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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第七章 隠したダイスキ

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15話 複雑な運命

 空は厚い雲に覆われていて、夕方だというのに夕焼けはなく薄暗い。丸いLEDが(こう)々(こう)と光る自室。勉強机には、課題のノートと問題集が広げられているものの、一向にペンは動かない。それは机に放り出されると、コロンと可愛いらしい音を立てた。

「ふぅ」と息を吐く。すっかりやる気をなくした両手が、頭の後ろで組まれる。

 (きの)(した)()(なた)は悩んでいた。

 先日の放課後、部室である地理学準備室で、()()()先生の言っていたことが脳内を巡っている。

(幼馴染みなのに、知らないんですか)

 安心院先生は言った。その土地に根付いているのに、情報が少なすぎると。

 安心院先生は言った。きっとそれが千羽町を研究する糸口になると。

 安心院先生は言った。オカルティズムが千羽町にあると。

 安心院先生は『何か』を知っているに違いなかった。

「でもなぁ。やっぱり、ちーちゃんが隠したがっていることを、こそこそ勝手に詮索するのはなぁ」

 ここ数日授業を聞いていてもそのことばかり考えてしまって、先生の話が全然入って来ない。困った物である。

 ずっと前から聞きたかった事だった。それでも、ずっと前から聞かないでおこうと思っていた事でもあった。

 『(せん)()()(づる)』木下日向の幼馴染みにして、居眠りの常習犯。成績は良くは無いと言え、赤点まみれという訳でも無い。たまに変な発言をしたり、学校を休みがちだったりするが、そんなの誰にだってある事では無いか。そうやって自分に言い聞かせても、どうしても疑問が湧いてしまう。

 なんでいつも眠そうなんだろう。

 なんで休みが多いんだろう。

 なんで休んだ理由をはぐらかされるのだろう。

 たまにするあの、妙な発言は何なんだろう。

 今までこの10年以上の間、疑問に思っていなかったことが、急に目に付きだした。そうなれば、いっぱいのコップへ水を注ぐ様に、次々溢れ出してくる。

 ずっと一緒に居たはずなのに、ずっと一緒に居なかった気がしてくる。

 そう言えば、怪我してること多いよな。そう言えば、急に百目鬼君と仲良くなってたな。そう言えば、そう言えば、そう言えば……。

 微かに点と点が結びつきそうになる。でも、怖かった。点つなぎの結果、どんな絵になるのか。そこから見えてきてしまう物を知ったとき、自分にどれだけ抱えられるのか。抱えさせて貰えるのか。それを知られて、智鶴はどう思うのか。

 嫌われるかも知れない。もう関わってくれなくなるかも知れない。怒るかも。泣くかも。絶望されるかも……。思えば思うほどに、詮索なんてするもんじゃ無いと、頭ではちゃんと分かってるのに。

「ぐあ~~~~~~。気になる~~~~~~」

 髪の毛をかき乱す。いつもの三つ編みは既に解かれており、癖が残りウェーブがかかった髪が、様々な方向へと飛び跳ねる。

(いっそ本人に直撃してやろうか?)

「それが1番ダメだよね~。でも、こそこそするのも良くないよなぁ」

 明日は金曜日。行動に移そうにも、土日が邪魔でしょうがない。

「週明け、安心院先生を訪ねるかな……」

 今日はもう勉強なんてしても頭に入ってこない事は明白だったから、漫画でも読んでゆっくり過ごそう。

 日向はそう考えて、週刊漫画を引っ掴むと、ベッドに倒れ込んだ。

 

