16話 逸楽の時間
今日は土曜日で、『時貞萬匠失踪事件』から4日経っていたが、未だ原因が掴めていない為に、魔呪局の局員が数人来て現場見聞をしている。屋敷もどこか騒がしい。話に寄れば、今日で調査も一旦打ち切られると言うことだった。そのためか一層真剣に屋敷を嗅ぎ回られるものだから、勉強も、修行も、何をしようとも気が散ってしょうがなかった。
「騒がしいわね」
本家側の縁側に座っていた千羽智鶴が、けったいな事態に辟易して呟く。
「ほんと、最近、ずっと、こんな、だね」
隣に座っていた百目鬼隼人が窮屈そうに返事をした。
「にしても、どうやって連れ出したのかしら? 確かに門はいつも開いてるけど、宴のただ中だったとしても、人が入ってきたら誰かが気付くはずよね」
「うん。俺も、気配は、感じて、ない」
そう、時貞の失踪には今のところ手がかりが無い。百目鬼を含める偵察班と屋敷の結界があるのにも関わらずだ。それが目下1番の問題だった。
「百目鬼にも気がつかなかったなら、誰も悪くないわよね」
「俺なんて、まだまだ、だよ。こうして、侵入、許しちゃった、し」
「宴に気を取られてる時に這い入るなんて、卑怯よ、卑怯」
「卑怯、か」
百目鬼がため息混じりに呟く。
「卑怯って。思った、側のが、弱いんだ、よね……」
「なにそれ」
「だって、強い、人に、言う、言葉、じゃん」
「言われてみれば、確かに」
自分の失言に気がついた智鶴は、カッと頬を赤らめる。
「ああ~卑怯なんて言われてみたいわ~。悔しぃ~もう二度と言わない~」
「それも、なんか、違う、気がする」
はははと笑い合っていると、背後から誰かの視線を感じた。
智鶴がゆっくり振り向くと、うっすらと開いた襖の隙間から目玉がぎょろりと覗いていた。
「キャッ!」
カワイらしい悲鳴とは裏腹に、飛び跳ねて相対すると、鬼気を放つ。
「ちょ、ちょっと待って! 敵意は無い!!」
目玉が声を上げて、襖が開け放たれた。正体が分かると、すっと鬼気が収められる。
「お、お姉ちゃん!?」
「驚かしてゴメン……話しかけて良いか分からなくて……」
「別に良いのよ? 好きにしてくれれば」
姉の智秋は今日ももじもじしていた。
「だって、なんか良い雰囲気だったし」
「いい、雰囲気」
その単語に、百目鬼がたじろいだ。
「別に、雰囲気なんていつも変わらないわ!」
智鶴もぶっきらぼうに反抗的な態度をとるも、すぐに沈着を装った。
「で、何か用なの?」
「あ、別に用って訳じゃ無いんだけど、ちょっとショッピングモールに行くから、一緒にどうかな~って。あ、別に修行とかあるなら、いいのよ。そっち優先で」
「屋敷も騒がしくて敵わないし、今日は仕事までお休みにしようと思っていた所だから。良いわよ。出かけましょ」
「本当!? やった~じゃあ行こう!」
智鶴の賛同に、分かりやすく喜ぶ智秋。
昨日智鶴に、『一緒に行きたいなら、そう言ってくれれば良いのよ』と言われた彼女は、さっそくその言葉を信じることにしたようだが、それでもやはりまだ緊張するので、すんなりとは出来なかった。それにしても、いきなりお出かけに誘うとは、強気に出たのものである。
「智秋、なんか、しおらしく、なったね」
「うるさい。百目鬼のくせに。縛り付けるわよ!!」
「え、ごめん」
妹以外には強気のお姉ちゃんだった。
身支度を済ませると、2人揃って家を出る。
「で、どこ行くの?」
「クレインタウンだけど……それより、その格好は何!?」
「何って、普段着よ?」
おかしいところはないわよねと、彼女は肘を上げて交互に上げて、自分の服を見回した。どう見てもおかしいところは無いように思われた。そんな様子をみて、智秋は呆れた表情で苦言を呈する。
「高校生にもなって、普段着がスーパーの叩き売りジャージってどうなの!? この間は、ジーパン履いてたじゃない! パーカーも着てたじゃない! 可愛いヤツ持ってるのは知ってるのよ?」
「ああ~。一切の呪術を使う気無かったからね。また常に臨戦態勢に戻ったから、動きやすい格好してないと。ジーパンはやっぱちょっと動きにくいのよね」
それに、スーパーの激安ジャージなら汚しても破いても罪悪感ないしね。と続けた智鶴は、恥ずかしそうにこめかみを指で掻いた。
「そんなんじゃ、私が浮いちゃうじゃないの」
「あ~。お姉ちゃん気合い入ってるもんね」
