9話 文化祭巡り
「どこ廻ろうかしら?」
「小腹が空いたし、なんか食べよ~」
「賛成~」
千羽智鶴の提案に、日向と静佳が同意を示した。
3人は各クラスが個性を発揮する廊下を歩き回りながら、『特盛りバナナチョコアイスクレープ』だの『激辛もあるよロシアンたこ焼き』だのを頬張り、沢山話して、沢山笑い合った。
そんな中でも、智鶴は牡丹坂姉妹から連絡が来ていないか気になって、何度も何度もスマフォの通知をチェックしていた。その度にあの夜のことを思い出し、胸がザワついた。どう呪術と関わって良いのか分からなくなったのに、そんな自分がこんなに楽しんでいることに。百目鬼は病床なのに、自分だけ楽しんでいることに。
「さて、お腹もいっぱいになったことだし」
運悪く激辛たこ焼きを三連続で食べた日向が、水を飲み、苦しそうに舌をレロレロさせている。そんな彼女を横目に、静佳がお腹をさすりながら2人に向き合う。
「何よ改まって」
「学祭と言えば、あれでしょ」
「何?」
とぼけていると言うより、全く心当たりが無いという風の2人を見て、分かりやすくため息をついた。日向はそれどころではないだけ、かも知れないが。
「はぁ~。ずっと視界に入ってるハズなのに、鈍いなぁ」
そう言って、静佳は親指で背後を示した。
「お化け屋敷でしょ」
「ああ、そうなのね」「ああ、なるほどね」
理解を示すも、怖がる様子も無く、かと言って喜び納得するわけでも無い友人に、またまたため息をつき、
「こんなに盛り上がらないことある? もう、とりあえず行こ」
静佳はさっさと受付に向かっていった。
「作り物なんて……ね」
智鶴は大人っぽい態度のまま、一番後ろからついて行った。
中は入り組んだ迷路になっており、壁や背後、天井からこれでもかと驚かしてくる。
「キャーーーーーーーーー!!」「いや~~~~~~~!」「うわぁ~」
静佳と日向が分かりやすく怖がって、楽しんでいるのを邪魔するのは良くないと思い、一歩くらい後ろから、智鶴も怖がる振りだけして付いていった。
――お化けかあ。
落ち武者、お岩さん、提灯の付喪神……等など。智鶴でさえ遭ったことのない超メジャーな妖を見ている内に、思考があの日の語り明かしに結びついてしまった。今日は、というか、昨日もだったけれど、何をしていても、ちょっとしたきっかけで、想念に囚われてしまう。
――もう滅する理由も無いのよね。
作り物の大妖怪たちを目にする度、身体が勝手に反応するものの、智鶴は、小学生以来……呪術を扱いだして以来、始めて紙片の詰まった巾着を持たずに家を出ていた。
――今妖に襲われたら完全に丸腰。一巻の終わりね。
視える彼女にとって、身を守る術を持たずに出歩く事が、如何に危険か。それを重々承知したうえで、どうしても今日はその巾着袋に手を伸ばせなかった。昨日だって、起きてから寝るまで一度も呪術を使っていない。
――変な感じがするわ。ちょっとソワソワする。
これからは仕事だけこなせば、もう頑張る意味は無い。強くなる意味は無い。あがく意味は無い。自ら危険に立ち向かわず、強い敵が現れたら逃げて助けを求めれば良い。自分が行動する意味はもう無い。
――それで良いのよ。
目の前が急に明るくなった。嫌なほどに眩しかった。
どうやらお化け屋敷の迷路は、これで終わりのようだった。
「私、部活の友達と待ち合わせてるから!」
静佳はそう言うと、ごめんと手を合わせて去って行った。
「私たちはどうしようかしら?」
「あ~実はね。今、本館4階の地理学教室で私の部活の発表展示してるんだけど、よかったら見に来ない?」
日向は少し照れながら、智鶴の反応を伺う。
「いいわね! 是非行かせてもらうわ」
智鶴の返答に、日向は満面に笑みを浮かべた。
他の出し物に目移りしながらも、本館4階へと階段を上っていく。
本館は主に特別教室が入っている為、賑わいの程は一般教室の多い北館・南館よりも閑散としているが、それでも友達の展示を見に来たようなグループや、子供の展示を見に来た母親と思われる女性などがちらほらと歩いていた。各教室の出し物とは違い、歓声が上がること無く、概ね真面目そうな顔をして展示を眺めている。
「おや、木下さん。お友達と展示を見に来たんですか?」
「あ! 安心院先生!」
地理学教室に入ると、入り口辺りに居た中年太りの見知らぬ先生に話しかけられ、智鶴が首を傾げる。
「こちら、顧問の安心院先生だよ。先生、元々大学で民俗学を専攻してたらしくてね。色んな事を知ってるの」
「へ~。一年の千羽です」
「ああ、君が……」
「え?」
