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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第七章 隠したダイスキ

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6話 少女のこころ

 キラリと光った物は、見間違いでは無かった。

 暗闇の中に、赤く光る星を見つけた。

 手を伸ばしてみた。

 もう少しで届いてしまいそうだった。


 *


 13時。調査から戻った(どう)()()(はや)()が、真っ直ぐ奥の間に向かう。

 横浜軒で(とき)(さだ)(ばん)(じょう)を取り逃がしたと分かったとき、カッと頭に血が上り、直ぐにでも飛びだしてしまいそうになったが、折角の昼飯、食ずに出るのは勿体ないと、無理して掻き込んだ。全く味がしなかった。選択は間違えなかったのに、後悔が押し寄せてきていた。

 散々な想いも、屋敷までの道のりで大分冷めていた。

 奥の間の手前、障子をノックしようとして、手が中空を(さま)()った。

(なんて、報告、すれば、いい?)

 敵をまた取り逃がしました? 嫌みをたらふく言われて、キレそうになりました? まだ敵は市内に居ますが、どこか分かりません? こちらの行動はバレてます? いや、どれも報告するには、格好が悪すぎる。

 ぎゅっと手を握りしめた。

(取り、敢えず、接触、した、事だけ、でも、報告、しなきゃ)

 意を決して開いた障子の向こうは、無人だった。


 *


 昼前のこと、(せん)()(とも)()は屋敷を抜け出していた。

 千羽町を抱える(せい)(りょう)()の隣町、(きり)()()()(どころ)(えき)。周辺は稲刈りが終った田んぼと畑ばかりで、これといった建物は民家と薬局が遠くに見えるだけ。そんな地に足を踏み入れた智喜がボソリと悪態をつく。

「全く、辺鄙なところに住みおって」

 霧野市には特に(あやかし)が湧きやすい地域でも無いため、定住している(じゅ)(じゅつ)()など、つい最近まで居なかった。智喜をしても直ぐ近くに住んでいるとは言え、わざわざ訪れるなんてことも殆ど無かった。

