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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第八章 これにてマクヒキ

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3話 姉

 (じゅ)()がなくなったことが発覚して、3週間ほどが過ぎた。未だに見つかっていないそれのせいで、(せん)()(いち)(もん)には変わらず不穏な空気が漂っていたが、そんな中で変わっていく者もいた。

 (せん)()()(づる)が下校しようと、昇降口を抜け、校庭を歩いていると、丁度目の前に姉・()(あき)が現れた。姉は妹を見つけると、嬉しそうに小さく手を振って近付いてくる。二人が打ち解けてから、半月以上の時が流れており、少し前の空気を思い出す影もなく、すっかり仲良し姉妹に戻っていた。

「あら、奇遇ね。智鶴も帰り?」

「お姉ちゃんも? 今日は友達は?」

 2人は並んで歩き出した。

「みんな習い事とか、塾とかだってさ。呪術師じゃなくても、みんな忙しいのよね」

「そうなんだ。大変ね。折角の青春なのに」

「すごい他人事に聞こえるわ。智鶴だって同じじゃない」

「同じだけど、同じじゃないよ」

 智鶴の顔にほんの少しだけ陰りが見えた。

 桜並木に差し掛かる手前。

 だから、姉は気を遣って手を引く。

「ね、私、もくれんに寄っていきたいわ」

「え、でも、今日は道場の日で……って、うわ!」

 つべこべ言う妹を、無理矢理引っ張って、智秋は先を急いだ。


 *


 時同じくして、(はな)ヶ(が)(だけ)(はな)()(じん)(じゃ)

 境内に一人の少女がいる。

 きっと(いん)(ぎょう)でも掛けているのだろう、その姿は陽炎(かげろう)よりも微かで、気配も殆ど感じない。

 その少女は、(ちょう)()()にも(さい)(せん)(ばこ)にも目もくれず、真っ直ぐ(はい)殿(でん)裏の茂みを目指す。

 洋服のポケットに手を突っ込むと、満足げな表情で先へと進んでいく。

 だが、いくら進んでも元の場所に戻ってきてしまうのだ。

 不満を隠しきれない様子で、ポケットから根付けを取り出すと、視線だけで人を殺せそうな鋭い眼差しを向ける。どうやらその根付けは呪具らしい。

 もう一度、ちゃんと根付けを握って登山に挑戦するが、結果は同じ。

 思い通りにならず、怒りが頂点に達したのか、手にしていた物を地面に叩きつけると、膝から崩れ落ちた。

 その時だ。光を遮るものが現れた訳でも無いのに、彼女の足下に黒いカゲが湧き上がった。そこから声がする。

「やはり、ダミーだったか。手に入れるのが容易いとは思っていたが……」

 老若男女の判断がつかないその声は、更に語りかける。

「これを使え。(とき)(さだ)(ばん)(じょう)の形見だ」

 その言葉を最後に、カゲは消え、そこには根付けに加工された、小さな(しゃ)()(こつ)が落ちていた。

 少女はおっかなびっくりそれに手を伸ばすと、紐をつまむようにして持ち上げ、立ち上がった。

 彼女が戻ってくる事はなかった。


 *


 もくれんの店内には、往年の(ちく)(おん)()から軽快なジャズが流れていた。智鶴の知らない曲だった。もしかしたら、(りょう)()なら分かるのかしらなんて思ってもみたけど、ここに彼女はいない。

