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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第七章 隠したダイスキ

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12話 戻ってからのこと

 暗い暗い、どこが上でどこが下かも分からなくなるくらい真っ暗な場所。

 ここは何処かにある、謎の場所。

 何も見えないが、何かはある。

 いや、何かはないかも知れないが、誰かは居た。

(とき)(さだ)(ばん)(じょう)が敗れた」

 老若男女の区別が付かない声が響く。

 その空間に動揺が走った。

「おい、どうするんだよ。もう5人衆じゃなくなっちまったじゃねぇか」

「まあ、元から4人衆みたいなもんだがな」

「ですが、5人いた事実はちゃんとありましたよ」

 そこに居た誰かたちが、口々に不安を露わにする。

「まあ、五人目を解き放てば、4人でも5人でも差異はないだろう」

 誰でもない誰かの声に再び動揺が走った。

「ムリムリムリムリ! 誰が首輪を握んだよ」

「私には無理ですー。すみません」

「あんなイカれた野郎と一緒じゃ、マトモに仕事なんて出来たもんじゃねぇな」

 文句が飛び交うのを、誰かがじっと聞いていた。

「だが、他に貴様らと肩を並べる者が居ない以上、こうする他無い」

「……」

 全員が押し黙った。

 誰かは、それを肯定ととり、話を続ける。

「それに吉報もある。彼の鬼を手にれる算段が整った。その日が来たら、実行に移す」

「本当か!? すげぇ。念願に届くな!」

「これで一旦神体荒らしは辞めるんだろ?」

「そうだな……鬼さえ手に入れば、道が開ける」

「で、でもぉ。時貞さんが居ないんじゃ、やっぱり心細いですよ~」

「まあ、そうだな。でも、あれだ。五人目が解き放たれるなら、怖い物無いだろう。アイツは主様にだけは素直だから」

「ふふふ。可愛い子だよ。きっと君らとも力を合わせられるさ」

 一体そこで、誰と誰が話していて、そもそもそこに何人居たのか、きちんと把握できている者など1人くらいしか居ないだろうに、話し合いは始まり、そして終わったのだった。


 *


 屋敷がザワついている。

 時貞萬匠の死体が消えている事が発覚し、屋敷に動揺が走ったのが今朝のこと。宴の余韻すらもそれによって、醒めきってしまった。

「なんかなぁって感じね」

 宴と退行の反動で寝坊した(せん)()()(づる)は、居間に向かいつつ、昨夜の盛り上がりを思い出して嘆息していた。

 そんな事態が起こっていても、元に戻ったからには、学校へ行かなくてはならない。いくら学校側に事情を分かって貰っているとは言え、そろそろ出席日数が怪しいのは油断ならない事実であった。もしも日向の後輩になってしまったらと思うと、気が気でない。

 居間入ると、朝食の良い香りがした。今日はスクランブルエッグを載せたトーストを中心に葉物サラダとかコンソメスープが用意されていた。だが、先客が居た。姉の()(あき)だ。

「お、お姉ちゃん、おはよう」

「ん。おはよ」

 昨夜の会話が夢だったのではと思い、おっかなびっくり挨拶をしてみたが、姉は何食わぬ顔で、まるで毎日そうしていた様に、ただ自然と挨拶を返してきた。それだけで、心が温かくなった。

「先行くわね」

 食べ終えた姉が食器を纏めて立ち上がった。

「ええ。いってらっしゃい」

「いってきます」

 只の会話だった。本当に、ただの何という物語性も無い、ごく普通の家族の会話だった。


 通学路を全力疾走する。入学当初は固くて窮屈に感じていたローファーが、すっかりこき使われ、足になじんできたようで、彼女の全力疾走にもきちんと対応していた。

 枯れ木立が落ち葉を手放す校門前で、見知った顔を見つけ、

()(なた)! おはよう!」

 数週間溜めた元気を解き放つように、朝の挨拶をした。

「ちーちゃん!? もう良くなったの!? 入院って聞いてたけど!?」

(そんな話になってたのね)

