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2

 眠りについていたエレナは、ふと、物音を聞いた気がして目を開けた。

 部屋の中はまだ暗く、夜が明けるのはまだ先であることがうかがえる。

 もしかして、窓を閉め忘れたのだろうか?

 春とはいえ夜はまだ寒く、暖炉を焚いて眠っているから、特に寒さは感じないが――、ガタガタという物音は風の音かもしれない。

 エレナはベッドから起き上がり、夜着の上にガウンを羽織ると、分厚いカーテンの閉められている窓に近づいた。

 カーテンをそっと開いてみると、やはり窓が開いている。


「おかしいわね、こんなに大きく窓が開いていたら、気がつきそうなものだけど……」


 エレナは首をひねって、窓を閉じると、カーテンを閉めなおしてベッドに戻ろうとした。しかし――


「―――!?」


 突然背後から羽交い絞めにされて、叫ぼうとしたエレナの口がふさがれる。

 ふと鼻腔をくすぐった刺激のある匂いに意識が朦朧としてきて――


(ユー……リ、殿下……)


 虚空に向かって伸ばされたエレナの細い手が、力なく下に落ちた。






「エレナ?」


 翌朝早くにエレナを起こしに向かったユーリは、ベッドの上に最愛の妻の姿がないことに気がついて部屋を飛び出した。

 途中でミレットとすれ違って彼女に問いただしたが、ミレットはまだエレナを起こしに向かっていなかったらしく、知らないと首を横に振る。


「お散歩じゃないでしょうか?」

「エレナが散歩に行くとしても、必ず俺と一緒に行く。一人で出かけるはずがないだろう」


 それもそうである。エレナは控えめな女性なので、一人で出かけるようなことはしない。

 ミレットは顎に手を当てて、


「そうであれば、カールトンのところではないでしょうか?」


 カールトンは離宮の料理長である。料理長と言っても料理人は彼一人しかいないのだが、城にも努めていた彼の料理の腕は確かだ。エレナは暇があれば、手習いがてらカールトンの料理の手伝いをしているので、もしかしたら朝食の準備をしているのかもしれない。

 ミレットがそう答えると、ユーリは風のようにキッチンへ飛んで行った。

 ミレットは頬に手を当てて苦笑した。


「旦那様は本当に、奥様の姿が見えないと落ち着かないのね……」






 さて、エレナの姿を探してキッチンへ走っていったユーリであるが、そこにエレナの姿を見つけられず、邸の中をうろうろと彷徨っていた。


「エレナー! エレナー!」


 心配のあまり叫びはじめたユーリに、ライザックたちは思わず失笑したが、いい加減それが十五分、二十分と続くと、さすがにおかしいと思いはじめた。

 いつもであればエレナは、ユーリが呼ぶ声が聞こえればすぐに姿を現す。また、ずっと狼だったからか、ユーリは妙に嗅覚がよく、彼がエレナの居場所を探すのにこれほど時間がかかったことはない。


(まさか、ノーシュタルト一族か……!)


 ノーシュタルト一族は、エレナのことを狙っている。エレナが稀有な力を有しているからだ。もともとエレナのことを奴隷のように扱っておいて、今更手のひらを返してエレナを「宝」と呼ぶ厚顔無恥なあの一族であれば、一度嫁がせたエレナを攫おうとしてもおかしくない。というかあの一族は一度、ユーリに嫁いだエレナと彼女の異母妹を交換しようとしたことがある、疑うには十分だった。


「ライザック、ジュリアを呼べ! あいつなら何かわかるかもしれない」


 ノーシュタルト一族の中でも特に強い力を持っているジュリアである。一対一なら、一族の長であるエレナの父よりも強いらしい。彼女であれば、一族が何か動きを見せた場合、感じ取ることができるはずだ。


「くそったれ……!」


 ユーリは舌打ちして、思い切り壁を殴りつけた。




     ☆   ☆   ☆




 男は、馬車の座席でぐったりと意識のないエレナに視線を向けた。


「これで、―――が……」


 馬車の窓から外を見やれば、雲一つない青空が広がっている。長く月のない闇夜の中にいたようなかの国も、これでこの空のように晴れるだろうか。

 ようやく、閉ざされたままの美しい空のような青が見られる。


「長かった……」


 つぶやいた男の向かいの座席で眠るエレナの首から、シャランと軽やかな音を立てて、アメシストのペンダントが零れ落ちた。


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