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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第七章 隠したダイスキ

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16話 逸楽の時間

 今日は土曜日で、『(とき)(さだ)(ばん)(じょう)失踪事件』から4日経っていたが、未だ原因が掴めていない為に、()(じゅ)(きょく)の局員が数人来て現場見聞をしている。屋敷もどこか騒がしい。話に寄れば、今日で調査も一旦打ち切られると言うことだった。そのためか一層真剣に屋敷を嗅ぎ回られるものだから、勉強も、修行も、何をしようとも気が散ってしょうがなかった。

「騒がしいわね」

 本家側の縁側に座っていた(せん)()()(づる)が、けったいな事態に(へき)(えき)して呟く。

「ほんと、最近、ずっと、こんな、だね」

 隣に座っていた(どう)()()(はや)()が窮屈そうに返事をした。

「にしても、どうやって連れ出したのかしら? 確かに門はいつも開いてるけど、宴のただ中だったとしても、人が入ってきたら誰かが気付くはずよね」

「うん。俺も、気配は、感じて、ない」

 そう、時貞の失踪には今のところ手がかりが無い。百目鬼を含める偵察班と屋敷の結界があるのにも関わらずだ。それが目下1番の問題だった。

「百目鬼にも気がつかなかったなら、誰も悪くないわよね」

「俺なんて、まだまだ、だよ。こうして、侵入、許しちゃった、し」

「宴に気を取られてる時に這い入るなんて、卑怯よ、卑怯」

「卑怯、か」

 百目鬼がため息混じりに呟く。

「卑怯って。思った、側のが、弱いんだ、よね……」

「なにそれ」

「だって、強い、人に、言う、言葉、じゃん」

「言われてみれば、確かに」

 自分の失言に気がついた智鶴は、カッと頬を赤らめる。

「ああ~卑怯なんて言われてみたいわ~。悔しぃ~もう二度と言わない~」

「それも、なんか、違う、気がする」

 はははと笑い合っていると、背後から誰かの視線を感じた。

 智鶴がゆっくり振り向くと、うっすらと開いた襖の隙間から目玉がぎょろりと覗いていた。

「キャッ!」

 カワイらしい悲鳴とは裏腹に、飛び跳ねて相対すると、鬼気を放つ。

「ちょ、ちょっと待って! 敵意は無い!!」

 目玉が声を上げて、襖が開け放たれた。正体が分かると、すっと鬼気が収められる。

「お、お姉ちゃん!?」

「驚かしてゴメン……話しかけて良いか分からなくて……」

「別に良いのよ? 好きにしてくれれば」

 姉の()(あき)は今日ももじもじしていた。

「だって、なんか良い雰囲気だったし」

「いい、雰囲気」

 その単語に、百目鬼がたじろいだ。

「別に、雰囲気なんていつも変わらないわ!」

 智鶴もぶっきらぼうに反抗的な態度をとるも、すぐに沈着を装った。

「で、何か用なの?」

「あ、別に用って訳じゃ無いんだけど、ちょっとショッピングモールに行くから、一緒にどうかな~って。あ、別に修行とかあるなら、いいのよ。そっち優先で」

「屋敷も騒がしくて敵わないし、今日は仕事までお休みにしようと思っていた所だから。良いわよ。出かけましょ」

「本当!? やった~じゃあ行こう!」

 智鶴の賛同に、分かりやすく喜ぶ智秋。

 昨日智鶴に、『一緒に行きたいなら、そう言ってくれれば良いのよ』と言われた彼女は、さっそくその言葉を信じることにしたようだが、それでもやはりまだ緊張するので、すんなりとは出来なかった。それにしても、いきなりお出かけに誘うとは、強気に出たのものである。

「智秋、なんか、しおらしく、なったね」

「うるさい。百目鬼のくせに。縛り付けるわよ!!」

「え、ごめん」

 妹以外には強気のお姉ちゃんだった。

 

 身支度を済ませると、2人揃って家を出る。

「で、どこ行くの?」

「クレインタウンだけど……それより、その格好は何!?」

「何って、普段着よ?」

 おかしいところはないわよねと、彼女は肘を上げて交互に上げて、自分の服を見回した。どう見てもおかしいところは無いように思われた。そんな様子をみて、智秋は呆れた表情で苦言を呈する。

「高校生にもなって、普段着がスーパーの叩き売りジャージってどうなの!? この間は、ジーパン履いてたじゃない! パーカーも着てたじゃない! 可愛いヤツ持ってるのは知ってるのよ?」

