *


 智鶴が石段を上っている。本人は急いて駆けているつもりらしいが、その足取りは重かった。上れば上るほど、これと今から戦うのだとの思考が、恐怖と(せん)(りつ)と怖じ気と様々な負の感覚を連れてきて、紙鬼の体が段々大きくなっていく様な錯覚に囚われた。だが、弱気ではだめだと、頭を振ってそれらを追い払う。怖くはない、恐くはない、こわくはない……が、この鬼を倒したとして、智秋はどうなるのか。あの笑顔を二度と見られないのか。

 今、彼女の中には、鬼に対する感情と、姉に対する感情が二律背反に渦巻いていた。

 最後の段を踏み越えると同時に、赤い鳥居を抜けて境内に立つ。つい30分前には姉とここで笑い合って居たのだと思うと、現実味が湧かない。

 それでも、今、目の前に広がるのは痛い程現実で、みなが必死に(じゅ)(りょく)を練り上げているのが気配で伝わってきて、彼女を(へき)(えき)させた。


 *


「紙鬼が動き出す前に、できるだけ体力を削りなさい!」

 10年前を知る者の中でも、特に(ふじ)(むら)(かおる)は指揮を執る声に力が入っていた。

 当時、自分はサポート役に回ることで精一杯だった。茶筒の中にしこたま仕込んだ呪符を、護符を、当主の(とも)()に手渡すくらいしか出来なかった。

 それは深い悔恨として心の中に根を張っている。

 今なき先代の(とも)(ふさ)にはとても世話になった。彼が入門した当時当主であり、上手くいかず伸び悩んでいる折には、相談できる良い師であると共に、その姿は彼の憧れだった。

 だからこそ、そんな智房を助け切れなかった自分を恥じていたのだ。

 10年という時は長いようで短かった。

 仲間達が道場を去って行くのを横目に、残る事を決めた彼は、ただ我武者羅に自分の呪術を磨いた。どう応用すれば効果的になるのか、何をしたらもっと強くなれるのか、研鑽の日々は彼を師範代へと押し上げた。

 その日々が、その積み重ねが、彼の背中を押す。自分を慕ってくれている門下の皆を活かすために、実力がまだ足りない乾きに喘ぎながらも、思考をフルスピードで巡らし、最善の一手を探す。

 何度も何度も夢に見ては絶望させられた、起きる度に、何度も何度も倒し方を考えていた。だからこそ、今ここで、昔日の思いを昇華させるのだと、屋敷の門を潜るりながら誓ったのだった。

 だが……。

「やはり、強敵ですね。傷一つ付かないとは……」

 藤村班も他班も手を抜いていると言うことは一切無い。それどころか、精一杯を叩き込んでいるハズなのに、傷一つ付かない鬼を前にして、それでもなお彼の心は折れなかった。

「鬼とは言え、構造は人間と同じです! 足首や、太ももの付け根、脆いところを集中的に攻撃してください!」

 ついつい的の大きな胸部から腹部を狙っていた攻撃が、下半身に集中しだした。

「これで、上手くいってくださいね……」

 藤村の声が虚空に紛れた。


 *


「ようやく来たか。その表情、まだ決心がつい取らんと見える」

 戦場に現れた智鶴に、智喜が近寄ってきた。彼もまた戦力として戦いに挑んでいるらしく、既に紙鬼回帰を発動していた。それにどこか息が上がり、疲労を溜め込んでいるようにも見える。手出し無用の五家が一角、千羽家を統べる強者とは言え、寄る年の瀬には敵わないというのか。そんな祖父の姿を見て、智鶴の動揺はまた広がるのだった。

「皆、班に分かれて行動しとるが、お前さんの様な不安定な者を紛れ込ます訳にはいかん。それに、お前さんは一人でも動けるとワシは信じとるでの、特例じゃ、今宵、ここでお前さんだけは自分の意志で、思うままに戦いなさい」

 智鶴は小さく首肯すると、小声で呟いた。

()()(かい)()