 *


 金曜日の業後は、真っ直ぐ家に帰ると、居間でテレビを見ながら神座(かむくら)(かん)()を待った。

 それはいつもの光景だったが、今日の智鶴は紋付き袴を着ていた。

「ごめん! 遅れた~!」

 ワイドショーに出ていたお笑い芸人が、ボケをかまし、笑い声が上がったタイミングで襖が開いた。そこには、紅白の巫女装束に身を包んだ栞奈が立っていた。

「遅かったわね。どうせ、居眠りでもして怒られてたんでしょ?」

「え? 居眠り? したこと無いぞ?」

「う、うそでしょ……。一緒に仕事してるわよね? 夜も寝る時間少ないじゃない」

 何言ってるんだと言わんばかりのあっけらかん振りに、智鶴が動揺を隠せないで居た。

「そりゃ、確かに眠いけどさ。授業は面白いし、わっち昔からちょっと寝たら元気になる質だから。平気なんだ」

「なによそれ……。私にもその能力分けて欲しいわ……」

「何バカなこと言ってんだ。今日は出かけるんだろ? 早く行こう」

 栞奈は座ること無く智鶴を急かす。

「そんなに楽しみなの?」

 しぶしぶ立ち上がる智鶴は、どこか気乗りしていない様だった。

「おう! 本物の神様になんて、そうそう会える機会ないからな。そりゃちょっと怖いけど、この前の八角斎さんがよっぽど大丈夫って言ってくれたし、そんなに心配はしてないぞ」

 そう、今日は智鶴と栞奈の2人で大天狗に挨拶をしに行く予定なのだ。本来なら、百目鬼と竜子も同じチームとして、同席するべきなのだろうが、竜子も百目鬼も他で外せない用事があるらしく、2人でということになった。

「本当なら、もっと早く行くべきだったのに。私が不甲斐ないばかりに、ごめんなさいね。もしもそれで大天狗様の機嫌が悪くなったら、私がちゃんと謝るから、心配しないでね」

「しょうがないよ。智鶴、ずっと大変な目に遭ってたんだから」

「そう言ってくれるとありがたいわ」

 外履きに履き換えながら話していると、背後から誰かが駆け寄ってきた。

「ちょっと、ちょっと、待って……」

 振り返ると、智鶴と同じ紋付きを着た少女が、緊張した面持ちで立っていた。

「お姉ちゃん、どうしたの? 紋付きなんて着て。今日って何か大きな催事でもあったかしら?」

「違うのよ。えっと、えっとね……」

 もじもじしている姉の真意がくみ取れず、ただ首を傾げる妹。

「わ、私、また、呪術の修行をね。え~っと。始めたいって言ったら、お爺さまが、それなら一度、大天狗様に挨拶しに行きなさいって。それをけじめにするって、そう言われて……」

「一緒に行きたいなら、そう言ってくれれば良いのよ。もう」

「だって、術の修行を始めるも、一緒に行きたいも、言い出すのが恥ずかしかったのよ」

 やれやれ、世話の焼ける姉だと、智鶴はかぶりを振った。

 3人で屋敷を抜けると同時に、隠形を掛ける。曇天で薄暗い夕方とは言え、黒い紋付きを着た少女2人と、巫女装束の少女1人が連れ立って歩いていたら、目を惹いてしょうがない。たとえばここが原宿や秋葉原だとしたら、コスプレとか個性的な服とかで片付くかもしれないが、田舎の田園風景では浮いてしまうこと間違い無しだった。

 家を出て暫く歩いたところで、智鶴が急に首を傾げた。

「てか、お姉ちゃん。術の修行始めるの!?」

 一緒に行きたいと言い出せない手のかかりように気を取られて、聞き流していた言葉に、今更ながら引っかかりを覚えたのだ。

「え、今更ツッコむのか?」

 栞奈もタイミングの遅さに、驚きの声を上げた。

「さっきは疑問にも思わなかったけど、思考が遅れてやってきたわ」

「…………」

 智秋はまたもじもじしている。

「……うん。遅れてるなんて軽く言えないくらい、遅れてるけどね。幼い智鶴と接している内に、またやりたくなっちゃった」

 軽く聞こえる様に言葉を選んだが、その奥には様々な葛藤が隠れていた。

 術から離れていたのは、智鶴への嫉妬心からだったから、余計、素直に言うことなんてできなかった。

「そうなの! これからは人数合わせ以外にも仕事するの?」

「一応……? でも、多分智鶴たちとは違う班だと思うけど」

「そうなんだ。でも、なんだかうれしいわ。おかえり」

「うん。ただいま」

 今までも緊急時や、人手の足りない時は仕事をしていた智秋だが、継続的に仕事をするのは、5年ぶりくらいのことだった。ブランクを取り戻せるか不安はあるが、それでも、未来では妹と肩を並べていられる様に。今できることを精一杯やる所存だった。

