表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第八章 これにてマクヒキ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

136/159

4話 ゆらぐ想い

 優しい、優しい気持ちに包まれていた。

 目に浮かぶ()(づる)が笑っている。

 笑顔でなく、もっと。破顔。

 堪えるまでもなく、笑い声を上げている。

 自分も笑っているのが分かった。

 幸せだった。

 ずっとこうなる日を待ち望んでいたから、

 もしかしたら夢ではないかと思った。

 夢だったら、醒めなくて良いのに。


 切に祈った。


 *


 息を切らした(せん)()()(づる)が、屋敷に飛び込む。文字通り飛び込んだから、勢い余って前転しかけた。

「おじいちゃん! お姉ちゃんが!」

 絶叫した。

「何があった」

 玄関脇の襖が開くと、そこから祖父であり、千羽家当主の(せん)()(とも)()が姿を現した。何やら広間には人が集っていて、ガヤガヤと騒がしい声がしていたが、智鶴には一切聞こえて居なかった。

「ひ、光の玉が、おねえちゃんで、それで、いま、お姉ちゃんが、お姉ちゃんが!」

「落ち着け、ひと先ずは靴を脱いでから、深呼吸しなさい」

 ひどく落ち着いた声で、諭されると、素直に従った。

「はぁ……はぁ……」

 乱れた呼吸を落ち着けると、ようやく思考が巡り始めたが、そんな暇は無いと全身が急いている。

「端的に話すわ。お姉ちゃんが()()()した」

「なんと、そうじゃったか……。誰の仕業か……いや、それは取り敢えず措いておくとしよう。鼻ヶ岳に異常な()()を感じて、既に人を集めた。もう準備は整っとる」

 智喜は背後の襖を開けると、中に向かって、

「皆の者! 誠にすまぬが、10年前の再来じゃ。心してかかってくれ!」

 既に出撃の通達は済んでいたのだろう。(せき)を切られた術者が、次々に屋敷から飛び出していった。

「どうせ止めても、お主は行くのじゃろう。分かっておる。止める事はせぬが、くれぐれも死ぬでないぞ。……どうした?」

 きっと言葉を聞き終わらぬ間に飛び出していくと思っていた孫が、座り込み、項垂れたまま動かないから、肩透かしを食らった智喜は、心配げな声をかけた。

 智鶴は膝を抱えて、顔を膝頭の間に(うず)める。

「私、守れなかった。私、止められなかった。お姉ちゃんを説得して、まっすぐ帰ってきたら、きっと変わっていたかも知れないのに、お姉ちゃん……」

 智鶴の頬に涙が滴る。それは顎の辺りで一つになると、床にぽたりと落ちた。

「智鶴! いつまでも泣いてないで、シャキッとしなさい!」

 不意に背中を叩かれ、キツい言葉を掛けられて、ハッと顔を上げると、そこにはいつの間にか戦闘服に着替えた母・()()()が立っていた。

「いい? 智秋がこうなってしまったのは、本当に残念よ? でも、今あの子を止めてあげられるのは、私たちしかいないの。放っておいたら、町の人たちが危ない。お姉ちゃんが、町を滅茶苦茶にして、思い出も何もかもが更地になって、アナタはどう思うの? 今くよくよしていられる余裕があるなら、未来に向きなさい! 後悔は後でしたらいいの。……大好きなんでしょ、アナタがケジメをつけてあげなさい」

「で、でも……やっと仲良くなれたのに……うう……お姉ちゃん……」

「でもとか、だってとか、今考えたってしょうがないでしょ!」

「ズズズッ」

 鼻水がすすり上げられた。

「今何をすべきか考えなさい!」

 母のことを非道だとか、薄情だとか(なじ)る言葉は容易に生まれてくるが、自分と同じように悲しく、辛く、沢山の後悔を抱えていることは分かっていたから、何も口にしない。ただ母の気丈さが頼もしかった。それと同時に、自分の情けなさが浮き彫りになるようで、恥ずかしさのような感情が湧いた気がした。

