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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第七章 隠したダイスキ

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1話 嫌も方便

 暗い、暗い、何も分からないどこか。

 私を呼ぶ声が聞こえてる気がした。

 したけれども、まだ動き出せはしない。

 私はただ丸くなって、時間が過ぎるのを待つばかり。


 *


「ん、んん……」

 (せん)()()(づる)(まぶた)がピクリと動き、(うめ)きのような声が漏れた。

「おい! 智鶴が目を覚ましたぞ!」

 (かむ)(くら)(かん)()の声に、客間に散っていた皆がドタバタと彼女の近くへと駆け寄る。

 (とも)()に最初の報告をした後、智鶴が目を覚ましたとき16歳の智鶴か、幼少期の智鶴か、どちらの中身で目覚めるのかと気が気でなかった面々は、結局帰る気にも寝る気にもなれなかった。朝日がゆっくり顔を出しても尚、誰一人として着替えることすらしなかった。客間の壁にもたれて座るなど、すぐ側で無くとも、遠目にでも見える位置で夜半を過ごした。

 そんな折りでの目覚めである。全員の視線が、幼く退行してしまった1人の呪術師に向けられる。

「あれ~? 朝? みんな集まって、ど~したの?」

 見た目に相応した声で発話されるは、相応のあどけない口調だった。

「智鶴……お主、今幾つじゃ?」

「え? じーじ、何~? 忘れちゃったの? 6つだよ!」

 はぁ~~~。と全員がため息をつき、体の力が抜けて、床に伏したり、尻餅をついたりした。

「2週間か~」

 (りょう)()がやれやれこれは大変だとばかりに、困った声を吐き出した。

「いや、まだそうと決まった訳では無い。もしも16歳の智鶴の意識が目覚めれば、(ゆう)()は伸びる」

「でも、もし、その、隙に……」

「ああ、ワシらがこうしてあたふたしとる間に、物部がつけ込んできたら、全て後手に回ってしまう。そうしたら最後、事は取り返しの付かんことになる」

「じゃあ、物部を警戒しつつ、智鶴の退行を解決しなくちゃなわけだな!」

 栞奈が張り切って言うが、元気は空回りした。

「言葉で言うのは簡単だよ」

 と竜子が軽く(つま)った時、廊下から襖が開けられた。

「こんな朝早くにどうしたの? って、みんな揃って戦闘服で……何事?」

 起き抜けでパジャマ姿の()(あき)が場違いに登場してしまい、驚きの様子を全身で表現した。

「あ、おねーーちゃん!!!」

 智鶴がパァっと明るい表情になって、智秋に抱きつこうと跳ね起きる。

「え、ちょ、来ないでッ!」

 大好きな姉にキツく拒絶された智鶴が、シュンとしょぼくれる。

「ごめんなさい……」

 その場にしゃがみ込んで、心から寂しそうな声を出す。それと同時に、ゆらりと鬼気が立ち上った。

 場に居る全員が凍り付く。

「智鶴ちゃん? 大丈夫だよ。よしよし」

 直ぐさま竜子がすり寄り、頭を撫でてやると、落ち着いた様で、鬼気はフッと霧散した。

 皆が胸を撫で下ろしたのが空気感だけで分かった。

「事は一刻を争うか……」

 智喜が口を真一文字にキツく結ぶ。

「栞奈、悪いがここで智鶴の面倒を見とってくれんか? ワシらは隣の客間でこれからを打ち合わせたい。勿論後から情報は共有させてもらう」

「わかった! いいぞ!」

 栞奈がそっと智鶴の背後に回り、ぎゅっと抱きしめた。

「わ! 栞奈ちゃん! びっくりした~」

「わっちのことは分かるんだな!」

 そんな様子を見つつ、栞奈以外の5人は居間に消えていった。


 *


「取り敢えず、私にも説明をして。なにこれ? 地獄じゃない」

 幼児退行しているとは言え、ずっと距離を置いてきた妹に、急に抱きつかれそうになった智秋は、まだ心臓がバクバク鳴っていた。

「まあ、待て、順を追って説明するから」

 智喜が孫をなだめ、竜子と(どう)()()も加わり、起こった事を話して聞かせた。

「はた迷惑な呪術師も居たものね」

「それで、これからじゃが、()()()さんを中心に門下生にも手伝わせ、智鶴に掛けられた(のろ)いの解呪を試みる。その間、皆で家事の分担などをする運びとなったのじゃが、智秋も勿論協力してくれるな?」

「……嫌よ」

 彼女は誰の顔も見ず、おかしな方向を見てそう応えた。心とは裏腹の答えだった。

(いくら見た目が幼くなっても、いままでずっと避けてきた妹にどう接しろって言うのよ。私だって、別に)

「それは、本心?」

 百目鬼の言葉に、智秋の視線が揺れる。

「本心、よ……」

(本気で嫌な訳じゃ無い。これでもしかしたら、姉妹仲の縒りを戻せるかもなんて、そんな都合の良いこと考えない訳じゃない。それでも、もう溝が深い。簡単なことじゃない)

