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【書籍化】絶滅危惧種 花嫁 ~無能だと蔑まれていましたが王子様の呪いを解いて幸せになります~  作者: 狭山ひびき
十年越しの初恋

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10

 四阿の茶会から部屋に戻ったエレナは、部屋の扉を閉めるなり背後からユーリに抱きしめられた。

 驚いて肩越しに振り返ると、そのまま唇が奪われる。

 突然のことに目をぱちぱちとさせていると、唇を離したユーリが薄く笑った。


「俺はお前が花嫁で幸せだな」


 もちろん、エレナもユーリの花嫁になれることはとても嬉しい。だが、ずいぶん唐突だ。首をひねると、ユーリがエレナの肩に顎を乗せて、抱きしめる腕に力をこめた。


「王子という身分は、存外ままならんということだ」

「どういうことですか?」

「ほしくても手に入らないものがあるということだよ」


 ますますわからない。

 けれども、ユーリの中では「ほしくても手に入らないもの」と「エレナ」が関係しているらしい。


「俺は手に入ったが、マギルス殿下は難儀だな」

「マギルス殿下には何か欲しいものがあるんですか?」

「そうだな。でも、このままだと手に入らない」

「そうなんですか?」

「ああ。カドリア国は一夫一妻制だからな」


 エレナはユーリに手を引かれて、ソファに腰を下ろした。

 エレナの膝に頭を預けてごろんと寝ころんだユーリは、腕を伸ばして愛おしそうにエレナの頬を撫でる。


「誰が命の恩人だとか、誰がどんな身分だとか、くだらないことばかりに縛られるから、結局のところ欲しいものが手に入らない」


 ユーリの言葉はまるで謎かけのようだ。

 ユーリの言うところの、マギルスがほしいものとは一体何だろう?


「それで、いつまでこの国に滞在できれば、お前の中の憂いは晴れるんだ?」

「それは……」


 セティのことについて、エレナはどうする力も持っていない。彼女が現状で満足しているのなら、エレナが勝手に心配しているのはただのお節介でしかない。


「リザベル妃が、桟橋のところでつぶやいたことが気になって……」

「この前は手加減してあげたけど、もう許さない――、か?」

「はい。どういう意味なのかなって。なんだかすごく怖い感じがして、心配で……」


 リザベル妃の言う「許さない」。あの言葉がセティに向けられたもののような気がしてならない。リザベルは以前、セティの手を踏みつけたこともあり、あれよりもひどいことをするという意味であるなら、今度はどれだけセティが傷つけられるか。

 エレナの立場上、リザベルと真っ向から対立するわけにはいかない。エレナはユーリの妃だからだ。だから、明確な証拠もないのに、「そのような気がする」だけでリザベルにセティを傷つけないでほしいと言いに行くのは、リザベルに言いがかりをつけられたと言われかねない。

 エレナがむーっと眉を寄せると、ユーリが苦笑して彼女の眉間を撫でた。


「マギルスも四六時中セティに張り付いているわけにもいかないからな」

「マギルス殿下は、セティさんがリザベル妃につらく当たられているって知っているんですか?」

「そのようだぞ。だから暇さえあればさっきみたいにセティをそばにおいているんだ」

「そうだったんですね」


 マギルスがセティを大切にしているのは、今日の様子を見る限りエレナにも伝わってきた。彼は彼なりにセティを気にかけているのだ。


(よかった。……でも)


 マギルスがセティのことを気にかけていても、リザベルの態度は変わらない。ならば、結局のところ、何の解決にもならないのではないだろうか。


「気になるのなら、しばらく様子を見ていればいい。カドリア国王も好きなだけ滞在してほしいと言っているし、俺たちも別に先を急いでいるわけじゃない」


 ユーリは起き上がり、エレナを自分の膝の上にひょいと横抱きに抱き上げる。

 エレナの後頭部に手を回して、その唇をそっと塞いだとき――


「殿下ぁ。ちょっといい? このあと行く予定のバルトル国の予定だけどさあ」


 コンコンと扉を叩く音がして、扉を開けたライザックがひょいと顔をのぞかせて。


「……あー、砂糖吐きそう」


 ユーリとエレナのキスシーンを目撃した彼は、ケッと吐き捨ててぱたりと扉を閉じ、エレナはあまりの恥ずかしさに顔を覆った。


「返事をするまで勝手に開けるな」


 ユーリが文句を言いながら立ち上がり、部屋の外に出たライザックを招き入れるが、エレナはしばらくの間、顔を上げることができなかったのだった。




     ☆




 リザベルはほくそ笑んでいた。

 セティの部屋から奪ってきた短剣をもてあそびながら、この国に嫁ぐとき、タルマーン国からつれてきた侍女を見やる。リザベルより二つ年上の侍女は、リザベルを決して裏切らない腹心の部下とも言える女だ。


「渡してきました」

「そう、よくやったわ」


 リザベルは短剣を持ったまま立ち上がり、窓へと近づく。窓の外では、庭を散歩するマギルスとセティの姿があった。


「これでマギルス殿下の気持ちも姫様に戻ってきますね」

「そんなことはどうでもいいの」


 リザベルは短剣の鞘の表を撫でながら、口端と持ち上げる。


「ただわたくしは、わたくしのものを取られるのが嫌いなのよ」


 それがたとえ何であれ、ね――

 リザベルは、マギルスがセティの手を引きながら庭を歩いていく様を見ながら、うっそりと笑った。


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