12話 百目鬼 V.S. 竜子
竜に吹き飛ばされ、林の奥へ消えていった智鶴とは反対、住宅街の道路に立つ竜子目がけ、駆ける百目鬼、強く踏み込み、アッパーカットを食らわそうとする。が、竜子はそれを後退する様に避けた。
「女の子殴ろうなんて、野蛮だね。根に持ってるの? 根に持つ男はモテないよ!」
「……うるさい!」
そのまま、百目鬼は打撃の猛攻を繰り出すが、それもなかなか当たらない。当たってもいなされるか受け止められるかだけで、ダメージには繋がってくれない。
「やるな……」
「こんなもん? 千羽の門下筆頭だと思ってたのに、違うんだ。じゃあ、こっちから行かせてもらうよ」
竜子は袖から呪符を抜くと、それを百目鬼に貼ろうと間合いを詰めてくる。
「させないっ」
それを避け、百目鬼は鳩尾に拳をねじ込……めなかった。
「え!?」
攻撃を受けた竜子の姿は靄に消え、後から声がする。
「それは幻想~」
よく見ると、竜子の肩に一つ目が開いた紫色の球体が浮いている。
その正体は妖「マドウメ」漢字で「惑う目」と書く、人に幻術を見せ惑わす妖である。
「私が美夏萠しか連れてないと思った? それは契約術師を甘く見すぎだよ」
その声に向かい突っ込むも、それも幻、次も幻。百目鬼は完全に弄ばれていた。
「それでお仕舞い?」
耳元で声がする。咄嗟に避けるが、何かを貼られた。
妖封じか!? と、血の気が引くが、それは火術符。呪術の火を吹く呪符だった。
「発動」
百目鬼の脇腹に灼熱が広がる。
「ガッあぁ」
彼は上着を脱ぎ捨てると、難を逃れたが、その隙に間合いを詰められる。
それに合わせ、腕を掴み、投げようとしたが、それは幻で、実際に手は空を切る。
そして、背中に衝撃が走る。
蹴られたッ!
そのまま、幻術に惑わされ、殴る蹴るのラッシュを食らう。
このままじゃ、だめだ……。
百目鬼はスッと目を閉じた。
見る事に、頼りすぎた。彼女の気配なら、死ぬほど研究、した。大丈夫、大丈夫。
集中、しろっ! 今は彼女の『気』以外何もいらない!
顔の目が閉じられたのに呼応して、腕の眼がカッっと開眼する。
百目鬼は静寂に包まれていた。まるで戦闘なんて無かったかの様。極度の集中に、『妖力の眼』以外、全ての感覚が閉ざされていた。
「あら? 降参? じゃあ、さっさと倒して、美夏萠の所に向かいましょうか」
竜子が突っ込んでくる。百目鬼はゆっくりと構える。分かる……。分かるよ。敵の、動き!
竜子の気配が、彼の間合いに入る瞬間、上へ飛んだ。
世界が酷くゆっくりと動いている様に思える。竜子の動きに合わせて、百目鬼は右足を軸に、左足で後回し蹴りを繰り出す。知らない人が見れば、迫り来る攻撃を無視した、完全な悪手……というより、壊れた人形の様な動きに見えただろう。
だが。
「グワッ。カハッ」
何も居なかった筈の背後には顔を蹴られ、近くの茂みの中へ吹き飛ばされる竜子の姿があった。
「よし」
「何で……」
「見ない事で、見えるのが、俺だ」
「は?」
「もう、幻術は、効かない!」
「何を言ってるの? 訳が分からないよ」
竜子はそう言いながらも、茂みに潜み、隠形を掛け、姿を消す。
そっと忍びより、百目鬼に呪符を貼ろうと構えたが、「グフッ」まるで全てを予測していたかのように、百目鬼の裏拳が彼女の顔面に刺さる。完璧に隠形していたはずなのに、なのに。
ヨロヨロと立ち上がってくる竜子に追撃を食らわす。すっかりと隠形は解けていた。だが、百目鬼は瞑った目を開けなかった。開いた眼を閉じなかった。
体術もそれなりに出来る事は分かっていたが、顔に食らった攻撃が深かった様で、百目鬼のラッシュに対抗しきれていない。
「前言撤回。君、やっぱり流石は千羽の門下だね。強いや」
「今更、命乞い、しても、遅い」
「うん。だからね、こんなこと、本当はしたくなかったけど――
そう言いながら、竜子は光る手で自分の両足に刻印を刻んだ。
――逃げるわ」
契約術師にとって、人を操るというのは楽な話では無い。霊力の消耗が激しい上に、そもそも操る事が難しい。だが、走って逃げる程度なら、無理をすれば出来ない事も無い。
竜子が地面を蹴った。
アスファルトが割れ、弾丸の様な速度で前方へ飛ぶ。
「おかあさん……」
突然百目鬼の脳内にその言葉が反響した。
それは竜子の内から発せられた声だった。
百目鬼はその言葉に一瞬たじろぎ、目を開けてしまった。それが運命の分かれ目だった。竜子は凄まじい勢いで百目鬼を追い越し、走り去っていく。
と、取り逃した……。
彼女が走り去るその方向にはその方向には美夏萠と智鶴が。
彼は直ぐさま振り向き、追いかけようとした。
「おい! 待て!」
そして、そう言ったか言わないか。百目鬼は膝から崩れ落ちた。
「え? ……」
百目鬼の背中には妖封じの護符が貼られていた。
どうも。暴走紅茶です。
桜の季節になりましたね! 桜を見るとなんだか心がうきうきわくわく、そしてどこかそわそわします。
先日、花見散歩をしてきたのですが、丁度その日はどこかの小学校で入学式が行われたようで、一眼レフをもったお母様と、艶々とした新品のランドセルを背負った小学生が何組かいまして、とても微笑ましかったです。
いいですね。コロナ禍とはいえ、こうして始まることもあって、全くどうして、世界は止まることを知らないようです。
では、また来週。




