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 ジュリアがやって来た時、ユーリはエレナのキスの効果が切れて狼の姿に戻っていた。

 イライラしながら絨毯をカリカリ前足でひっかいていたユーリは、ジュリアの気配を感じるとダイニングから飛び出して玄関へ走っていった。


「ジュリア! エレナがいなくなった!」

「そう怒鳴らなくても聞いているわ。でも、異能の力で連れ去ったんなら気配が残っているはずなんだけど、どこにもその残滓がないのよ。ちょっとエレナの部屋を見せてもらうわね」


 ジュリアはユーリとミレットとともにエレナの部屋へ向かった。

 ぐるりと部屋を見渡した後で、わずかに顔をしかめる。


「……微かだけど、刺激臭というか……、薬品のにおいがするわ。その姿なら、あなたの方がわかるんじゃない? ユーリ王子」


 ユーリはくんくんと鼻を動かして、金色の目をすがめた。


「確かにな。いつもなら、エレナの部屋にこんな匂いはしない。エレナの部屋はいつも花のような微かに甘いいい香りがするんだ」

「こんなときまでのろけないでよ」

「のろけてない! 事実だっ」

「あー、はいはい。で、エレナは昨日の夜は確かにいたのよね? だったらまだいけると思うから、ユーリ王子とミレットは部屋の扉の所まで下がってくれる?」

「何をするんだ?」

「見ていればわかるわ」


 ジュリアはユーリたちが扉のところまで下がったのを見て、部屋の中央に向けて片手を突き出した。ジュリアの手のひらから、なにかぼんやりとした靄のようなものが出て、部屋の中がまるで陽炎のようにゆがむ。

 やがて、部屋の中にうっすらとエレナの姿が浮かびあがった。


「エレナ!」

「幻影よ。入ってきちゃだめよ? 消えちゃうから」


 ジュリアはユーリに釘を刺して、靄の中に浮かび上がったエレナの幻影に視線を注ぐ。

 幻影のエレナは、ベッドから起き上がるとガウンを羽織って窓際に向かった。カーテンを開けて、どうやら窓が開いていたらしく、窓を閉めるような動作をする。

 そのときだった。隣の窓のカーテンの裏から、外套をかぶった一人の男が現れてエレナを背後から羽交い絞めにした。エレナの口元に何か布のようなものをあてる。

 ややして、エレナが意識を失ってその場に崩れ落ちると、男はエレナを抱えて窓を開け、迷うことなく下へ飛び降りた。


「どうやらノーシュタルト一族ではなさそうね。あの一族なら、わざわざ薬品をかがせて連れ去るようなことはしないわ」

「じゃああの男はいったい誰なんだ!」

「知らないわよ、そんなの。心配なのはわかるけど、ちょっと落ち着きなさい。騒いだって解決しないでしょ」

「エレナが攫われたんだぞ!」

「わかってるわよ。あたしだって心配してるわ」


 ジュリアは窓に近づくと、鍵の部分を確認して、そこに指が二本ほど通るくらいの穴があけられているのを見つけた。どうやら外套の男は窓に穴をあけて鍵を開けたらしい。金目の物を盗んだ様子がないことから、はじめからエレナが目的であったと考えていいだろう。


「どうしてエレナが攫われたのか、心当たりある?」

「あるはずないだろう。エレナは敵を作るような女じゃないし、ましてや俺のそばから離れないからな! 一人で街にも出かけない!」

「そこ、威張るところじゃないから。束縛がすぎるとそのうち鬱陶しがられるわよ」


 ジュリアが言えば、ミレットが同意するようにうなずいた。

 ユーリはむっとしたようだったが「鬱陶しがられる」という言葉がそれなりにショックだったようで、彼女たちに言い返しはしなかった。


「それで、エレナはどこだ!」

「だから、わからないってば。そんなに睨まなくてもちゃんと調べるわよ! エレナの着ているものには全部術をかけておいたから、追跡できるわ。ぬかりはないわよ!」


 ジュリアはユーリに呪いをかけた償いとして、エレナをノーシュタルト一族から守ると決めている。そのために、エレナの服には下着に至るまで異能を跳ね返す術をかけておいた。それを追跡すれば、おおよその位置はつかめるはずだ。


「地図はある? それから、何でもいいからインクをかしてちょうだい。エレナがどこへ連れていかれたのか、調べてあげるわ」

「そんなまどろっこしいことをしなくても、お前、力の強い魔女だろう。異能の力でひとっ飛び出来ないのか?」


 ジュリアは整った眉をぐっと寄せた。


「あんた、あたしをなんだと思ってるの。そんなに都合よくいくわけないでしょ! 異能は望めば何でもできるようなものじゃないのよ!」


 ユーリはチッと舌打ちして、一階にいる執事のマルクスに、地図とインクを用意しるように頼みに向かった。






 ダイニングテーブルの上には、ロデニウム国を含む周辺の国々までが載っている大きな地図が広げられた。

 ジュリアは地図の上にインクを少量たらすと、両手を地図に向けて目を閉じる。


「集中したいから、そこの心配性な忠犬王子を黙らせておいてね」

「誰が忠犬――」

「はいはいはい。黙っておこうね殿下」


 ライザックがユーリの口をふさぐと、ユーリは面白くなさそうに耳をペタンとさせて、その場にごろんと横になった。カリカリカリカリと絨毯を前足でひっかいていると、ジュリアにうるさいと言われて、不貞腐れたようにダイニングテーブルの足を噛みはじめる。


(俺は一応王子なのに、何なんだこいつら。いつか不敬罪で牢にぶち込んでやる!)


 そもそも、エレナが攫われたのだって、ユーリの主張を無視してエレナの寝室に入れなかったこいつらのせいだ。そうだ。ユーリがエレナと一緒に眠っていたらこんなことにはならなかった。エレナを見つけたら、今度こそ周りが何と言おうとエレナと一緒に寝ることにする。

 ユーリががじがじとテーブルの足を噛み続けていると、ジュリアが「南に向かっているみたい」と言い出した。


「南?」

「ええ。どこまで行くのかしら。まだ動いているみたいだし……」

「今どのあたりだ?」

「そうね……、イシリスの町の近くかしら」

「よし、今から――」

「待ちなさいよ。相手が動いているうちに移動したら見失うわよ」

「じゃあどうしろというんだ!」

「しばらく泳がせて様子を見ましょう。大丈夫、追跡するわ」


 ジュリアはテーブルの上のナプキンを一枚とると、器用に折りたたで、ふっと息を吐きかけた。するとナプキンは一羽の鳩になって、ジュリアの肩にとまる。


「この子に追いかけてもらいましょう」


 ジュリアがダイニングの窓を開けると、彼女の肩から飛び立った鳩が勢いよく空へ飛び立っていく。

 ユーリは鳩が消えた青空を睨んで、「待つのは嫌いだ」と口の中で文句を言った。


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