「お待ち遠様。智鶴ちゃんはいつもの。お姉さんは、キリマンジャロだね。あと、これは試作品なんだけど、チョコレートムース。感想を聞かせてくれたら嬉しいな」

 注文した商品とサービス品を運んできた店長の(くろ)()(みつ)(はる)に、姉妹は口々にありがとうを告げると、さっそく飲み物に口を付けた。

「あ、お姉ちゃん、学校にも口紅してってるの?」

 (はく)()に着いた赤い跡を見つけて、智鶴が質す。

「口紅じゃないわ。リップよ、リップ」

「それってどう違うのよ~」

「先生に見つかっても言い訳できるか、どうか。かしら」

 姉は笑って答えた。智鶴も釣られて笑いながら、真面目に答えてよ~なんて言っている。

 朗らかで、心地よいひとときが流れていた。

「ねえ、ちょっと気になってたんだけど、智鶴って、いつからそんな口調になったの?」

「え?」

「昔はもっとずっと子供っぽいと言うか、わんぱくで、恐れをしらないような口調だったじゃない。気がついたら、今みたいな話し方になってたけど、何かあったのかなって」

「えっと……それは~ナイショだわ。お姉ちゃんにだって、教えてあげない」

 意地悪な笑みを浮かべる妹。

「え~。ずるいわ。教えてよ」

「じゃあ、大人になったらってことで、どうかしら?」

 智鶴は自分が優位に立っている自覚したうえで、姉をからかう様に言葉を濁した。

「じゃあって何よ。ちゃんと答えなさいよ~」

「嫌よ。イヤ。絶対にイヤ」

「う~。ケチ」

 智秋は智鶴の態度への不満を表して、頬を膨らませる。

「ケチで結構よ。まあ、いつか気が乗ったら話すわ。今はそれで勘弁して頂戴」

「分かったわよ。気が乗るまで待ってるわ」

 どこまでも行っても押し問答だと諦めた智秋は、腕を組んで取り敢えず納得した表情を見せた。2人の間に険悪な空気はなく、ただふわふわと仲の良い姉妹の他愛もない会話が続く。

「それなら、私も気になってることがあるわ」

「何よ。言ってみなさい?」

「お姉ちゃんって、どうして(じゅ)(じゅつ)を辞めちゃったの?」

「辞めてないわ。戻ってきたじゃない」

「そうだけど、1回は辞めたでしょ? 急だったし、何があったのか知らないし……。私を無視するようにもなったから、何かしちゃったのかもって結構不安だったから……」

 智鶴が目を伏せて、問いかける。

「ああ、そっか、話してなかったよね。あ~でも、ちょっと恥ずかしいわ」

 視線を泳がせ、一呼吸置いてから、話し始める。

「私ね、智鶴に嫉妬したのよ。多分。もうはっきりとは覚えてないけど、自分が伸び悩んでた時期だったのかも知れないわ。誰の教えを請うことなく、強くなっていくあなたが眩しかったの。それで、目を逸らしてしまったってわけよ」

 一息で話し終わると、「あ~恥ずかしい」と言いながら、火照った顔を両手で煽いだ。

「そんな事が原因だったの……。全然知らなかったわ」

「そうなの。だから智鶴が悪い何てことは、これっぽっちもないわ。私が勝手に暴走して、引っ込み付かなくなっていただけなの。笑っちゃうわよ」

「そうね。そんなの、笑うしかないわ。だって、私もお姉ちゃんに憧れていたのだもの」

「え」

 妹の意外な言葉に、動きが固まった。ただ先を見つめて進んでいく彼女の視線に、自分はいないものとばかり思っていたから。

「私が呪術を始める頃には、お姉ちゃんはもう(かみ)()(ぶき)を飛ばしていて、年子なのに、自分はピクリとも動かせないから、焦って焦って。それで毎日毎日練習したの。そして、ようやくって時にお父さんが居なくなった。訳も分からないまま、呪術を禁止されて」

 と、そこで、智秋が「なんで呪術を禁止されていたの?」と横やりを入れた。が、智鶴は「掟で言えないの。ごめんなさい」と返した。智秋はそれなら仕方が無いと引き下がり、頷いた。

「で、禁止されている間にも、お姉ちゃんはもう応用を始めようとしてて、縁側でこよりを作ってるのを見た時なんて、好奇心と嫉妬と、焦りと、色んな感情が湧いてくるのに、近づけなくて、おかしくなりそうだったわ」

 昔日の記憶に想いを馳せ、智鶴は遠くを眺める目つきで、虚空を捉えていた。

「隠れて呪術を練習し始めて、色んなことがあって、結局お爺ちゃんが根負けして、私は千羽の術師として、仕事を始めて……。でも、気がついたら、追ってたはずの背中がなくなっていたから、びっくりした」