智秋は千鳥柄の膝上スカートに、レースをあしらった白い服、その上にポリエステル素材のベージュのコートを着ていた。10月も終わる頃にしては寒そうな見た目であるが、黒のマフラーを巻いているから、平気なのだと言っている。それだけでない。顔はナチュラルながらも細部に拘ってしっかりメイクされており、巻かれた髪が大人っぽい印象を醸し出していた。
「うるさい! 数年ぶりに妹と出かけるのよ!? そりゃ気合いも、入……。ゴホン。いや、何でもないわ。行きましょ」
姉は、照れたのを隠そうと、先にバス停へ急いで行ってしまう。
「ちょっと! お姉ちゃん! 待って!」
智鶴が慌てて背中を追った。
数日前に全改装が終わり、リニューアルオープンしたばかりのクレインタウンは、以前に増して大盛況だった。いつもは空きのある駐車場も、端の端までみっちり車で埋まっている。店舗の入れ替えと、内装の一新で、好きだったお店が無くなってしまったのは寂しいが、その分気になる新店舗に目移りする。
「おお~綺麗になったね~」
「そうね。リニューアルしてから来るのは初めてだわ」
踏み入って直ぐ目に飛び込んだ新装された店内は、以前と全く異なっていた。有り体に言えば、古くさく寂れていた印象が、ガラリと今風に明るくなっていた。
「それは丁度良かった」
「お姉ちゃんは、もう友達と来たの?」
その質問に、姉は胸を張って返答する。
「ふふ~ん。実は私も初めてなんだな」
「じゃあ何でそんなに得意げなのよ!」
「初めての共有って、嬉しいじゃない」
「そうね。お互い初めてだから、全部が新鮮ね」
そんな会話をしていたら、目的のお店に着いた様だ。
入る前から分かる、イマドキ女子の好きそうな店が放つオーラだ。智鶴の苦手な場所トップ10に名を連ねているお店である事には間違い無かった。
「ここ、ここ! 今日の第一目的地!」
「第一……」
と言うことなら、第二第三のキラキラショップが待ち受けているのか……と考えたら、何だか頭痛がしてきた。
「で、何の店――」
智鶴が店内を見渡すと、先ず目に飛び込んできた店内ポップの中で、美しい女性タレントが商品を手にし、にこやかに佇んでいた。更に視線を移していくと、照明に照らされた各種色とりどりのパッケージが照明を乱反射させて輝き、また独特の香りを放っている。
そこはコスメショップだった。
「本当に入るの?」
顔が引きつり、逃げようとする妹の手首を掴むと、スタスタ中へ入っていく。抵抗の意思は汲んで貰えなかった。
「わ、私、こういう所まだ、入ったこと無くて……。苦手で……」
「大丈夫大丈夫。私に付き添って、ちょっと相談とか乗ってくれればいいだけだから」
お目当てのブランドを見つけると、その棚の前から微動だにしなくなった。智鶴にしてみれば、どう違うのか分からない二つを手に取り、なにやらぶつくさ言っている。試しにマネして同じ商品を手に取ってみるが、比べようと成分表を見たら、長いカタカナ語がズラリと並んでいるのに嫌気が差し、そっと棚に戻した。
「ねえ、智鶴はどっちの色が良いと思う?」
迷っている姉は、手の甲に塗った口紅を見せてくる。
「え~と……え~と?」
それはぱっと見同じ色だった。
「お、お姉ちゃん、間違えて同じ色塗ってない?」
「え~。全然違うわ。よく見て」
「う~ん」
よく見ると、確かに違うが、これを唇に塗ったとき、気がつく人なんて居るのだろうか? そんな疑問が過ってしまうほどに、智鶴は化粧に無頓着だった。
「こっちかしらね。お姉ちゃん色白だから、ピンク寄りの方が可愛いわ」
「そう? じゃあ、こっちにしちゃおうかな。智鶴は? 何か欲しいものはないの? ついでに買ってあげるけど」
逸楽の時を過ごす智秋を見て、自分がぬいぐるみの生地を選んでいる時と同じかなと、ようやく理解が追いついた。生地の違いだって、細かくわかるのは裁縫をする人くらいだろう。つまりは好きであるが故の認識の差に他ならないのだ。
「私は良いかな~まだ使ってるリップ残ってるし」
「今使ってるのって、色無しの薬用のやつでしょ? 色つき、試してみない?」
「ええ~でも、なんか恥ずかしい」
「大丈夫大丈夫、ほら、これとか……」
「どれ……?」
姉の説明を聞いていると、何だか自分が使っても恥ずかしくないような気がして、勧めてくれるなら、使ってみても良いかもしれないと思えた智鶴だった。
「結局色々買っちゃったわね~」
「お金使わせたわよね。ごめんね。あとで返すわ」
