8話 ぶんかさい!
深く深く眠りに落ちている。
少女は不思議な夢を見た。
学校帰りに友達と部活をしていた。運動部だったか、文化部だったかは定かで無いが、部活をしていた。
急に場面が変わり、小さな2階建ての一軒家に帰り着く。
父はもう帰ってきている様だった。玄関に靴があったのだ。
中間テストのことを思い出す。
恐る恐る居間に顔を出すと、父に呼ばれた。
3教科分の赤点を前に、散々叱られた。
「ごめんなさい、次は挽回します」
と、お決まりの言葉を並べたと思う。
母と姉が自分を呼ぶ。
すると父も顔を綻ばせて、何かを言った。
聞き取れなかったが、自分も笑顔になった。
家族4人、仲睦まじく食卓を囲んだ。
怒られた後なのに、何故かとても幸せだった。
*
百目鬼が眼を覚まさぬまま、文化祭の日が訪れた。
あの後起きたときにはもう、鱗脚と三柏翁は帰った後だった。牡丹坂姉妹が代わりばんこに休憩を取りつつも、百目鬼の看病を続けてくれているようで、話を聞くと、少しずつだが妖気が抜け始めているとのことだった。
智鶴の怪我も今回はそこまで大したことなく、完治までにはそれなりに時間がかかるということだったが、日常生活に支障が出ない範囲だった。
「もう大事ないので、智鶴様は心置きなく文化祭を楽しんできてください! この間、ウチの中学も文化祭でしたが、とても楽しかったですよ!」
椿姫が天真爛漫な笑顔で、百目鬼を横目にまごつく智鶴の背を押した。
「ありがとう。お言葉に甘えさせて頂くわ。もしも百目鬼が眼を覚ましたら……」
「分かってます。連絡いたしますね」
「ありがとう。じゃあ、行ってくるわ」
後ろ髪を引かれる思いはあれども、浮き足立っている自分も否定しきれない。
いつものリュックサックに、今日は教科書で無く、血しぶきのペイントが施された白いツナギを詰め込んでいるし、お弁当も出店で買うから今日は無しである。
『いつもと違う』それだけで、ワクワクした気持ちが収まってくれない。
「うん。桜樺も椿姫も付いてるものね。大丈夫よ。百目鬼が眼を覚ましたら、うんと土産話をしてやるわ」
智鶴は何とか笑顔を取り戻すと、元気に玄関から飛びだしていった。
*
「うわ~~! すごい!」
学校に着くと、普段と様変わりした見た目と雰囲気に、ついつい歓声を上げてしまった。屋上から垂れる可愛いペイントが施された横断幕には、『清涼市立清涼高校文化祭 清涼祭』と書かれており、各教室の窓にはクラス出し物の宣伝だろうと思われる装飾がされていたり、はたまた真っ黒に潰されていたりした。
昇降口を抜けてからも驚きの連続で、普段の廊下とは雰囲気を異にし、毎日通っている高校とは思えないほど種々雑多として、廊下がテーマパークのそれであった。
ただ歩くだけで早く入ってみたいと、ソワソワする気持ちがはやる。
自分のクラスに着いたときにもまた歓声を上げた。
「うわ~~! すごいすごい! 出来上がってるわ!」
土日で一気に飾り付けたのだろう。金曜日の放課後には断片しか分からなかった全てが組み合わされ、おどろおどろしい喫茶店が完成していた。
「私は13日の金曜日なんて、名前しか知らないけど、これは大した物だと思うわ」
なんて言いながら教室の戸を開けると、
「うぉわ~~~~~~~~~~~~~~~」
中からチェンソー片手に、ジェイソンのお面をかぶったクラスメイトが飛びだしてきた。
妖! と智鶴は咄嗟に構えてしまったことを、内心で苦笑いした。昨日、あんな真実を知って心が揺さぶられても尚、体に染みついた動作は抜けていないのだった。
「も~千羽~、驚けよ~」
お面を外したクラスの男子が、がっかりしていた。
「あ、千羽さん。おはよう」
教室に入ると、姫カットのさらさらロングヘアがチャームポイントの委員長こと、姫百合 心音が駆け寄ってきた。休日はコテコテの地雷メイクをしているらしいが、学校では流石に薄化粧の彼女も、今日は気合いが入っている事が分かる『薄化粧』だった。
「おはよう委員長。昨日はごめんなさいね急用で」
「大丈夫大丈夫! 見ての通り何とか完成したからね! そ、の、か、わ、り! 今日はうんと働いてもらうよ!」
「あ、あはは~任せといて~」
どうにも接客に自信が無い智鶴は、苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。
突然、心音が笑顔のまま唇を耳に寄せてくる。何をされるのかと、智鶴が体を強ばらせるが、唇は直ぐに動き出した。
