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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第七章 隠したダイスキ

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10話 想定外の攻略

「私、また強くなる。決めた。今決めたわ」

 (せん)()()(づる)の言葉に、彼女の魂に巣くう()()の怒りが収まっていく。

「ふん。簡単な答えだな。その言葉は今この場を収めるための、偽りではないか?」

「ええ、偽りなんてないわ。分かった。いや、分かってたの。私がなんで強くなりたいか。簡単なことよ。私は仲間を守りたい。もうだれも傷ついて欲しくない。ただそれだけだったのに、宿敵に目が眩んで、忘れてしまっていたわ」

 そう、智鶴はもっとずっと前からこの答えに辿り着いていた。紙鬼と契約を結んだあの時には既に。もしかしたら、もっと前に。だが、それに気がついていなかったのだ。宿敵に目が眩んで、盲目に目標を追っていたために忘れてしまっていたのかもしれない。紙鬼に迫られて、ようやく思い出せた。始めて自分の中に居る紙鬼と対面したあの夜、何を考えて眠りについたか、どうして無茶な契約に臨んだのか。そもそも何で、青春を棒に振ってまで呪術にのめり込んでいたのか。

「甘いな。実に甘い考えだ。だが、この想いによって、契約が続行されたのも確か。私はこれからもまだ、私に期待していて良いようだな。それが分かっただけでも……と、もう時間か」

 紙鬼が話している途中、空間に(ひび)が入った。そこを起点に、赤い空間が割れて粉々に砕けていく。裂け目から、目を開けていられない程の目映い光が差し込み、包まれていった。


 *


 火曜日。昨日までの晴天が嘘のように、暗くどんよりとした曇天が街を覆っている。ゴロゴロと遠雷が聞こえてきた。もう数時間もしない内に雨が降り出すなと、(とき)(さだ)(ばん)(じょう)は空を見上げて思った。

 彼がすぅっと息を吸うと、遠雷が鳴り止み、周りの家から喧噪が消え、空を飛んでいた

鳥が静止した。正確には、全ての動きが緩慢になったのだ。

 時貞は暢気に歩いていた。そこは(せい)(りょう)()の北側で、(せん)()(ちょう)の隣、()(むら)(ちょう)。そろそろアクションを起こすべく、千羽に近いここに術を仕掛けるつもりだったのだ。暢気に歩いているとは言ったが、無防備では無い。1秒を3時間に引き延ばしていたから、一般人の目に止まることも無ければ、呪術師にだって見つかるハズもない。

 ()(ゆう)(しゃく)々(しゃく)の様子で、術を仕掛けられそうな地点を探っていた。ここか? と思う地点にしゃがみ、地脈の様子を視る。

「兄ちゃん、早いなぁ。全然見つけられんかった。いやぁ、センスあるよ。全く」

 だから、安心しきっていた。突然頭上から声を掛けられ、心臓が止まるかと思うほどに驚き、(おのの)いた。ゆっくり顔を上げると、坊主頭に、チャラチャラとピアスを耳に付けた男がいた。背後の塀の上にしゃがんで、自分を見つめている。

「……!」

 咄嗟に時間を更に引き延ばしての高速移動を試みたが、

「あらあら、先を越されちゃったわん」

目の前にドシャーーンと雷が落ちて、それを阻まれた。

「ヒィッ」

 強い光が視界をホワイトアウトさせたが、それが収まると、一人の女性が目の前に立っていた。

「何だ君たち、どうやって僕の時間に! というか、こんなのおかしいよね。同系統の術者でもないと、僕の時間に干渉なんてできっこないのに! いままで出来たヤツなんていなかったのに! わかったぞ。何かズルしたな。それが何か分からないけど、僕に毒でも盛ったんだろ」

 焦っているのか、いつもよりも台詞が短くなる。

「どうって、別に……」

「どうって言われてもねぇ」

 2人の男女が同時に首を捻る。

「所詮は(れい)()由来の(じゅ)(りょく)だろう? ()()には敵わねぇよ。そんなことも分かんねぇのか。センスねぇなぁ」

 と背後から答えたのは(せん)()(とも)(なり)である。

「竜の生きる時間は、人とはそもそも違うんだよん。キミ、もしかしてお馬鹿さん?」

 と見下して答えたのが(とき)()(ふみ)()だ。

「なんだなんだなんだ! 訳分からないことを言わないでくれるか!? 僕の時間は僕だけのものだ! 誰にも邪魔されたくないし、邪魔させはしない」

 二人に挟まれた時貞は、万事休すかと思いつつも、抵抗を始めた。


 *


 同刻、千羽家屋敷内で、座禅を組み、(ばん)()(がん)で千羽町を監視していた(どう)()()(はや)()は、同時に現れた微かな鬼気と竜気に慌てて跳ね上がった。誰にも報告をせぬまま、屋敷を飛びだして行った。


