15話 千羽に栞奈
智鶴と栞奈が喫茶モクレンに居る頃、千羽智喜は1人、居間の縁側に腰掛け、庭を眺めていた。青かった松の木は、日に日に枯れ葉色に変わり始め、松ぼっくりが顔を覗かせている。雑草も勢いを弱め、門下生の草むしり業務が楽になる季節か、などと暢気な事を考える。
「ふぅ」
手に持っていた湯飲みに、息を吹きかける。ゆらりと立ち上る湯気が一瞬かき消え、またゆらりと立ち上る。
「それにしても、複雑じゃのう。これからどうなるのか、老いぼれにはもう、関係の無い話なのかもしれんのう」
先日、神座栞奈なる少女を連れて、急に帰ってきた智成との会話を思い出す。
あのとき語られた事は、まだ誰にも言えない。また智鶴に隠し事が出来てしまった。
あの日、白澤院告の娘・澪が告げた言葉。予言の言葉。それにて語られた事が全てと、あの日は勘違いした。いや、恐らく告もそう勘違いしているだろう。まさか、他にも予言があり、他の運命の歯車も、同じ機構の中で廻っているとは、夢にも思わなかった。
今になって考えてみれば、運命が絡まり合って世界を形作っているなど、当然のことなのだが……。ずっと気がつけなかったのは、無意識に考えないようにしていたからなのかも知れない。
今更、視野の狭さを悔いるつもりは無いが、自分の思う枠の中でだけ抵抗しても、他の巡りにも連なって動いていたのなら、結局どうすることも出来なかったと言う訳だ。
「ふぅ」
再び茶に息を吹きかける。
口を付けないまま、じっと緑色の水面を見つめる。
「そういえば、茶柱なんて、見たこと無いのう」
ぼやきながら、視線は再び庭に移った。
*
その夜。奥の間には栞奈と智鶴と智喜の姿があった。
「本当に良いんじゃな?」
「うん! ただ住まわせてもらうのも、違うと思うしな」
「まあ、あんな妖だらけの山でずっと戦ってきたんなら、千羽の夜なんて楽勝よ。大丈夫、私も付いてるし」
そこで交わされていた話の内容は、栞奈が千羽にて、仕事をするか否かと言うものだった。いくら智成の呪具があるとは言え、夜に出歩いて良いものかどうか、そもそも戦力となり得るのか、まだ若い少女を前に、当主の脳内には懸念が積み上がっていた。
そこで彼女を知る孫の智鶴と、本人の意思を聞こうと、呼び出した訳だ。
「まあ、そこまで言うなら、いいじゃろう。神座栞奈、お前さんを千羽付けの呪術者に命じ、仕事に取り組んでもらう。今晩から、よろしく頼む」
「おう! わっちに任せとけ!」
どこか智鶴のような言い回しをした、栞奈だった。
カチンと音を立てて、時計の針は、23時を廻る。
栞奈が始めて、千羽の夜に足を踏み入れた。
「夜は夜で、昼間と見違えるな~。木枯山程じゃ無いけど、なかなか怪しい感じがするぞ」
「栞奈、その前に」
「なんだ?」
彼女が振り向くと、智鶴が隣にいた男子を指さした。
「知っていると思うけど、コイツが百目鬼ね。一緒に仕事をするし、千羽屋敷にも住んでるから」
「はじめ、まして。千羽家、門下の、百目鬼、隼人、です。よろしく」
百目鬼がペコリと頭を下げた。
「おお、ゆっくり喋るんだな! 聞き取りやすくて良いな! よろしくな! 隼人!」
「は、はやぁっ!?」
急に名前呼びをするものだから、智鶴が慌てて赤くなっていた。だが、栞奈には何で赤くなっているのか分からなかったようで。
「ん? わっち、なんか変なこと言ったか?」
と、首を傾げていた。
「いや、大丈夫よ。あともう一人は、この後合流するから、その時紹介するわね」
「おう!」
いつも通り、百目鬼の千里眼に従って、竜子との合流地点を目指す。
待ち人の姿が見えてくると、相手もこちらに気がついたようで、小さく手を振ってくる。
