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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第六章 真実とウソ

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12話 うれしい来客

 ()(づる)は道場の屋根の上に寝そべり、ただ空を見上げていた。ジャージでも道着でも無く、ジーパンに被りのパーカーというラフなスタイルで。

「はあ、これからどうしようかしら」

 屋根の下ではすっかり元気になった(どう)()()が、修行を積んでいた。

 あの夜、鯉を眺めている智鶴に「おはよう」と言ってきた後、百目鬼と少し話した。10年前、彼が千羽に来る前、何が起こっていたかの片鱗を。全てを話したかったが、掟がどこまで絡んでいるのか分からない以上、かいつまんでの説明しか出来なかった。

 以下、その時の会話である。

「……そんな、ことが」

 冷たくも感じる夜風が足先を冷やす、19時半頃、2人は縁側に座って緑茶を啜っていた。気がつけば、湯飲みの暖かさが嬉しい季節になっていた。

「そうなの。ぬらりひょんも、お爺ちゃんも、嘘偽り無いと言ってくれたし、それに私の記憶とも合致する部分が多いから、本当だと思うけど」

「けど?」

 何か言いたげなまま言葉を切った智鶴に、百目鬼が先を促す。

「けど……ね、ぬらりひょんって、私の目標だったじゃない? それを失った今、私、どうしようかなって」

「ああ……」

「百目鬼は?」

「俺? 俺は、別に、ぬらりひょん、には、固執、してない、から、今まで通り、かな? 智鶴は、仕事も、辞める、つもり?」

「そうよね。百目鬼は千羽を守り、お爺ちゃんに従うことが目標みたいなものだもんね。仕事? 分かんないけど、取り敢えずは続けるわ。お姉ちゃんも(はん)(いん)(きょ)(じょう)(たい)で、私も辞めたら、流石にマズいわよ」

「今は、それだけ、じゃない、けどね……」

 百目鬼が月を見上げて、ぼそっと呟いた。

 腕をさすっている百目鬼が、何か呟いた気がしたので、問い直す。

「何か言ったかしら?」

「ううん。言って、ないよ。智鶴も、仕事、しながら、次の、目標、見つかると、いいね」

「そうね。でもなぁ。ぬらりひょんを滅することが、私の初心なのよ。もうブレブレ。呪術に対するやる気とか意欲とか? そういうのがすっぽり抜けちゃったみたい。道場も、そもそも修行自体、暫く休もうと思うわ」

 最近ようやく道場に通い出して、良い雰囲気だったのに、勿体ないと思う百目鬼でもあったが、智鶴を思えばそんなことは言えなかった。

「今は、それで、良いと思う。でも、辞めないでね。呪術、好きな、気持ち、ぬらりひょんとは、別に、あったんでしょ?」

「それも、今となっちゃ、よく分かんなくなっちゃったわ。確かにずっと1人で術を覚えて、出来ないことが出来るようになって、お父さんに……、お爺ちゃんに認めてもらって、嬉しくないことは無かった。でも、それも全部目標あっての事だったし」

 そこまで言い切ると、膝の上に両手で立て肘をついたポーズのまま、はぁとため息をついた。

 息が白くなる季節までは、まだ遠そうだった。

「明日からきっぱり辞めるなんてことは無いけど、今まで通り変わらず強くなろうとも思えないわ。どうして良いのか分かんないってのが、つまり本当の所ね」

「そっか……」

 百目鬼にはこれ以上何も言えることが無かった。堂々巡りをする少女を隣に、これは女の子によくあるという、ただ話を聞いてほしいだけと言うヤツか!? とか思わないでも無かったが、そんな万人に当てはまるかも分からない知識よりも、ただ隣の仲間を想って、(しん)()に言葉を受け止めるだけだった。

