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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第六章 真実とウソ

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7話 語り終わりの涙

 隠してきた10年前の嘘を全て話し終えた(せん)()(とも)()は、居住まいを正すと、()(づる)にしっかりと向き合う。ぬらりひょんはただそれをじっと見ていた。

「これが10年前のあの夜に起きた全てじゃ。一切包み隠していない。ワシの力不足で(とも)(ふさ)()()()も……多くの者を失った。助けてくれたぬらりひょんにも罪を着せて、お主にも嘘をついた。ワシがもっと対策をして、もっと力を、紙鬼に対する知識を、蓄えて居たらと思うと、何度も悔恨の念に押しつぶされそうになった。それも(しょく)(ざい)じゃと受け止めて生きてきたが、そうではなかったのじゃな。もっと早くこうして真実を話していれば、いや最初から嘘なぞつかなければ……。本当に悪いことをしたと思っておる。智鶴……それからぬらりひょん。本当にすまなかった」

「……ちょ、ちょっと待ってよ」

 智鶴は全てを聞き終え、智喜の(ざん)()を聞き届けてから、ワナワナと震えだした。

「ぬらりひょんがお父さんの仇だってのも、う、嘘なの……」

「当たり前だ。そもそも我と我の百鬼は、ここ100年以上人を襲っていない」

「そんな……そんな……何でなの!」

 ぬらりひょんに八つ当たりとも思える剣幕を向ける。

「何でと言われてもな……文明が発達するにつれ、人を襲うなど時代遅れに感じたからだ。そもそも我らはその辺の雑魚とは違い、人を襲わなくても存在を保てる。それに、どんどん人は人に傷つけられやすくなった。その上に我らにまで襲われては、たまったモノでも無いだろう。と、まあそんな理由だ」

「……嘘、うそうそうそ! そんなの嘘だ!」

「智鶴……」

 智鶴が口調も乱して真実を受け入れんとする姿に、心配そうな声を漏らした。

「じゃあ、私は、これから何を目的に(じゅ)(じゅつ)を扱っていけば良いの? 何のために()()(かい)()なんて危険な技を習得したの? ねえ、なんで……」

 智鶴は正座のままで泣き伏した。

 今まで呪術を修練することも、強くなろうと思うことも、日々仕事をこなすのも、いつかぬらりひょんを倒すという目標あってこそだった。それが達成したのではなく、ただ消え去ってしまった。急に目の前が真っ暗になった。

 何を信じて良いかでは無い。これからどうしたら良いのか、どう生きたらいいのか。それすら分からなくなってしまった。

 おいおいと泣き続ける彼女を前に、祖父は何と声を掛けて良いか分からない。軽々しく言えることなど何も無い。言える資格すらとうに失っている。

「悪いがもう日が出そうだ。そろそろ(いとま)をさせてもらう。また来る」

 ぬらりひょんが立ち上がり、きちんと(ふすま)を開け、玄関から出て行った。

 誰も、もう引き留めなかった。


 *


 ぬらりひょんが出て行く数十分前のこと。音が閉ざされた奥の間には一切届いていなかったが、玄関で一悶着あった。

「ごめん。(どう)()()(はや)()の見舞いに参った」

 夏も終わりに近づき、だんだん日の出も遅くなってきたこの頃、午前4時半というのはまだまだ夜であり、その声に起きた若い門下生――(ごう)々(ごう)(どう)(みつる)も、まだ眠そうに目を擦っている。

「はい、どちら様で……?」

 だが、来客の姿を拝んで、急に目が覚め、身構える。

「ひょっひょっひょ。まあ、まあ、そう身構えるでない。悪さをしに来たわけじゃないんじゃよ。ただ木々の噂に、百目鬼が(じゅう)(とく)と聞いたからのう、此奴が駆け出すもので、着いてきただけじゃ」