 駅から暫く歩くと、とんでもなくおんぼろの2階建てアパートが目に入った。

「こんだけ田舎なら、もっと良いアパートでも安いじゃろうに」

 はぁとため息をついて、今にも崩れそうな鉄製の階段を上っていく。カンカンという音が響く度に、抜けるのではないかと、何度も身構えた。

 201号室の前に立ち、呼び鈴を押し込む。

 ……何の音もしない。どうやら壊れている様だった。仕方が無いから、ドアをノックする。

「あ~い」

 遠くから声がした。案外ドアが分厚いのかも知れない。

 ガチャッと音を立てて、だるだるのTシャツを着ただらしのない姿の智成が出てきた。短髪だから寝癖は付いていないが、どう見ても起き抜けだった。

「新聞は取りませんよ~って、親父!」

「智成。大分弛(たる)んどる様じゃのう」

「ちょ、どうしたんだ。連絡くれたらこっちから行くのによ~。っまったくセンスねぇなぁ」

「センス無いのはどっちじゃ! (たる)んだ格好しおって! 早く中に通さんか!」

「ご、ごめんよ……」

 かつて厳しく(しつ)けられた記憶は、今も尚逆らうことを許さなかった。

「こんな質素な暮らしせんでも、生活には困っとらんじゃろ」

 6畳(あるかも怪しいくらい狭い)一間のワンルーム。中心に置かれた唯一の家具――ちゃぶ台に向かって座った智喜が、部屋を見渡した。

「まあ、確かに、ちゃんと稼ぎはあるが……。ほら、結局こういう所の方が安全だったりするんだよ。木を隠すなら森。凄腕術師を隠すなら、ど田舎って」

「何か間違っとる気もするが、そういうもんか?」

 完全に慣用句を使い間違えていると気がついた智喜だったが、これと言って代替慣用句も浮かばなかったので、気に留めることも無かった。

「そういうもん、そういうもん。で、本題は?」

 チャラチャラとした笑声を上げた後、すっと真面目な表情になる。

「実はのう……」

 智喜は現在千羽で起こっている事を話して聞かせた。

「事情は分かった。というか、知ってた。俺がこうして山を下りてきたのも、千羽をもっとしっかり見える位置に移動したかったからだし」

「そうか……それなら話が早い。お主、今だけでも屋敷にもどって来んか?」

「昔破門しておいて、よく言うぜ。千羽の当主に、二言あっても良いのかよ」

「……それくらいの事態じゃ」

 智喜の表情に、ただならぬ物を感じ取った智成は、刈り上がった後頭部をポリポリ掻きながら、困った表情を浮かべた。だが、彼には何となくこうなるのでは無いかとの想像がついていたから、本来素直になれば、答えは一つに決まっていた。

「俺も忙しいんだけどな~。それに、当主の前で言うことじゃねぇけど、屋敷住まいは窮屈でどうにも好かんのよ」

「……ダメか」

「いや、屋敷には戻らねぇけど、千羽に移住するのはアリかもな~」

 照れ隠しに、不意に思いついたような態度をとって、智喜とは目を合わさずにそう言った。

「感謝する」

 深くだが深すぎない辞儀を垂れる智喜は、父と当主、両方の感情で動いているようだった。

「ただそんな気分になっただけだ。まあ、なんだ。たまには栞奈の様子でも見に行くかな」


 智喜を見送った智成は深くため息をついた。

「ああ~めんどくせぇ。俺もそんな自由の身じゃねぇんだけどなぁ」

 彼は押し入れに詰め込まれた布団の奥に手を突っ込んで、黒いスマホを取り出すと、電源を付けた。どこの機種か分からないが、ヤケに頑丈そうな見た目で、裏面には何やら金色の文様が刻印されている。

「うぇッ。めっちゃ連絡入ってる……。ちゃんと仕事してるっての。変な心配ばっかしやがって。センスねぇなぁ」

 通知を無視して、電話を掛ける。

『あ~もしもし、俺だけど』

『オレオレ詐欺なら間に合ってます』

 相手が通話を切ろうと、スマフォを耳から遠ざけたのを感じ、

『いやいや切るなよ!』

急いで声を荒立てた。

『……ずっと私からの連絡を無視しておいて、よく言えますね』

 冷ややかな声を浴びせられる。

『悪かったって。立て込んでたんだよ』

『どうせまた、仕事の連絡なんて見てたら、頭が痛くなるとか言って、押し入れの奥にしまい込んでたんじゃないんですか?』

『お、お前……センスの塊だな』

『お褒めにあずかり、恐縮です。で、要件は? アナタから電話なんて、天変地異の前触れでも無い限り、あり得ないと思うんですけど』

『それなら、止めに行かねぇと。って、そんな訳ねぇじゃんか! 相棒に電話しただけで酷い言われようだな。いやぁさ、ちょっとブッキングしちまってよ~。また居住を移すから、その連絡』

