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8

 ユーリは西の端にある自室に戻ると、昨日庭に飛び降りた際に開けたままにしていた窓をしめた。

 暖炉の炎はすっかり消えていて、部屋の中は外と変わらないほどに寒い。

 ユーリは部屋でくつろぐことをあきらめて部屋から出ると、階段を下りてダイニングへ向かいながら、ふと昨日の昼にミレットに言われたことを思い出した。


 ――奥様のドレスを新調したいのですが。


 ミレットにそう言われた途端、ユーリは不快に思った。

 荷物ならば嫁いだ時に用意してきているはずだ。ドレスを買うなとは言わないが嫁いで来たその日に要求してくるとは、あの妻は何様のつもりだろうか。

 やはりノーシュタルト一族は傲慢で気に入らない――、そう思いながら否を唱えようとしたユーリにかぶせるように、ミレットが続けた。


 ――あれではあまりにお可哀そうです。


 可哀そう?

 ユーリは耳を疑った。


 ――奥様はたくさんのドレスを持ってこられましたが、どれも奥様の体型よりもはるかに大きく、正直、この二か月よくもあれで我慢されたと涙が出そうでした。

 ――なんでサイズの合わないドレスなどを?

 ――さあ、わたくしには子細まではわかりませんが……、奥様の手は、ひどく荒れていました。まるで長い間過酷な労働環境におかれていたかのように。


 ユーリは押し黙った。手が荒れている? あれはノーシュタルト一族の長の娘で、蝶よ花よとわがまま放題で育てられたいけ好かない女だろう?

 ユーリは少し考えて、ある可能性にたどり着いた。つまり、替え玉だ。ノーシュタルト一族の長は自分の娘を差し出すのが惜しくなり、替え玉を用意したのだ。

 ユーリはミレットに勝手にしろと返事をして、すぐさまライザックを呼びつけた。

 ノーシュタルト一族の長がユーリを――王家を謀るつもりならば、こちらとしても考えがある。

 だが、ライザックは飄々とした様子で、こう返してきた。


 ――長の娘かどうかまではわからないけどね、ノーシュタルト一族には間違いないと思うよ。別に、長の娘がどうしてもほしかったわけじゃないでしょう?


 ユーリは口をへの字に曲げて押し黙った。

 確かにそうだ。もともと父が勝手に進めたことで、ユーリは深く関与はしていないが、ユーリとしては「ノーシュタルト一族の娘」ならば別に誰でもいい。ただの憂さ晴らしとして考えていただけだからだ。


 ――ノーシュタルト一族の女であるのは間違いないんだな?

 ――たぶんね。

 ――だが、服のサイズが合わず手が荒れているとミレットが言ってきたぞ。


 すると、ライザックは肩をすくめてこう返した。


 ――うん、だから、たぶん彼女は異能の力が弱いか、そもそも無能か、どちらかだと思うよ。ノーシュタルト一族は異能の力こそがすべてだからね。


 ユーリにはライザックが何を言いたいのかを悟って、一気に不快な気持ちになった。ノーシュタルト一族が暮らす地は閉鎖的なところではあるが、彼らのことを何も知らないわけではない。

 異能の力がすべての彼らは、力ないものに冷淡だ。

 すっかり無口になったユーリに、ライザックは重ねて言った。


 ――だから、優しくしてあげなよね。


 ユーリはそれには答えなかったが、ライザックは笑って部屋を出て行った。


(……優しくなどするものか)


 ライザックの言葉を思い出したユーリは、ダイニングの絨毯の上に寝そべりながらふんっと鼻を鳴らした。

 実際に見たエレナはひどく細かった。少し脅してやろうと雪の上に押し倒した瞬間、前足の肉球に触れる彼女の肩の細さに驚いた。

 エレナはまるで妖精のように細く、サファイアのようなきれいな目をしていた。銀色の髪は月の光のようで、その儚げな様子の彼女に見つめられると、ひどく心がざわめいた。

 優しくなどしない――

 そう思うのに、彼女の泣き顔を想像するだけでひどく狼狽えてしまう自分がいる。

 ユーリはもやもやして、前足でカリカリと絨毯をひっかいた。

 そうしてしばらく絨毯相手に八つ当たりをしていると、着替えをすませたエレナがダイニングに顔を出した。

 ユーリは顔を上げて、そして金色の目を見開いた。

 エレナは白と淡い紫色のドレスを身にまとっていた。大きすぎるドレスを調整するために、腰にリボンを巻き付けているが、それによって彼女の腰の細さが強調されて、それはぽきりと折れてしまうのではないかと心配になるほどだ。

 襟は肩から落ちてしまうのではないかと言うほど大きく、首筋から鎖骨にかけてのラインもかわいそうなくらいに骨ばっている。

 けれども――


(ああ、くそっ、こいつ、本当に妖精なんじゃないのか?)


 大きすぎるからか、ドレスというよりも大きなシーツか何かを巻き付けているかのようにも見えて、ユーリの心臓がどくりと大きな音を立てる。

 どくどくと沸騰しそうなほどに体が熱くなって、頭までぼーっとしてきそうで、ユーリはそれを振り切るように大声を出した。


「なんなんだ、そのはしたない格好は!」


 すると、ミレットから冷ややかな視線を浴びせられた。


「ですから、奥様のドレスはどれも大きすぎるとご報告申し上げたではないですか」


 エレナとミレットの後ろからやってきたライザックが、ぶはっと盛大に吹き出した。


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