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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第七章 隠したダイスキ

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14話 手合わせ

 道場がいつになくザワついている。

 先月、(どう)()()(はや)()(だっ)(さい)(かん)()(ろう)と手合わせしたときよりも、よほど多くの人が集まって輪を作っている。その中心では男女が向かい合っていた。それは()(そう)(じゅつ)(そう)()(せん)()()次女の(せん)()()(づる)と、同じく門下生の百目鬼隼人だ。

「手加減しないわよ」

「俺も、100パーセント、出し、切る、から」

 百目鬼が大切な智鶴相手だというのに、対人戦では禁じている手袋をしっかりと填めていた。それは相手を害そうという敵意ではない。尊敬の表れだった。

「では、両者一礼!」

 ちょっとしたイベントの様になってしまっていることを、あまり快く思っていない(ふじ)(むら)だったが、2人に審判を頼まれたときの、光栄で単純に嬉しい気持ちが先行してしまい、やむなく(ぎょう)()を担っていた。

 両者ゆっくり頭を垂れていき、それが上がりきる前に素早く後退、距離を取ると、互いに術を発動する。

「一気に片付けるわ! ()()(かい)()!」

 智鶴の体が一回り大きくなり、鬼化した。そんな彼女を見て、観客からどよめきが上がる。みな戦っている智鶴の鬼化を見るのが初めてだったのだ。

「全部、見切る。(ばん)()(がん)!」

 百目鬼の全身に眼が開かれる。こちらには見慣れているのか、これと言って声は上がらなかった。

 道場の床がえぐれんばかりに強く蹴ると、智鶴は一気に距離を詰める。

「スタイル、間違い」

 百目鬼がボソリと呟くと、智鶴の視界から消えた。

「え、ちょっと」

 百目鬼には全てが見えている。それは突き詰めると、目の動き、筋肉の収縮、霊気の放出などから、相手が何をどう見てどう動こうとしているのかすら、手に取る様に分かってしまうことだった。即ち、正確に死角へと入り込めるのだ。

「左、がら空き」

 強烈なストレートパンチが智鶴の脇腹に迫るが、自動防御が働き、弾いた。

「紙吹雪 ()(ばち)(ぐん)!」

 距離を取りながらそう唱えると、腰の巾着から紙吹雪が飛び出、彼の周りを飛び交った。それはさながら蜂の巣を突いた様で、払っても払っても体の周りを飛び回られ、鬱陶しいことこの上ない。しかも、そうしている間に、智鶴が次の術を練り上げているのが分かっていた。

 彼女がぐっと拳を握り込むと、飛び交っていた紙片が鋭い針に姿を変え、針先全てが彼を捕らえた。

 ……がしかし、変えただけで、ピクリとも動かなかった。

「怯むな!」

 百目鬼の怒号に、ハッとして目を丸くするが、それでも、体が震えてしまって、どうにもその続きを実行できない。

 空を掴んでいた腕がゆっくりと降ろされると、パラパラと音を立てて床に散らばった。

「智鶴様……」

 結華梨が心配そうに、呟く。

「やる気、無い、なら、終わらす」

 百目鬼の両足に妖気が充満していく。それは鬼気には敵わないまでも、人の動きを遙かに凌駕する。

「妖術 (しゅん)()

 たった一度の蹴り込みで、相対していたはずの智鶴の背後に回り込む。

 かつては使えばそのまま倒れてしまう大技だったそれも、1ヶ月の創意工夫の末、ツナギの技として使えるほどになっていた。拳を振りかぶる。狙うは心臓の真裏。気絶を狙うなら、格好のポイントだ。

