3話 占い
藻掻いても、藻掻いても無駄だと悟った。
出口がある気がしない。
そもそも自分は移動しているのだろうか。
暗い暗いその場所は不気味なのに、どこか落ち着く。
じっとしててもいいかもしれない。
でも、藻掻かなくてはいけない気がする。
その理由は分からなかった。
*
「入ります」
千羽家本家奥の間に来訪者があった。
その者は部屋の主・千羽智喜の許可が出てから、スーと障子を開けると、正座のまま立ち上がることなく中に入った。
呪的文字の書かれた打ち覆いで顔の半分を隠す女性は、表情が読めないものの、畏まっている事だけは言葉の雰囲気で分かる。
「吹雪会の日でも無いのに、呼びつけてすまなんだ」
「いやいや。智喜様のお呼びなら、いつでも大丈夫ですヨ」
畏まっているのに、溌剌とした語気が抜けきらないこの者は、月謳家当主月謳詠である。
「それで、今日はどうしたんです?」
「うむ。順を追って説明するとしようか」
智喜は2日前の夜に起こった一連の騒動について、話して聞かせた。
「なるほど……それは困りましたねぇ」
「そうなのじゃよ。術者・時貞萬匠は未だ行方知れず。ウチの百目鬼や他の者が町中を探しておるが、どうにもまだ雲隠れを決め込んでいてのう。ひとつ占ってもらおうかと」
「わかりましたが……告さんは何て?」
「あやつのは占いと言うより、予言じゃ。此度の人捜しには向かんよ。それに白澤の血はそう頻繁に扱えるものでもないしな」
吹雪会の中で能力の近い月謳家と白澤院家は少し仲が悪いというか、お互いを意識している。しかし、白澤の予言は的中力こそあれ、力は『その時』が来た時、不意に顕現するものであるから、智喜が使えと命じたところで、はい仰せのままにとはならないのがネックである。
だからこそ、告始め白澤院家の者は児童養護施設の運営と、占いで生計を立てているのだが、その占いも術の本流で無いから、月謳には少し劣るのだった。
「それで私に白羽の矢が立ったと。なるほど。それでは町に出てきますね」
月謳家は一通りの東洋占星術をマスターし、それを応用した独自の占い技法を持つ一族である。わざわざ占わなくとも対象の星(運気の衰勢)が常に見えているほどであるが、掟として裏の取れていない結果を他言することは許されていないため、必ず占いの一手間をかけることになっている。
そんな中でも、詠は特に地脈の流れに敏感であるから、人捜しの占いを行使するならまずはその土地と自分の繋がりを強固にするためのフィールドワークが欠かせないのだ。
詠は屋敷を出ると、近場を歩いて廻る。知らない人が見れば、気軽な散歩に映ったであろうが、彼女は地脈の流れを読み取り、それに沿って歩いているのだ。真剣に、霊気を通じて土地と会話をしながら一歩一歩進んでいく。ただ、足取りはルンルンと軽やかであり、もしかしたら、本当は気軽な散歩なのかも知れない。
「ここだ!」
とある田んぼの畦道に腰を下ろすと、打ち覆いを外す。
「ここで間違いないですね~。よかった」
打ち覆いは、普段、見たくないときに見たくない占いを見てしまわぬよう、そういう意味を込めた呪印を施して着けているものであるから、占う時には勿論外す。外してしまえば、全てが見える。地脈から式盤に流れる霊気も、占いたい星の動きも。
更に、背負っていた鞄を探ると六壬式盤を取り出す。ようやく占いが始まるのだ。
数分の間真剣に式盤を眺めると、小声でブツブツと呟き、満足した表情を浮かべると、再び打ち覆いを後頭部で結び、屋敷に戻っていった。知らぬ間に結果は出たようだった。
屋敷に着くと、与えられた2階の狭い一室に閉じこもり、易経や算命術などでも占い、結果を強固なものにしていく。
すっかり日が落ちていた。
全ての道具を鞄にきっちり仕舞うと、智喜の待つ奥の院へと向かうが、何やら騒がしい声がする。
「いーやーだー! じーじから離れない!」
「おい智鶴! 当主様はいま忙しいんだ!」
「そうじゃ、智鶴。ほら、居間に言って栞奈に遊んでもらえ、な?」
「いーーーーーやーーーーーーーー」
その光景に苦笑いを浮かべれば良いのか、微笑みを向ければ良いのか分からず、結局中途半端な顔をした詠が声を掛ける。
「あ、あのー、も少し、待った方がいいですかぁー?」
全員の注目を集めてしまった。
離れた部屋から子供のはしゃぐ声が微かに響いてくる。
「た、大変すね……」
「ああ、まあな」
そう言うが顔には嫌がっているな気配など無く、むしろ智鶴と遊びたそうでもある。そんな主を、ジトッとした目つきで見てみたが、本題に入らなくてはと脱線した話を元のレールに戻す。
「ああ、それで結果なんですけどね。いやぁ、スミマセン。確たる場所はここだ! とは決めつけられませんでした」
「ほう? と言うと?」
特に悪びれる様子も無い事から、恐らくは他に発見があったのであろうと、智喜は続きを促す。
「一応町には居るみたいですね。ただ、常に動いているのか、どこか異界に身を潜ませているのか、何か特殊な呪いがかかっているのか。深く読もうとすればするほど、星に靄がかかって見えなくなるんです」
「……」
詠の話を聞きながら、智喜は脳内で考察を巡らす。
「……例えば、自身の時間を操っているとすれば、どうじゃ?」
「時貞家の時流術ですか? でもあの術って確か、単発の使用が一番の使い方で、そんな一日中も使っていられないですよね? それに、一日なら気合いで何とかなったとしても、三日目ですよ? 考えにくいかと」
