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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第六章 真実とウソ

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14話 栞奈と千羽町

「ただいま~」

「あら、(かん)()ちゃんお帰り。初登校どうだった?」

 玄関を通りがかった美代子が声を掛けてきた。

「なんかな! 年の近い人がいっぱいいるのって、久々で新鮮だな!」

 真新しいセーラー服に身を包んだ栞奈が、ルンルンで帰宅した。そう、今日から、彼女は智鶴の母校に当たる清涼市立千羽中学校へ通い始めたのだ。()(がらし)(やま)を降りてきた理由の1つが、中学校へ通う事だった。

 さっさと2階の自室で着替えを済ませ、居間で(くつろ)いでいた所に、智鶴がやってくる。

「先に帰ってきてたのね」

「うん! あれ? 智鶴は修行じゃ無いのか?」

 現れた姿は、紺色のスキニージーンズに袖の所に透かしの刺繍が入った白い綿のTシャツという格好で、どう見てもこれから体を動かす人の服では無い。

「今はお休み期間なのよ。まあ、いいじゃない。そういう栞奈は道場とか行かないの?」

「初登校で疲れたから、お休みだ~」

「そういうこと言ってると、ずるずる怠け者になっていくのよ」

「今の智鶴に言われたくないぞ……」

 (かん)()(きゅう)(だい)にと、お互いお茶をズズッと啜る。

「じゃあ、折角だし、千羽町を案内するわ」

「おお! いいな! わっちも新しい町を見てみたいぞ!」

「……だけど、大丈夫かしら?」

 智鶴の目線が、栞奈の胸元、正確には首から提げている(じゅ)()に注がれる。

「うん! 智成が、外して丸一日屋敷の外に居ない限りは大丈夫って、言ってたぞ」

「外しても丸一日効力を発揮するって、どんな術が組まれてるのよ……」

「あら、授業する?」

 智鶴が呆れ半分に、ネックレスを眺めていると、たまたま通りがかった美代子が、悪戯な笑みを浮かべていた。

「あ、ごめんなさい。今から栞奈と出かけるから、今日は遠慮するわ」

 母の(まじな)い講座はヤケに親切で、長いのだった。嫌いでは無いが、呪術から遠ざかっていたい智鶴は、今は母の講義を受けたくなかった。そのせいで何となく家に居づらいのも、このあと栞奈と出かけたい理由あった。

「そーうー? 残念。また今度ね」

「うん」

 母は最近自身の呪い技術を、娘たちに伝授したい様で、こうして隙を見つけては、授業を始めようとしてくるのだった。

「じゃあ、出かけようか。私鞄取ってくるわ」

 智鶴が席を立ち、続いて栞奈も自室へ荷物を取りに戻った。


「わーい! おでかけだ~」

 はしゃぎながら門を潜る栞奈の後から、笑顔の智鶴が追いかける。

「ちょっと、案内するって言ってるのに! 先に行ったら訳わかんないでしょ!」

「おっと、それもそうだな。じゃあ、先導よろしく頼むぞ」

 もお! と腰に手を当てて、智鶴が隣を歩く。

「私は好きなモノを最初に食べる派なのよね。ショートケーキなら、イチゴから食べる」

「急になんだ?」

「今から最初に向かうのが、この町の観光名所? パワースポットって言えば良いのかしら? メインの場所なのよ」

「それだと後がつまんなくならないか?」

「それは大丈夫よ。……まあ、他に見所がないから」

 田舎に住む者あるあるである。観光客がいたとして、彼らが目当てとするのは自然そのもの。そこに住んでいる者からしたら、不便の象徴、見慣れた光景、わざわざ人に紹介する程もないのである。そうしてみると、この町で見せられる物と言えば、鼻ヶ岳の鼻出神社くらいのものである。

 2人仲良く、長い石段を登っていく。

「あ、そうだ。ついでだし、寄り道しましょう」

 石段の途中で、智鶴が急に道を折れ、舗装もされていない山の中に進んでいく。

「え? ちょっと、そっちに道は無いぞ」

「まあ、いいからいいから」

 暫く山を登らず、等高線に沿って歩いて行くと、開かれた場所に出た。

「ここが私の修行場よ」

 腕を組んで、エッヘンと胸を張る智鶴。

 だが、そんな彼女の背後にそっと影が忍び寄る。

 それに気がつき、どうしようと震える栞奈。

「たわけがぁぁぁぁあああ」

 現れた者は、何の(ため)()いも無く、脳天チョップをかました。

「っっぃいった~~~~~い。何するのよ!」

 智鶴が振り向くと、そこには見慣れた顔が。

 赤い顔に、長い鼻。(やま)(ぶし)の格好の妖――(てん)()(はっ)(かく)(さい)だった。

「俺はここを修行場なんて認めとらんぞ」

「何よ! 前に手合わせしたじゃ無い! その時は文句の一つも無く、ここに集合したじゃないの! やっぱり、カラダを触らせないと、ダメなのね……。今日も背後からなんて……。やらしい」