 (よろい)()(しゃ)と、異常なほどにヒョロヒョロの爺さんを相手にして、

 ――どう見ても妖だよな……。でも、害はなさそう……というか、屋敷の結界を通り抜けている時点で信用出来るのでは――

 と判断を決めあぐねていると、客間の襖がススッと開き、中から(きら)びやかな振り袖姿の女性が出てきた。

「千羽の門下の方。私のような部外者では信用に(あたい)しませんでしょうが、彼らは歴とした患者様の縁者です。もしも許されるのでしたら、お通しください」

「ぼ、()(たん)(ざか)(おう)()様! お顔を上げてください。いえいえ、あなた様が仰るのであれば、大丈夫です。ささ、お客人、客間へどうぞ」

 牡丹坂家の次期当主の言葉を信じ、中へ通したものの、今日はヤケに妖が尋ねてくるなあと、首を捻ったのだった。


「牡丹坂の。百目鬼の様子はどうだ?」

 (りん)(きゃく)が眠る百目鬼を挟んで、問いかける。

「一向に回復する気配が「御座いません。「それに、「妖化が急激に「進んでおります。「これでは、「妖と「人と「どちらの百目鬼様がお目覚めになるのか」

 2人で揃うと、急に交互に話しだす。

「そうか……。して、何があったのだ? 俺の元には百目鬼が重篤であるとの話しか来ていないが」

「それが……「私たちにも「あまり説明されていない「もので」

「そうなのか、では」

「あ、うわっ!」

 鱗脚が襖を開け放つと、そこに(もた)れて控えていた充が倒れ込んだ。

「あいててて……」

「千羽の門下は、このくらいの不意にも対応出来ないのか!」

「ひえっ! ご、ごめんなさい……」

 妖の剣幕に、門下生の血の気が引いていく。

「これ、今はそんなことを言うとる場合ではないじゃろ!」

 話が必要ない方向へ脱線するのを危惧して、(さん)(はく)(おう)が早めに制した。

「おお、悪かった。千羽の門下生よ。百目鬼がなぜこうなったか知っているか?」

「百目鬼さんがこうなった原因ですが、すみません、詳しくは知りません。ですが、帰ってきたときの姿だけは見ました。その時はなんだろう、こう腕が全部黒くて、人の手じゃ無いって言うか……。術で現れる身体の眼も、全部白くて、瞳孔みたいなのも見えなかったと思います」

 見るからに強そうな妖と、()(ぶき)(かい)(さん)()()(たん)(ざか)()の次期当主を前に、怯えながらも分かることを全て話した。

「それは……」

「何か知って「いるんですか!?」

 鱗脚が零したつぶやきに、牡丹坂姉妹が食いつく。

「俺もこの目で見たことは無いが、百目鬼の先祖である、かの有名な百々目鬼は、激昂すると腕がそう変化すると聞いたことがある。当時は、いや、今この話を聞くまでずっと、どうせ武勇伝に尾ひれがついているだけだろうとばかりに思っていたが、先祖返りのコイツにも同じような現象が起こったのであれば、あながち噂なんかじゃなかったのだろう」

「ひょっひょっひょ。それなら儂も聞いたことがあるぞ。百々目鬼の腕が黒く染まった後、立って居られるものはおらんとか、そこまで怒らせたら、もう謝っても遅いとかな」

「……」

 この証言を元に、牡丹坂姉妹は知識の海を航海する。あっちに流れ着いても、こっちに流れ着いても、これといった知識に思い当たらなかったが、数分に渡る熟考の末。

「それなら「治せます」

 ハッキリと言い放った。



 ぬらりひょんが去っても尚、暫く泣き続けていた智鶴が、ゆっくりと体を起こした。それでもまだ止めどなく流れてくる涙を拭いながら無言で立ち上がり、奥の間を後にする。

 呪術の世界に居る意味すら分からなくなってしまっても、仲間の安否は気になるのか、自室に戻る道すがら、客間の襖をそっと開けて、中を覗き込んだ。

「百目鬼……?」

「あ、智鶴様……「智鶴様!?」

 姉妹は「ごきげんよう」と続けようとしたが、赤く腫れ上がった両目を見て、心配そうな声を上げた。椿(つばき)(ひめ)が慌てて目薬を取り出そうと、薬箱に手を伸ばしたが、それは智鶴が片手を上げることで制した。

