10話 来訪者と迷惑者
翌日。竜子に会うため、智鶴と百目鬼は智秋のクラスを訪ねたが、毎休憩時間いつ訪れても教室に探し人の姿は無く、煙にまかれていた。それに増して、姉と上手く折り合いがついていないのにも関わらず、何度も彼女の居るクラスを訪ねるのは、とてもとても気が引けた事であり、智鶴のイライラはどんどんと募っていった。
百目鬼としては、もしも学校で会ってしまったら、その場で相手の首でも刎ねるんじゃないかと気が気では無かった。
そして、今は昼休み。お弁当を持った2人は屋上を目指し、歩いていた。
「チクショ~。絶対、こっちが気がついてる事に、気がついてるでしょ」
そう言いながら、大きな足音を立て、階段を上っていた。
「まあまあ、焦っても、仕方ない」
なんとか智鶴の気が落ち着く様、精一杯諭す。
「そうは言ってもねぇ。イライラするわ……。まあ、ウチの学校に在籍している事は分かったから、その内尻尾を出すでしょう」
「そうだね」
屋上は一般開放されて居らず、そこに続く梯子にも鍵が掛かっており、入れない様になっている。だが、普通の人よりも身体能力の高い2人には、関係の無い事だった。
2人は四階の窓枠に足を掛け、飛び上がり、柵も何も無い屋上に出る。余り呪術関係の話を人前でするものではない、との判断からの行動だった。それに、見晴らしが良いところに行けば、気が晴れるというものだ。
屋上に出ると、誰も居ない筈のそこに、一人の女生徒が立っていた。
「だれ?」
そう言って女性徒が振り返る。
「お前!」
少女の顔を見るや否や、百目鬼が即座に妖気を発し、構えを取った。
本来なら、智鶴が暴走しない様に見ているべきだったが、先日の件のせいで百目鬼にも余裕が無くなっていたのだ。
「あら。君たち。見つかっちゃったね」
百目鬼の警戒のしよう。コイツが……コイツがッ。
智鶴の心臓がドクンと跳ねる。体中に血液が巡り、体温が上昇していく。
「あんたが……十所の?」
智鶴は冷静を装い、話しかける。
「初対面であんたとは、年上に対する態度がなってないね」
相手もまた、冷静を装っていた。
「何で私たちを付け狙うの?」
「ここ、立ち入り禁止だよ。先生に言っちゃお」
「質問に答えなさいよっ」
「でも、見晴らし良いもんね。私も良く来るのよ、ここ」
「あんたねぇ」
術を使おうにも、こんな事態は予測して居らず、いつもの巾着は教室だった。……何か無いか。そう思いポケットを探ると、あった。
「千羽のお嬢さん? そんなレシート一枚で凄まれてもね。笑えばいいの?」
智鶴が見つけたのは、一枚のレシートだった。正直智鶴自身も、これで戦い抜けるとは到底思えなかったが、無いよりはマシである。だが、煽られる事に耐性の無い智鶴は、もう怒髪天を衝く一歩手前まで来ていた。怒りに任せるとなると、レシートでは心許ないことこの上ない。
竜子は腕を組んでこちらを見ている。
「言ってくれるじゃ無いの」
春の強い風が、両者のスカートを大きくはためかせる。
膠着は長く続かなかった。智鶴がレシートを鋭く投げる。
しかし、それを避けて、竜子が踏み込み、一瞬で智鶴の耳元へ口を寄せた。
「ねえ、こんなところで暴れて良いの?」
『一般人に迷惑となる行為を慎み、己の力を無闇に人へ晒すべからず』その掟を思い出し、智鶴の手が止まる。それと同時に、レシートも空中に浮かんだまま動きを止める。
「じゃあね~」
それを隙と捉え、竜子はそのまま智鶴を追い越す様に駆け抜けると、4階の更に上であるここ、屋上から飛び降りた。
「えっ!?」
慌てて二人が駆け寄ったが、眼下には刈り揃えられた芝生の青々とした色のみ。もうそこに、竜子の姿は無くなっていた。
飛び降りた瞬間に、隠形で姿を消して美夏萠に乗り、中庭に降り立った竜子は、木の陰から一人、満足そうに屋上を眺め、
「うん。顔合わせできて良かったな」
と独りごちた。
その日、家に帰ると、百目鬼は直ぐに奥の間へと向かい、智喜に今日あった事を報告した。
「そうか。とうとう智鶴まで接触したか。襲撃があるとして、それはもう近いのかも知れんのう。では、準備も更に急ピッチで進めねばな」
「はい」
二人は先日入手した竜子の霊気を使い、読めない彼女の霊気を特定する方法を模索していた。智喜は呪符的な方面から、百目鬼は探査能力の方面から。