「ごめんなさいね。ちょっと頭を冷やすつもりだったのに」

「そうだったの!?」

 衝撃の事実よ! と智鶴が仰け反る。

「そうよ。ちょっと、数ヶ月くらい休むつもりだったの。でも、呪術の無い生活を始めると、だらだらしちゃって、気がついたら引っ込みが付かなく……」

「引っ込みが付かなくなったの原因、それだったの!?」

「お恥ずかしながら……」

「でも、分かるわ。私もついこの間まで、お休み期間を設けていたから。無いと本当普通の高校生になれるわよね」

「まあ、見えちゃってるものが見えちゃってるから、完全にではないけど。カラオケとかスイーツバイキングとか、色々楽しかったわ」

「なにそれ。私、行ったことない」

 羨ましいと智鶴がむくれて、姉に不満を孕んだ視線をぶつける。

「じゃあ、今度連れてってあげるわ」

「え~お姉ちゃんと? ()(なた)と行きたいわ」

「そんな連れない事いわないでよ。行こうよ~」

「ええ~どうしようかしら」

 ふふふと笑ったところで、ふと外が真っ暗になっていることに気がついた。

「大変。もう日が落ちてる。そろそろ帰りましょ」

「そうね」

 妹の提案に、姉がスクールバッグを肩に掛けると、満晴に声をかけて会計をし、店を後にした。

「ねえ、折角だし、鼻出神社でお参りでもしていかない?」

「え~。もう暗いし、帰りたいわ」

「そう言わずに、ね? いいでしょ?」

 遠慮は要らないとは言ったものの、最近どんどん押しが強くなってきている姉に、妹はため息をつきながら、付いていった。

(どうせ断っても、頼み込まれるのがオチだわ。そして、私も最後は首肯しちゃうのよね)

 渋々という事は体で語っているが、口元は綻んでいた。

 

 *


 少女は登山していた。

 最近は寒くなってきたというのに、額には玉の汗をかいている。

 ようやく着いた(ほん)殿(でん)には目もくれず、更に山を登っていく。

 本来は入り口と別の呪いがかかっているが、時貞の遺物が力を発揮し、それすらも容易く破ったのだった。

 どんどん先へと進んでいく。

 道らしい道も無い獣道に不安を感じながらも、教えられた通りの方向へ進んでいく。

 山は更に険しくなる。

 ようやく探していた石造りの建造物が見えてきた。小屋があるとは聞いていたが、彼女の目には小さな社のように映った。そこは御影石などでは無く、ゴツゴツした無骨な石で組まれており、美しさを引き換えに荘厳な印象を持っていた。

 息を整えると、小屋の戸に手を掛ける。一瞬躊躇いのような間があったが、気を引き締めると、一気に開け放つ。

 中には彼女の身の丈よりも少し低いくらいの、大きな丸い岩が鎮座していた。

 それにはまるで冠をかぶせるように、しめ縄が巻かれている。

 少女の手が真っ直ぐ伸びると、その縄を掴んだ。


 *


「いやあ。夜ここから見る景色は、昼とはまた違った綺麗さがあるわね」

 優美な月明かりに照らされた境内。石段を登り切った頂上で振り返った智秋が、うっとりした眼差しでそう言った。

「そうね。(あやかし)が出なきゃだけど」

「もう、不吉な……というか、仕事を思い出すような事は言わないで」

「お姉ちゃん、まだ修行期間でしょ」

 実のところ、智秋はブランクを取り戻すための修行期間を告げられ、年明けに控える試験を突破しない限りは、千羽を守る正式な術師としての仕事が振られないことになっているのだ。

「修行頑張れば、試験なんて楽勝よ!」

「じゃあ、試験内容は『私を倒す』とか提案してみようかな」

「え~それはナシ~」

「ふふっ。冗談よ」

 笑いながらクルリと踵を返して、拝殿に向かうと、財布から5円を取り出して、賽銭箱に投げ込む。二礼二拍手一礼。2人は何かを願うと、顔を上げた。

「智鶴は何をお願いしたの?」

「ナイショよ。そういうお姉ちゃんは?」

「勿論、ナイショ」

「なによそれ~」

 笑い合った。

 ふと智秋が顔を上げると、ふわりふわりと小さな光の玉が降ってきた。

 智鶴の全身が粟立つ。

「何かしら? 初雪? にしては早いかしらね」

 何食わぬ顔で、無邪気に智秋が手を伸ばした。

 智鶴の鼓動が早くなる。自身の中に眠る()()が、猛烈に反応している事に気がつくと、必死に姉の伸ばした手に自分の手を伸ばした。

「だめ!」

 悲鳴にも近い声で叫ぶ。

 姉はぎょっとした顔で、妹を見て少し手を縮こまらせたから、すんでの所で間に合った。

「こっち!」

 手を取って、咄嗟に駆け出す。境内から、光の玉から逃げようとした。それが何であって、どうしてそうしなくてはならないのか。全く分からなかったが、とにかくそれから離れなくてはならないと、直感が叫んでいた。

