16話 時操術
謎の黒ずくめ4人組と対峙する智鶴たち一行。
百目鬼の探査網をもくぐり抜け、気づかれずに近付くとは、地から湧いたとしか思えない。いや、もしそうだとしても気が付くだろう。何もない場所から急に現れでもしない限り、こんなことはあり得ないのだ。
この状況だけで、黒ずくめ達が只者で無い事が判る。
「もしもし、聞こえてますか~?」
黒ずくめの内、ひょろりとした見た目に打覆い(うちおおい)を付けて目元を隠している男が、先頭に立って、智鶴たちに話しかける。
黒スーツの格好を見て、条件反射的に怯えた様子を示す栞奈を目の端で捉え、威嚇するように構えを取る智鶴。さながら虎の親が子を守るように、相手を見据え、その一挙手一投足を見逃すまいと、瞬きすらも堪える。
「怖い怖い。別に君たちをどうこうしようとは思っていないよ。っと、もしかして、そこに居るのは、神座家最後の1人、神座栞奈ちゃんじゃないか? こんな所に居たんだね。越川さんが探してたなぁ。まあ、別に、教えてやろうとも思わないんだけどね。大丈夫、大丈夫、怯えないで。君を捕まえて行こうなんて思ってないから。僕たちは今日、ちょっと挨拶に来ただけなんだ。おっと、自己紹介が遅れたね。僕は物部五人衆の一人、時貞萬匠です。よろしくね。ほら、みんなも自己紹介して」
時貞萬匠と名乗ったよく喋る術者は、自分の仲間にも名乗るように促すジェスチャーをした。
「お前は相変わらず、おしゃべりだなぁ。はあ、全く。アタシも同じく、青煙姫世屡だ」
金と青の髪が混ざり合ったロングヘアに、左右の耳には、錫杖の鐶のようなピアスが三つずつぶら下がっている。奇抜な見た目に、ワインレッドのワイシャツ、黒のスリーピーススーツときたら、これはもう呪術で無く、別の裏世界の人間にしか見えない。しかも、キセルという名に反し、口にはセブンスターの紙巻き煙草を咥えていた。
「同じく巌錣堅丸」
低すぎるほどに低い声で、ボソッと呟いた男は、声のボリュームに反して、ボリューミーな体型をしていた。だが、どうやら脂肪膨れでは無い。筋肉のボリュームで、今にも服が弾け飛びそうだった。きっと何か特殊な繊維で織ってあるのだろうなと、智鶴サイド全員が思った。
「最後に、戯画蒔画……です」
白衣を黒く染めたようなロングジャケットを羽織り、頭にベレー帽を載せている女性が最後に名乗った。彼女は他の3人のように、際立った見た目をしていないが、異様な3人に囲まれている為、逆に悪目立ちして、存在感を放っている。
「はいはいはい。これにて、自己紹介は終了! どうかな? 覚えられた? お子ちゃまは吸収力が凄まじいと聞くからね。きっと一回で覚えちゃったかな? そりゃそうだよね、学校では毎日6教科も7教科も勉強して、それが単純計算で掛ける5日もあるんだもんね。呪術なんてやってる場合じゃ無いよね。だから、みんな弱そうなんだね。オジさん、安心しちゃったよ。よかったよかった。これで、千羽も安心して壊せるね」
「千羽を、壊す……?」
萬匠の放ったラストワードに智鶴が激しく反応する。ゆらり、ゆらりと怒りに体を揺らす智鶴から、鬼気が漏れ出す。
「何の、目的なのかしら……? ちゃんと説明してもらうわよ……」
「ほら、萬匠が余計なこと言うから、千羽のお嬢さんがぶち切れちまったぞ」
姫世屡がかったるそうに、髪を掻き上げる。
「え~。でも、だって、本当の事じゃないか。彼女がどんなに本気を出してきても、負ける気がしないなぁ。そんなに鬼気を出して、如何にも鬼気迫るって演出をされても、どうしても僕には張りぼてにしか見えないなあ」
「……はぁ?」
智鶴の頭の血管が一本、プツンと切れた。予備動作も無しに、紙吹雪を飛ばす。それを目くらましに自身も紛れ込み、急所を外して、紙刀を突き立てようとした。しようとしたというのは、そのままの意味で、結局智鶴の攻撃は巌錣堅丸に止められ、紙刀は真ん中でポッキリと折れ曲がった。