 その後はとりとめも無い会話をした。そうこうしている内に、気がつけば拝殿の前まで来ていた。

「人は居ないわね? じゃあ、行くわよ」

 袂に呪具が入っていることを確認した智鶴は、拝殿の裏に回り、獣道にも見えない木々の間を抜けていく。この山に掛けられている結界の効果で、鍵となる呪具を持たない者は、これ以上進めないのだ。正確に言えば、入っても戻ってしまう。本殿に辿り着けるのは、鍵である呪具を持っている千羽の者だけだった。

 だから、誰かが見ているなんて、露ほどにも思わなかったのだった。

 この後は以前竜子を連れてきた時と同じ要領で、神域に向かう。

 本殿の鏡が光り、突如吹き込んだ突風に(さら)われた。ゆっくりと目を開くと、そこは既に鼻出神社本殿ではなく、立派な社が(そび)える別の(やしろ)だった。

「おお~ここが鼻出神社の神域か~。お母さんのところとはまた違うな~」

「そっか、栞奈は神座の神域に入ったことがあったのよね」

「そうだぞ。あそこは本当に全てが澄んでいて、綺麗な所だったな~。ここも綺麗だけど、ウチのと比べたら、なんていうか、カッコイイって感じだ」

「そうね。いつ来ても荘厳って感じ。私はやっぱり苦手だわ」

 久々にここを訪れた智秋が、腕をさすりながら、2人の後に付いてくる。

「お姉ちゃんったら。私は苦手とか得意とかそういう感情は無いな~。ただいつもしっかり畏まってるから、緊張感があるという点では、少しお腹が痛いかも」

 3人で話していたら、各々緊張がほぐれてきた。そこへ迎えの天狗がやってくる。

「おお。ようやく来たか」

「八角斎さん! こんにちは」

 智鶴に続いて、他の2人も続いて挨拶をした。

「色々大変そうだった事は、大天狗様も見ておられた。(えっ)(けん)が遅くなったことも大して気になさっておらんから、変に気張らず挨拶してくれ」

 その言葉に、栞奈がホッと息を吐き出した。

「おや? もしかして、智秋か? 大きくなったな~。久々に今日はどうした?」

「ええ。お久しぶり。ちょっとまた修行を始めるから、けじめとして挨拶に行く様、お爺さまに言われてて」

「そうかそうか。きっと大天狗様も喜ばれると思う」

「そう言ってもらえると、気が楽になるわ」

 八角斎が笑顔を浮かべた。


 八角斎の先導で、いつもと同じく主の居る奥の院へと通される。部屋のサイズが一般的な神社の何十倍もあり開放的なのに、いつ来てもどこか圧迫感を覚えさせられる。

 ちょこんと敷かれた3枚の座布団にそれぞれ腰掛けると、()()の向こうに大天狗が現れるのをじっと緊張しながら待つ。

 暫くすると、御簾をスクリーンとして、影絵の様に大天狗らしき巨大な物陰が現れた。そして、いつも通りお付きの天狗達が「大天狗様のおな~~~~り~~~~」と声を揃えながら、御簾を上げていくと同時に、3人はゆっくりと三つ指をつき、ひれ伏していく。

「苦しゅうない。面を上げい」

 先程ひれ伏したときと同じように、ゆっくりと上体を起こしていく。

「お初にお目にかかります。()(じん)(かむ)(くら)()(おり)(あるじ)。神座家五女神座栞奈です。この度は謁見のお許し、恐悦至極に存じます。この地にて仕事に当たらせていただきます事を、ご挨拶に参りました。以後、お見知りおきをよろしくお願いいたします」

 栞奈がこんなに畏まった言葉を使えると知らなかった智鶴は、勝手に目を丸くしている。智秋も驚いて、自分の挨拶のタイミングを間違えかけた。

「あ、えっと……。スミマセン。()(そう)(じゅつ)(そう)()(せん)()()(ちょう)(じょ)(せん)()()(あき)です。この度はお目にかかれます幸福、恐悦至極にございます。一度投げ出しました呪術にて高見を目指す事を、再開いたす折りにつき、ご挨拶に伺わせていただきました」

「うむ。2人とも遠路はるばる神域まで、ご苦労であった。神座の者がこの山に来るのは久しいな。確か、数代前の者がなにやら来た事もあった様な気がするが。それに、千羽の長女。暫く顔を見せないと思っておったが、投げ出していたと。そうか。それについては既に様々な者から言葉を受け取っておると思うから、我から言うことはないが。再開するということ、()(たび)は投げ出さず精進する事を期待する」