『また引っ越しですか!? ()(がらし)(やま)を下りるのだって、どれだけ手続きが必要だったか……』

『わりぃ。引っ込み付かなくてな~』

『で、次はどちらへ?』

『千羽町』

『え!?』

 間髪入れずに、智成が意外な地名を口にしたものだから、相手が声をひっくり返して驚いた。

『まあ、そりゃ驚くよなぁ。俺が一番住まなそうな場所だし』

『またどんな風の吹き回しですか?』

『色々あんだよ。詳しくは次に会ったときにでも。じゃあ、そういうことで、新しい家が見つかったら、連絡くれな』

『お気に入りの住まいを、自分で探したらどうです? ほら、今握ってるそれでちょちょっと調べれば、物件なんて直ぐに見つかりますよ』

『そんなつれないこと言うなよ。俺とお前の仲じゃんよ~』

『どんな仲ですか? 犬猿?』

『そんなには……悪くねぇよな?』

 自信が持てずに、不安げな問いを投げた。

『冗談ですよ。2割くらいは』

『2割!? 少ねぇな! 悪かったって。これからはちゃんと仕事もするし、お前の言うことも聞くし、なんならちゃんと定例会に出ても良いんだぜ』

『それは、社会人として当たり前の行為です!』

『うげぇ~そこを何とか~(めい)()様~』

 冥沙と呼ばれた電話越しの相手は、小さく笑った。

『ホント、しょうがない人ですね。アナタの相棒ってだけで、他の人から変な目で見られるんですよ』

 やれやれと首を振っている……様な気がした。

 冥沙は最初から承諾するつもりでいたが、いつもの不満を少しくらいぶつけても、罰は当たらないだろうななんて考えていただけだった。

『じゃあ、お前もこっちくるか?』

『行きませんよ! 私はプライドを持って、この仕事をしてるんですから』

『まるで俺にはプライドがねぇみたいな言い方じゃん』

『実際、無いでしょ?』

『……』

『黙らないでくださいよ! もっと()(じゅ)(きょく)(ちょく)(ぞく)(かね)()(かい)の……』

 智成は無情にも電話を切り、そのまま電源まで落とし、適当に床に放り投げた。

「ホントうっせぇ」

 あ~いやいやと首を振って、床に寝そべった。


 *


 14時を廻った。既に太陽が傾き始めている。秋の日は短く、数時間もしない内に星月が顔を出し始めるだろう。()(たん)(ざか)()(まい)は翌日に用事がるらしく、準備をしなくてはと言って去って行った。()()()はまた自室に籠もりに行った。居間には()(あき)(かん)()(りょう)()が居り、お昼寝に寝かしつけた智鶴が、寝返りを打ちながら、布団を蹴り上げた。

「こいつ、寝ても騒がしいのな」

 栞奈が呆れた声を上げる。

「まあ、でも寝顔は天使のようだね」

「そうね」

 竜子の発言に、智秋が賛同した。

「ねえ、聞いても良いなら、なんで姉妹疎遠になっちゃったのか、教えて欲しいな。こうして見てると、ホントただの仲良し姉妹にしか見えなくて」

「……」

 質問に、一瞬答えるか迷ったが、別に隠すことでも無いだろうと、言葉を選び始める。

「簡単な事よ」

 そう切り出した。

(しっ)()。この2文字に尽きるわ。ただの、みっともない、名家にありがちな、嫉妬よ」

 智秋の表情は、とても優しさに包まれて居るが、笑ってはいなかった。

「嫉妬……か」

「そう、嫉妬。私のが先に(じゅ)(じゅつ)を始めて、この子より先に()(そう)(じゅつ)を使えるようになって、応用の()(ばく)(じゅつ)だって小学生の間に習得した。周りは褒めてくれた。それに、智鶴は何故かお父さんが亡くなってから、呪術を禁じられていたから、私が跡目を継ぐなんて事は当たり前で、疑う日は無かったわ」

「……」

 智秋の独白に、他の2人が聞き入る。とても静かな空間だった。反響もしない日本家屋に、彼女の声がスッと広がる。

「でも、聞いちゃったの。()(ぶき)(かい)の人が、「跡目って智秋様なのか?」「いや、智鶴様の線もあるだろ。何だって、(うぶ)(ひと)(ひら)(くれない)だって噂だぜ」って、話してるとこ」

「うぶのひとひら?」

 栞奈が始めて聞くワードに首を傾げる。

「私も、それを聞いた瞬間に首を傾げたわ。だから調べたの。智鶴のマネをして、こっそり倉に忍び込んで。倉には中学生になるまで入っちゃダメって言われてたから。で、そこで知っちゃった。千羽家の当主は、生まれた時に握っていると言われる産の一片の色が、より赤い者が継ぐって。私のがサーモンピンクで、智鶴が紅だって」

「そんな……でも、智鶴は術を禁止されてたって」

「うん。その理由は今も知らない。もしかしたら智鶴は、知っているのかも知れないけど、私は知らない」

 優しい表情が崩れていく。

「それで、バカバカしくなっちゃったの。毎日努力しても、しょうがないって。呪術を禁じられて、私よりも何も出来ないハズの智鶴が、跡目の候補たり得るって知って。だってそうでしょ? 毎日毎日学校が終わってから、学校のない日は朝から晩まで、呪術、呪術、呪術。座学も実技も何でもかんでも、小学生には理解しきれないことまで、覚えるまで、会得するまで、何度も何度も繰り返すのよ」