「脆い」
そう呟く堅丸の体には傷一つ付いていない。スーツが綻びた様子さえなかった。
「君たちに危害を加える気は無かったんだけどな。でも、もうしょうがないよね。君たちから攻撃してきたもんね。これは歴とした正当防衛だよ。僕たちだってやられっぱなしは嫌なんだ。分かっておくれよ。あ~あ、でも、これでまた物部の奴らは……とか言われるんだろうな。あ~、嫌だ嫌だ。時流術 退行」
長ったらしい台詞の最後に、さらっと呪術を行使した萬匠。余りにさらっとしすぎて、術をかけられた智鶴も、最初は気がつかなかった程だ。だが、直ぐ体に異変が訪れる。
「あ、あれ? あれ~~? どうなってるのよ! これ!」
智鶴の体が縮み、声も高くなった。その姿は、そう。
「初めて、会った、時の、智鶴、そっくり」
百目鬼の証言通りなら、歳の頃6歳前後という事になる。何にせよ、目を疑う光景に、千羽サイド一同、唖然となる。
「智鶴に何したんだ!」「智鶴、元に、戻せ」
栞奈と百目鬼が、物部五人衆の前に立ち塞がる。
「大体、五人衆って言いながら、四人しか居ないぞ! どうなってるんだ!」
「ケッ。話すまでもねぇ。知らんでいいのよっと! 紫煙術 すねこすり」
栞奈の疑問を意に介さず、姫世屡が一気にセブンスターの煙を吸い込むと、紫煙を吐き出しながら、術を行使する。その煙は、猫のような『すねこすり』という妖の姿を取り、意志を持った様に動き、百目鬼と栞奈の足下にまとわりつく。
「動き、にくい」
「竜子! お前は戦わないのか? 戦わないなら、智鶴を保護してやってくれ!」
「……あ、うん!」
ぼさっとしていた竜子が慌てて智鶴を拾い上げ、道の端に逃げる。
「竜子! 何してるの! 離しなさい! 私も、戦うのよ!」
「待って! いま紙鬼回帰、いや紙操術でさえ、使ったらどうなるか予想できないよ。それに、智鶴ちゃんの攻撃力やその他諸々、16歳と幼い今とどっちの力量になってるか分からないじゃん。だからね、グッと堪えて」
「……」
悔しさに、血が出んばかりに、下唇を噛みしめる。6歳とは思えない程、いや、16歳でも十分過ぎるほど渋い顔をしていた。
「……分かったわよ。百目鬼! 栞奈! そんな奴ら、私抜きでも倒せるでしょ!」
「おう! 任せとけ!」
栞奈の霊気が呪力に練り上げられていく。
「させませんよ。ええ、させませんとも。ほら、私が一つ手を叩けば、どうでしょう」
言いながら、萬匠が柏手を打つと、その姿がかき消え、一瞬で百目鬼の背後を取った。回避行動を取ろうにも、足下には姫世屡の煙が居た。
「もう一つ叩けば」
智鶴の前に現れた。
「最後に一つ」
そうして、元の場所に戻る。
「な、何がしたいんだ、お前! 消えて現れる手品を見せたいのか!?」
「つまりは、つまりは、僕の速度に誰も付いてこられなかったという事だね。今、消えて現れると言ったね。でもでもでも! 違うんだなぁ。今僕はただ走っただけ。君たちに会わせて言うと、徒競走、追いかけっこ? 何て言えば理解できるかな?」
「くそ……。いちいち、むかつく」
竜子に抱きかかえられている智鶴にも負けず劣らず、百目鬼も怒り心頭に発すという状態だった。
「……瞬歩」
百目鬼捨て身の高速移動。足下の煙すらも無視する挙動で、萬匠へと詰め寄る。栞奈も同じく、足下の煙からは、降霊術により骸鴉を降ろすことで、背中に骨の翼を生やし、空を飛ぶことで逃げ出していた。
「遅い」
百目鬼の言葉が相手の耳に届くよりも早く、彼の拳が捻じ込まれる……が、
「うグガッ!」
