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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第六章 真実とウソ

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11話 五家議会

 東京某所。賑やかな通りに面する雑居ビル群の路地裏を、(せん)()(とも)()が歩いていた。

「全く、いつもいつもへんぴな場所にしおってからに」

 ぶつくさ文句を言いつつも、事前に指定されていたドアを見つけ、何の(ため)()いも無くドアノブを捻った。中は薄暗い階段の踊り場で、人が溢れかえり、賑やかしく、夜眠ることを忘れた町の中に来ているとは到底思えない。

 しゃりっしゃりっ……と、(ぞう)()がリノリウム製の床を蹴る音だけを無機質に響かせながら、地下へと降りていく。

 地下二階まで来ると、不釣り合いなほど豪華な扉が現れた。

「やっと着いたか。まったく、ジジイに階段はキツいんじゃぞ」

 その扉にはおおよそ一般的には見ない形の鍵穴が付いていたが、智喜は悩む顔ひとつせずに、袂から鍵を取り出すと、そこへ差し込んだ。

 ガチン

 重たい音がして、扉が勝手に開く。

 その先は長い廊下になっていた。

「いつ来ても立派な(ぼう)()(じゅつ)じゃな」

 智喜がそう呟いたのも無理は無い。先ほどの鍵は確かに鍵ではあるのだが、結界に入る際の(じゅ)()としての鍵でもあるのだ。この廊下も幾重にも呪いが張り巡らされており、資格を持たぬ物は何人たりとも先へ進むことを許されない。

 かつてここへ侵入を図った者がいるとされているが、その者の行方は知れず、嘘か誠か、(のろ)いによってバラバラになったとか、存在その物がかき消えたとか、そんな噂が流れている。

 廊下の先はまた重厚な観音開きの扉があり、その両脇にはタキシードを着た使用人が立って居た。

「千羽智喜様ですね。お待ちしておりました。どうぞ、中へ」

 ゆっくりと開けられた扉に向かって進む。

 部屋の中は外と打って変わり、豪華なシャンデリアが室内を明るく照らし、床にはふかふかな赤い(じゅう)(たん)が敷き詰められ、中央には丸テーブルとその周りに五脚の椅子が設置されている。他にも棚や何やら立派な調(ちょう)()(ひん)で飾り立てられたそこは、おおよそ路地裏の扉から入ってきたとは思えない、不釣り合いな高級感を演出している。

「あら~? (まっ)(せき)が重役出勤でありんすか?」

「うるさいのう。ジジイに急くのは無理じゃ」

 既に3人が席に着いており、その内で一番豪(ごう)(しゃ)な着物に身を包んだ、(おい)(らん)()(ぜい)の女性が、智喜を()めるように声を掛けてきた。

 この女性は『手出し無用の五家』第肆席(だいよんせき)、関西地方・山陰地方の辺りを管轄する(あん)(さつ)(じゅつ)(そう)()(ちょう)ヶ(が)(すみ)()(とう)(しゅ) (ちょう)ヶ(が)(すみ) ()(はや)である。かつて花魁から始まったとされるこの家は、世代を経るに従って、その()(ぼう)を武器とし、要人に取り入っては暗殺する術を進化させてきた。今では呪術と組み合わせ、(いち)(せつ)()の隙も見せずに殺しができるとさえ噂される一族である。

「そうは言っても、一番遠方の(たま)(ずさ)さんがもう着いていんすよ」

「まあまあ、良いじゃ無いか。いつも千羽は忙しそうだからなぁ」

 渋く太い声で(ごう)(かい)に話すたぬき顔のオヤジは、『手出し無用の五家』(だい)(さん)(せき)、四国・山陽・九州を管轄する()(こく)(よう)(かい)(たま)(ずさ)(いち)(ぞく)(おさ)(たま)(ずさ) ()(よう)だ。

 四国妖怪と言っても、それは昔の話。明治維新からこっち、だんだんと暗闇が消えていく中で、人とまぐわり、人に迎合し、人の世にて名を成す大妖怪がちらほらと出てきた。彼の一族もまたそのような歴史の果てを生きる者たちである。

