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 ヒューバートから話を聞き終えたエレナは驚いていた。死の呪いを上書きしたというノーシュタルトの一族のシフォレーヌはエレナの母の名前だった。


(お母様……)


 エレナは幼いころに他界した母の姿を思い出した。エレナは幼かったから、思い出そうとしても母の姿は朧気だ。けれども、とても優しかったことだけは覚えている。母はいつもエレナを守ってくれた。その母が、未来で解けることを願って上書きしたという眠りの呪い――

 母はまさか、エレナがこの地を訪れるとは思いもしなかっただろう。でも、もしかしたら、母の強い願いがエレナをこの地へ引き寄せたのではないかとも思えてくる。

 エレナは馬車の窓から、茨に覆われたレヴィローズの城を見た。

 エレナにはこの呪いをどうやって解呪したらいいのかはわからない。けれども、これを解呪することを母も望んでくれているような気がする。

 もう少しすれば、ジュリアたちがエレナを追いかけてこの地へ来てくれる。ジュリアに聞けば、これをどうにかする方法がわかるかもしれない。


「……この呪いが解けた暁には、ロデニウムのユーリ王子の妃を攫った罪で俺を捕らえてくれてかまわない。その覚悟もしている。だか、この呪いだけはどうか解いてはくれないだろうか」


 サンドラードが頭を下げたのでエレナは慌てて彼に頭を上げさせた。

 もとはと言えば、ノーシュタルト一族が招いたことだ。エレナも一応、ノーシュタルト一族としての責任がある。むしろ、謝りたいのはこちらの方だ。

 それに――


(ユーリ殿下は、きっとサンドラードさんを罪に問うたりしないと思うわ)


 口ではあれこれ言うかもしれない。でも、ユーリは最後にはサンドラードを許すだろう。ユーリはそういう人だ。人の心の痛みのわかる人。でなければ、自分に呪いをかけたジュリアを許すはずがない。


「どうすればいいのか、まだ方法はわかりませんけど、考えてみます。少し時間をください」


 とにかく、ジュリアたちが追いつくまで、エレナはエレナの出来ることをしよう。

 エレナはアメシストのペンダントを握り締めた。






 エレナは茨を前に悩んでいた。

 ジュリアに大人しくしておくようにと言われていたから、無茶をしない程度に何かいい方法はないものかと悩んでいるが、今のところ何も浮かばない。

 茨は、アメシストのペンダントを持つエレナには襲いかかれないようであるが、そのまま城の中まで突き進められるのかと言えばそうではなかった。エレナが進もうとすると、茨は強固な壁のようになって立ちふさがり行く手を阻むのである。

 エレナは仕方なく、城の周りをぐるりと一周してみることにした。どこかに抜け穴などはないだろうか。抜け穴がなくても茨が少ないところとか。エレナは城壁の内側に沿って時計回りに進んでいく。

 城の庭は、もともとは美しく整えられていたのだろう。ロデニウムの城の庭も優美だった。今は茨に覆われて見る影もないけれど、この下にはたくさんの植物が植えられているのかと思うと少し寂しくなる。花を咲かせている植物もあっただろうに。


(そういえばこれ、茨よね? どうして花が咲いていないのかしら?)


 それに、このおびただしい茨たちはいったいどこからはびこっているのだろう。

 もっと言えば、どうしてこの茨は、「動いて」いるのだろうか? 植物が意志を持って動くことが不思議なのではない。いや、それももちろん不思議なのだが、そうではなく。レヴィローズ国の全体は時を止めたように動かなくなっている。人も植物も動物もすべてがだ。それなのに、茨だけが動いているのだ。


(この茨だけ特別?)


 そうだとしたら、それはどうしてだろう。

 エレナは裏庭に向かって進みながら、ふと、幼いころに母が言っていた言葉を思い出した。


 ――大きな術を使うときはね。必ず何か『核』になるものを用意するの。そうすれば大きくて難しい術でも安定するのよ。


 エレナはずっと無能だったので、術を使うことができない。だから母の言うことはあまりよくわからないが、とにかく何か目印のようなものを用意してそれを中心に術を展開させるのだろうとは想像ができた。


「核……」


 時の止まった国で、唯一動く茨。どう考えてもこれは特殊な『術』のかかった茨だ。すると、これにも『核』があるのだろうか。


(茨の核って何かしら? やっぱり根っこ?)


 もしも茨の『核』が根っこならば、それを引き抜いたら茨は枯れるだろうか?

 エレナはどこかに茨の根っこはないものかと視線を彷徨わせる。

 きょろきょろしながら裏庭までたどり着いたエレナは、井戸のそばに、エレナの顔ほどの大きさはあろうかという大きな真っ赤な薔薇の花を見つけた。

 花のない茨に、唯一咲いた大きな花。――怪しい。怪しさ満点だ。

 エレナはそーっと花に近づいた。途端に茨が襲いかかってきたが、アメシストのペンダントの力にはじかれる。

 エレナは花に両手を伸ばした。その、指先が触れた瞬間だった。

 ぱあっとエレナの体から光があふれて、エレナが触れた赤い花が見る見るうちにしぼんで枯れていく。

 エレナが驚いてぱちぱちと目をしばたたいているうちに、花は完全に枯れ落ちて――、そのすぐあと、エレナの目の前から猛威を振るっていた茨が茶色く変色して枯れはじめた。

 エレナはしばらく茫然としていたが、エレナの名前を呼ぶ声にハッと顔を上げた。サンドラードの声だった。きっと、茨が枯れたから驚いているのだろう。

 エレナはサンドラードのもとへ戻ろうとして、ふと、足元に転がる金色の懐中時計を見つけた。蓋を開くと、懐中時計は二時十三分を刻んだまま時を止めていた。そして、その蓋の裏に彫ってあった名前に、エレナは瞠目した。


 シフォレーヌ・ノーシュタルト。


 懐中時計の二の裏には、エレナの母の名前が彫ってあった。


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