「ああ~。一切の呪術を使う気無かったからね。また常に臨戦態勢に戻ったから、動きやすい格好してないと。ジーパンはやっぱちょっと動きにくいのよね」

 それに、スーパーの激安ジャージなら汚しても破いても罪悪感ないしね。と続けた智鶴は、恥ずかしそうにこめかみを指で掻いた。

「そんなんじゃ、私が浮いちゃうじゃないの」

「あ~。お姉ちゃん気合い入ってるもんね」

 智秋は千鳥柄の膝上スカートに、レースをあしらった白い服、その上にポリエステル素材のベージュのコートを着ていた。10月も終わる頃にしては寒そうな見た目であるが、黒のマフラーを巻いているから、平気なのだと言っている。それだけでない。顔はナチュラルながらも細部に拘ってしっかりメイクされており、巻かれた髪が大人っぽい印象を醸し出していた。

「うるさい! 数年ぶりに妹と出かけるのよ!? そりゃ気合いも、入……。ゴホン。いや、何でもないわ。行きましょ」

 姉は、照れたのを隠そうと、先にバス停へ急いで行ってしまう。

「ちょっと! お姉ちゃん! 待って!」

 智鶴が慌てて背中を追った。


 数日前に全改装が終わり、リニューアルオープンしたばかりのクレインタウンは、以前に増して大盛況だった。いつもは空きのある駐車場も、端の端までみっちり車で埋まっている。店舗の入れ替えと、内装の一新で、好きだったお店が無くなってしまったのは寂しいが、その分気になる新店舗に目移りする。

「おお~綺麗になったね~」

「そうね。リニューアルしてから来るのは初めてだわ」

 踏み入って直ぐ目に飛び込んだ新装された店内は、以前と全く異なっていた。有り体に言えば、古くさく寂れていた印象が、ガラリと今風に明るくなっていた。

「それは丁度良かった」

「お姉ちゃんは、もう友達と来たの?」

 その質問に、姉は胸を張って返答する。

「ふふ~ん。実は私も初めてなんだな」

「じゃあ何でそんなに得意げなのよ!」

「初めての共有って、嬉しいじゃない」

「そうね。お互い初めてだから、全部が新鮮ね」

 そんな会話をしていたら、目的のお店に着いた様だ。

 入る前から分かる、イマドキ女子の好きそうな店が放つオーラだ。智鶴の苦手な場所トップ10に名を連ねているお店である事には間違い無かった。

「ここ、ここ! 今日の第一目的地!」

「第一……」

 と言うことなら、第二第三のキラキラショップが待ち受けているのか……と考えたら、何だか頭痛がしてきた。

「で、何の店――」

 智鶴が店内を見渡すと、先ず目に飛び込んできた店内ポップの中で、美しい女性タレントが商品を手にし、にこやかに佇んでいた。更に視線を移していくと、照明に照らされた各種色とりどりのパッケージが照明を乱反射させて輝き、また独特の香りを放っている。

 そこはコスメショップだった。

「本当に入るの?」

 顔が引きつり、逃げようとする妹の手首を掴むと、スタスタ中へ入っていく。抵抗の意思は汲んで貰えなかった。

「わ、私、こういう所まだ、入ったこと無くて……。苦手で……」

「大丈夫大丈夫。私に付き添って、ちょっと相談とか乗ってくれればいいだけだから」

 お目当てのブランドを見つけると、その棚の前から微動だにしなくなった。智鶴にしてみれば、どう違うのか分からない二つを手に取り、なにやらぶつくさ言っている。試しにマネして同じ商品を手に取ってみるが、比べようと成分表を見たら、長いカタカナ語がズラリと並んでいるのに嫌気が差し、そっと棚に戻した。

「ねえ、智鶴はどっちの色が良いと思う?」

 迷っている姉は、手の甲に塗った口紅を見せてくる。

「え~と……え~と?」

 それはぱっと見同じ色だった。

「お、お姉ちゃん、間違えて同じ色塗ってない?」

「え~。全然違うわ。よく見て」

「う~ん」

 よく見ると、確かに違うが、これを唇に塗ったとき、気がつく人なんて居るのだろうか? そんな疑問が過ってしまうほどに、智鶴は化粧に無頓着だった。

「こっちかしらね。お姉ちゃん色白だから、ピンク寄りの方が可愛いわ」

「そう? じゃあ、こっちにしちゃおうかな。智鶴は? 何か欲しいものはないの? ついでに買ってあげるけど」

 (いつ)(らく)の時を過ごす智秋を見て、自分がぬいぐるみの生地を選んでいる時と同じかなと、ようやく理解が追いついた。生地の違いだって、細かくわかるのは裁縫をする人くらいだろう。つまりは好きであるが故の認識の差に他ならないのだ。

「私は良いかな~まだ使ってるリップ残ってるし」

「今使ってるのって、色無しの薬用のやつでしょ? 色つき、試してみない?」

「ええ~でも、なんか恥ずかしい」

「大丈夫大丈夫、ほら、これとか……」

「どれ……?」

 姉の説明を聞いていると、何だか自分が使っても恥ずかしくないような気がして、勧めてくれるなら、使ってみても良いかもしれないと思えた智鶴だった。


「結局色々買っちゃったわね~」

「お金使わせたわよね。ごめんね。あとで返すわ」

 智秋の持つ袋には、智鶴のスキンケアデビューセットと、ベースメイク入門セット(智秋セレクト)が入っており、彼女の買い物は、もともと買う予定だった口紅と日焼け止めメインのトーンアップ化粧下地だけだった。