悲鳴を上げたのは百目鬼で、萬匠に捻じ込んだはずの拳は、何故か鋼鉄のように堅い堅丸の腹に突き立てていた。かなり力んで打った一発だったから、衝撃が肩まで走る。拳から、肩甲骨までの骨がバラバラになり、腕はあらぬ方向に曲がりまくっている。直ぐに再生するとは言え、痛いものは痛い。激痛に顔を歪めた。
「はぁ、はぁ、……厄介」
一方、栞奈は煙を警戒して空に舞ったものの、そこを狙われ、雲の様にぷかぷか浮かぶ煙に弄ばれていた。
「煙いぞ! 子供の前で煙草を吸うのは、マナー違反だぞ!」
「知らないよ。さっき萬匠が言った通り、こっちは正当防衛なんだ。喫煙所に入って来ちゃうお子様は、逆に怒られちゃうもんなんだぜ」
「煙かぁ、よし! 降霊術 風霊!」
風の精霊を降ろしての、乱気流攻撃。煙はたちまちかき消されるが、直ぐさま蒔画がフォローに入る。
「絵戯術 爆風魔神!」
蒔画が掲げたカードに書かれた絵が、現実に現れる。その姿は、小学生がノートの隅に書いた落書きのようだった。そして、授業中に妄想するそういった魔神は、大体ステータス盛り盛りで最強なのだ。
「この子はですね~。えっとですね~。取り敢えず、風が強いんです! 爆風を起こして、誰でも何でも吹き飛ばしちゃうのです! いっけ~~!」
もくもくとしたシルエットの魔神が一息吹くと、暴風が起こり、栞奈の作り出した暴風ごと、彼女を吹き飛ばして直ぐに消えた。どうやら攻撃の強さはあれども、耐久力は無いようだ。
「くっそ~。馬鹿馬鹿しいけど、強いなぁ」
大分離れた木の茂みに頭から突っ込んだ栞奈が、真面目ぶって解析しているような顔で悔しがっている。そこから抜け出すと、『馬人』という馬の妖怪を降ろし、脚力を強化して直ぐさま戦場に復帰した。
百目鬼と背中合わせで、相手とにらみ合う。と、その時、萬匠の口元がニヤリと歪んだ。
「はいはいはいはい。そこまで~。最初に言ったように、今日は挨拶。別に君たちをどうこうしたい訳じゃ無いし、僕らも怪我なんてしたくない。尤も、今戦ってみて分かったように、君たちじゃ僕らを傷つける事はおろか、スーツの繊維一本断ち切れないみたいだけどね~。そんじゃ、ばいばい。またね。夜道には気を付けて帰るんだよ。怖いおじさんが急にお友達を、幼子に変えちゃうかもしれないからね」
言い切ると、萬匠は鳩を飛び立たせる手品師のように、両腕を広げて見せた。そうしたら、直ぐに全員へ術をかけ、高速で駆け出し、あたかも消えた様に見せられるはずだった。はずだったのに。
「ぐへっ!」
駆け出す瞬間、萬匠は、黒く変化した拳を、顔面に叩き込まれた。
何が起こったか直ぐに理解できないまま、倒れ込む寸前で仲間に抱えられ、その場を去っていった。前もって自分以外にも術を掛けていたから、ちゃんとイメージ通り、消えるように見えただろう。それでも何故、自分が攻撃を喰らったのか、意味が分からなかった。
「どうめき? 今、何したの?」
突然、彼が虚空を力一杯殴った様に見えた智鶴は、疑問をそのまま口にした。
「あ、いや、何でも無い。悔しくて、何も、無い、所、殴ってみた、だけ」
「そう? 一瞬、腕が黒く見えたけど?」
「気の、せい、気の、せい」
百目鬼は笑顔を取り繕って、なんともなっていない、いつも通り眼が開いた両腕を見せびらかす。
だが、そんな取り繕った笑顔を一瞬崩すと、「次は、無い」。そう口の中で強く呟いた。
「そう? それにしても、アイツら、一体何だったのかしら? 好き勝手やって、消えちゃうなん……」
ドクン。体の輪郭がブレるほどの鼓動が、全身を襲う。以前、紙鬼に体を乗っ取られた時と、似た感覚。自分じゃ無い自分が、自分を取り上げようとしているかのような……。「あ、あれ? あれ?」
自分を呼ぶ声がする。でも、それはだんだん遠くなって……。
智鶴は気を失った。
どうも。暴走紅茶です。
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