 ――今すべきこと。

 泣きじゃくる女子高生の顔だったのが、様々な感情を堪えるように、口元がキッと結ばれ、呪術師としてのそれになった。

「……うん。私、着替えてくる!」

 自室へと駆けていく足音は、それでもまだ不安げだった。


 *


 時は少し遡り、下校時刻間近。夕日が差し込む教室で、(きの)(した)()(なた)と、()()()(せん)(せい)が向かい合っていた。

「来てくれると、思っていましたよ」

 日向にはまだ口を開いて良いものか、迷いがあった。一度話を始めてしまったら、もう後には戻れないと分かっていた。

「…………!」

 それでも、知りたかった。

「先生、教えてください。ちーちゃんが……千羽家が一体何者なのか」

「ええ」

 先生はこれ以上無いくらい笑顔だった。


 *


 智鶴が(はな)ヶ(が)(だけ)に着いた頃には、もう既に作戦が始まっていたらしく、多種多様な戦闘音が響いていた。10年前を知るものも、知らず話だけ聞いていた者も、みなが鬼を何とかしようと必死に攻撃を繰り出している。

 まだ紙鬼は活動期に入っていないのか、月夜に照らされ、棒立ちで境内に立っていた。それでも不気味な鬼気は多少なりとも漂い始めており、平気であるはずの彼女も、ぶるっと背筋に悪寒が走った。

 石段の踊り場の横、少し開けたスペースに簡易的な拠点が設けられ、非戦闘員・偵察部隊の面々が待機していた。その中に、美代子と(どう)()()(はや)()の姿を見つけた。

「やっと、来た」

「決心が付いたのね」

 智鶴を見つけると、二人が近寄ってくる。

「ええ。私がお姉ちゃんを止めるわ」

 頭では分かっていて、言葉も伴っているのに、まだ心が、心だけが追いついて居なかった。

 2人から目を逸らすと、紙鬼の待つ境内に向けて、次の石段に足を掛けた。


 *


 木下日向は、月光に照らされる帰り道を駆けていた。

「私、何も知らなかった。知ろうともしていなかった」

 安心院先生に聞かされた話は、信じられないくらいにオカルティックでファンタジーだった。事実は小説よりも奇なり。まるで下手くそな小説のようで、何も入って来なかった。

 それでも、智鶴と過ごした時の中で感じていた疑問が、嫌にも解決されていくのが分かった。

 眠そうだったのも、怪我が多くて学校を休みがちだったのも、(あやかし)と日々戦っていたと考えれば……。百目鬼が引っ越してきたのも、千羽家に住み込んでいるのも、智鶴と仲が良くなったのも、全て呪術を理由にしたら……。

 全てを受け入れられない彼女に、先生が一冊の書物を差し出してくれた。

 それは『千羽家之歴史』と書かれた書物で、いま彼女の胸元に抱えられている。

 ()(ぶき)(かい)所属大家の屋敷にしか蔵書されていないはずのそれを、何故先生が持っていたのかなど、何も知らない彼女には一切の疑問を挟む余地もなく、ただ渡されたモノを受け取ったに過ぎなかった。

 駆けていた足を止めた。

 呪術者でなく、妖を見る才もない彼女には、何も見えないし、何も感じる事は出来ないが、山の方から酷く不安を覚えたのだ。

 山へ足を向け、独りごちる。

「ちーちゃんは、今何をしているの……」

 もしかしたら、今も山で戦っているのかも知れない。

 もしかしたら、また傷だらけになっているのかも知れない。

 それでも、自分には何もしてあげられることがない。

 歯がゆくて、側に居てあげたくて、だから身もだえして、どうにかなりそうだった。安心院先生は、「彼女の側に居てやれるのは、あなただけです」と言っていたけどけど、自分は笑顔で彼女の帰還を待つことしか出来ないことは、ハッキリ分かっていた。だから、一度向けた足を戻して再び駆け出した。


 日向には、明るい光が漏れ出す、普通の家しかないのだから。


どうも。暴走紅茶です。

今回もお読みくださりありがとうございます。

早い者で1月終わったそうです。

皆さんはこれから鬼退治ですかね?

紙鬼に豆は効くのでしょうか?


そんなこんなで、また次回!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