 彼女の中の暴れたがりが、その力を彼女に貸した。

 声が聞こえる。

 ――私が目覚めたのか――

「そうよ。最悪だわ」

 ――そうか、依り代は姉なのか――

「ええ、本当に最悪」

 ――でも、私を呼んだということは、立ち向かう気はあるのだろう? ――

「あるわ、頭にはちゃんとあるけど、まだ体と心が追いついてこないのよ」

 ――皆は戦っているぞ? 私も戦いたい、暴れたい。さあ、行こうぞ――

「そんな簡単な話じゃないの!」

 ――そうか、迷う人の気持ちも面白い。その時を待とう。暴れられるその時をな――

「ヤケに素直なのね。でも、ありがとう」

 智鶴の紙鬼はそこで会話を止めた。本当に待つ気なのだろう。それは既に戦う決心がついているからに他ならない。それでもなお、彼女は巨大な鬼を見上げる事しか出来ていなかった。


 *


 (ばん)()(がん)を発動させた百目鬼は、拠点で座禅を組み、紙鬼の(れい)(てき)(じゃく)(しょ)(妖気の滞留する(しこ)り)を探していた。

()()、凄い……わけが、分からない」

 いつもは妖気を蓄えた、普通の妖相手だから、瞬時に、瞬時でなくとも、探せばそれを見つけられた。だが、本物の鬼相手となると、訳が違う。それに紙鬼は上級妖である鬼の中でも上位に君臨する上級の鬼である。弱点の隠し方は巧妙であり、更には読みづらい鬼気に包まれている。

 汗がぽたりと垂れた。

 普段ならここで邪念が混じり、焦ってしまう彼だが、何故か今は穏やかな気持ちで、冷静さを失っていなかった。

 それは、相手が余りにも脅威であるからか、それとも彼が強くなった証拠なのか。

 鬼気を解読していく彼の表情に、不思議と笑みがこぼれていた。


 そんな彼の直ぐ近くで、門下生にぐるりを囲まれた(せん)()()()()は、目を(つぶ)り、(じゅ)()を握っていた。

 藤村同様、彼女もまた夫を失った過去と、娘が囚われた現在に駆り立てられ、術に力が入っていた。毎日毎日ただお三どんを繰り返していただけではない。彼女は彼女なりに、自分に足りないものを見つめ、紙鬼の再来に備えていたのだ。

 家事の合間に、寝る前に、朝早起きをして。書物を読み、規模を小さくして術を試し、娘たちや義父の放つ鬼気を参考にして、構築しては崩し、試しては未完成に落ち込む日々を繰り返してきた。

「なんとしても、紙鬼が動き出す前に全てを封じる」

 カッと目が開かれたと同時に、呪具が光を放った。

 それを合図に、門下生達が声を揃えて誦経を始める。場を清め、彼女の呪いを補強する術を展開したのだ。辺りは清廉な光に包まれ、呪力は中空に浮く小さな光の珠として顕現し、弾けては呪具に収束していった。

 美代子女の手に提げられた宝玉は4種類。それぞれに意味があるのだが、どんな意味なのかは彼女しか知らないし、術名を言葉にしない彼女であるから、周りの者達の誰もが知らない。

「はっ!」

 小さく鋭く息が吐かれた。

 同時に、山裾沿いに呪術で作られた光の障壁が現れる。こちらの意味は『鬼気の浄化』山に充満する鬼気が町へ流出するのを食い止め、また山に滞らぬよう浄化し空へ逃がす構造になっている。結界はこれに留まらない。紙鬼の足下を始め、5メートル置きに等間隔で3枚張られた。こちらの意味は『足止め』紙鬼が動き出しても、町へ下ったり、暴れたりしないようにするための防護壁である。かつての戦いを経て、ただ固く守るだけの結界にあらず、柔軟性をもち、あらゆる攻撃に対処できる仕様に変化していた。

「まだまだよ!」

 結界が現れた後も、宝玉に宿った光はその照度を落とさない。

 美代子が更に呪力を練ると、一瞬山全体の地面が光った。これにより、術者へ呪力増強と簡易的な防護術を施したのだ。だが、(どう)()()だけは混じり物で、妖力由来の呪術者。呪力を強化されても仕方の無いことだった。

 だから、百目鬼の居る地面だけは他とは違う光り方をした。彼の妖力を増強させたのだ、そして、増強されたのは妖力だけで無く、防御力と、解析力もだった。

 百目鬼の脳みそが更なるフル回転を始める。

「……美代子さん、ありが、とう。お陰で、よく、見える」

 全身の目がぐるぐるとせわしなく動き、紙鬼を解析していく。


 

 その時、地面が微かに揺れた。


どうも! 暴走紅茶です!

今回もお読みくださりありがとうございます!

ついに始まりましたね。今回智鶴は戦えるのでしょうか?

今後の展開もご期待ください!


ではまた次回!

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