「大丈夫大丈夫。今日はお姉ちゃんのおごりよ~! ほら~、早く、次行こう!」

「ええ!」

 今日のためにお年玉と少ない給料を切り崩してきた智秋が、張り切って手を引く。

 最初こそキラキラしたお店がどこか遠く感じられ、入るのが怖かったが、なんだか姉と一緒だと、どこのお店にも釣り合える様な気がして、他の店が楽しみになってきていた。

 智秋に先導されるがままハシゴした洋服店では、動きやすいカジュアルコーデを紹介してもらい、雑貨屋では可愛すぎない文具や小物を見た。特に機能性に特化した製図シャープペンシルが気になったが、買わずにそっと棚に戻した。

 こんな風に姉とお買い物をするなんて、つい先日までは考えもしなかった事で、急に舞い降りた幸福な時間に、目眩さえ覚えるほどだった。

「いやぁ。満足満足。噂以上の改装振りだったわね」

「そうね。前に来たときと大違い」

「前は前で、地元の行き慣れたショッピングモール感あって、良かったけどね」

「分かるわ」

 新たに開店した大手コーヒーチェーンの一席を陣取って、一息つく姉妹。

「でも、あんまり買い物は出来なかったな~」

「しょうがないわよ。まだ高校生だもん」

「智鶴は結構収入あるでしょ?」

「あるけど~。殆ど家に入れてるし、それにぬいぐるみの材料に消えていくから……」

「そっか、最近部屋に入ってなかったから知らないけど、結構凄いことになってるんだって?」

「う……ま、まあまあよ」

 智鶴がそ~と目を逸らす。

「噂では、家中に隠してるって聞いたけど」

「そんなの、根も葉もない噂よ!」

「根も葉も無けりゃ、燃えるもんもないから、煙なんて立たないんだけどな~」

 智秋はここぞとばかりに、からかいの言葉を投げる。

「ウワサはウワサよ」

「そういうことにしておいてあげるわ」

 智秋がにへらと笑う。こんな表情の姉を見たのはいつ振りだろうか。何度も何度も今日の、今起こっている事の全てがまだ夢の中の様で。

「ありがとう」

「……なにが?」

 急に感謝を述べる妹に、姉は疑問符を浮かべる。

「…………今日誘ってくれて」

 相手の目を直視して言うのは、余りにも恥ずかしすぎるから、ちょっと視線を外した。

「そんなこと? 良いのよ。それより、私の方よ。今までつれなくしてごめんなさい。お詫びにもならないかも知れないけど、時々こうしてお出かけしましょ」

 照れて背けている横顔に、真面目をはらんだ笑顔で語りかける。

「お詫びだなんて、そんな寂しいこと言わないで! 姉妹だもん。私はずっとこうしたかった。夢が叶ったみたい。それに――」

 話の途中で、智鶴の言葉が詰まる。言いたくなかったことでも口を滑らせそうになったのだろうか。

「それに?」

「それに! この2週間、本当によくして貰ったし……」

「覚えているの?」

 思いも寄らなかった真実に、姉が神妙な面持ちで質す。

「ん~。覚えているというか……、何というか……。こう、ハッキリと思い出せる訳じゃ無いのだけど、良くして貰った、可愛がって貰ったような? 幼少期の記憶に覚えのないものが混ざっていると言うか……でも、絶対あのお姉ちゃんは、本心で私を想ってくれていたって分かったわ。だから、今までなんて別に何もなかったのよ。私たちはずっと姉妹だったじゃないの」

「智鶴……」

 元に戻ってから、日ごとに記憶が蘇ってくる様な感覚があった。ハッキリと全てを思い出せるようになった訳では無いが、とりわけ姉が良くしてくれた事だけは、薄ぼんやりと思い出せるようになっていた。だから今日も、反発心や(さい)()(しん)もなく付いてきたのだった。

「……これからも(・)よろしくね」

「ええ」

 お互いに笑顔を送り合う。

 きっと心の中では、ずっとこうだったのだと、確信するように。


どうも。暴走紅茶です。

今回もお読みくださり、ありがとうございます。

ようやくこのお話が書けました。

第一章のときから、智鶴を想っているのに、素直になれない智秋を書いてきて。ずっと、いつかは姉妹が手を取り合える日を書こうと思っていました。だから、今回こうして姉妹が素直になって、仲良くショッピングモールなんかに行って、本当に良かったなとしみじみ思います。

これからも仲のいい姉妹であり続けてくれる事を祈って。


今回はエピローグに続きます! 

このままお読みください!

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