貯めてあった霊力も研究に使い、大分底を尽きかけている。それに加えて今日の事があり、二人の急く気持ちは徐々に高まっていた。
百目鬼はトレーニングの時間を削り、智喜も雑務を門下の者に任せ、この作業を進められるだけ進めていく。
「智喜様、この霊気、何か混じって、ませんか?」
「やはり感じるか? じゃが、これだけではのう」
「はい……。微量すぎ、です」
「なら、それを逆に、手がかりとして……」
「なるほど。なら、これに、これで……」
「でも、これだとのう……」
「なら、見つけるより、反応する様にして」
「なるほど。探すでなく、襲撃に備えると言う事じゃな」
「恐らく、もう、探さなくても、来るかと」
「確かにのう。なら、これをこうじゃ」
「流石です」
――そして、夕食の時間が差し迫った18時前の事である。2人がほぼ同時に「終わった~」と達成感のある声を上げた。智喜の手には紙の入った小瓶をトップにした、不格好なネックレスが握られ、百目鬼の両腕は充血していた。
「これでたたかえるのう」
「はい」
そうは返事をしても、今晩は勘弁してほしい百目鬼だった。
「絶対に倒す絶対に倒す絶対に倒す絶対に倒す絶対に倒す絶対に倒す絶対に倒す絶対に倒す絶対に倒す絶対に倒す絶対に倒す絶対に倒す絶対に倒す絶対に倒す絶対に倒す絶対に倒す絶対に倒す絶対に倒す絶対に倒す絶対に倒す……」
百目鬼と智喜が家で試行錯誤をしている頃、邪気とも感じられるもの凄い殺気を放ち、鼻ヶ(が )岳の参道を猛烈に駆け上がる者が居た。
「あの女、絶対に泣かせてやる~~~~~」
そう叫んだのは智鶴だった。鼻ヶ岳の8合目には鼻出神社の社がある。そこの整備、運営も千羽家の仕事であるのだが、智鶴はそれをしに来たわけでは無い。
彼女は背中に何やら見慣れぬロール紙を背負っている。重いだろうに、その重さを忘れるほど怒り心頭してるのか、猛スピードで石段を登っていく。
途中で参道を外れ、暫く山の斜面を進むと、開けた場所に出た。いや、開けたと言うより、開いた場所と言うのが正しいのか。木々は無造作に切り倒され、整地もされて居ない。まるで嵐でも通ったかの様な有様である。
ここは昔、むさい男たちが汗をかきながら修行する自宅の道場が嫌いで、智鶴が無理矢理切り開いた、というか、修行の犠牲となり、開いてしまった場所である。
「あの頃はまだ若かったわ……」
なんて戯言を言いながら、智鶴は切り株の上へ座ると、あぐらを組み、腕で顎を支えるような体勢をとった。
「さて、どうしようかしら」
じっとして居られ無いから来てみたものの、ノープランであった。
とりあえず座りながら、いつもの基礎トレーニングをする。紙を浮かせたり、落としたり、枝を切ったり、とまあ、出来る事の確認みたいなトレーニングだった。
「よし、今日も良い感じ。……じゃあ、次は」
と、その時だった、背後に何者かが近づいてきた。何者かは、あろうことか急に殴りかかってきたのだ。
それを咄嗟に避け、紙を構える。
「あら、八角齋さん」
「「邪気の塊が山に」と聞いて駆けつけてみれば、お前は、ま~~~~た山を傷つけおっってからに~~~!」
その正体は赤い顔に長い鼻、山伏の様な格好をした異形の存在、天狗だった。
鼻ヶ岳、その山は天狗の住まう山。それは言い伝えで無く、現代に至っても尚、天狗が住処にする山であった。
「いいじゃない。こんなにあるのよ?」
「よくな~~~い。ここは鼻出神社の、いや、大天狗様のお膝元たる杜だぞ? お前ら千羽の者が守って(・・・)いる杜だぞ!?」
「だから?」
「だから? じゃないっ。本当に何度言えば分かるんだ。お前みたいな奴、歴代でも初めてだ」
「でも、今に始まった事じゃないし、ほら、そんな顔を真っ赤にしてないで」
「顔が赤いのは天狗だからだ~~~~」
八角齋の攻撃を全て避けながら、会話を続ける。
「お前がそんなだから、大天狗様にいつも叱られて……」
彼は攻撃の手を休めると、膝を抱えてべそをかいた。
因みに大天狗というのは齢1000を超える大妖怪で、千羽の民から信仰を得て、氏神となった妖であり、鼻ヶ岳天狗のボスだった。妖を絶対悪と定める智鶴でも、氏神クラスの大妖怪を相手取る勇気は無かった。それに、神殺しはその『場』のバランスを崩しかねない禁忌である。
