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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第六章 真実とウソ

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17話 暗闇と一大事

 高層ホテルの最上階から、窓の外を眺める男がいた。目線の先には100万ドル……かは分からないが、それなりの夜景が見えている。とはいえここは片田舎、清涼市の駅前。駅の更に向こうへ目をやると、だんだんと人も少なくなるのか、明かりが見えず、暗闇がのっそりと居座っていた。

 男――(とき)(さだ)(ばん)(じょう)は、ひょろりとした体型が余計に目立つバスローブを着ていた。彼は手にしたロックグラスを少し傾け、唇を付けた。暫くそうしていると、右手が勝手に頬を撫でる。そこは、先ほど百目鬼に殴られた場所だった。

「僕も焼きが回ったか……。いやいやいや、それはないね。ただの偶然だろうね。でも、いや、うむ……。あの黒い(かいな)。まだ制御は出来ていないようだけど、侮るのは良くないかな。敵として認めるか、いやいやいや、それはないな。ヒヨッコはヒヨッコ。まだまだ卵から孵ったかも怪しいおぼっちゃんにそんな感情、向けるもんじゃないよね。分かってる判ってる」

 独り言にしては長すぎる台詞を吐くと、窓際に据えられた椅子に座り、再びグラスを傾ける。

「ふぅ」

 息を吹くと、口腔に残ったアルコールの残り香がした。

「今日の収穫はあったか」

 落ち着いていた時だったから、完全に気が抜けていた。いつの間にか目の前の窓ガラスは真っ黒に染まり、100万ドルどころか、1セントの夜景も見えなくなっていた。その暗闇から声がする。だが、そんな不気味な状況に、声一つ上げず、あたかも当たり前であるかのように、居住まいを正し、向き合う。

「物部様。お疲れ様です。はい、収穫といたしましては、千羽の少女に退行の術を掛けました。また、他の戦闘員とも接触に成功。こちらの痛手はありませんでした」

「ほう。(せん)()の娘に退行をか……。どうなることか、深淵を覗く覚悟も無いあのお嬢さんが……。他にはなにかあったか?」

 その声は、雪ヶ原の一件にて(おさか)()兄妹(けいまい)を飲み込んだ影が発した声と同じく、老若男女の違いが分からない、中性的な声だった。

「はい、そうですね。強いて言うならば、戦闘員の強さは並程度。脅威とはなり得ないかと思ったくらいです」

「お前は、また自分を過信しているのか。いつも言っているが、獅子は一兎を狩るにも本気を出すもの。敵を見くびると、寝首を掻かれる事になる」

「はっ。申し訳ございません。以後このような発言は慎みます」

「お前は以前もそう言っていたが……。まあ、いい。最後にアイツはどうだったか?」

「アイツ……。ああ、役目を放棄してる様子もなく、我々に敵対心を出すこともありませんでした」

「そうか……なら良いが……」

 影は大きく間を置いて、

「では、今しばらくの調査監督、まかせたぞ。時貞萬匠」

 締めの句を発した。

「はっ。ありがたきお言葉」

 萬匠が全てを言い切る頃には、窓は再び透過し、すっかりまばらになった夜景もよく見えるようになっていた。


 *


「ち、()(づる)ちゃんが! 智鶴ちゃんが!」

 (せん)()()(しき)の玄関が開け放たれる。その衝撃音に、屋敷の住人たちが、ゾロゾロと顔を出す。

「おお、竜子ちゃんじゃないか。仕事で何かあったんか?」

 のっぺらぼう(ただ)()の一件以来、ちょくちょく顔を出していた為に、門下生にも、何人か顔見知りが出来ていた。たまたまその内の一人が起きていたようで、大広間から顔を出し、問いかけてきた。

「違う。竜子じゃ、無い」

 彼女は息を整えきれず、言葉を上手く発せられなかったが、後から入ってきた(どう)()()が、その先を引き継いだ。

「おお、百目鬼さんも。お疲れ様です。どうしました? お二人なんて珍しいですね。智鶴様はどうしました?」

 古株の先輩たる百目鬼の姿に、少しだけ(かしこ)まった態度を取る門下生。

「その智鶴ちゃんが一大事なの!」

 言いつつ、竜子が負ぶっていた智鶴を玄関に降ろした。その変わり果てた姿に、門下生は絶句を禁じ得なかった。

「本当に、何があったんです? 取り敢えず()()()さんと(とも)(よし)(さま)を呼んできます!」

 だが、流石は千羽の門弟。素早い判断で立ち上がると、奥の間へと走って行った。


「これは困ったわね。この間、もう要らないと思って、子供服売っちゃった所なのよね」

 客間で布団に寝かせられている智鶴を見て、暢気にため息をついた。

「美代子さん、そこじゃ、ない」

「そうじゃ。おい、お前たち。状況を説明せい」

 智喜の要請に、竜子と百目鬼、(かん)()の3人は、(ものの)()()(にん)(しゅう)との間に起こった全てを、余すこと無く報告した。

「……ふむ。物部五人衆か。聞いたことはある。物部家当主の(ちょう)(あい)を受ける、五人の呪術者。実力は然る事ながら、物部への忠誠心が強く、捕まった際には、笑顔で自害するような連中と聞くが、そんな奴らが千羽に来ておったとはのう」