 *


 同刻、清涼市某所で、一人、調査をしていた(けい)(やく)(じゅつ)()の少女が、悲しそうな目で空を見上げた。

 

 *


 同刻、千羽家本家屋敷内、奥の間にて策を案じていた智喜がピクリと彼方を見つめた。

「頼もしいのう」

 嬉しそうに一言呟いた。


 *


 時貞萬匠が立ち上がり、駆け出すと同時に、文子と智成に遅延の術をかけた。

「そうきたか」

 智成はニヤリと笑うと、掛けられた術ごと鬼気を爆発させた。

「紙操術の応用 ()(びょう)(じゅつ) (ふう)(けい)

 逃げる者は見えない壁に打つかり、珍妙な声を上げた。

「ななな、なんだこれは!? 見えない壁!? 紙の域を超えているだろ!」

「ああ、それ、よく見な。絵だぜ」

「う、嘘だろ……?」

 紙描術とは、紙には絵が描けるという性質を拡大解釈した智成オリジナルの術である。今時貞が阻まれているのがまさにそれ。智鶴が防御に使うような紙の壁にペイントを施したのだ。だが、余りに精緻であり、それと気がつかなければ、街が続いているようにしか見えない。

 咄嗟に懐から短刀を取り出し、引き裂こうとしたが、それが避雷針となり、雷が襲ってきた。間一髪で時間をずらし、直撃は免れたが、得物を一つ失ってしまった。

 カランと真っ黒に焦げた短刀が道に転がる。

(ちん)()な術だねぇ。ちょっと力んだら解除されちゃった~」

 悠然と文子が立っている。

「生えろ! 生命の息吹!」

 まだ負けないと地面に手を突くと、そこからアスファルトを割って、ジャックと豆の木よろしく巨大な(つた)(しょく)(ぶつ)が生えた。彼はそれに捕まり、空高く上がっていく。袖に隠していた種の時間を操り発芽、成長させたのだ。

「ふうん。空中ねぇ」

 文子が軽く地面を蹴ると、空に舞い上がる。

「どこまで上がるのぉ? 危険よん」

「うるさい! 付いてくるな。これでもくらえ!」

 蔦が伸び、鞭のように空に舞う女性を襲う。がしかし、そんな攻撃当たるはずも無く、全てを優雅に躱した。

 智成はそんな様子を「すげ~」と実にお気楽に眺めていた。

「まあ、そろそろ降りてきて貰わねぇとな。俺、空中戦苦手だし」

 そう言って蔦に掌を触れさせると、術を唱えた。

「紙操術の応用 (はく)()()

 すると、巨大に成長した蔦が折紙に姿を変えた。そうなれば彼の領分である。急速にパタパタと折りたたまれ始め、どんどん降下してくる。この術は紙が木の繊維から出来ているという性質を拡大解釈した、これもまたオリジナルの術である。構造を理解した植物なら何でも紙に出来てしまうが、余りにも生命を軽んじている為に、呪術で作られた物にしか使わないと決めている術である。

 智成は蔦に手を突いた瞬間に、その木が術によって成長促進されているところまでの構造を読み取り、解釈、分解したのだ。

「え? え? うわ~~~~~~~~~」

 時貞の悲鳴が大空に広がった。


 ――かつて、天才と持て囃された紙操術師がいた。

 年子である2人の兄よりも5年遅れて産まれた彼は、『(うぶ)(ひと)(ひら)』の色味に惑わされず、誰よりも貪欲に術を学び、覚え、考え、千羽の歴史に無かった独自の解釈を生み出した。弱冠16歳にして、ハタチを超えていた兄たちを差し置き、次期当主の噂をされもした。

 だが、彼は力を求めすぎた。18歳、高校を卒業して間もなく禁呪に手を出す。ずっと隠し通してきたが、20歳の誕生日を迎えた冬、父との親子喧嘩の末それが発覚し、破門を言い渡され、一門を後にした。