「ところで、千羽さんと百目鬼君ってどういう関係なの? 昨日も2人で休むなんて」
実に楽しそうな声で、耳打ちしてきた。
「ど、どうって言われても……そ、そうよ、ご近所さんなの! それで、あ~っと、え~っと」
「はいはい、入り口で邪魔だよ~。委員長、ちーちゃんと百目鬼君は別に何の関係でも無いよ。ただの幼馴染みだよ」
「なんだ~そっか~」
日向が登校してきて、智鶴を救ってくれた。心音は感情が一変、つまんなそうに友達グループの方へ戻って、他の噂話の続きに花を咲かせ始めた。
「助かったわ。ありがとう」
「用心深いちーちゃんが、あんな凡ミスしてたとはね。いつもなら絶対、別々に連絡するのに」
百目鬼が同じ家に住んでいることは、年頃の彼女にとって、トップシークレットだった。登校時間をズラせば、帰りも一緒にならないようにしていたくらいである。一緒に休むなんて、そんな大胆不敵な連絡を、クラスメイトになどしたことがあるはずなかった。
「昨日はちょっと疲れてて……頭が働いてなかったのよ。もしかして、クラスの噂になってる?」
「それは心配ないかな。委員長は不確定な噂を流す人じゃないし。昨日も作業しに来たけど、そんな話、誰もしてなかったよ」
「それは良かったわ」
百目鬼、日向、智鶴の3人は幼なじみで、百目鬼が千羽家に居ることも勿論知っている日向は、唯一の理解者だった。
「それより、今日も?」
「うん。百目鬼は休みよ」
「どうしたの?」
「まあ、ちょっとね」
それでも、日向にすら稼業の話は出来ない。百目鬼が怪我をしていることも勿論。
「いつものやつね。オッケーオッケー」
何も言ってくれないのは、何か事情があるのだろう。日向は、昔から何度もこんな場面に遭遇しているので、深く聞かないのは心得ていた。今日も、人差し指と親指で丸を作るジェスチャーを交えて応えるだけに止めた。本当はちょっぴり気になるけれど。幼なじみだし。話して欲しいなぁ。なんて、思ってみたりする彼女だった。
丁度その時、教室のスピーカーにザザッとノイズが走った。
「ピンポンパンポーーーーン おはようございます。生徒会長の丹生俊道です。怪我や事故、喧嘩の無いよう、羽目を外しても外しすぎないよう気をつけて、今日までの成果を発揮しつつ、一日を楽しみましょう! それでは、清涼祭開始致します!」
静まり帰った教室に、生徒会長の声がいつも以上に凜々しく響き渡る。その後一拍を置いて、様々なクラスから歓声が湧き上がった。勿論智鶴のクラスも、委員長を中心に歓声が上がり、先生は「お~。はしゃぎ過ぎんなよ~」と言うだけ言って、教室から出て行った。
「みんな聞いて~~! 今日一日のシフトは前に決めた通りだよ! 時間を間違えないように、スムーズな進行を心がけましょう! あと、百目鬼君の枠は後で調整して連絡するから、みんなスマフォの通知はオンにしておいてね!」
「は~~い」
委員長の指示に、誰も異論を示さなかった。
「じゃあ、着替えに行こうか」
「そうね」
先に着替えていた者は開店準備、まだの者は更衣室へと急いで行った。
ドクン……ドクン……
心臓がヤケにうるさい。
朝はあんなに楽しみで、ウキウキしていたのも嘘のよう。
この戸を開けたら、接客の時間が始まってしまうのだ……。
大きく息を吸い込むと、意を決し、ガラッと戸を開ける。
「千羽さん! 何処行ってたの!? シフトの時間よ!」
委員長が1人で、それぞれに料理の載ったトレーを6枚も曲芸師の如く器用に持っていた。そのまま、テーブルの間を行ったり来たりし、そのうえ、顔だけは智鶴やクラスメイトに向けられていた。
あれはどういう術なのかしら……? と、そんな疑問を胸に、恐る恐るキッチンコーナーの方へと向かう。
「おお、千羽! 取り敢えずこれを3番テーブルによろしく!」
キッチン係のクラスの男子が、銀色のトレーに、血みどろに見えるベリーソースを掛けたレアチーズケーキと、赤く着色された乳酸飲料を載せた。
「こ、これを持って行けばいいのね?」
智鶴はおっかなびっくりトレーを掴み、ガタガタ震わせながら、落とさないように落とさないようにと念じて、一歩ずつしっかりと歩いた。
6番テーブル……6番テーブル……。
「お、お、おおおお待ちどお様ディス……。こここここ、こぉちら、血ぃにぬぅれた悪魔のケーきと、血液じゅーーーちゅです」
零れんばかりに震わされた飲み物も、ケーキも、間一髪で粗相のないようテーブルに置くことが出来た。
……出来た!