「強かったぞ。悔しいけど、わっちら、誰も手が届かなかった。防戦一方というか、やられっぱなしと言うか。それに、智鶴も……」

「仕方の無い事じゃ。お主らは対人戦闘の経験が浅い。人とは時として、妖よりもずる賢く、高慢な生き物。そうとなれば、妖と人と、戦い方のコツは、自ずと変わってくるものじゃ」

 初仕事の日に、災難じゃったのうと、智喜が栞奈の頭を撫でてやっていた。それを横目に、百目鬼が辛そうな顔をする。

「俺、また……」

「じゃから、しょうがないと言っておろうが。今は自分らの事よりも、智鶴じゃて。たしかこの術をかけた者は……時貞と名乗ったのじゃよな?」

 竜子が首肯で返す。

「時貞家と言えば、もう20年以上前に何じゃったか、事件を起こして、魔呪局から取り潰しにあったと聞いておったが、まだ残党が織ったとはのう。確か使う術は、物体の時を操る術じゃったな。それで、智鶴は、こうなってしまった、と。そうじゃ、気を失う前、智鶴の中身はどうじゃった?」

「いつも、通り、です」

「ふむ……。()()(かい)()を使わずとも、()(そう)(じゅつ)()の中には、常に鬼気が流れておる。それは霊気に少し混ざる程度のものじゃが、それでも、(れい)(りょく)(じゅ)(りょく)しか扱わない呪術者と一線を画すのは、違いない。それが上手く作用してくれれば、精神面までは退行することは無いじゃろうと思うが……もし……」

「もし? もし、何なんだ?」

 栞奈が、今にももう泣き出しそうなくらい不安が張り詰めた表情で、智喜を見つめる。

「もし、精神面までも退行してしまった場合、2週間以内に戻れなければ、此奴は、智鶴は、もう一度この歳から成長を始めることになる。そうなったとき、内に秘めた紙鬼の力がどうなるか、ワシにも想像出来ん」

「そんな……。わっち、智鶴の魂に入って、()()を説得してくる! 智鶴を刺激しないでくれって、内に留まっていてくれって!」

「……それは、止めた方が良い。今の智鶴は、不発弾のような存在じゃ。この歳での力で、鬼気を制御するのはどだい無理な話、どんな刺激で鬼気が暴走するか分からぬ以上、見守ることしか出来ん。じゃが、戻れる方法は探さねばならぬ。一番手っ取り早いのは、術者を見つける事じゃが、見つけたところで、素直に術を解いてくれるとは思えんがのう。はてさて、困ったものじゃよ」

 智喜が眉間に皺を寄せ、顎髭を撫でて、思案にふけり始める。

「私は取り敢えず、解呪を目指します。申し訳ございませんが、お義父さん、暫く家事の方を門下生の方に任せられないでしょうか? こんな小さい子を抱えて、解呪方法をさがしつつ、いつも通りの家事をこなすのは、厳しいです」

 事の重大さに追いついた美代子が、自身の役割をハッキリと主張した。

「おお、そんなこと、勿論協力させてもらおう」

「わっち! 料理出来るぞ! 掃除や洗濯だってずっと山でやってたんだ! 沢山お手伝いするぞ!」

「私も、一応一人で暮らしているだけの生活力はあるつもりだからね。お手伝いさせてくださいよ」

「俺は……家事、苦手、だから、時貞、探すよ」

(はや)()! 今時の男子は家事くらい出来ないと、かっこつかないぞ!」

「う、うるさい……」

 栞奈の弄りに、百目鬼が顔を赤くして、客間に笑いが起こった。智鶴を連れて帰ってきて以来、初めての笑い声だった。

 そんなみんなの気持ちなど、つゆ知らず、幼い無邪気さを称えた愛くるしい寝顔で、すやすやと眠りこける智鶴の姿がそこにあった。


どうも! 暴走古茶です!

今回はまだ続きがあります! エピローグへGO!

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