また、禁忌で無いにしろ、八角齋始め、ここの天狗は智鶴にとって唯一気を許している妖である。無闇に滅したりしないのだった。
「ごめんって。ほら、見なさい。こんなに見晴らしが良くなって……」
「誰のせいだ!? だ・れ・のっ。もう、今日という今日は許せん。お前のとこの当主と話を付けてやる。一体どんな教育をしたら、こんなムスメが育つんだ」
「わ~~~~。ちょっと、それは困るわ」
智喜にバレては、折角の修行場が無くなってしまう。なんとしても八角齋を止めなくてはと、智鶴は八角齋に抱きついて止める。
「あっ! あそこに水着姿の女子高生が!」
そう言ってあらぬ方向を指さす
「えっ。うそうそ。どこ?」
八角齋は実のところ、うら若き人間の乙女に、好色を示すタイプだった。特にストライクゾーンは中学2年生から大学2年生までだった。
「こんの、変態天狗が~」
智鶴は油断した八角齋の頭に、紙吹雪のゲンコツをお見舞いし、無力化した。
「う……うう……」
数分して目を覚ました八角齋は何が起きたか分からなかった。何故か頭頂部がズキズキする。そして、目の前では大きな紙と格闘する智鶴がいた。
「お前、まさか私を殴ったのか?」
「な、なんの事だかさっぱり?」
「はぁ。天狗を殴る紙操術師なんて、聞いた事がないわい」
もう怒る元気も無いと見え、座りながら智鶴に話しかける。
「それで、久々に来たと思ったら。お前、大きな紙を操るの、苦手じゃなかったか?」
「うん。だから、修行しに来てるのよっと」
何度も何度も、広げては術を掛け、制御を失い、また広げを繰り返していた。
「何かあったのか?」
「知らないの?」
「すまんな。山の下の事は殆ど知らないんだ」
八角齋の顔には、「氏神の使いだというのに情けない」と書かれていた。
「若い女見物に降りてきているじゃない、その時に…………は、そうね、女性しか見てなわね」
「な、なぜそれをっ……。じゃない! ワシはそんな事しとらん!」
智鶴は、はははと笑うと、スッと真面目な顔になる。
「余所者が入り込んだのよ」
「人か?」
「人だけじゃ、無い」
「そうなのか……でも、お前らが何とかしてくれるんだろ?」
「当たり前じゃ無い。任せときなさいよ」
そう言いながらも、智鶴は制御をし損なった紙に巻き付かれた。何とも格好が付かない。
「ふはっはっはっは」
「何よ~」
「そんなんで本当に大丈夫なのか?」
「~~~! うるっさいわね~~~」
少し涙目で、天狗を睨む。
「時に、これは先に産まれた者としてのアドバイスだが、お前は小さい紙を操る時、どうやって力を入れている?」
「急に何よ」
「まあ、いいからいいから」
紙から抜け出しながら、智鶴は質問に答える。
「そうね、意識した事は無いけど、こう、全体的に包み込んで、体の一部? にするみたいな。握る感じというか。言葉にするのは難しいわね」
「なるほどな。じゃあ、質問を変えよう。お前、布団の皺を伸ばすとき、長辺を掴んで、パンと張れるか?」
「届くわけ無いでしょ!? 何よ。チビだとでも言いたいの? 気にしてるの……いや、待てよ。そういうことか……」
「気がついたか」
智鶴はブツブツ何かを呟いている。
「ありがとう、なんか上手く行きそう。でも、私に変なアドバイスして、いつかこの山が鼻ヶ岳じゃなくて、ハゲヶ岳になっても知らないわよ」
「ははは。そうならんことを祈っとくよ」
そう言って、後ろ手に手を振り、八角齋は帰って行った。手の付けられない跳ねっ返りで、山を勝手に切り開くし、天狗には暴力を振るうじゃじゃ馬でも、真剣に術と向き合い、努力する姿勢は認めていた。智鶴の事は、なんだかんだと言って、歴代の中でも結構気に入っている術者であった。
その晩、見回りのカラス天狗から、山の開け具合が悪化した事を聞いた八角齋はショックの余り三日寝込んだという。
どうも、暴走紅茶です。
私の産まれた地域では、休み時間の事を「放課」と呼びます。そのため、作中の「休み時間」という言い回しが不自然でなりません。その言葉だと会社とかのイメージが強いんですね。
他にも時たま、方言か標準語か分からなくなって、ついつい使っちゃう言葉があります。ひょっとsしたら、気がついて居ないだけで、結構使ってるかも? と、たまに不安になったり。
みなさんはそんな事ないですか?笑
では、また来週!