「智鶴!!」

 拳が到達する直前、ダイスキな声が聞こえた。咄嗟に横に飛び込み躱した。声の主は探すまでも無かった。

「大技、躱しちゃってごめんね!」

 智鶴は手で床を突き放すと、起き上がり、体勢を整える。

「折角の、隙、だった、ンだけど」

 ジリジリと見つめ合いながら、お互いの間合いを計り合う。

「それは、残念ね! ()(そう)(じゅつ) (おり)(がみ) 紙刀!」

 紙の刀を抜刀する。上段に掲げられたそれに鬼気を載せて、ヒュンと空を切った。鬼気の斬撃が前方に飛んでいく。

「ドコ、狙ってる、の」

 斬撃は門下生の輪を切り、無碍にも壁にぶつかって消失した。

「……クッ」

 まだ無意識に人から逸らそうとしてしまう自分がいた。

「俺の、こと、舐めてる?」

 髪の毛に遮られた彼の人の目が、しっかりと智鶴の目を捉えて、苛つきとも悲しみとも取れる感情を投げかけてくる。

「そんなことは!」

「本気で、やったら、殺しちゃう、かも? 俺って、そんなに、弱く、見えてる、んだ」

「ち、違う!」

 百目鬼が間合いを詰めて、打撃を繰り出してくる。それになんとか反応し、刀で受け流す。

「この刀、刃が、付いて、ない。やっぱり、バカに、してるんだ」

「違うのよ……」

 涙が出そうだった。真剣に戦いたいのに、力が出せない。怖い、怖い、怖い……。臆病なのも、臆病で居てはいけないことも十分に理解している。この先人と戦うことの重大さも勿論。

 それでも怖いものは怖いのだ。

 攻撃を繰り出せない本家の少女に、観客から不安げな視線が突き刺さる。紙鬼回帰を使ったときとは明らかに別種のどよめきが上がっていた。

 迫り来る百目鬼のフェイントにまんまと騙され、腹のど真ん中に一撃食らってしまった。自動防御も、私服も貫き、トラックがぶつかったような衝撃が全身に響く。

「カハッ」

 百目鬼の真剣さが、全身に痛覚として認知された。

 膝から崩れ落ちる。はぁはぁと息を整えると、紙刀を杖がわりに、体を支えて起き上がる。

「終わり、に、する? もうダメ、じゃん」

 構えを解いて、智鶴を見つめる百目鬼。よく見るとまだ全身に眼が出ていた。こんなにも長く使える様になったのね。とも思ったが、それほど戦闘時間が経過していないだけとも捉えられる。どちらにせよ、そんなことはどうでも良い。ただ、事実なのは、彼はずっと本気で智鶴にぶつかってきていることだった。それは、智鶴が憎いからでは無い。彼女を強い一人前の術者として認めているからに他ならない。

 そんな風に自分を思ってくれている相手に、本気でぶつかっていけない自分がダサくてダサくて仕方が無かった。腹をくくらなくてはならない。

 ――いつかのためにではなく、今、今ここで、百目鬼の為に。

「……まだよ」

 ゆらりと智鶴の鬼気が膨らむ。

「ずっと怖かったのよ」

 まるで焔のような鬼気が、彼女の紙刀に収束し始める。

「でも、情けないわ。ダサいわ。仲間が、本気でぶつかってきてくれているのに、私は本気を出さないなんて、そんなの不公平よね。ごめんなさい」

 きちんと相対し、大きく息を吸った。

「ここからは本気でやるわ!」

 自分を鼓舞するように、大声で宣言した。

 観客が息を吞み、当に組み手を超えた模擬戦の行く末を静観し見守る。

 智鶴の目の色が変わった。それに呼応して、鬼気を纏った紙刀が鋭さを増し、キラリと太陽光を跳ね返した。

 中段に構えて、切っ先を百目鬼に定めた姿勢のまま、術を使う。

「紙操術! 紙吹雪! 紙蜂群」

「また、それ? それは、見切って、いる!」

 百目鬼が素早く動き、紙にすら追いつかれない様に立ち回り、智鶴の背後へと回り込んできた。

「紙吹雪 針地獄」

 彼を追っていた紙吹雪が、鋭く針状になったことで風の抵抗が減り、スピードを上げて迫る。今度は止まらず、攻撃が肌に到達しそうだった。

「ようやく、か!」

 当たれば激痛が走るだろうに、百目鬼は心から嬉しそうに破顔の笑顔を見せた。迫り来る針に恐怖心を一切見せず、避け、掴み、受け流す。それが何千本合ったか分からないが、一本も百目鬼に当たることは無かった。