 体が熱い。紙鬼が今にも出てきそうになっている。必死に鬼気を抑え込みながら、足は懸命に砂利を蹴るも、足が取られてしまい思うようにスピードが出せない。

 降るように真っ直ぐ重力落下してきていたはずの光は、軌道を変えると、二人に迫りくる。

 鳥居まであと少しと言うところで、智鶴は吐き気にも近い悪寒を感じる。振り返らなくとも分かる。それは背後に迫って居る。それでも姉妹は2人揃って、鳥居を抜けられると信じていた。だが、チラリと振り向いた智秋は、確とその両目で、それが智鶴に触れそうになっている光景を目にした。

 まだ己の紙鬼と対面していない為に、智鶴が感じているような危機感を察せられず、全く訳が分かっていない智秋だったが、妹が必死に自分を庇い、逃げている事だけは理解した。だから、守りたいと思うのは当然のことだった。

「ちづるっ!」

 智秋はただそうしなくてはならない一心で、妹に抱きつき、身を挺した。


 智秋が光の玉に触れてしまった。

 スルリと玉が体に入った。

 

「え?」

 不意に声が漏れる。智秋がゆっくりと智鶴を離すと、立ち上がり、よろめくように2、3歩後ずさる。

「あ、これはまずったな~。智鶴、逃げて。逃げなさい。早く!」

 ようやく状況を理解した智秋が、大好きな妹を怖がらせない為に、満面の笑みで、だが語尾をキツく言い放った。

「あ、ああ……お、お姉ちゃん……」

 腰が抜けてしまった智鶴は、立ち上がれないままジャリジャリと音を立てて、姉から距離を取る。

 智鶴の目の前、智秋がふらふらと千鳥足で、『何か』と戦っていた。

「やめて……。出て行って。うあっ! アガガ、クッ」

 うめき声とあえぎ声と、智鶴の聞いたこともないような、姉の声が聞こえてくる。自分と同じ純白の霊気が、何かによって穢され、黒みを帯びていく。それでも尚、姉は自分の中に入ってきた何かに抗っている。少なくとも、智鶴を逃がすまでは、体を乗っ取られるわけにはいかない。せめて、妹が自分を倒しに来られるまで、時間を稼がなくてはならない。……と。

 その光景を見て、どこか現実味がなく、だが嫌なほど現実で、智鶴は目が離せなくなった。

 ついさっきまで仲良くティータイムを過ごしていたのに、神社でナイショのお参をして、笑い合っていたのに……。

(何で。何で……。何か術を……でも、何を? 私はお母さんみたいに呪いを使うことはできない。それに、紙操術をどう応用したらお姉ちゃんを助けられるのか、検討もつかない)

 今目の前で何が起こっているのか、分かるはずなのに、脳が理解を拒んでいた。

 突如、姉の動きが止まり、紐で吊された操り人形よろしく、四肢がブランと垂れ下がると、『異常』が始まった。

 先ずは全身が真っ白になった。瞳孔を開き、焦点を失った目が、ギョロギョロと忙しなく動く。筋肉が勝手に動き出し、不自然な動作で立ち上がる。

 そして、両腕が膨張し、セーラー服の袖が弾け飛んだ。

「す、直ぐに屋敷から人を呼ぶから! お姉ちゃん! 大丈夫だからね」

 これ以上見ていられなくなった智鶴は、弾かれたように逃げるように駆け出すと、飛び降りるが如く石段を駆け下りる。


 背後から、姉のモノとは思えないような絶叫が聞こえた。

どうも。暴走紅茶です。

今回もお読みくださりありがとうございます。

1番書きたくない話でした。

これからどうなっていくのか。

お楽しみに。

では、また次回!

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