 その後一番上の兄が行方不明になり、2番目の兄が家督を継ぎ、姪が産まれ……と千羽の歴史が続いて行くのだが、かつて天才と言われた愚か者の彼は、その歴史に再び現れることはなかったという。

 

 愚か者は再び、千羽の地にてその力を揮っていた。

 空から落ちてきた時貞は空中で翻ると、引力による重力加速を術によって無視し、落下時間を遅くすることで、衝撃を最小限に抑えた。そして着地と同時に加速し、智成と距離をとる。

「おま、お前、やってることがチート過ぎるだろ! 何をしたんだ一体!?」

「呪術に決まってんだろ。質問にすらセンスがねぇなぁ」

 術を想定外の方法で破られた時貞は憤慨するが、敵は然もありなんといった風だ。

 智成は首を捻ってパキパキ小気味いい音を立てると、一歩、一歩と歩を進める。気がつかぬ間に植え付けられた恐怖は自然と、足に後ずさりする指令を出していた。しかし、背後にはまた壁があった。

「もう満足したか? 手は出し切ったか?」

 ()(そう)(じゅつ)()はまだ詰んでいないハズだと、時間を引き延ばしてあれこれと考えを巡らすが、八方塞がりであり、どこにも解決の糸口は見つからない。掛けられた王手から、逃れる術は無かった。

「じゃあ、そろそろこの時間ともおさらばしような」

 坊主頭の紙操術師が表情一つ変えずに告げる。

「な、何をする気だ!」

 紙壁に背を阻まれ、退路を断たれた時貞は泣き出しそうな声を上げる。

「おれはこれで破門を喰らった。()()(かい)() (しん)

 智成が智鶴や智喜と同じく鬼化するが、その様子はまるで違い、筋肉が膨らみ、爪はより鋭く、角も長く、体が二回り大きくなり、右目以外の全てが鬼化した。知らぬ術者がみれば()(まが)うことなき鬼の姿がそこにあった。

 真とは、普通の紙鬼回帰が紙鬼の力の50パーセントを引き出すものだとして、この術は70パーセントを引き出す事が出来る――禁呪である。余りの危険が伴うとして、64代目が禁呪指定して以来、使えば破門の対象となっている。

 鬼と化した人間は、一つ柏手を打った。

 相対していた男は、目の前でロケットが打ち上がったかと思うほどの爆風を感じた。そして次の瞬間、遠雷が聞こえた。殆ど止まっているようにしか見えなかった空の鳥が羽ばたき飛び退り、猫が路地裏に駆け込み、木々がざわめいて、隣家からはテレビの音が漏れ聞こえてくる。

 時貞の時間が強制的に元に戻された。

「なん……」

 何でと言い終わる前に理解した。いや、そうとしか考えられなかった。術が鬼気によってかき消されたのだ。

「お前さぁ。もしかしてバカの一つ覚えみたいに自分や対象の時間を操る事しか出来ないのか? 今まで動きに付いてくるようなヤツがいなかったから、安心しきってたのか? 仲間に頼りっきりだったのか? そんなだから負けたんだよ。俺の姪を、その仲間をさんざバカにしてくれたみたいだがよう。俺からしたら、お前のがよっぽどヒヨコだぜ。まったく」

 智成は一呼吸置くと、決め台詞を吐いた――

「呪術はもっと自由なんだ」

――ニヤリと楽しそうに笑って。

「イヤだイヤだイヤだイヤだ……来るな! 来るな~~~」

「叫んでも無駄だよ~。ちゃんと人払いしているし、ちゃんと見張りも付いてるのよん。逃げたいなら逃げればいいけどぉ。すぐに捕まえちゃうよん」

 ガタガタと体が震えた。

(らい)(ろう)

 文子が端的に術を唱えると、彼の周りに雷の柵が現れた。

「触れたら感電死しちゃうからぁ。気を付けてねん。じゃあ、智鶴ちゃんにかけた術を解いて貰いましょうか」


どうも!離職期間中の暴走紅茶です!

今回もお読みくださり誠にありがとうございます!

今は家探しに東京に来ています。そのうち上京します。

暫くバタつくことが予想されますが、折角仕事のない期間なので、好きな事が出来ればなと思っています。

そんな感じで、また次回!

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