「これで、本気!?」

 針地獄が終わり、体力の限界かと思った百目鬼が、煽る様に言葉をぶつける。

「って、あれ?」

 そこにはもうもうと鬼気の立ち上る紙刀が突き立てられているのみで、刀を構えていたはずの智鶴が消えていた。流石の百目鬼も、何千本もの針を裁くのに必死で、智鶴そのものに注視し切れていなかった。

「なるほど、死角ね」

 何の気配もしなかったはずの場所から声がした。

「嘘!」

 急に鬼気が爆発的に発せられる。

「紙操術 ()(ろう)(かぎ)(つめ)!」

 死角から飛びだしてきた智鶴が、通り過ぎざまに背中を引っ掻いた。

「いでぇ!」

 彼女は、百目鬼がよろめくその隙を逃さなかった。床に飛び込み、手でその軌道を修正すると、勢いそのままに足を薙ぎ払い、素早く折った紙製の匕首(あいくち)の峰を倒れていく喉元に押しつける。

「私の勝ちね」

「嘘だろ……」

「はい、そこまで!!」

 藤村の声で模擬戦は締められた。ワッと歓声が上がった。

「やり過ぎたかしら?」

 馬乗りになっていた智鶴が立ち上がり、百目鬼に手を差しのばす。

「いや、やっと、本気で、嬉しい」

 立ち上がる彼の背は赤く血が滲んでいた。

「あら、勘違いしないでよ。殺気は出してないから、妖に対しては、もっとよ」

「こわ……」

 煽っておいて何だが、何があっても智鶴だけは敵に回さない様にしたくないと、強く思った。もしも智鶴が敵方につくなら、付いていくしか無いと。

 

 模擬戦後、百目鬼が居間に顔を出す。智鶴もシャワーで汗を流してきた後の様で、道着からジャージに着替えていた。

「あのさ」

「何よ? 今更やり過ぎだなんて、文句言う訳じゃないわよね?」

 百目鬼の対面に座りながら、そう言った。

「違う、俺の、死角、どうやって、ついたの?」

「ああ、そんなこと。簡単なトリックよ。分からない? 何で私がわざわざ紙刀を構えていたか。なんで紙刀を床に突き刺していたか」

「……?」

 智鶴が何で分からないのかしら? と眉根を寄せている。

「ヒント、私は鬼気を紙刀に乗せて、斬撃を出したわ。ということは?」

「紙刀に、鬼気を、移せる……そっか!!」

 百目鬼が閃いたと目を見開き、拳を反対の掌に叩きつけた。

「強い、鬼気を、紙刀に……なるほど」

「そうよ。紙刀には強い鬼気を、私自身は気の放出を制限して、目を引く様にしたの。要するにデコイね。ずっと本気で戦っていなかったからこそ、強い鬼気を見せていなかったからこそ、あの瞬間、今日イチの鬼気を纏った紙刀が1番目を引いた訳」

「うわ~。そんな、ことか~見抜け、なかっ、た~」

「でも、それだけじゃ無いわ。針地獄に集中させたのも、作戦よ」

「というと?」

「一度経験したからこそ、甘く見て、抜け出すことよりも、向き合うことを選ぶと思ったから、針地獄を飛ばしたの。しかも量は過去一よ。いくら百目鬼でも、大小、万を超える針を裁いて直ぐに、疲弊した状態で目の前に例の紙刀が現れたら、目を引かれない方がおかしいわ」

「そこまで考えて……」

「でもまあ、模擬戦ならではよ。倒したい気持ちよりも、勝ちたい気持ちが強いからこそ、相手へのダメージを最小に、かつ最大限のパフォーマンスをする方法を模索した訳ね」

「気持ち、切り替え、てから、急過ぎる……」

 百目鬼がこの上ない苦笑いを浮かべた。

どうも。暴走紅茶です。

今回もお読みくださり、ありがとうございます。

寒くなりましたね。お洋服は重ね着できたり、可愛くて楽しいですが、感想と寒さは細工です。

そんな毎日ですが、また次回も宜しくお願いいたします。

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