 この後、病み上がりに冷えは良くないという、()(たん)(ざか)()(まい)の呼びかけにより、各自自室へと戻り、お開きとなった。


 時間は戻って、現在。屋根の上で寝そべる智鶴。

「道場まで来たら、やる気とかそういうのも起こるかと思ったけど、上手くいかないものね~」

 道場まで来ると、何となく(なか)()(じょう)()()()のことが気になったが、呪術を高める気のない今、会おうにも会えない気がした。

 そうしてゴロゴロしていると、脳内に言葉が響いた。

 ――契約を違えるのなら、分かっているだろうな――

 ――何を違えていると言うのよ――

 紙鬼の言葉に、心がザワッとする。

 ――私が強さを求めなくなったら、体を私に譲るという話だ――

 ――それは……――

 ――言い淀むか。それは肯定ととって良いのか?――

 智鶴の体が勝手に()()(かい)()を始める。

「ちょ、ちょっと待って、待ちなさい」

 思わず声に出していた。

 中途半端に鬼化した智鶴が、あわてて上半身を起こす。

 ――あなたが私で、私があなたなら、今の精神状態を分かっているでしょう? そんな時に畳みかけるなんて、卑怯よ――

 ――……――

 紙鬼が言葉を選んでいるのが、直感的に分かった。

 ――それは……分かっている。でも、分かっているからこそ、私は私に(はっ)()をかけなくてはならない。周りが優しくしてくれて、そのままぬくぬくと術師を辞められては、話が違うと言いたいのも、分かるだろう――

――うん。分かるわ。あんな(たん)()切っておいて、これにてゴメンなんて引き下がるつもりは毛頭無い、千羽智鶴に二言は無い……無いけど、今だけ、私に考える時間を頂戴。あなたが私なら私が完全に辞めたときは分かるでしょう? 私もそこまで行けばもう諦めるわ――

 ――分かった。今はそっとしておいてやる。だけど、私にも我慢の限界というものがあるからな。私が強さを諦めなくても、私の沸点次第では、いつでも乗っ取ってやるから、そのつもりでいてくれ。いつまでも暢気に居られると思うな――

 ――ええ――

 智鶴の返事を聞いて、紙鬼が引っ込んだのが分かった。

「結局、あなたも優しいじゃないの」

 智鶴の言葉は、木々のざわめきにかき消された。


 *


 清涼高校前のバス停に、巡回バスが停まった。

 そこから降りてきた、小柄で、スーツのような黒いジャケットを羽織った少女は、外国人タレントの様な大きめのサングラスを掛け、ニヤリと笑う。その保護者だろうか、一緒に降りてきた同じような服装の男が、ため息をついた。

 2人は迷うこと無く、足先を千羽家本家屋敷に向けた。

「ふふふ、智鶴、おどろくかなぁ」

「どうせ、センスねぇ結果になるんだから、やめとけっての……」

 ウキウキと歩く少女の後ろを、あきれ顔の男が着いていった。

 

 

 同刻、(じっ)(しょ)(りょう)()の家に、人としての気配が希薄な女性が立って居た。その女性は少し(ため)()う様な動きを見せたが、意を決したのか、呼び鈴を押し込む。

 ピンポーンと間の抜けた音が、部屋の中で響くのが外でも聞こえた。

 備え付けられていたのは、古いタイプの呼び鈴で、カメラもマイクも付いていなかったから、ただ待つ事しか出来ない。

 少しの間を置いて、家主が玄関に近づいてくる足音がした。

「はいはーい、どなたですか~?」

 カチャンと軽い音がして、扉が少し開かれた。

「え、えええ!」

 竜子の驚いた声が、アパート中に響いた。


 *


「智鶴様~一緒に修行しましょうよ~」

「今は嫌なの、ごめんなさいね」

 智鶴がなかなか道場に来ない上に、ジーパンとパーカーという、如何(いか)にも修行なんてしなさそうな格好で、庭をうろついているのを見つけた結華梨は、腰に抱きつき、駄々をこねていた。

「じゃあ、じゃあ、見るてるだけでいいので~。アドバイスも何も要らないので~。ご一緒しましょうよ~」

「それ、私が居る意味ないじゃない!」

「ありますよ~。智鶴様に見られているってだけで身が引き締まります」

「私は怖い体育の先生じゃ無いわよ。ってか、離れなさい! あなた、気がつかないうちに滅茶苦茶打ち解けてるわね!」

「あ! 済みません、つい触り心地が良くて……」

 結華梨がうっかりしていましたとばかりに飛び退り、一歩離れてこめかみの辺りを掻いた。

「触り心地ですって!? 太ったって事!? 修行していないからかしら……」

 智鶴が胸の辺りをペタペタ触って、変化無いよな……と残念がっていた。

「いえいえいえ、パーカーの生地感ですよう。決して智鶴様がふくよかだなんて! そんなこと! 言っておりません!」

「言ってる様なものよ! あ~修行する気は無いけど、ランニングくらいはした方がいいかしらね……」

「本当ですか!? じゃあ、私もご一緒に!」

「い、や、よ! 行くなら、1人で行くわ! って、抱きつかないの!」

 結華梨が涙を流して、智鶴の腰元に(すが)()いた。

 その時。

「おうおうおう、やっとるねえ、若いの!」

 智鶴と結華梨に近づいてくる者が居た。それは小柄な女性であり、顔のサイズに合っていないサングラスを掛けていた。服装はカジュアルだが、もしかしたらフォーマルでもいけそうなくらい整った格好で、()(じゅ)(きょく)……もしくは(ものの)()の新手か!? と身構えそうになる。