「皆さん。4人揃った事ですし、そろそろいらっしゃいますよ」

 最後に声を発したのが、『手出し無用の五家』(だい)()(せき)、関東を管轄する()()() (せい)(けん)である。彼は(おん)(みょう)()(たい)()()(もの)()の子孫であり、かつて(あべの)倍家()子孫土(つち)()(かど)()から養子を迎え入れた事で、陰陽師として一の位を手に入れ、今の地位に輝く一族の当主だ。

 清健の言葉を合図にしたように、先ほど智喜が入ってきた扉が開けられる。

 その扉から入ってくるは『手出し無用の五家』(たい)(いち)(せき)、北海道・東北地方を管轄する(こっ)(とう)()(そう)()(ろう)だ。1000年以上前、妖の(ばっ)()する時代を正常化すべく、現代にまで続く呪術の基礎を作り上げた、呪術界における祖とも言える男、『()()(はく)(よう)』の子孫であり、長きに渡って呪術界を見守ってきた一族、俗には『(かん)()(しゃ)』と呼ばれる一族の長……のはずだったが、扉からはおかっぱに(はん)(てん)といった、(わらべ)姿(すがた)の小さなからくりお茶くみ人形がトコトコと入ってきただけだった。

 そのからくり人形は、椅子の前まで来ると、お盆を床に置いた。そして、ウィーーンと駆動音を出しながら長々と両腕を伸ばし、机を掴むと、テーブルの上に登る。皆がそれを見つめる目線は、どこか冷ややかである。

 居座りを正すように小さく動きベストポイントをみつけたのか動きを止めると、突然人形の口がカパッと開いた。

「皆の者。よう集まってくれた。それではこれより、()()()(かい)(てい)(れい)(そう)(かい)を始める」

 スピーカーでも内蔵されているのか、老若男女の違いも分からない、中性的な声で、惣五郎と思われる人物による開会の宣言があった。

 そう、こうして手出し無用の五家が集っていたのは、他でもない、この為だったのだ。

 五家議会とは彼ら『手出し無用の五家』と呼ばれ、明治23年に宮内庁より極秘に出された『(じゅ)(じゅつ)(たい)()(とう)(せい)(れい)』により、各地を統治することを命じられた、者達が集う議会のことであり、()わば呪術界の首脳会談である。

「はぁ。骨董屋様はまた代理出席でありんすか」

 千早が分かりやすくため息をついて見せた。彼女が蝶ヶ澄家当主になってから12年、一度も姿を拝んでいないのは、ただこの人物だけである。

「まあまあ、各家にはそれぞれに『()(きた)り』があるものです。(へい)(ぜい)からからくり人形での出席でも、不都合が生じずに会議を進められていますし、今回もまたこれで良いでは無いですか」