直ぐに振り返り、元のキッチンスペースへ逃げるように戻る。
けれど、後ろからは上級生らしい生徒の声で。
「めちゃめちゃ緊張してたね。カワイー」
と聞こえてきて、途端に顔が真っ赤になった。そのままカウンター脇にしゃがみ込む。
「千羽さん大丈夫~?」「ドンマイドンマイ! 私もさっき滅茶苦茶緊張しちゃって、大変だったよ」「千羽~次の提供行けるかー?」
ずっと疎遠だと思っていたクラスメイトが、優しい声をかけてくれた。次第に、心臓のボリュームが下がっていく。ゆっくりと立ち上がってみた。
「うん、もう一回、やってみるわ」
再びトレーにケーキとドリンクを載せる。
カタカタ……カタカタ……。カップとソーサーが触れあって音を立てた。
……やっぱりだめじゃない。
また不安と緊張がどっと押し寄せてくる。
「すぅ~~~ふぅーーーー」
動作は小さく、だが深く、深呼吸して、周りを見渡す。
市瀬さん……確か、アルバイトをしているのよね……。
アルバイト経験のあるクラスメイトの所作を観察する。そうか……体幹を使うのね……それに、トレーは中心を片手で……って、そんなの出来るかしら!? こ、こうかしらね……。
不格好にも真似てみたら、いやはやどうして、しっくり来た。
「よし!」
しっかり背筋を伸ばして、智鶴は次のテーブルへと向かって行く。
そんな様子を、日向は笑顔で眺めていた。
「大分慣れてきたけど、疲れるわね……」
「そうだね~。でも、ちーちゃんの急成長にはみんなびっくりしてたよ」
お店が落ち着いた頃合いに、日向と談笑する。
「そう? まだまだよ」
「謙虚だね~」
実は伝票の紙をこっそり操作してバランスを取っていたなんて、そんなこと告白できない。
「あ、次の運ばなくちゃね」
智鶴は話題を逸らすと、カウンターに提供物を取りに向かった。
接客を始めて、おおよそ2時間が経っていた。そろそろ交代の時間が近づいてくる。
「千羽さん、これ運んだらもう上がって良いよ」
「でも、委員長はまだ働くのよね?」
「私? 私は、ほら、委員長だから。何てことないよ。それに、楽しいもん!」
「そう? それならお言葉に甘えようかしら」
委員長が人差し指と親指でOKマークを作ると、ニコッと笑った。
智鶴は慣れた手つきでトレーに複数のケーキを載せると、スタスタと歩き、お客さんの座っているテーブルを目指した。
「お待たせしました。スプラッタケーキのお客様……って」
そのテーブルには、姉の智秋とずっと連絡の取れていない竜子とあと二人智鶴の知らない友達が座っていた。
「あれ? 2人ともどうしたの?」
一緒に座っていた友達の一人が、急に押し黙る2人の友人を不思議そうに見ていた。
「ごめん、ごめん。適当に置いていって」
「あ、はい~」
智鶴が張り付いた笑顔で、テーブルにケーキを並べていく。
血しぶきツナギ姿の智鶴カワイイ~けど、顔には出せない~。と思って仏頂面を決め込んでいるのは、姉の智秋。
うう……気まずいよ……。ずっと連絡無視してたし~。と思って顔を伏せているのは、竜子。
「追って、お飲み物もお持ちしますね~」
去って行く智鶴。
戻ってっちゃう~。いつもと口調の違う妹がカワイイ~。
戻ってっちゃう~。カワイイネって言ってあげたい~。
と、誰にも気がつかれない所で、意味の無い戦いをしている者が居たのだった。
どうも。暴走紅茶です。
今週もお読みくださりありがとうございます。
そして、今年もお読みくださり誠にありがとうございます。
本年最後の更新です。多分。
話は変わりますが、
皆様が高校生の頃はどんな文化祭でしたか?
私の所は大盛り上がりの文化祭でした。
またコメントなどで教えて頂けると幸いです。
ではまた次回。また来年。良いお年を。