「それは占いの結果か?」
智喜の眼光が鋭く光る。鬼気も漏れ出している様な気さえする。
「いや……違いますけど……」
「いつも言うておるじゃろ。呪術は100人同じ系統の術者がおっても、全員に個性がある。故に、固定概念に囚われるなと。それともなんじゃ? 月謳家は裏の取れとらんことも胸張って口外するようになったのか?」
後半になるにつれ、語気が少し荒くなっていた。
「いえ、スミマセン。全ての可能性を考慮すべきでした」
「それで、それを考慮した場合、どうじゃ?」
「確かにそれなら私の占いにも当てはまるところが出てきます。例えば、自分の時間を長く延ばして1時間を3時間くらいにして高速移動していたとしたら、占いで場所を捕捉するのは困難かと。実際、占いにも町の至る所に点在していると出てましたしね」
「この線は濃厚か……」
「いやあ。理論的には可能ですけど、物部五人衆の一角と言えども人間である事と、智鶴様たち4人が一切手も足も出ないレベルの術者である事から、あまり現実的な話には思えませんね。だって、人は寝ますし」
「確かにのう」
智喜は顎髭を弄りながら、眉を寄せている。
月謳の言葉に智喜が反論しなかった事から分かるように、近頃の働きぶりと、紙鬼回帰など各々が上級呪術に手を出し始めた事から、智鶴たちはもう一端の術師として認められつつあるのだった。
「そもそもそんなレベルの術者なら、こんなこそこそ逃げ回る様なマネをしなくても、ただドシッと構えてて問題ないはずです。と、すると、他になにか、動いていないといけない理由や、見つかってはマズい理由があると考えるのが当然かと思いまして、そちらを占ってみました所」
月謳が順繰りに理論を展開させていく。
「どうやら――
その続きを聞いた智喜の瞳に、鋭い眼光が宿った。
「その話、まだ他言するでないぞ」
「勿論です。それに、これは占いですんで。当たるも八卦当たらぬも八卦です。あと他にも、ちょこちょこ占ってみた結果ですけどね。町にはもう時貞しか居ないようです。それと時貞は何やら顔に怪我を負っているようですね。殆ど直っているみたいですけど。え~とあとは……そうだ。潜んでいるなら恐らく千羽町側で無く、清涼川の向こうかと」
「他には」
「時貞については以上ですね」
その言い方に不信感を抱いた智喜は、すかさず問いかけた。
「時貞以外は」
「申し訳ないんですけど、この部屋に遮音の呪符とか貼ってもらっても良いですか?」
「安心せい。既にかけておる。部屋の外でいくら聞き耳を立てたところで、何も聞こえはせん」
「では。時貞萬匠以外の物部関係者についても少し占いましたが、どーにも五人衆以外に潜ませている者が居るようです。それに、千羽家にも息のかかった者が居る可能性も……」
「本当か!?」
智喜が信じられないと目を見開く。
「先程も言いましたが、勿論占いなので、当たるも八卦当たらぬも八卦ですがね」
「それでも、月謳の占いじゃからのう……」
彼は千羽一門も吹雪会傘下の月謳もどちらも信じたいと、渋面を浮かべ扇子で畳を小突いていた。
「可能性として警戒するに超したことはないかと」
「そうか……いや、そうか――うむ。分かった。ありがとう。くどいようじゃが、月謳一門にもこの結果は他言無用で頼む。では、今日はもう下がってよいぞ」
「分かっております。では、またご用命ございましたら、お呼び立てください」
それを別れの言葉に、月謳詠は帰っていった。
奥の間に取り残された智喜は、どうすればよいものかと、部屋に掛けた術を解くのも忘れて、ただ思案を巡らし続けた。
(密偵をあぶり出すにも、取り調べの様なことをしては、ただ闇雲に疑心暗鬼が募るだけ。それで門下がギスギスしだし、有事の際に動きが悪くなっては、元も子もない)
大きなため息が奥の間に響いた。
*
智喜が詠に奥の間で事情を説明していた頃、百目鬼は学校を休み、時貞を探していた。
「……万里眼」
鼻ヶ岳で一番高い杉の木のてっぺんで、眼を見開く。最近は修行の成果が出始め、千羽町一帯ほどなら見渡せるようになっていた。
まだ日が高い時間。学生や会社員などでなく、専業の呪術師はだいたい昼夜逆転している人が多いので、もしや眠っていてくれたら、場所を特定できるかも知れないと踏んでの行動だったが、
「だめだ。居ない」
千羽町では不発に終わった。
そもそもまだ町内及び市内に居るとは限らないから、こんな探し方では見つけられっこないと、頭の片隅に否定的な自分がいることは隠しきれないが、他のみんなが各々出来ることで頑張っている中、ただじっとなんてしていられない。
「駅前、行って、みるか」
さっさと鼻ヶ岳を後にすると、バスで清涼駅前に出る。
人目に付かない高いところを探していると、丁度USAというパチンコ屋の屋上に鎮座するスペースジェットの物陰が目に付いた。隠形をかけてから、そこを目指し歩いて行く。
「あれ……?」
今、目の前で路地に曲がっていった人物が目に入った。
確か、彼女は今日登校しているはずだったのに。
「竜子……?」
どうも。暴走紅茶です。
今回もお読みくださりありがとうございます。
今日は実家の法事でして、久々に従姉妹と再会しました。変わりなくてた良かったです。
皆さんは親戚縁者の方々と交流してますか?
と聞いたところで、すかさず、また次回!
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