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【書籍化】絶滅危惧種 花嫁 ~無能だと蔑まれていましたが王子様の呪いを解いて幸せになります~  作者: 狭山ひびき
十年越しの初恋

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 カドリア国の王都リバティルにあるレーン・ピエトル大聖堂は、百五十年前の建築家レーンが半生をかけて作り上げた壮麗かつ荘厳な建物だ。

 大きな見開きの玄関口のある中央の建物の周りを、たくさんの塔のような建物が取り囲み、さらにそれぞれが回廊でつながれているという、複雑怪奇な外観であるが、中に入ると意外とまとまって、それ自体が一つの芸術作品のようである。

 大きな玄関口をくぐれば吹き抜けの大ホールがあり、その先には奥の大聖堂へと続く廊下。

 ホールの天井近くにある大きな窓には鮮やかなステンドグラスがあり、差し込む光を色とりどりに染める。

 大聖堂へと続く廊下の左右の壁には、数々の絵画が飾られていた。

 本日、レーン・ピエトル大聖堂は一般公開されていて、玄関口も、奥の大聖堂の扉も大きく開かれたままだった。

 エレナはユーリとともに大聖堂の玄関をくぐると、ステンドグラスの華やかさを楽しみながら奥へと進む。

 大聖堂へ入ると、何百人分かと思われるほどに礼拝に訪れる人達用の木製のベンチが並び、入り口から祭壇まで赤い絨毯が続いていた。


「殿下、見てください。すごくきれいな絵です!」


 部屋一面の壁には、びっしりと鮮やかな色彩で壁画が描かれている。

 建築家レーンがこの大聖堂を制作する際に、カドリア国の西部にあった古代の遺跡の壁画と神話をもとに画家に依頼して描かせたという、壮大な壁画である。


「すごいな。天井まで絵が続いている」

「本当ですね。どうやって描いたんでしょうか」

「梯子を使って描いたんじゃないのか。それにしても、これだけのものを仕上げるのに何年……、いやもっとか。とにかくすごい年月がかかっただろうな」


 ユーリと手をつないで、ゆっくりと時計回りに壁画を見て回る。

 面白いことに、壁画の中にも人魚が登場した。どうやら神話にも人魚がでてくるようだ。


「人魚って本当にいるんでしょうか?」

「まさか。あれは空想上の生き物だろう」

「あら、いるわよ」


 エレナとユーリが話していると、背後から突然声がした。振り返ると、ジュリアが壁画に顔を近づけてしげしげと見つめていた。


「ジュリア、いつの間に」

「あら、さっきからいたわよ。あんたたちはすっかり二人の世界を作っちゃってて気がつかなかったみたいだけど」


 ジュリアがからかうので、エレナは赤くなった。

 ジュリアはエレナと同じノーシュタルト一族の女性だ。ユーリに呪いをかけて狼の姿に変えた魔女でもあるが、ユーリがエレナのキスで人の姿に戻ることができるようになってからは、すっかり仲良くなって、レヴィローズ国の一件でも助けてもらった。なぜか婚前旅行にもついてきている。

 一見すると二十台半ばほどにしか見えないジュリアだが、実は五十歳を数えるそうで、年の功なのか、なかなか物知りである。


「ジュリアさん、人魚っているんですか?」

「ええ。あたしも昔一度しか会ったことがないけどね。普段は海の底にある国で生活してるから、陸には上がってこないわ」

「人魚に会ったことがあるんですか?」

「十年以上も前の話よ。なんか変な薬を頼まれたのよね。何に使ったんだか知らないけどさ」

「変な薬?」

「そうそう。あの時はまだマダム・コットンの手伝いはしていなかったから、異能で作った薬を売りさばいて生計を立ててたのよねー」


 ノーシュタルト一族は、世界で唯一異能――魔法のような特殊な力が使える一族である。それゆえ、異能の力を至上主義としているノーシュタルト一族は、無能で生まれてきた子供たちにはひどく冷淡だ。ジュリアは二十年以上前に産んだ子供が無能だったことで、夫であった男とエレナの父である現ノーシュタルト一族の長ダニエルに、生まれたばかりの子供を海に投げ捨てられて殺されている。それがきっかけで一族の暮らす最果ての半島から出て暮らしていた。


「また妙なものを作ったんじゃないだろうな」

「失礼ね。人様に迷惑をかけるような薬じゃないわよ」

「どんな薬なんだ?」


 ジュリアは壁画から視線を上げると、顎に手を当てて首をひねった。


「それがあんまり覚えてないのよね。変なものを欲しがるのねーって思ったのは覚えてるけど、真珠とかお金になりそうなものをたくさん積まれたから、まあいっかって作っちゃって、どんなものだったかは忘れちゃったわ」

「無責任だな……」

「あら、別に毒じゃないんだから、いいじゃないの」


 ジュリアはけろりと言って、再び壁画に視線を向ける。

 エレナは人魚についてもっと聞いてみたかったが、壁画に集中しているジュリアの邪魔をするのは忍びなく、宿に帰って聞くことにして、ユーリとともに壁画鑑賞を再開した。

 そうして、壁画を半分――、ちょうど祭壇近くまで見て回ったときだった。

 エレナは祭壇の前でひざまずいて、熱心に祈りをささげている女性を発見した。

 年のころは二十台半ばほどだろうか? 波打つ金髪が美しい、小柄な女性だった。

 彼女は両手を組んで、口をきゅっと引き結んだ真剣な顔で、祭壇の奥に建つ海神の像を見つめている。

 その様子は、まるで何かに恋い焦がれているようにも見えて、どうしてか妙に気になった。


「エレナ、どうした?」

「あ、なんでもないです」


 だが、見ず知らずの人が祈りをささげているさまを、いつまでも見続けているのも不躾だ。

エレナは残りの壁画をユーリとともに見終えると、帰り際に祭壇を振り返った。祭壇の前には、まだあの女性が祈るような姿勢で海神の像を見上げている。

 よほど真剣な祈りなのだろう。

 その時エレナは、ただただそう思った。


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