新しい家族
こちらもお手紙返信用に書いたSSです。
ちょっと未来の物語。
――春になったら、式をあげよう。
ユーリからもらったその言葉から二年半。
様々なトラブルを乗り越えて、ユーリが結婚式を挙げることができたのは、エレナが二十歳の誕生日をむかえる少し前のことだった。
嬉々として新婚旅行へ向かおうとするユーリに、二年も婚前旅行を楽しんでおいて何を言うのかと文句を言ったライザックとミレットを連れて、二週間ばかりのロデニウム国内をめぐる旅を楽しんで帰って来たエレナは、玄関を開けた途端に飛びついて来た黒い塊に目を丸くした。
「きゃ!」
「エレナ‼」
「きゃうーん!」
ユーリが咄嗟に手を伸ばすが、エレナに飛び掛かって腕にすっぽりと収まったのは、危険なものではなかった。
「……犬?」
「子犬、ですね」
ふわふわと柔らかい黒い塊を見下ろして、エレナが目をぱちくりとさせる。それにしても可愛い。まるで狼姿のユーリを小さくしたようだ。そんなことを考えていると、背後から子犬をひょこっと覗き込んだライザックがケタケタと笑った。
「殿下、いつの間に隠し子を作ったんだ?」
「え、殿下の隠し子⁉」
「そんなわけあるか‼ エレナも信じるな‼」
ユーリはくわっと怒鳴って、エレナの腕の中から子犬をつまみ上げた。
「それにしても、こいつは何なんだ。オスじゃないか」
「子犬にまで嫉妬は……さすがに見苦しいぞぉ、殿下」
「嫉妬じゃない!」
ぎゃーぎゃーとユーリとライザックが言い合いをはじめる。
「二人は放っておいて、行きましょう奥様。マルクスあたりに訊けば子犬の謎もわかるでしょう。迎えに出てこない時点で何かあったのでしょうし」
エレナの荷物を持ったミレットがそっとエレナの肩を押す。
子犬が居心地悪そうに首を振ったのを見て、エレナはユーリの手から子犬を受け取ると、ミレットとともにダイニングへ向かった。すると、マルクスをはじめ、カールトン、ケリー、バジルの四人が、ダイニングテーブルの下に頭を突っ込んで何やら騒いでいる。
「おいでー、怖くないからねー」
「ミルクがあるよー」
「いい子でちゅねー」
「あなたたち、何をしているの?」
ミレットがあきれ顔をすると、マルクスがバツの悪そうな顔をしてテーブルの下から顔を出す。
「こ、これは奥様お帰りなさいませ。ご帰宅に気づかず失礼をいたしました。……おや、子ユーリ一号、ここにいたんですか」
「「子ユーリ一号?」」
エレナとミレットは声を揃えて首をひねった。察するに、エレナの腕にいる黒い子犬が「子ユーリ一号」なのだと思うが、ユーリには聞かせてはならないその名前にエレナは戸惑う。
しかしマルクスは平然としたもので、「子ユーリ二号がテーブルの下から出てこないのですよ」と言う。
(一号だけじゃなくて二号もいるの?)
興味を引かれたエレナがテーブルの下を覗き込めば、大きなダイニングテーブルの真ん中で、小さな子犬がふるふると震えているのが見えた。
「一号は社交的な性格なんですが、二号がどうにも臆病で、まだ誰にも懐かなくて困っているのですよ」
「その前にマルクス、子ユーリ一号と二号って何なの?」
「ユーリ殿下を小さくしたようでしょう? もっとも、今の殿下は完全に呪いが解けたので狼の姿にはなれませんが」
呪いが解けたことを残念そうに言うものでもないと思うが、その気持ちはわからなくもない。エレナも狼姿のユーリにもふもふできなくなってちょっと寂しいからだ。
「だから、この犬たちはどうしたの」
「ああ、そうでしたね。これはカールトンが拾って来たんですよ。買い出しから帰る途中に、捨てられているのを見つけたんですって」
そして使用人一同で話し合った結果、貰い手が見つかるまで面倒を見ることにしたと言う。
「さて、帰ってきたところ悪いのですけどね、ミレット。あなたも手伝ってください。二号をテーブルの下から出さなくては。強引に近付くと逃げてしまうので気を付けてくださいね」
「何をしているんだ?」
カールトンがミレットに指示を出したところで、言い合いを終えたユーリとライザックが合流した。
カールトンがミレットにしたのと同じ説明をすると、「子ユーリ」というネーミングにユーリが顔をしかめる。
「他になかったのか、他に」
「貰い手が見つかれば手放すのですから、このくらいのざっくりした名前の方がいいのですよ」
「だったら単純に一号二号でよくないか⁉」
ユーリが叫んだとき、ケリーが「二号!」と大きな声をあげた。
どうしたのだろうと思うと、二号が猛然と走って来て、テーブルの下から飛び出すと、ユーリの足元にひしっとしがみつく。
「きゃうきゃうきゃうきゃうきゃう」
この世の終わりのようなか細い声に、胸がぎゅっと締め付けられそうだ。
ユーリが足元にしゃがみこんでひょいっと二号を抱き上げると、怯えていたのが嘘のようにユーリに甘えだす。
「二号が懐いた!」
「へえ、父親はわかるんだな」
「誰が父親だライザック‼」
くわっと怒鳴りつけて、ユーリが二号の頭を優しく撫でた。
カールトンがニヤニヤと笑いながら、一号と二号を見比べる。
「一号は奥様、二号は殿下にべったりですね。こうして見ると……ぷっ、家族のようですよ」
「カールトンまで何を言う!」
「でも二号が他の人間に懐かないのは本当ですからね。悪いんですけど殿下、そのまま二号の面倒を見てくださいよ。奥様も」
「はい、わかりました!」
子犬の世話を断る理由がない。腕の中の愛らしい子犬に、エレナがふわりと笑うと、ユーリが渋い顔をした後で諦めたように頷いた。
「まあ、いいだろう。貰い手が見つからないならここで飼ってもいい。子供の遊び相手に丁度よさそうだからな」
「子供……。え⁉」
カールトンがギョッとしたようにエレナのぺったんこな腹を見た。
エレナが顔を真っ赤にしてふるふると首を横に振ると、ユーリが慌てたように叫ぶ。
「いずれは、の話しだ‼」
自分で言ったくせに、ユーリの顔もリンゴのように赤く染まっていた。
「なぁんだ。結婚式を挙げる前に手を出していたのかと思って焦りましたよ」
「お前じゃないんだ。失礼なことを言うな、カールトン!」
「いやいや、何を言いますか、俺は紳士ですよ?」
ここでも軽口の応酬がはじまってしまった。
エレナは腕の中の一号を撫でる。
(びっくりしたけど……でも、子供は、ほしいな)
離宮の庭で、二匹の犬と、ユーリとの間の子供たちが元気に走り回る。
そんな先の未来に思いを馳せて、エレナはふわふわと笑った。