「ち、智鶴……オトナだったんだな……」

 後半、自分の肩周りや腰回りを(まさぐ)り、声を艶っぽく強調し、体をくねらせたら、栞奈も八角斎も真っ赤になった。

「ちちち、ちがーーーーう! お前はいつもいつもいつもいつも、そうやって誤解されること言うから……この間もカラス天狗に『人の幼子は辞めた方が良い、人のルールに反する』なんて説教されて……誤解を解くのに……」

 グチグチ文句を垂れ始める天狗の肩に、栞奈がぽんと手を載せた。

「天狗さん、あなたも智鶴に困らされているんだな……。うんうん、わかるぞ。ホント、コイツ、自分勝手だよなぁ」

「お前……見ない顔だな……でも、解ってくれるか。ここもな、アイツが勝手に切り開いて……大天狗様の、神の杜だというのに……」

「苦労、してるんだな」

 栞奈がうんうん頷きながら、八角斎と肩を組み始めた。居酒屋の一風景のようで、大人だったら、一杯始まってしまいそうだった。

「ちょっと、アンタたち、人の文句で盛り上がるんじゃないわよ。人聞きが悪いわ。こんなに気を遣って生きてるのに」

「「どこがだ!」」

 人と天狗の声が重なった。


 ――そうか、栞奈というのか」

「そうだぞ。これからこの地で世話になるからな。よろしく頼むぞ」

「ああ、辛くなったらいつでも来いよ。上の神社で呼んでくれたら、すぐ出て行くから」

「八角斎さんも、辛くなったらいつでも遊びに来て良いぞ。特に智鶴に虐められたら、慰めてやるからな。わっちは屋敷の二階に住んでるからな」

「ありがたい」

 ずっと千羽の子供に悩まされてきた八角斎にとって、こんなにも親身になってくれる人の子は初めてだった。涙が流れそうになる。

「まあ、なんだ。この地に居るなら、近いうちに大天狗様に挨拶しに来いよ。お前さんならよっぽどのことが無い限り、すんなりと挨拶も済むだろうし」

「おう、わかったぞ。いつ行けばいい?」

「どうせ智鶴が勝手に修行しにくるだろ。そのついでに、伝えておくから、案内してもらえ」

 八角斎の言葉に、栞奈がそっと背後の智鶴を盗み見る。それに気がついた彼女は、苦笑いで返した。

「八角斎さん、悪いのだけど、私、ちょっとの間、修行をお休みすることにしたのよ。だから、ここには暫く来ないわ」

「そうなのか?」

「ええ、きっと寂しくて寂しくて震えちゃうと思うけど、本当に申し訳ないわね」

「おお! そうか! 今晩は天狗一同酒盛りだな!」

 八角斎がジョッキを(あお)るジェスチャーをした。

「何で嬉しそうなのよ! 腹立つわね!」

「そ、そんなこと無いが……」

 智鶴から向けられた殺気に、天狗はびくりと怯えた。

「まあ、いいわ。今栞奈に町を案内している所なのよ。そろそろお(いとま)して、神社にお参りしてくるわ」

「そうか、またな」

「ええ、また」

「またな~」

 2人は八角斎に手を振り、別れると、鼻出神社で賽銭を投げた。

「いま何を願ったところで、私たちは会おうと思えば、ここの主に直接会えるのよね」

 2礼2拍手1礼を済ませた智鶴が、拝殿の天井を見つめ、無意味そうにぼやいた。

「そうだな。でも、わっちとしては、『神社で手を合わせて願うこと』自体に意味があると思ってるからな」

「どういうこと?」

「う~ん。端的に言うとな、ここに、え~っと、拝殿には神様が居ない……というか、神様に祈っているようでいて、本当は神様なんて関係ない……て話だ」

「つまり?」

「つまりは、神社でみんながしているのは、神様に向けた願掛けだけど、そうじゃなくて、自分の目標とか意気込みを頭の中だけでも、言葉にして、一種の自己暗示というか、目標立てというか……」

「ああ、なるほど。つまりは、願掛けを口実に自分のやるべき事を、脳内に刻んでいると言う事ね」

「そういうことだ! 流石智鶴、わっちよりも長く生きてるだけあるな!」

「人をババア扱いしないでくれるかしら?」

「ごめん、言い方が悪かったって、だから、その物騒な爪を元に戻してくれ」

 智鶴は怒りに任せて(おに)()させた指先の鋭い(つめ)(さき)を、栞奈に向けていた。

「まあ、でも、そう言っちゃうと、なんかつまらないものかも。それなら家でもできるじゃない」

「いやいや、神社に来るからこそ、そういうことをやれる気になれるもんじゃ無いのか?」

「そういうもんかしらね」

「そうだぞ。家で受験受かります様にって思うのと、神社でお願いするのじゃ、根本が違うだろ」

「それもそうね。誰かに話して聞かせるってのが大事なのね」

「そうだ。でも、それだけじゃないぞ。例えば、妹とか後輩とかに宣言するのと、先生に宣言するのじゃ違うみたいに、自分よりも高次の存在であるところの神様の前で宣言するからこそ、意味が出てくるんだ」

