13
ジュリアは、発動しかけたまま止まっていたマリアンナの呪いをそのまま術者へ返したらしい。
「呪いはね、発動直後だったら術者に跳ね返せるのよ。ふっふっふ、きっと今頃、マリアンナは老婆みたいに老けて悲鳴をあげているわ。あーっ、いい気味!」
エレナは義母の顔を思い出した。いつもエレナに向かって鞭を振るったり、術を使ったりして怪我をさせ、楽しそうに笑っていた義母。毎日着飾っていた彼女が老けた様は想像できなかったが、ジュリアの言うとおり老婆のように老けてしまったのならば、今頃は大変な騒ぎになっているのではなかろうか。
「これで、ソアリス姫もこの国の人の時間も動きはじめるんですか?」
「それはまだよ。あたしが跳ね返したのはマリアンナの呪いだけだもの。この国の人たちをもとに戻すには、シフォレーヌの術を解かないと。シフォレーヌの懐中時計は持ってる?」
「あ。はい。ここに」
エレナはポケットから母の懐中時計を取り出した。時間は相変わらず二時十三分で止まっている。
「その時計の止まっている時間は、シフォレーヌの術が発動した時間よ。その時計が動き出せば術が解けてみんなの時間も動きはじめるはずよ」
「そんなこと、どうやって……」
「それはあんたの力に頼るしかないわ。マリアンナの呪いと違って、シフォレーヌのかぶせた呪いは完全に発動しちゃってるし、当然シフォレーヌもいないからあたしじゃどうしようもないわ」
エレナは懐中時計を見下ろした。エレナの力でどうにかしろと言われても、どうすればいいのだろうか。
「ゼンマイを巻いてみたらどうだ?」
「このつまみですか?」
「物理的に動かそうとしたって動かないわよ」
ユーリの指摘にしたがってゼンマイを巻こうとしたエレナだったが、ジュリアにあきれたように言われて手を止めた。
何かヒントになるようなものはないだろうかと、懐中時計をひっくり返してみるが、当然なにも書かれていない。
宝物庫で唸っていても仕方がないから、エレナたちは部屋に戻ることにした。
部屋に戻って、ソファに座ったエレナは、懐中時計をテーブルの上において、じーっと時計の文字盤を見つめる。
(ユーリ殿下と同じように、懐中時計にキスしたら解けるのかしら?)
エレナは試しに、懐中時計を手に取って、その表にちゅっとキスしてみた。だが時計は動かず、それを見ていたユーリがあきれ顔になる。
「さすがに無理があるだろう」
「そう、ですよね……」
エレナは悩み、ジュリアには無理だと言われたが、試しに懐中時計のゼンマイのつまみを回してみた。
「え、きゃっ」
つまみを回した途端、その金色のつまみの先っぽがポロリと取れて絨毯の上を転がっていく。
つまみはコロコロと絨毯の上を転がり――、その拍子に、つまみの中から何かが飛び出してきた。黒っぽい種のような何かだった。
エレナはつまみとその黒い何かを拾い上げて首をひねる。
ユーリもエレナの手のひらにある黒い種のような何かを見つめて、それからハッと目を見開いた。
「お前、茨の花が枯れたあとにこの時計を見つけたと言ったな。もしかして、茨の正体はこれじゃないのか?」
言われてみれば確かに、時計から茨の芽が出るはずはない。
(時間を止める術だけでよかったはずなのに、どうして茨を使ったのかしら? 城を覆っていた茨は術の暴走だとしても、種があるってことは、お母様はやっぱり茨で何かしようとしていたのよね)
時が止まった国で唯一動いていた茨。これだけが時間の魔法の影響を受けていなかった。それどころか異常なほどに――
「もしかして!」
エレナは茨の種らしきものを握り締めると、ジュリアの部屋に急いだ。
「ジュリアさん! 時間を止めるために、何かに時間を移すことってあるんですか?」
人々の止まった時間が、すべて茨に集まっていたというのならば、城を覆いつくしたほどの、あの異常な成長は頷ける。
ジュリアはエレナの持ってきた種を見つめて、それから大きく頷いた。
「なるほどね。シフォレーヌは時計じゃなくて、こっちを術の核にしていたのね」
「じゃあ、この種をどうにかすれば――」
「そうね。エレナ、この種を壊せる? どうやらあたしの力じゃ無理そうよ」
ジュリアはエレナに茨の種を返した。
エレナは種をつまんで、少し考えた後に指に力をこめてみた。
「あ……!」
エレナの指の間で種はあっけなくつぶれて粉々になり――
窓の外に広がっていた分厚い雲の隙間から、一筋の光が差し込んだ。





