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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第七章 隠したダイスキ

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13話 意志

「ただいま~」

 (きの)(した)()(なた)が先生と話していた頃。有り余る元気を残して帰った(せん)()()(づる)は、張り切ってジャージに着替えると、(はな)ヶ(が)(だけ)に駆けて行った。

 いつになく爽快に石段を駆け上がり、修行場へ抜ける。

 腰には見慣れた巾着が躍っていた。

「流石に数週間じゃ、何も変わらないわね」

 いつもの修行場は、見慣れたままの光景のままだった。

 ぐいっと背を反らせ、ストレッチをする。パキパキと関節から小気味良い音がする。全身のなまっている部分を、引き延ばして強制的に起こしていく。

「よし!」

 頬を掌で張って気合いを入れると、木々に貼った的目がけ、順繰りに紙を(とう)(てき)していく。

「いやぁ。流石に鈍ってるわねぇ」

 10個の的に対して、真ん中に命中したのが3つ、的には命中したのが5つ。あとの2つは明後日の方向に刺さっていた。

(かみ)(すき)!」

 久々だから、あえて声に出して術をかけると、紙片が集まってくっつき、大きな紙になった。そっとそれに足を掛けてみる。

「大丈夫そうね」

 地面を蹴って飛び乗ると、跳ねてみた。

「これは上手くいくわ。よかッ!!!」

 安心したのも束の間、真ん中から裂けると、地面に落ちた。

「あイタタタ……。惜しいわね。感覚自体は消えてないだけマシよ」

 再び裂け目を繋ぐと、「()(とう)!」と声に出す。紙がパタパタと折り畳まれ、一振りの刀が形成された。

「見た目は上手くいってるわ」

 上段に構え、振り下ろしてみる。何度か音を立てて空を切り、素振りをする。

 しっくりきたのか、目の前の切り株に向かって振り下ろしてみると、木に当たった瞬間ひしゃげてしまった。

「あははっ。硬度に難ありか。笑えてくるくらい鈍ってるわね。これ、今夜の仕事大丈夫かしら」

 今智鶴が行っているのは、術の鈍り具合を確かめるだけでなく、今夜から復帰する仕事のウォーミングアップを兼ねていた。ただサボっていただけで無く、幼児退行もしていたために、もしかしたら術に何か影響が出るかもと、()(たん)(ざか)()(まい)に言われていたのだ。

「術の使い心地は変わらない感じね。まあ、取り敢えず、基礎の基礎は何とかなってるから、戦いのサポートが出来るくらいにはしておかないと」

 それからは、霊力・呪力循環から基礎トレーニングを始め、軽い筋トレをしてからは、ずっと紙吹雪と紙漉きの基礎を磨き直していた。

 秋の日はつるべ落とし。気がついた頃にはすっかり太陽の出番終わり、辺りが薄暗くなっていた。

「ふぅ。今日は何とかなりそうね。暗くなったし、そろそろ帰ろうかしら」

 呪術師である智鶴は、暗くても夜目が利く様に修行し、そういった術も会得しているが、頃合いと思ったのだろう。紙をバラして、巾着に戻していく。そうしていると、木々の影から、一体の(てん)()が現れた。

「久しいな。気分は晴れたのか?」

「お久しぶり、八角斎さん。気分? すこぶるって訳じゃ無いけど、色々考えて腑に落としたわ」

「そうか」

 それだけを聞くと、満足したのか、修行は余所でやれとか、ここを荒らすなとかそういったいつもの小言は一切吐かずに帰って行った。

 軽い足取りの後ろ姿を見て、智鶴が小さく笑った。


 家に帰り、夕飯まで宿題をして過ごし、夕飯を食べてからは手芸をして過ごした。

 時計の針が12時きっかりを指す。特にカラクリが仕込まれていない時計は、無機質に次の刻へと進んでいくが、智鶴がすくっと立ち上がるきっかけにはなった。

 玄関で(どう)()()(はや)()が靴を履いている。本来、門下生の彼は通用口を使うべきなのだろうが、本家組と仕事をする中で、こちらを使うことが暗黙の了解になっていた。