 智秋はずっと誰にも言わずに秘めてきたことを、貯めてきたモヤモヤのヘドロを、一切合切吐きださんとばかりに、言葉を繰り出す。

「友達と遊ぶ時間も無かったわ。友達がテレビを見ている頃には疲れ切って寝てたし、ちょこっと空いた時間も、学校の勉強に充てなくちゃ、ついて行けなくなるし、辛かった事も沢山あった。でも、その分術が完成していく達成感は大好きだった。知らないことが理解できる高揚感も大好きだった。それもこれも、いつかこの大家を継いで、お爺ちゃんみたいな、お父さんみたいな立派な呪術師になれると思い込んでいたからよ。妹なんて、呪術の世界では眼中になかった。私だけがみんなに期待して貰っていると思っていた、特別だと思い込んでいた。あの子はただただ、妹であるだけ。だから姉妹として仲良く出来た。でも……。でも、違ったの」

 智秋の目から涙は流れていなかった。それは、既に流し尽くされていたからかも知れない。いつもは奥底に秘めている感情を露わにした彼女は、どこか恨めしそうに、智鶴の居る客間へ視線をぶつけた。

「智秋……」

 栞奈が慰めようと、発した声は、竜子によってかき消された。

「それは、悲しいね。でも、一個間違ってる。智鶴ちゃんだって努力してた。智秋には同情するよ。そんな悲しい事は無いよ。でも、それで、これからも智鶴ちゃんを遠ざけるのは、違うと思う!」

 感情のままに言葉を繰り出して、竜子はしまったと口元を手で覆った。

 智秋はハッとした顔をしていた。

「ごめん、私が話してって言ったのに、責めた訳じゃ無いんだよ」

「ううん。良いのよ。今は……いやもしかしたら、最初から。そんなこと分かってたから。分かってても意地張っちゃって、素直になれなかったのは、私の方だから」

 智鶴にどれだけ話しかけられても、無視していた過去を思い出していた。その時の、悲しさを噛み殺し、平常の顔を保っていた智鶴の顔も。その時の、みっともない自分の心も。……胸がグッと苦しくなった。

 分かりきっていた事だったのに、分かりきっていた返答だったのに。分かっていたはずなのに、こんなにも心が痛いなんて。涙が流れてくれたら、きっと2人の受け取り方も違ったかも知れないのに、鼻の奥がツンとなることすらなかった。

「まあ、そんだけよ。素直になれるタイミングを計り続けてるだけだしね」

 こんな風に誰かに聞いて貰うだけで、心が軽くなるなんて、自分はなんと単純な人間なのだろうと呆れもしたが、きっとこの2人に聞いて貰ったから、軽くなったのかも知れないと思った。そんな気がした。

「ゆっくりかも知れないけど、ずっと智鶴との仲を、修復していこうと思っていたのよ。でも、なかなか難しかった。それも今回の一件を通して、出来る気がしてきたの」

 さっぱりとした表情で、2人に告げた。

「うん。ゆっくりで良いと思う。私たちまだまだ子供だからね」

「この仕事してると、忘れそうになるよな」

「全くだな」

 3人が笑顔を取り戻して笑い合っていると、「むにゃ……」と呻きを漏らしながら、智鶴が目を覚ました。

「一番のお子様が目を覚ました」

 智秋の発言に、皆の優しい表情が妹に注がれる。

「あれ? お客さん? おねーちゃんと……あとはダレ?」

 部屋に(せん)(りつ)が走った。


どうも。暴走紅茶です。

今回もお読みだ去りありがとうございます!

先週は更新を延期してしまい、誠に申し訳ございませんでした。

ちょっと用事が立て込んで、どうにも制作が出来なかったのです。

隔週更新はここからずれていくのでは無く、来週は予定通り更新しますので、またどうぞ宜しくお願いいたします。

では、また来週!

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