「お言葉、肝に銘じます」

 智秋が中段に辞儀をした。

「千羽の次女」

「は、はい!」

 自分に話が振られると思っていなかった智鶴が、慌てて返事をした。

「この度此奴らを連れてきたお主から見て、この2人の言葉に嘘偽りは無いか? 千羽の地はこれからも安泰であろうな?」

「神座栞奈、千羽智秋、両者とも真面目で優秀な呪術師にございます。2人の言葉に嘘偽りの無い事に加え、これからの千羽を守って行くにあたり、大きな戦力となること、疑いの余地などございません」

「そうか。証人として貴殿は今までの功績から、信ずるに値すると考える。そのお主がそう言うのであれば、我から言うことは何もあるまい。様々な運命が絡まり合って(ほぐ)れぬ現状、お主ら2人の活躍も期待しておる」

 3人が揃ってひれ伏した。

「ありがたきお言葉」

「そろそろ時間か。お主ら、もう下がって良いぞ」

「失礼致します」


 八角斎に先導されて、境内に戻り、簡単な別れの挨拶を済ますと、出口に向かって駆けていった。

「ふぎゅっ!」「あいた!」

 慣れている智鶴以外の2人は、無様に本殿を転がって倒れた。

「帰ってきたわね」

 付き添いであった智鶴も緊張し疲れた様で、ほっと息をついた。

「おお~。ここの神域は時が早いんだな。全然時間が経ってないぞ」

「なのに、滅茶苦茶疲れたわ……」

 最近手に入れたスマホで時間を確認する栞奈と、そんな気力も無いと床に大の字で寝そべる智秋。

「も~。智秋はだらしないなぁ」

「栞奈が平気すぎるのよ。それに、智鶴も」

「私は、ほら、慣れてるから。年末年始のご挨拶とか、祭礼の打ち合わせとかで、お爺ちゃんのお供によく行くし」

「わっちはそもそもこれが専門だからな。神域に行き慣れてはいないけど、神様とか、魂とかを専門にしてると、こういう感覚というか、緊張みたいな物には慣れちゃうんだな~。実際にお姉ちゃんたちとか、何しても緊張しない超人ばっかりだったし」

「あれ? 栞奈ってお姉ちゃんいるの?」

 事情を何も知らない智秋が、なんともなげにそれを尋ねてしまった。智鶴が、制止しようと身を乗り出しかけたが、間に合わなかった。

「いるって、いうか、『いた』だな。みんな死んじゃったし」

「ああ、ごめんなさい。私、何も知らないで」

「良いんだぞ。話してなかったんだ。知らなくて当然だぞ。まあ、気が乗ったら、その内話すよ」

「ありがとう」

 死んでしまったことは悲しい事のはずなのに、それを乗り越えて今を生きる栞奈の表情は、一切曇らなかった。


 *


 3人を送っていった八角斎が、座布団などを片付けに、奥の院へ戻ったときの事だ。

 まだ高座にいた大天狗に声を掛けられる。

「おい、八角斎」

「はい? 何でしょうか?」

「千羽はこれからどうなると思う?」

「はて? 私には見当も付きません」

「そうだろうと思う。実は、我にも見通せて居らぬのだ」

 大天狗は顎髭を(もてあそ)んでいる。

「大天狗様にも。で、ございますか」

「ああ。余りにも運命が複雑に絡まっておる。鬼と神と竜と他にも様々に。ただ多くの人が絡み合っているだけならば、それは容易いことだが、こうも高位の力がとなると、我にもこの先が全く見通せん」

 下っ端の八角斎に返せる言葉は無い。

「お主は千羽の者と近い存在だ。しかと見守ってやれ」

「御意のままに」

 従者の天狗は、深く頭を下げた。

(ただ、分かりやすい糸も無い事は無いが……)

 大天狗はそれが本当に見立ての通りの分かりやすさであるか、自信が無かった。それほどまでに、千羽の運命は複雑怪奇に絡まり合い、だれにも解ける糸口の見つかられないまま、先へ先へと続いていくのだった。


どうも。暴走紅茶です。

今回もお読みくださりありがとうございます。

寒くなったと思えば暖かくなり、暖かいと思えば寒くなる。

紅葉もままならない令和5年の11月が終わりますね。

皆様のご健康をお祈り申し上げます。

では、また次回。

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