「智鶴」

 彼は背後の気配に気づき、振り返った。

「心は、決まった、の?」

 いつもと変わらぬ表情なのに、不安を抱えて質問したと何故か分かった。

「ええ」

 智鶴は笑顔を作る。

「私は、強くなる」

「そっか」

 2人並んで靴を履く。

 2人並んで屋敷を出た。

 そうしたら何故か。

 怖い物などない。

 そう思えたのだった。


 *


 翌日からは道場にも顔を出した。

「智鶴様。お気持ちが決まったようで、なによりです」

「藤村さん、心配をかけたわね。その節は相談にも乗ってくれて、ありがとう」

 道場の真ん中、大きく家紋の幕が掲げられている床の間の前で、藤村馨と智鶴が向き合って座っていた。

 智鶴が暫く修行をしない旨を伝えに来たとき、幾つか相談に乗って貰っていたのだ。全てでは無いが、少なくとも智鶴が先を決める上で役に立っていた。

「いえいえ、私なんて大したこともしていませんよ。全ては智鶴様が、ご自身で、決断されたのです」

「ええ、分かってるわ」

 ()()に迫られて決めた部分が無いでも無い彼女だが、それでも、今は胸を張って自分の意思として肝に銘じたと言えた。紙鬼とのことは誰にも言えない。言えば破門の対象になってしまう。いつか『その時』が来るまでは、胸の中に仕舞っておく。

 その時が……来なければ良いのに。そう思うのが紙鬼にバレない様、こそっと願うのだった。

「それで、今日はどうされます?」

 尋ねる藤村の隣にはいつの間にか(なか)()(じょう)()()()が座っており、目をキラッキラさせている。その様まるで、主人が帰ってきた犬そのものである。表情だけで、構ってください、一緒に修行しましょう! と訴えかけているのが、いやというほど分かった。

「今日は、そうね、もう少し基礎を磨き直したいし、個人で山に行くわ」

 ズテーと、正座のまま前のめりに倒れ込む結華梨。

「そうですか。頑張ってください」

「ま、待ってください! と言うか師範代、「そうですか」じゃないですよ。引き留めないと、折角出張ってきて下さったんですよ! 道場を使っていただかないと。智鶴様も智鶴様です。折角復帰されたのなら、また私と一緒に修行しましょうよ!」

 智鶴の目が細められ、「え~」と、面倒を回避したい気持ちを染みこませた表情で、結華梨を見つめる。

「そんなに目を輝かせている結華梨は、怖いわ」

「怖くないですよ! わ、私は6歳智鶴様のお世話係だったんです! 16歳智鶴様のお世話も!」

「結構よ。記憶が正しければ、あなた何度も私を見逃してるでしょう。その都度大変なことになってたじゃない」

 痛いところを突かれて、シュンとあるはずのない犬耳が垂れた。

「そ、それは……」

 モゴモゴと良い訳を呟いている。

「……」

 ついには言い訳も思いつかなくなり、黙った。

 そして静かに泣き始めてしまった。

「そうですよね……私なんかが出しゃばったから、智鶴様は危険な目にあって……そうです。なのに、おこがましいですよね……ははは~破門にならないかなぁ。日々が辛いな~。ははは、ははは~」

 膝を抱えたまま横倒しになり、濁りきって何を見ているのか分からない目で、虚空を見つめながら涙を流していた。頬の下辺りに水たまりが出来ている。

「はぁ。仕方ないわね……」

 誰にも聞こえない小声でそう呟くと、智鶴は転がる結華梨の後頭部辺りにしゃがみ込んだ。そして、掌をそっと頭に載せてやると、優しく撫でてやった。

「でも、その都度、心配して駆け回ってくれたのも、()()の中飛び込んできてくれたことも知ってるわ。ありがとう。お疲れ様ね……」

 智鶴の優しさによって、一気にメンタルを回復した結華梨は、シュバッと素早く起き上がると、もっと撫でてと言わんばかりに頭を差し出した。見えない尻尾が引きちぎれんばかりに振り回されているのが分かった。

「はぁ。しょーがないから、一緒に修行しましょう。庭に出るわよ」

「わ~~~~い! ありがとうございます!」

 藤村が苦笑いとも微笑ともとれない、複雑な表情を作り出していた。

 2人そろって中庭に出ると、既に的が立っていた。

「あ、誰か出しっぱなしにしたわね。色んな術者がいるんだから、使った物はちゃんと片付けるルールなのに」

 智鶴が腕を組んで憤慨する。

「まあまあ、智鶴様。私たちも使うんですから、いいじゃないですか」

「そういう問題じゃ……はぁ。まあいいわ」

 智鶴が広間から座布団を取って戻ってくる頃には、結華梨が的の傾きを直し終わっていた。縁側に座布団を敷いて、その上に胡座(あぐら)をかくと、()()(かい)()を発動。いつも通り維持の訓練を始めた。