「だ、誰よ!」

「誰って? 誰だと思う? 早く答えないと、その腰に抱きついている少女を、あられもない姿にしてしまうZE☆」

 どうにもキャラがブレブレだった。

「智鶴様……」

 結華梨が怖がって、いっそう腰にきつく抱きついてくるものだから、苦しくて思考が(まと)まらない。

「応えないのかな~? じゃあ、先ずは、上に来ている着物から……」

「やめなさい。結華梨に変なことするなら、ただじゃおかないわ!」

 応えるより、考えるより、武力行使が手っ取り早いと思ってしまう辺り、三つ子の魂百までという(ことわざ)の通りである。

 智鶴の体からかすかに()()(ほとばし)る。

「うう……そんなマジにならないでくれよ……。ちょっとジョークのつもりだったんだ……」

 智鶴の怒りに触れ、急にしおらしくなった来訪者は、サングラスを外して、来ていたジャケットを脱いだ。

「って、ええええええええ~(かん)()!? どうしたの、こんな所で!? 山に居なくて平気なの!?」

 そう、その正体は、先の夏休み、()(がらし)(やま)にて智鶴と共に修行をした、(かむ)(くら)(かん)()だったのだ。

「うん。その辺もまた後で説明するぞ……ごめんな、智鶴と……え~っと、彼女さん?」

「ち、が、う、わ、よ! 今のご時世、色々ナイーブで突っ込みにくいんだから、憶測で物を言うのは辞めなさい!」

「ご、ゴメン……」

「ほ~ら、だから言わんこっちゃない。センスねぇなぁ」

 屋敷の影から人が現れた。

「その口癖はまさか!?」

「よう、久しぶりだなぁ。紙鬼回帰は順調か~?」

「智成!」

 千羽智成と神座栞奈、2人の唐突な登場に、訳が分かっていなかったが、それでも嬉しいと言うことは、その表情を見れば(いち)(もく)(りょう)(ぜん)だった。


 何とか結華梨を引き剥がすと、場所を移動し、客間にて栞奈と2人っきりになる。

「智成は?」

「なんか、トモキ? さんと話があるって」

「ああ、お爺ちゃんね。智成のお父さんよ」

「へ~! じゃあ、ここの当主様なんだ」

「そうよ。で、栞奈、何しに来たの? 山に居なくて、物部は平気なの?」

 智鶴が真剣な表情で問いかける。

「来た理由は……もう少しで分かると思うから、今は黙っとくけど、山から出ても平気なのは、これだな」

 栞奈はうんしょと、胸元からシルバーのドッグタグが、トップに付いたネックレスを取り出した。

「何? それ」

「智成に作ってもらった(じゅ)()だ。これで常に、簡易的な(けっ)(かい)の中に居るような状態に出来るんだ。勿論、意味は隠れ蓑。物部対策はばっちりだ」

「なるほど。なくしちゃったお守りの代わりって訳ね」

「そうだけど、そうじゃないぞ」

「どういうこと?」

「前のお守りよりもふぁっしょん性がアップして、更に(じゅ)(てき)にも強化されているんだ」

『ふぁっしょん』の発音が慣れて居なすぎて、智鶴は吹き出しそうになるのを我慢した。

「す、凄いわね……」

「だろう?」

「で、来た理由は? そろそろ(はく)(じょう)なさいよ」

 丁度その時、屋敷の前にトラックが停まった。

「お、来たな!」

 ピンポーンと呼び鈴が鳴らされると、栞奈が飛びだしていく。

「あ、ちょっと! 勝手に出て行かないで!」

 慌てて智鶴が立ち上がったときには、既に栞奈が業者を呼び入れていた。

「宜しくお願いしゃーす」

 配達人らしき後ろ姿を見送ると、いくつかの段ボールが玄関に積まれていた。

「なにこれ?」

「わっちの生活用品一式だ!」

「え? てことは?」

「うん! 今日からわっち、ここに住むんだぞ!」

「えええええええ!」

 栞奈のサプライズ成功だ! というニンマリした笑顔と対照的に、驚き、変顔に染まる智鶴が玄関にいた。


どうも。暴走紅茶です。

今回もお読みくださり、ありがとうございます。

また寒くなってきましたね。最悪だ……手がキンキンで打ち間違え多発中です……。

皆さんもお体に気を付けてくださいね。

ではまた次回!

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