 と(にせ)欠席理由の確認を怠って登校した智鶴は、どう話を合わせて良いのか分からず、戸惑いながらも言葉を選ぶ。

「ええ。もうすっかり元気よ。入院自体も、ちょっとした高熱……に、慌てたお爺ちゃんの計らいだし。ホント、カホゴよね~」

 これでいいのか分からなかったが、(きの)(した)()(なた)に疑問符は浮かんでいなかったから、智鶴はほっと胸を撫で下ろした。

「愛されてるね~」

「嬉しいことだけど、困りものよ」

「いいじゃんいいじゃん。ウチのおばあちゃんなら、気合いが足りないとか言ってきそう」

「日向のおばあちゃん怖いものね」

 子供の頃叱られた過去がフラッシュバックした。何をして怒られたかよく覚えていないが、ただただ怖かったことだけは鮮明に覚えていた。

 昇降口を抜け、教室に着くと、先に来ていた前の席の(まえ)()(しず)()が智鶴を見つけ、笑顔で挨拶してきた。どうやら彼女が幼児退行している間に席替えがあったらしいが、依然、静佳は前の席に座っていた。

「おはよう! 智鶴ちゃん! もう大丈夫なの!?」

「ええ、まあ。もう元気よ」

「良かったわ~。心配してたんだよ。お見舞いに行こうにも病院分からないし、連絡もつかないし」

 そりゃ、入院なんてしていないし、退行中にスマフォを持っていたとて使いこなせる自信が無いわよ。というツッコミが喉まで出かかったも何とか飲み下し、笑顔を取り繕う。

「ありがとう。気持ちだけで十分だわ」

「そう? まあ、何はともあれ、元気そうで良かった」

 友達が少ないと思い込んでいた智鶴だったが、静佳と話した後、委員長やその他男子も女子も、多かれ少なかれ、「元気になったんだ」といった旨の言葉を掛けてくれた。面倒だと思いながらも、今日は朝から良い事ずくめねと、嬉しさが心に溜まっていった。


 何事も無く放課後になった。

 退行していたとはいえ、1週間以上仕事もなにもしていないのだ。こんな長期休暇は仕事を始めて以来なかったことで、すっかり元気な智鶴は、珍しくも全授業、居眠りする事無く1日を終えた。そんな彼女を見て、日向も静佳も目をパチクリして驚いていたのが、なんとも面白かった。


 鞄を掴む。

「じゃあ、また明日ね~」


 そんな言葉を掛け合い、日向は1人部活へ向かう。

 現在居る南館から北館へ渡り、更に本館へ抜けると、階段を4階分上って、1番遠い地理学室の扉に手をかけた。

「失礼します」

 入り慣れた教室で、扉の向こうには気心の知れた部員しか居ないのに、何故かいつも他人行儀な挨拶をしてしまう。

 だが、今日は様子が違っていた。

 ガラリと開けた向こうには、他の部員は居らず、()()()(せん)(せい)だけが窓の側に立って外を眺めていた。

(他のみんなはまだ来てないのかな?)

 そんなことを考えていた。

「先生、こんにちは。他のみんなは――」

 と、そこまで声に出したところで、先生が言葉を阻む。

「ああ、今日は部活動をお休みにしたんですよ。木下さんには伝え忘れていましてね。先程、丁度準備室に戻った時に思い出したもので、待ってここで伝えようと思っていた次第です」