「分かっていんすが、そのお姿、一度は拝見してみたいもんでありす」

 清健が(いさ)めてくるのに、ふてくされた様子を見せるが、夢を見る少女のような瞳には、イケメンだったら良いのになぁ。と、幻の骨董屋惣五郎の姿が浮かんでいた。

「はっはっは。蝶ヶ澄殿はいつまでもお若いですなぁ」

「あら、お褒めにあずかり、光栄です」

「それじゃあ、いつも通り進行役に末席の千羽殿。よろしゅう」

 惣五郎の指名により、智喜が立ち上がる。

 吹雪会では、ふんぞり返って、(はく)(たく)(いん)(つぐる)に司会をさせている智喜も、ここに来たら、下っ端という訳である。

「はい。それでは、皆様、各お家、各会にての現状報告をお願い致す」

 先ほど蝶ヶ澄の皮肉めいた物言いに、いつも通りで返した智喜だが、会議が始まれば、千羽の、ひいては()(ぶき)(かい)の代表として、(かしこ)まった態度を示す。

 報告は順調に進み、智喜に始まり、惣五郎まで現状を報告した。どこの家も似たり寄ったりであり、そのうえ前回ともそう違わない。

「なあ、もう終わりで良いだろ~」

 狸陽が大きく伸びをしながら、退屈をボディランゲージしていた。

「いやいや、まだまだお付き合い願いたい。今日集まってもらったのには、定例報告以外にも議題があるんです」

 惣五郎の言葉に、皆がそちらを向いた。

「議題? なんだぇ?」

 千早は、何かマズい事など身に覚えが無いと言外に言っている。

「蝶ヶ澄殿の付近では起こっていないですかな? ……神社荒らし」

 第弐席以降のみなが「むう……」と、ばつが悪いという表情でうつむいた。誰の報告でもお茶を濁していた事柄が議題に上がり、我先にと口火を切る者が現れない。

 それもそのはず。自分の管轄区内でまんまと神域を(けが)されたなど、術師を束ねる分際で口が裂けても言いたくない失態であるからだ。

 こういうときは末席の自分から……と、智喜がスッと手を上げ、発言した事には、先日起こった雪ヶ原での一件にて物部が現れた一部始終であった。

「それなら、ウチの区域でも、物部らしき姿を見たと聞いたが、実際に戦闘にはなっていないと報告が上がっていたな」

 とこれは狸陽。

「わっちの管轄では、神社荒らしが居たようでありんすが、ご神体が侵されはしてないでありす。それに、物部を見た者も居ないでありんす」

 関西地方から先ではまだ実害も少ないようだが、

「私の管轄区内ではかなりの報告が上がっております。神社荒らしによる呪的被害も、物部との接触も少なくありません。今はまだ小規模神社が襲われているだけですが、これが浅草寺のような大きなお寺や、明治神宮のような大きな神社にまで被害が出るとなると、とてもじゃないですが……」

 関東では大変苦労していると、清健が語った。

「実は北海道はまだ聞いておらんですが、東北の神社の被害は聞いとります。どうやら関東を中心に同心円状に広がっていると考えられますな。その辺、中部地方の千羽殿は如何に?」

「確かに、千羽町近辺では余り聞きませんが、吹雪会から上がってくる報告は関東に近いところが多かったように思います」

「そうですか……。関東近郊各地の被害状況詳細と致しましては、呪的に侵された神社が約30件、未遂に終わったのが約20件、そして、物部と遭遇した場所を調べました所、その9割が被害地の近辺でした。これは神社荒らしイコール物部と断定してよろしいかと」

「むむ……」

 皆が苦しそうにうなった。

「ひえ。こりゃ、大変でありすな~。京の都が襲われたら、日の本の国、陥落でありんす」

「笑い事じゃ無いぞ。関西が突破されたら次はウチだ。ただでさえ呪術者不足で、味方の妖者も大分減っている現状、守りが薄いなんてもんじゃ無い」

 狸陽はでっぷりとした腹を1つ叩き、ポーンと陽気な音と共に不安げな顔つきになる。かつては四国・中国地方一円の妖を纏め上げる百鬼の主だった一族も、時代の流れには逆らい切れないのだ。

「やはり。骨董屋全国ネットワークでも、似たような観察状況でしてな。これはもう、物部警戒令のようなものを出すべきかと、そう相談したいわけですな」

「警戒令……。それはちと時期尚早かと」

「千羽さん、それは何故です?」

 智喜の発言に、清健が()(げん)な目つきで問う。

「別に物部を(ひい)()しておるわけではないですが、こちらが警戒していると大々的に発表すると、逆に刺激しかねんですし。各お家、各会にて秘密裏に警戒意識を高める方がよろしいかと」

「なるほど。一理あるな」

 狸陽が顎に手を置いて智喜を見た。

「だけど、それじゃあ、末端のお家はどうするでありんすか? 会に所属してないお家は、見殺しにすると?」

「それは、各会の意識や規模のもんだいじゃろう。ワシの吹雪会は直傘の家に連なる細かな家まで把握しておるし、そういった名簿はワシらなら、魔呪局からでも簡単に取り寄せられるじゃろうて」

 千早にだけは、言葉遣いを崩し、どこか攻撃的であった。

「千羽殿の意見、ごもっとも。ですがしかし、それではやっぱり末端まで届かんと思うんですな。そこで、折衷案『ご神体厳戒令』というのはどうですかな?」

「具体的には……?」

「神社・お寺・その他、宗教に関係なく、そこで一番のご神体ご本尊の守りを高めてもらうんですな。これは()(じゅ)(しん)(ぶん)やなんやらで、大々的に発表して、決まったグループが何かの意志をもって攻撃してきている噂を流すんですな」

「噂でありんすか?」

「そう、噂ですな。噂というと、軽く聞こえるかもしれんですが、私たち呪術の世界において、噂は大事なもんです。妖だって噂から噂を呼び、そして存在しているんです。噂を流し、本当にする。これが古来より続く古い呪術の1つなんですな」