「いや、私は3年生に社会科を教えているんだ。もしも、授業で分からない箇所が出てきたら、学年に関係なく質問に来てくださいね」
「はい。ありがとうございます……」
話を終え、安心院先生はさっさと別の生徒の元へと向かっていった。
何処か不審な態度に首を傾げてみたが、日向から多少なりとも自分の話を聞いていたのだろうと言う考えが腑に落ちたから、それ以上は考えなかった。
教室の中を日向に付いて進んでいくと、急に立ち止まり、智鶴の方へ向き直る。
「これが私の発表です」
えっへんと胸を張って、丸眼鏡をテカらせながら、3枚に渡る模造紙を指さした。
「へ~何々?」
そこには『千羽町の怖い噂』とタイトルが付けられ、千羽町内で起こった様々な怪奇現象について取り上げられている様だった。
智鶴の背中に、冷たい汗が伝い始める。
「じゃあ、折角だから説明してあげるね!」
日向が1つ目の項目を指して、読み上げる。
「青い光の筋と、それに絡まる謎の白」
……まさか? 背の冷や汗が少し増えた。
「これはね、今年の初めの頃なんだけど、鼻ヶ(が)岳の麓に林があるでしょ? そこで、なんと、青い光の筋とそれにとりつく白い影が目撃されたの!」
――それって、美夏萠と私の紙よね。今年の初めの頃って言うと、竜子と出会った頃かしら? 懐かしいわね。最初は敵同士で、私が勝って、お爺ちゃんの采配で仲間になっても、本当に毎日いがみ合っていた。結局は日向やモクレンの黒瀬店長のお陰もあって……今じゃ、アイツを心配するほどになってしまったわ。なんて。
「悔しいことに、写真とかも残って無くて、しかも一瞬、お寺の住職さんが見かけただけらしくて……。私としてはね! UFOか何かが、地球の資源を奪っていく瞬間だったんじゃ無いかって思ってるの!」
と、鼻息荒くする日向に、どういう表情をして良いのか分からない智鶴。
「次はね、これ! 『駅前に現れた! のっぺらぼうの謎!』」
ああ~。唯雄のことね。駅前なんて所で気を失ったのは不甲斐なかったわ。
「なんでも、駅前の南側にある水横ビル周辺にはのっぺらぼうが住み着いてて、夜な夜な人間を驚かせているみたい。でも、ある頃を境に全く見られなくなっちゃったんだって。なんでもその妖怪を捜し回っている若い人が居るとかで、私としては清涼市の何処かに陰陽師みたいな人が居て、その人に祓われちゃったんじゃないかって思ってるの」
冷や汗が倍増した。とうとう顔にも滴り始めている。
――……ドキッ。顔に出ていないかしら? 危ない危ない。「それ、私~」……なんて言えっこないわね。本当にあのときは隠形をかけてて良かったわ。最後に出てきた鵺も懐かしいわね。紙鬼回帰も無しに、よく勝てたなって、今でも信じられない。あの日は竜子が活躍してくれたのよね。ホント、二人して、ボロボロになって。全部終わってから食べた冷やし中華、おいしかったわね。
「って、ちーちゃん聞いてるの?」
「聞いてるわよ。知らない話ばかりでびっくりしちゃって、上手く反応出来てないだけよ」
「それなら良いけど……次いくね。これは『鼻ヶ岳に集う 妖怪の会合』」
少しだけ韻を踏んでいるところが気持ちいいのか、このタイトルは気に入っていると顔に出ている日向に、小さく吹き出す。
「何笑ってるの? これは一大事なんだよ」
「ごめんなさい。続けて」
「ある夜に、鼻ヶ岳付近を散歩していたという人からのタレコミなんだけど、なにやら鼻ヶ岳の鼻出神社には妖怪が集まって運動会をしているらしいの。ドタバタ聞こえて、歓声すら上がるから、気になって見に行こうとしたんだけど、どうやっても神社には辿り着けなかったとか……」
――それって、始めてぬらりひょんに遭った時からしら? 深夜はお母さんの結界の効果で境内には近づけないのよね。てか、運動会って。もっとしんどかったわよ。初めて紙鬼の力を使った時だったわね。何も覚えていないけれど、とにかく滅茶苦茶だったみたい。百目鬼には本当、迷惑を掛けたわ。
「私も深夜に試してみたんだけどね。どうしても神社には行けなかった。不思議だよね。そもそもあの山には天狗がいるらしいから、その関係かもしれなくて、いま探っているところなんだ。来年の発表までには明らかにしてやる~」
「へーソウナンダー」
――ウチのお母さんの結界は、一般人に見破られるような、やわなモンじゃないわよ!
「あれ? 興味ない!?」
「あるある! 大いに! そりゃ、最も!」
「そ、そう? じゃあ、最後ね」
日向は一番下の見出しを指した。
「夜に舞うのは、花びらかはたまた」
――……まさか?