「智鶴様! 見ててくださいよ! この2週間だって、私は強くなったんですから!」

「はいはい。ミテルワヨー」

 棒読みなんて気にせず、結華梨は鼻息荒く、術を開始する。

(ふう)(てん)(じゅつ)! ()!」

 智鶴に耳馴染みの無い術名が発せられると、風が結華梨の体を取り巻き始める。

「風纏術 (かざ)()り!」

 指をくいっと捻ると、鋭い風が的を真っ二つに切った。

「おお~。凄いじゃない。精度が上がってるわ」

「えへへ~。ようやく基礎の基礎、風纏術を始めるための『始』をマスターしたんですよ~これでようやく歴代の威力に近づけます」

「その『始』ってのは何なの?」

「これはですね~。というか、そもそも風纏術って、どんな術かお知りですか?」

「風を操る術でしょ?」

「まあ、大まかには合ってますけど……それだけじゃ本質を欠いてます」

 結華梨がちっちっちと、人差し指を振ってみせる。そんな態度も、術の話となると目を輝かせる智鶴にはどうでも良かった。早く話せと目で訴える。

「風纏術とは、文字通り、風を纏う術です。風を従え、自身を風と同調させることで、意のままに風を操り、一体化するんです。数代前の最強術師は一切物理攻撃の効かない、風人間だったとか」

「へ~。そんな術だったのね。結華梨を見てるだけじゃ、全然気がつかなかったわ」

「ちょっと、智鶴様!?」

 暗に自分がまだまだだと言われて、頬を膨らませる。

「半分くらいは冗談よ。今日のアナタをみて、その術の本質が見えたわ」

(要するには、(かん)()(ろう)()(ぎり)みたいな感じかしら)

 前例を引き出し、整理して術を考えてみる。

 以前見た獺祭漢九郎の『()(しょう)(じゅつ)』それの『()(ぎり)』。この術は体を霧に変え、更には水滴の温度を操作し、仕舞いには『(あまの)()(ぎりの)(かみ)』で(からだ)(こう)(ぞう)の全てを霧に変えていた。風纏術も極めればそこまで到達するのだろうか。自身の体構造を変化させるのはかなりの高等技術であるが、いつかそれを習得した結華梨と手合わせしてみたいと、智鶴は素直にそう思った。

「そろそろ、手合わせしても言い頃合いかも知れないわね」

「そそそ、そんな!? 私がフルボッコにされる結果しか見えません……」

「どうかしら? 私だって対人には慣れてないし、分からないわよ」

 クールに決めているが、人を殴った経験があまりない智鶴。人に向かって術を使う特訓は道場で受けているが、まだまだ躊躇してしまう。

「でも、今は辞めておきます。もう少しこの『始』を極められたと思ったとき、私から挑戦させていただきます」

「望む所よ」

 2人が熱く語っていると、背後にふらっと現れた人影が急に話しかけてきた。

「何、智鶴、組み手の、相手、探してる、の?」

「ど、百目鬼!? い、いや……そうじゃな……いや~。ははは……」

「違うの?」

「ど、百目鬼さん! 智鶴様は、私が強くなったら手合わせしましょうって、提案してくださったんです」

 結華梨が話の流れを説明した。

「そう言う話だったんだ」

「そうよ」

「ちなみに、今日は誰かと手合わせしたの?」

「し、してないわ……」

「復帰してからは? あの、天狗さんとか?」

「い、いや……術の修行自体そんなに……」

 結華梨の前では偉そうにしていた智鶴も、サボり癖がまだ抜けきっていない。痛いところを突かれて、口ごもる。

「じゃあ、俺と、手合わせ、して?」

「え、ええええ」

 思っても居なかった提案に、後ずさる智鶴。

「嫌?」

 百目鬼が小首を傾げる。

「嫌じゃ、無いけど……」

「けど?」

(百目鬼って、道場でも一目置かれてるのよね。対人戦にも慣れてたし……私、フルボッコにされるんじゃないのかしら? みんなが見てる前で? それは恥ずかしいわ)

 不安が過った。

「けど、私が相手じゃ、百目鬼手も足も出せないわよ」

「そう、かな?」

「そうよ。女の子は触っちゃダメな部分が多いのよ」

 ウブな百目鬼はこれで引き下がると踏んだ智鶴は、無い胸を強調して主張した。

「でも、それって、実戦、でも、配慮、されるの?」

「それは……」

 舌の根がしっかりと湿っているウチに、論破されてしまった。

「胸当て、すれば、大丈夫。俺も、女性と、手合わせ、よくする、し」

「……」

 智鶴にはただ自信が無かった。物部と敵対しても、人相手には術を使えなかった。怖かった。人を害するのが、それが殺人に結びつかなくとも、術で他者を傷つけるのが怖かった。

「大丈夫。様子、見ながら、やろう」

「……分かったわ。なんだかんだ初めてね。こうしてちゃんと模擬戦するのって」

「確かに。長い付き合いなのにね」

「お、おおおおおおおおお! お二人の手合わせ! 結華梨は特等席を陣取ってきます!」

 話聞くが早いか、結華梨が道場へ飛び込んでいった。

どうも。暴走紅茶です。

今回もお読みくださりありがとうございます。

新生活、酒に飲まれっぱなしですが、何とか生きています。頑張ります。

なので、次回も是非ご贔屓に。

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