「そうなんですか。では――」

「ああ、ちょっと待ってください。折角なので少しお話しませんか?」

 暇を告げようとしたところで、また言葉を阻まれた。

「なんですか?」

 折角早く帰れると思ったのに。なんて言えない彼女は、先生に従い言葉を返した。

「もう入学して半年以上経ちましたが、最近の授業はどうですか? ついて行けていますか?」

「はい。なんとか。って、成績は中の中って所なんですけど」

「それは結構ですね。これからも精進してください」

「ありがとうございます」

「分からないところがあったら、色んな先生を頼ってくださいね。皆さん優秀な方ですから、きっと助けになってくれますよ」

「はい――」

 こんな世間話をするために呼び止められたのかと、内心不満が溜まり始めた。

「時に、木下さんは、(せん)()さんと仲が良かったですよね」

 急に智鶴の名前が出て、日向は不信感すら覚え始めた。

「そうですけど、それが?」

「千羽さんのご実家のこと、どれだけ知っていますか?」

 思いも寄らぬ問いかけに、言葉が詰まった。

「……ええっと、古くから千羽町に住んでいる地主で、町内会のしきり役をしているお家で……。道場? をやっているとか」

「それで?」

「はい?」

 何を(ただ)されているのか腑に落ちない彼女は、だんだん不安や不満よりも、疑問の方が膨らんできていた。

「それで、その道場とは、何の道場なんですか? っと、この質問は具体性に欠けますね。道場とは、武芸を磨く修練場の事を指します。一体、千羽さんのお宅では、どのような武芸を行っているか知っていますか?」

「いえ。知りませんが……」

「小さい頃からの幼馴染みなのに、知らないんですか?」

「はい。聞いたこともあったかも知れませんが、答えて貰ったか……」

 日向は語尾を霧散させて、首を傾げた。

「今では疑問にも思わないと?」

「そうですね。彼女は、たまに質問をはぐらかす癖があって。次第に私も聞いても答えてくれないことには、深入りしない様にしていましたから……」

(あれ? でも、何でそうするようになったんだっけ……? 何かを忘れている様な?)

 日向の疑問も余所に、

「不思議ですね。大体どのお宅でも、親の職業を聞かれて全く答えられない人なんて、なかなか居ないものですが……。幼馴染みでも教えられないとは、よっぽど混み合った事情があるんですかね」

「それは……って、先生。あんまり生徒のプライベートに踏み入る様な事は――」

 この先生は言葉を阻むのが趣味なのか。もしくは急いているのか、緊張しているのか。また話の途中で言葉を割り込ませてきた。

「私はね。名字が地名になるほど、古くから根付いている地主が、何かしら言えない事情を抱えていることに、疑問を持っているのです。そこから、この千羽という土地の秘密の様なものが、浮き彫りになってくるのでは無いかと……。(けん)(きゅう)(へき)(うず)いてしまうのです。困った物ですよね」

「土地の秘密……」

「このお話をしたのも、丁度木下さんがそういった、オカルティズムのような観点からの研究を文化祭の課題にしていたので、興味を持ってくれるかと思ったのですが……。いささか不謹慎でしたかね。気分を悪くされていましたら、ごめんなさい。この通り、陳謝します」

 そう言って、先生は頭を下げた。

「いえいえ、そんな。私もこの研究テーマには関心を持っていますから。でも、幼馴染みの秘密を暴くというのは、ちょっと気が引けます……」

「そうですか。まあ、もしも気が乗ったら、調べてみても良いかもしれませんね。気になることがあれば、貸せる資料があるかも知れませんので相談してください。おや、もうこんな時間。長々と引き留めてしまい、すみません」

 先生は丸い掛け時計を見上げた。どうやら話し始めて1時間近くが経過していたようだ。

「いえ。ありがとうございます。また何か分からないところが出てきたら、質問しにきますね」

「ええ。是非」

 先生がニコリと笑った。でも、それが笑顔には見えなかった。

 帰り道、部室で先生と話したことがヤケに頭の中をぐるぐる回る。そう言えば、学校を休む時も、(どう)()()君が急に住み込みだした時も、話をはぐらかされた。もしかして、詳しく知らないんじゃなくて、家に関わりがあったのか。そもそも百目鬼君はなんで住み込み始めたのだろうか。道場への入門にしては、普通に考えて幼すぎるし……。

「幼馴染みなのに、知らないことだらけだな……」

 でも、面と向かって智鶴に問いかけても、きっとはぐらかされるか、困らせてしまう……。

「あれ?」

 不意に別の疑問がよぎった。

「私、ちーちゃんが幼馴染みだって、先生に言ったっけ?」

 立ち止まり、学校を振り返る。

 秋の日はつるべ落とし。先程まで夕焼けに照らされていた校舎が、闇に飲み込まれていった。

どうも。暴走紅茶です。

今回もお読みくださりありがとうございます。

今引っ越し作業しておりまして、沢山の段ボールが新居に入りきるか不安です(笑)

まあ、何とかなるかというところで。

また次回!

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