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【書籍化】絶滅危惧種 花嫁 ~無能だと蔑まれていましたが王子様の呪いを解いて幸せになります~  作者: 狭山ひびき
さらわれた花嫁と茨の城

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 エレナのキスで人の姿に戻ったユーリとともに、パンと温めたミルクで簡単な夕食を取っていた時のことだ。

 部屋の扉が叩かれて、エレナが開けるとサンドラードが立っていた。

 サンドラードは人の姿に戻っているユーリに驚いたようだったが、エレナが説明すると納得して、遠慮がちに部屋に入ってきた。

 ミレットも別の部屋で食事中なので、エレナはサンドラードのためにお茶を入れた。部屋の暖炉が使えたので、湯を沸かせるのである。

 お茶とビスケットを渡すと、サンドラードは礼を言ったが、手を付けようとはしなかった。緊張した面持ちで、じっとユーリを見つめ、それから突然がばりと頭をさげた。


「このたびは、妃殿下を突然攫うような真似をして大変申し訳なく――」

「まったくだ。おかげで結婚式ができなかった」


 ユーリ王子がすねたように答えると、サンドラードは青くなった。


「結婚式!?」

「お前がエレナを攫って行かなければ、結婚式を挙げる予定だったんだ。おかげで台無しだ。準備していたのに」

「申し訳ない!」


 サンドラードは、ソファに座った膝に額がつくほどに頭を下げてしまった。

 エレナがおろおろしていると、ユーリがやれやれと肩を落とした。


「結婚式はとりあえず適当な理由をつけて延期にしておいたから、まあいい。で? すみませんでした、許してくださいとでも言いに来たのか?」


 ユーリがひどく冷たい声を出すから、エレナはちょっと心配になった。これは本気で怒っているのかもしれない。


「自分の婚約者が心配なのはわかるが、人の妻を黙って連れ去るとはどういうつもりだ。お前、アレグライトの王子だろう。一歩間違えれば戦争だぞ。少しは考えて行動したらどうだ」


 エレナはユーリの言葉を聞いて、ほっと息を吐き出した。声は冷ややかだが、おういう言い方をしたということは、大きな問題にするつもりはないということだ。やっぱりユーリは優しい。

 うなだれるサンドラードに、ユーリは息を吐き出した。


「もういい、頭を上げろ。エレナから、ここに来るまでの間、お前は常にエレナに気を配ってくれていたと聞いている。これ以上お前を責めたらエレナが悲しむ。……それに俺も、誤解とはいえお前に飛び掛かったし……」


 ユーリは最後の方は小声でぼそりと言った。

 サンドラードがエレナに抱き着いていると勘違いして、体当たりをかまして吹き飛ばしたことは後悔しているらしい。サンドラードに怪我がなかったとはいえ、大きな狼に飛び掛かられればそれは怖かっただろう。

 サンドラードはようやく顔を上げて、重ねて謝罪すると、少しほっとしたような表情でティーカップに手を伸ばした。

 ヒューバートが立ち去ると、エレナはすっかり冷めてしまった夕食用のホットミルクを温めなおすことにした。

 暖炉にかけた鍋でミルクを温めていると、ユーリがゆっくりと近づいてきて、背後からエレナの小柄な体をすっぽりと抱きしめる。


「少し痩せたか? せっかく鳥足からましになってきたと思ったのに、ちゃんと食べないと結婚式のドレスのサイズが変わってマダム・コットンに怒られるぞ」


 言われてみれば、多少痩せたかもしれない。サンドラードに攫われてから、もともと小食だったがさらに食欲が落ちたように思う。

 ユーリがウエストラインを確かめるように手を動かすから、エレナはくすぐったくて身をよじった。


「お前はちゃんと見ていないとすぐに痩せるな。帰ったらカールトンにお前を太らすためのメニューを考えさせよう」


 ユーリが真顔でそんなことを言うからエレナは困ってしまった。さすがに丸々と太らされるのはちょっと嫌だ。けれどもユーリは、エレナの腰の次は腕や肩などをぺたぺたと触っては「細い」だの「骨と皮しかない」だの文句を言う。

 ユーリはくるんとエレナの体を回して自分の方に向けると、その頬をぷにっとつついた。


「ここはまだ肉があるな」


 当たり前である。頬が骨と皮だけになったら怖すぎる。

 ユーリは満足するまでエレナの頬をぷにぷにして、それから身をかがめるとエレナの唇に触れるだけのキスを落とした。エレナがびっくりして目をぱちぱちさせていると、ユーリが再び唇を重ねてくる。今度のキスは長くて、ぐっと腰を引き寄せられたエレナはぎゅっと目をつむった。

 ユーリの腕の中にいるとほっとする。キスはやっぱり恥ずかしいけれど、恥ずかしくてもずっとこうしていたい。

 ユーリがエレナの銀色の髪を梳くように撫でて、それから後頭部を大きな手で支えると、ぐっとキスを深めてきた。驚いたエレナが目を開くと、ユーリの黒い真珠のようなきれいな瞳とぶつかる。

 ユーリの視線にからめとられてしまったかのように目が逸らせないでいると、くすりとユーリが笑ったのが伝わってきた。


「エレナ……」


 唇をくっつけたまま呼ばれるから、脳の中に直接声が響いてくるような気がする。

 ユーリの体温と香りに、エレナがうっとりした時だった。

 突然、じゅうううっという大きな音が聞こえて、エレナはびっくりして振り返った。


「あっ、ミルクが……!」


 ミルクを鍋にかけていたのを忘れていた。

 吹きこぼれたミルクは、燃える暖炉の薪の上で大きな音を立てている。もくもくと上がった煙に、エレナは慌てて鍋を火からおろして、ユーリは窓を開けに言った。

 暖炉からもくもくと上がる煙にしばしば茫然とした二人は、やがて顔を見合わせて同時に吹き出した。


「食事をしようか」

「そうですね。ミレットに、かわりのミルクをもらってきます」


 鍋底の焦げた鍋も洗わないといけない。

 エレナは暖炉の後片付けをユーリに任せて、鍋を持って部屋を出た。


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