「ああ、もう大丈夫よ。それより、桜樺と椿姫、来てくれてたのね。夜遅くにありがとう」

「いえいえ「もう朝ですけどね」

 そう言われても、雨戸が閉め切られた室内では、どうにも実感が湧かない。

「それに、こちらのお客さんは?」

「鱗脚様と三柏翁様です」

「ああ、百目鬼から話は聞いているわ。その節は私の仲間が世話になったわね」

「これはこれは。あなたが智鶴嬢か。こちらも噂は兼々」

「ひょっひょっひょ。噂よりもずっと大人しそうな女の子じゃわい」

 (あっ)()()(せつ)の噂を耳にしてか、鱗脚はいつもよりどこか畏まっており、そんな様子を見た三柏翁が愉快な声を上げた。

「どんな噂が流れているのよ……」

「それより」

 雑談もここまでと、桜花が会話を断ち切った。

「智鶴様がいらしたので「今一度百目鬼様の「ご容態を説明させて「いただきます」

 そこで語られたのは、一度百目鬼の妖化を見守り、再生を促す。その後に、霊力を回復する薬を少しずつ飲ませて、人に戻していくと言うものだった。

「それ、上手くいくの? 戻ってこられなくならない?」

「憶測ですが、「恐らくは大丈夫かと」

「憶測ね」

 智鶴がそれで本当に大丈夫なのかと言いたげに、言葉を重ねる。

「憶測ですが、「知識に則った憶測ですので」

 一呼吸置いて、詳細を語り出す。

「百目鬼様は現在、「妖の中で一部が使うと言われている「()(じょう)(よう)()(じょう)(たい)に陥っています。「これは(げき)(こう)(げき)(じょう)など、「感情が高ぶり、「暴走スレスレの状態になると「発動すると言われております。「一過性のもので、「暫くすると落ち着くのですが「百目鬼様は初めての過剰妖気に耐えられず「意識が戻らないのかと」

「つまりは、行くところまで行けば、戻ってくるってことね」

「つまりは「そういうことです」

 智鶴はまだ(いぶか)しげな顔をしていたが、

「あなたたちがそう言うなら、きっと大丈夫ね。悪いけど、私もボロボロ。休ませてもらうわ。百目鬼のこと、よろしく頼んだわよ」

「お任せください」


 自分に出来ることは無いと判断した智鶴は、部屋に戻った。

 部屋に入り、自分が戦闘で汚れていることも、怪我をしていることも忘れて、イッチーに抱きつく。漏らしたい愚痴は沢山あったが、上手く言葉に出来なくて、ただぎゅっと抱きしめて、顔を埋める。

 ――お父さん――

 心の中で呼んでみた。今、鼻ヶ岳の何処か上の方で、(りょう)()のお母さんと()()と一緒に眠っているのか、もう消えてしまっているのか、何も分かることは無いが、それでも、こんなにも近くで見守ってくれていたのかと、そんな事も考えた。

 黙ったまま、抱きついたまま、ポケットからスマフォを取り出す。

 チャットアプリに未読メッセージの通知は無い。

「竜子……」

 自分のことでもう頭がいっぱいなのに、竜子・百目鬼と仲間の事でも不安で思考がぐるぐる回って、仕舞いにはクラッカーの様に頭が弾け飛びそうだと思った。

「もう寝る……」

 眠い眼を擦りながら、最後にクラス委員長へ『本当にごめんなさい。私と百目鬼、準備欠席でお願いします』とメッセージを送信すると、スッと眠りに落ちた。


どうも。暴走紅茶です。

今回もお読みくださりありがとうございます。

前回長かったですが、今回は通常ボリュームです。何だか短く感じますね。

取り合えず今日で忙しいの一段落がついたので、また作家活動出来たらなと思っております。

では、また次回お会いしましょう!

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