「強がり、治って、ない。簡単、だよ」

 百目鬼の言葉に、心を見透かされた智秋はハッと目を見開いた。

「嫌な術を覚えたのね」

「術じゃ、ない、よ。顔に、出てる」

「流石は幼馴染みと言ったところね」

 智鶴と幼馴染みで、ずっと屋敷に住んでいる百目鬼は勿論、智秋とも幼馴染みである。小学生までは、姉妹仲が悪くなるまでは、百目鬼と3人で遊ぶことも少なくなかった。

「……しょうがないわ。家事くらいなら手伝う」

「ありがとう」

「アンタにお礼を言われる筋合いじゃ無いわ」

 ツンケンとしているが、何故か嬉しそうな智秋を見て、智喜がフッと微かに顔を綻ばせる。

「よし、智秋が参加してくれることが決まった所で、今一度状況を確認したい。現状智鶴は(れい)(てき)にとても不安定な状態にある。先程起こった事、気がつかなかった訳ではあるまい」

 全員が首肯でのみ返す中、美代子だけが口を開いた。

「それでしたら、この後私の方から()()(ふう)じの(まじな)いを施そうと思います」

「それは助かる」

「私とて鬼気を封じたことがありませんから、どれほど抑えられるか分かりませんが……」

 美代子の不安が、ただ術者としてのみで無く、母としても抱えていることが言外に聞いて取れた。

「大丈夫……とは言えんが、何もせぬよりは、確実に安全じゃて」

 智喜が再び話を続ける。

「鬼気の件は取り敢えずこれにて解決とし、他に何か気になっとることはあるか?」

 一旦会話の主導権を放り出し、皆の様子を覗う。

「いい、ですか」

 百目鬼がスッ挙手した。

「さっき、智鶴、栞奈のこと、分かって、ました。それに、俺たちの、ことも。成長してて、6歳の、智鶴には、分からない、はず、なのに」

 百目鬼は息継ぎをして、先を続けた。

「恐らく、完全に、意識が、退行、していない、かと」

「そうじゃな。そこが一番の未知数じゃ。今の智鶴は完全に6歳の智鶴ではない。ないが、どこまで16歳の智鶴が残っておるのかも分からん。期待はせぬ事が得策じゃて」

「そう、ですね」

 百目鬼の手がシュンと下ろされた。

「他の者はどうじゃ?」

 全員が無言のまま首を横に振った。

「では、各自決められた通りに。解散!」

 智喜の号令で各々立ち上がり、部屋から出て行く。

 すっかり朝になっていた。


 *

 

 庭の柿の木に留まった雀のかわいげな鳴き声が聞こえてくる。『眠り』の意味を込められた呪い布団で、スヤスヤと眠る智鶴に朝日が優しく差し込んでいる。だが、その和やかな景色とは想像も付かないほど、部屋には重たい空気が滞っていた。

 そこには智鶴を中心に、百目鬼と竜子、栞奈、智喜、智秋が円座になっており、布団の(かたわ)らで美代子が幼い我が子に呪いを掛ける様を、静かに見守っている。

 (すみ)(つぼ)に指を突っ込み、娘の首に呪い紋を書き付けていく。

「これでいいかと……」

 美代子が指に付いた墨を布巾で拭い、どこか不安げに言った。

 智鶴の首にはしめ縄を模した、入れ墨にも見える呪い紋が施されていた。

 意味は『鬼気の封印』であるが、余りにも高貴で、人の力だけでどうこうできる代物で無いそれを完全に押さえ込むことは出来ず、ただ蛇口を緩くしめただけに過ぎない。ポタポタと漏れる水滴が、いつ桶から溢れてくるかは、術をかけた美代子にさえ目算が付かなかった。

「取り敢えずこれで様子をみるかのう。美代子さん、くれぐれも無理をしないように」

「分かってます」

 と言った美代子の言葉は、表情を見る限り、誰も信用できなかった。

 それでも、取り敢えず事態は落ち着いたと、皆が安堵のため息を漏らしたのも事実である。

 

「じゃあ、取り敢えず学校終わったら、荷物持って来るから。今日は栞奈ちゃんにお任せするね。よろしく」

「おう! 任せとけ!」

「うん」

 竜子が玄関で靴を履きながら、栞奈に告げた。竜子は暫く住み込みになり、学校は順番に休むことになった。今日は百目鬼・竜子が登校して、栞奈と智秋が家に残る事になっている。

「みんなどこ~?」

「ほら、さっそくお嬢様が起きた」

 呪い布団から普通の布団に移された智鶴が早速起きて、人を探している。スススと襖が開けられ、客間を通ってきたお嬢様が玄関に現れた。

「あ! おねーちゃん!」

 智秋を見つけて嬉しそうな声を上げ、トテトテと駆け寄ってくる。

「あ、も、もう……」

 困ったような声を上げる智秋は戸惑った様子を示した。

 そんな2人を横目に、優しい笑顔をした竜子が屋敷から出て行った。


はい! どうも! 暴走紅茶です!

今回もお読みくださり、ありがとうございます!

七章のキーワードは『姉妹』

どうぞお楽しみに!


では、また次回!

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