智秋の持つ袋には、智鶴のスキンケアデビューセットと、ベースメイク入門セット(智秋セレクト)が入っており、彼女の買い物は、もともと買う予定だった口紅と日焼け止めメインのトーンアップ化粧下地だけだった。
「大丈夫大丈夫。今日はお姉ちゃんのおごりよ~! ほら~、早く、次行こう!」
「ええ!」
今日のためにお年玉と少ない給料を切り崩してきた智秋が、張り切って手を引く。
最初こそキラキラしたお店がどこか遠く感じられ、入るのが怖かったが、なんだか姉と一緒だと、どこのお店にも釣り合える様な気がして、他の店が楽しみになってきていた。
智秋に先導されるがままハシゴした洋服店では、動きやすいカジュアルコーデを紹介してもらい、雑貨屋では可愛すぎない文具や小物を見た。特に機能性に特化した製図シャープペンシルが気になったが、買わずにそっと棚に戻した。
こんな風に姉とお買い物をするなんて、つい先日までは考えもしなかった事で、急に舞い降りた幸福な時間に、目眩さえ覚えるほどだった。
「いやぁ。満足満足。噂以上の改装振りだったわね」
「そうね。前に来たときと大違い」
「前は前で、地元の行き慣れたショッピングモール感あって、良かったけどね」
「分かるわ」
新たに開店した大手コーヒーチェーンの一席を陣取って、一息つく姉妹。
「でも、あんまり買い物は出来なかったな~」
「しょうがないわよ。まだ高校生だもん」
「智鶴は結構収入あるでしょ?」
「あるけど~。殆ど家に入れてるし、それにぬいぐるみの材料に消えていくから……」
「そっか、最近部屋に入ってなかったから知らないけど、結構凄いことになってるんだって?」
「う……ま、まあまあよ」
智鶴がそ~と目を逸らす。
「噂では、家中に隠してるって聞いたけど」
「そんなの、根も葉もない噂よ!」
「根も葉も無けりゃ、燃えるもんもないから、煙なんて立たないんだけどな~」
智秋はここぞとばかりに、からかいの言葉を投げる。
「ウワサはウワサよ」
「そういうことにしておいてあげるわ」
智秋がにへらと笑う。こんな表情の姉を見たのはいつ振りだろうか。何度も何度も今日の、今起こっている事の全てがまだ夢の中の様で。
「ありがとう」
「……なにが?」
急に感謝を述べる妹に、姉は疑問符を浮かべる。
「…………今日誘ってくれて」
相手の目を直視して言うのは、余りにも恥ずかしすぎるから、ちょっと視線を外した。
「そんなこと? 良いのよ。それより、私の方よ。今までつれなくしてごめんなさい。お詫びにもならないかも知れないけど、時々こうしてお出かけしましょ」
照れて背けている横顔に、真面目をはらんだ笑顔で語りかける。
「お詫びだなんて、そんな寂しいこと言わないで! 姉妹だもん。私はずっとこうしたかった。夢が叶ったみたい。それに――」
話の途中で、智鶴の言葉が詰まる。言いたくなかったことでも口を滑らせそうになったのだろうか。
「それに?」
「それに! この2週間、本当によくして貰ったし……」
「覚えているの?」
思いも寄らなかった真実に、姉が神妙な面持ちで質す。
「ん~。覚えているというか……、何というか……。こう、ハッキリと思い出せる訳じゃ無いのだけど、良くして貰った、可愛がって貰ったような? 幼少期の記憶に覚えのないものが混ざっていると言うか……でも、絶対あのお姉ちゃんは、本心で私を想ってくれていたって分かったわ。だから、今までなんて別に何もなかったのよ。私たちはずっと姉妹だったじゃないの」
「智鶴……」
元に戻ってから、日ごとに記憶が蘇ってくる様な感覚があった。ハッキリと全てを思い出せるようになった訳では無いが、とりわけ姉が良くしてくれた事だけは、薄ぼんやりと思い出せるようになっていた。だから今日も、反発心や猜疑心もなく付いてきたのだった。
「……これからも(・)よろしくね」
「ええ」
お互いに笑顔を送り合う。
きっと心の中では、ずっとこうだったのだと、確信するように。
どうも。暴走紅茶です。
今回もお読みくださり、ありがとうございます。
ようやくこのお話が書けました。
第一章のときから、智鶴を想っているのに、素直になれない智秋を書いてきて。ずっと、いつかは姉妹が手を取り合える日を書こうと思っていました。だから、今回こうして姉妹が素直になって、仲良くショッピングモールなんかに行って、本当に良かったなとしみじみ思います。
これからも仲のいい姉妹であり続けてくれる事を祈って。
今回はエピローグに続きます!
このままお読みください!