「そう言う物なのかしらね」

「って、まあ、魂の研究が本文のわっちがあんまり大声で言って良いことじゃないけどな」

 栞奈はなんとも言えないという笑顔を見せた。

 石段を降りきるまでの間に、そんな事を話した。

 もしも、神社に神様が居なかったら、物部が行っているらしい事件に、危機感を覚えなくて良いのにと、そんなことを智鶴は思った。


 その後も、お寺、図書館、高校に沼地、小さな神社を廻り、最後に喫茶「モクレン」の扉を開けた。チリンチリンと透き通ったドアチャイムの音が、智鶴たちの訪問を店主に伝える。

「いらっしゃいま――ああ、智鶴ちゃんか、いらっしゃい。今日は()(なた)ちゃんと一緒じゃないのかい? 珍しいね」

 音に反応して出てきた、(くろ)()(みつ)(はる)がカウンター奥から顔をのぞかせる。

「ええ、今日から千羽中学に通う、知り合いの子を連れてきたのよ」

「初めまして。神座栞奈です」

「これはこれは、ご丁寧に、店主の黒瀬満晴です。智鶴ちゃん、いつもの席空いてるよ」

「ありがとう」

 智鶴は栞奈と向かい合わせで、座り慣れた席に着いた。智鶴はいつも通りアイスティーを、栞奈は悩みに悩んで、アイスココアを注文した。

 店長に出されたお冷やを手に取ると、栞奈が問いかける。

「ここ、智鶴はよく来るのか?」

「まあ、友達と来るわね」

「おお! いいなぁいいなぁ。わっちにもそんな友達が出来るかなぁ」

「きっと出来るわよ。栞奈は話しやすいし、元気だし、……きっと、私よりも友達出来るわよ」

 後半ネガティブボイスになり、地獄の底から漏れ出すような声になっていった。

「い、いやいや、智鶴だって友達いるんだろ? こんなおしゃれな所に来るくらいだし!」

「そうね、居るわよ、1人ね。幼稚園からずっと同じクラスのうえに、ご近所さんの子」

「幼なじみか~。いいなぁ。わっちにはもう居ないからなぁ」

 智鶴は「いいなぁ」に羨ましさを読み取り、内心、しまったと思った。一族郎党、男も女も子供も門下生の1人に至るまで、全員を皆殺しにされた彼女の前で、する話ではなかった。それでも、栞奈のニコニコが消えていないことに、「いいなぁ」が「いいなぁわっちも頑張るぞ」の意味だったと分かり、そっと胸を撫で下ろした。

「ゆっくり頑張ればいいのよ」

 栞奈の前では、末っ子の彼女も、どこかお姉さんらしい表情をする。優しさが滲み出た笑顔が、夕日に照らされ、さながらオレンジジュースの様だった。

「うん。うん? おおお!」

 丁度その時、運ばれてきたアイスココアを見て、栞奈が歓喜の声を上げたので、優しい雰囲気が一転、間の抜けた感じになってしまった。

 それが可笑しかったのか、智鶴がふふっと小さく笑った。

「これが、アイスココアか!? 智房の作ってくれるヤツとは大違いだ! まあ、あれも好きだけどな」

 彼女の目の前に鎮座するは、背の高いグラスに氷と共に注がれたアイスココアと、その上に丸いアイスクリームが載せられ、さらにはそれをホイップクリームでデコレーション、極めつけはアザランとミックスカラーチョコスプレーが掛けられていた。

「転校初日の、初登校だって聞いたからね、ちょこっとサービスしといたよ。こっちは智鶴ちゃんね」

「おおおおお! 店長、ありがとうな!」

「いえいえ」

 自分のアイスティを見て、私は普通ねと、そんな嫉妬を覚えかけた智鶴だが、そもそも彼女はストレートティを好み、過度なトッピングはおろか、ミルク・ガムシロップすら入れたくない派閥だった。

 目をキラキラ輝かせ、どこから突こうかと、ストローとパフェスプーンを手に、ソワソワしている栞奈。

「早くしないと溶けちゃうわよ~」

「わ、解ってるよ!」

 そ~っとスプーンでアイスとホイップクリームを掬い、すこしココアに浸すと、口に運ぶ。

「んん~~~~~~~~~~~~♡」

 言葉の語尾にハートマークがありありと見えるリアクションに、智鶴がぷっと吹いた。

「はははっ。おいしいの? 良かったわね」

「うん! わっち、ここでもやって行けそうな気がしてきたぞ~」

 ヒョイ、パクッ。ヒョイ、パクッ。ズズズ……ヒョイ、パクッ。と、手も口も止まらず、どんどん甘味を体内に溶かしていく。ずっと笑顔は変わらずに。


 きっと、ずっと。

どうも。暴走紅茶です。

今回もお読みくださりありがとうございます。

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

では!

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