「確かに、そう言われると、納得せざるを得ませんね」

 清健の首肯に釣られてか、他の3人も頷く。

「じゃが、戦闘系で無いお家はどうするんですかい? 先ほど狸陽殿の発言にもあったように、現代は人手不足。警戒しても、犬死にじゃ、結果は変わらんですぞ」

「はっは~。千羽殿はいつも鋭いですなぁ。それも、今後魔呪局にて始まる新サービスを使おうと思っとります」

「新サービス?」

 何のことだ? と狸陽は首を捻った。

「それについきましては、私から」

 清健がスッと手を挙げて発言権を得る。

「先日の魔呪新聞……『動き出した闇か!?』の日のものですね。あれを受けまして、魔呪局と相談いたしました結果、非戦闘一族や現状戦える者が居ないお家には、魔呪局に申請を出すことで、魔呪局登録の傭兵集団から戦闘員を借り入れる事が出来るようになります。しかも、費用負担は魔呪局持ちで、その他、駐留生活補助も出ますから、例えば年老いた呪術師しかいない家でも大丈夫というわけです」

「そういったサービスは昔からあったはずでありんすが……」

 千早の一家も、暗殺一族として傭兵扱いの部分もあるため、こういった仕組みには詳しいのだ。

「今までだと、日割りだったんです。仕事を受ける側の話ですが。それで定職としづらく、人が余り集まりませんでしたが、これからは契約次第では月給制・年俸制も可能となりますので、より小さなお家にも戦闘員を常駐させることが出来ると予測されています」

「なるほど。『あぶれ』の統括にも繋がって、物部に流れる者を減らすという側面もあるわけじゃな」

 あぶれとは、何処の家にも団体にも所属しない、謂わばフリーランスの呪術者であるが、その多くがアウトロー化し、悪事にも善事にも関わりなく首を突っ込んでいる現状は、度々問題視されてきた。

「そうです。一応来週から傭兵枠の募集・サービスの試用期間を始める予定ですので、みなさんも傘下の方々に宣伝しておいてください」

「うんうん。良い感じですなあ。物部はかなり昔から日本の闇にはびこる、やっかいな一族ですからなぁ。皆さん、いっそうの警戒を」

 第弐席から伍席まで首肯で返す。

「それでは他に、議題が無いようなら、今日はお開きにしますかな」

「他意無し」

 狸陽の言葉に、異論を唱える者は居なかった。

「では、これにて、解散と、ととと、トトトトトトttttttt……」

 急にからくり人形から発されている声にノイズが走る。

「ああ、またでありんすか」

 最初同様、千早がため息をついた。

 みな、無言で自身に物理防御の(けっ)(かい)を張る。

 ボンッ。漫画のような破裂音を響かせ、人形は木っ端微塵に爆散した。骨董屋は表に顔を出さぬ一族。少しの証拠も残さないが故に、こうして毎度自身の身代わり人形を粉々にするのだった。

「今日はちょっと……ゲホゲホ。火薬が多くないか」

 狸陽が文句を垂れながら、退出していく。それに続き、他の3人も扉の方へと向かう。廊下を抜け、最初に入ってきた扉の前に来ると、一人ずつ開けては締めて、同時に出ようとはしない。これはそういう決まりだからだ。最後の智喜が開けると、そこはまたあの薄暗い階段であり、智喜が後ろ手に閉めてから振り向いた頃には、扉など跡形も無く消え失せ、ただ無機質な白い壁があるのみだった。

「全く、手の込んだ事じゃのう」

 五家議会の間は常に入り口が変わる。故に、誰もその『間』が東京の、いや日本の、いや世界の何処にあるのかを知らない。智喜の他の3人は彼のいる階段とは別のどこかに開いた扉から出入りしたのだ。その為に、全員が一気に扉を潜らないルールがあるのだった。

 路地裏を抜けて、町に出る。人混みの中青空を見上げた智喜は一言、

「大変じゃのう……」

 小さく呟き、帰路についた。


どうも。暴走紅茶です。

今回もお読みくださり、ありがとうございます。

また次回もよろしくお願いいたします。


11話を書くにあたり、廓詞は下記サイトを参考にさせていただきました。

浦里『https://5inkyo.net/urasato.html』


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