顎から冷や汗が滴った。足下にポタンと水滴が跳ねる。
「なんでも、千羽町の夜には、時折花びらに似た何かが舞っているらしいの。誰かが悪戯でやってるのか分からないんだけど、どう見ても花びらじゃ無いのに、それは夜に舞う……正体不明の一片。私は妖怪『花蒔きじじい』でも居るんじゃ無いかって踏んでるんだけど」
――だれが妖怪花蒔きじじいよ! って、それ完全に私よね……。もっとしっかり隠形掛けなきゃな~。街の結界も弱まっているのかしら? 一度帰ったらお母さんに聞かないと……。
「ちーちゃん? 汗が凄いよ? 大丈夫? 体調悪い? 保健室行く?」
「いやいやいや。大丈夫よ。今日、ほら、9月の終わりにしては暑いじゃない? 私、汗っかきだから。いや~それにしても、面白い発表だったわ。いつもこんな事を調べているのね」
必死にハンカチで汗を拭った。
「うん。おばあちゃんには茶華道部にしなかったのって、結構問い詰められたりしたけどね。でも、ここで千羽町の事を調べている内に、どんな細かい道もどこにどんな物があるかも知ってるはずの町なのに、知らないことがイッパイ出てきて、面白いんだ~」
そうして嬉しそうに語る日向を見て、こうして日向やみんなが安心して暮らしている裏に自分の存在があるのだと思わされると同時に、それは別に私では無くても、門下生でも、百目鬼でも、お姉ちゃんでも、別の誰かでも構わないんだって、そうも思ってしまう。
――ホント、色々あったわね。これが半年の話だなんて思えないくらいよ。喜びも怒りも悲しみも楽しみも沢山つまった夜だったわ。この先こんな夜を過ごすことももうないのかしらね。分からないけど。もう私の物語がこうして日向に語られる事もない……
「ちーちゃん、また何か悩み事?」
他の人の発表展示を見て廻りながら、そんな思考を巡らしている智鶴と、彼女の顔を覗き込んで来る日向。物思いの途中だった智鶴は直ぐに返事が出来なかった。
「……いや、別に」
「嘘だ。ちーちゃん、悩むと直ぐ眉間に皺寄せるもん。今どんどん深くなってるよ~マリアナ海溝くらい」
「深すぎるわ!」
親友の突っ込みにケラケラ笑いながら、日向に眉間を撫られる。少しずつ皺が薄くなっていく。
「まあ、話せない事もあるだろうし、深掘りはしないけどさ。私だって助けになりたいんだよ?」
「大丈夫よ。日向にはいつも助けてもらってるわ。ありがとう」
「そんなに改まってほしかったんじゃ無いんだけどな~。まあ、いいか! 他のクラスも見に行こう! 文化祭はまだまだ終わらないよ~~」
全制覇するぞ~と意気込んで、日向は智鶴の手を掴み走り出した。
*
智鶴が文化祭を楽しんでいる頃、千羽家屋敷では、牡丹坂姉妹が百目鬼の看護を続けていた。
「今頃、智鶴様は楽しんでいますかね」
ゆっくりと滴る点滴の調整をしながら、椿姫が尋ねた。
「どうでしょう。こちらが気になって、何度もスマフォを見てなきゃ良いのですけど」
「なんだか、そんな気もしますね。でも、なんだかんだ楽しんでいる気もします」
「そうですね。智鶴様、昔から楽しいことが大好きですものね」
対人時は交互に話す姉妹だが、二人きりの時にはこうして、互いに言葉を交換し合う。こう見ると、薬師・医師として呪術界に名が広まる天才姉妹ではなく、どこにでもいる普通の姉妹のようである。
「百目鬼様、すっかり腕、生えてきましたね」
椿姫がカルテに経過を書き込みながら呟く。
「そうですね。あとは手首の先だけですか。それにしても、ここまでの深傷を負ってまで守りたかったなんて、愛が深いですね」
「全くです。マリアナ海溝くらい深いです」
「椿姫? 寒いですよ? まだ冬は遠いです」
「あら、これは失礼」
悪びれる様子も無く、ニコリと笑った。
「あ、桜樺、見て」
「どうしました?」
「百目鬼様、手が……」
「あら、ちょっと目を離した隙に。流石の回復力ですけど、別に何の変化もありませんでしたよね?」
少し談笑している間に、百目鬼の手首から先が再生していた。
「はい。妖気や霊気が跳ね上がっても居ませんし、新たに治療薬を追加もしてません」
「今回の事、不明点が多いですね……。憶測すらまともに纏まりませんよ」
「そうですね……でも、もしかしたら、これも愛かもしれません」
「どういうことですか?」
「私たちが今、“智鶴様”の話をしたから」
「ん、んん~」
百目鬼が病床に伏して、初めて寝言のような呻きを発した。意識が戻りつつあるのだ。
「あらあら。完全に回復力が元に戻っていますね。これは本当にその説もあり得ます」
「そうですね。では、智鶴様に報告しないと」
「もう17時近いですもんね。文化祭も落ち着いた頃でしょう」
桜花は袂からスマフォを取り出した。
明けましておめでとうございます。
暴走紅茶です。
今週もお読みくださりありがとうございます。
本年もどうぞ宜しくお願いいたします。
ではまた次回!