「竜子~。お待たせしたわね。出がけに呼び出されちゃって」
「大丈夫だよ。実はついさっき来た所だし。私も出がけにトイレ入ってたから、ちょっと遅れかけちゃった」
修行を中断している智鶴も、ずっと不調を抱える竜子も、夜の仕事だけはちゃんとこなしていた。智鶴は義務感で、竜子はお金の為だったが、それでもこうして顔を見られるのは、ホッとする。
そんな竜子は、智鶴の半歩後ろから自分を覗っている少女を見つけて、何故かソワソワしていた。
「竜子、紹介するわね。これから千羽の屋敷に住むことになった、神座栞奈よ。夜の仕事にも参加するから、これからは四人組になるわ。それも含めてよろしく頼む――」
「かっわいいいいいいいいい~~~~~~~~~~~~~~~~~」
智鶴の話を半分も聞いていたのか定かでは無いが、竜子は説明が終わるや否や、栞奈を抱きしめにかかった。
「おおおお! なんだコイツ! ち、智鶴! たすけ――――
小柄な栞奈を抱き上げ、頬ずりする。
「ああ、もちもちなほっぺに、さらさらなロングヘア~。最高、智鶴ちゃん、お持ち帰りしてもいいかな」
「一晩だけよ?」
「智鶴!?」
信頼する智鶴に裏切られて、ショックを受けた表情で固まる。
「ははは。冗だ――「竜子様!? 私という者がありながら!!!!」
智鶴の言葉を完全にぶった切って、空から人が振ってきたのに、栞奈がビクッと驚きを露わにする。
今日はヤケに話を聞いて貰えないわねと、智鶴の眉が怒りにピクピクし始める。それに気がついた百目鬼がオロオロし始めた。
「だ、誰だ!?」
「あら? 新顔さんですか。何でも良いので、早くこんなちんちくりんを離してください!」
「誰がちんちくりんだ! だ・れ・が!」
栞奈が竜子に抵抗しつつ、美夏萠にキレ散らかす。
「ああ、栞奈ちゃんのサイズ感、最高~」
「あ~もう、その辺にしときなさいよ~。栞奈も歴とした1人の術者なんだし、尊厳ってもんがあるでしょ!」
智鶴が竜子の脳天にチョップをかまして、そう諭した。
「うう~。解ったよ~。また今度ね~」
「もうゴメンだ!」
栞奈は腰に手を当てて、ぷんすか頬を膨らませている。分かりやすい憤慨だった。
「ああ、そうだ。自己紹介がまだだったね。私は契約術師の十所竜子で、この子は蛟の美夏萠。よろしく」
「よろしくお願い致します」
竜子から紹介にあずかった誉れに、美夏萠は口元を隠しつつも、目元だけで喜んでいるのが判った。
「蛟!? って、お前、水竜なのか!? 本物か!?」
「疑うのなら、見せますわ」
美夏萠が片手を振ると、彼女の足下から水柱が上がり、蛟の姿となった。
「おおおおおお! 本物だぁぁぁぁああ。それっぽいのとか、術で作り出されたヤツとかなら見たことあるけど、凄いな! 本物はかっこよさが違うな! 綺麗だぁ」
両手を広げて、ぴょんぴょん跳びながら、目を輝かせて空に浮かぶ美夏萠を仰ぎ見ている。対して、美夏萠も褒められて嬉しいのか、鼻の穴が広がっていた。スイカが二つ縦にくらい入りそうな程に。
再びザブンと水柱が上がり、美夏萠が人型に戻った。
と、その時
「もし」
どこからか誰かを呼び止めるような声がした。
急に現れた不気味な気配に、百目鬼が血相を変えて振り向く。
「いつの、間に!?」
そこには、黒いスーツを基調とした洋服に身を包んだ、4人もの男女が立って居た。
百目鬼を以てしても気がつけなかった、謎の4人が……。
どうも。暴走紅茶です。
今回もお読みくださり、ありがとうございます。
短くてスミマセン。
あと、まだまだ毎週に戻せそうにないです。スミマセン。
次回もよろしくお願いいたします。是非にも。




