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 ユーリの誕生日パーティーは、エレナの想像をはるかに超える盛大さだった。

 エレナは二階にある控室の窓から大広間の様子を見下ろして、緊張で足がすくみそうになった。なぜならエレナは、ユーリの妻として、彼とともにファーストダンスを踊ることになっているからだ。

 エレナはちらりと背後でフルーツをつまんでいるユーリを振り返った。

 エレナが父であるノーシュタルト一族の長からの手紙――エレナがバネッサの身代わりで嫁いできたことも含めてユーリに白状したあと、彼はそのことを馬鹿馬鹿しいと一笑に付してしまった。

 身代わりだろうが何だろうがエレナが嫁いできたことには変わりなく、今更バネッサと交換できるか、と。


 ――俺はお前を手放すつもりはないからな。気にしなくていい。


 ユーリはそう言ったが、エレナには不安で仕方がなかった。幼少期から染みついた恐怖というものはなかなかぬぐえないものだ。エレナは父や一族の者たちに対して「はい」という返事しか持たなかった。否を唱えることは許されなかった。だから、正直怖い。でも、ユーリと離れたくなくて、エレナは大丈夫だと言うユーリに任せることにした。


「エレナ、お前も少し食べておけ。飲食スペースはあるが、食べる機会はあまりないと思うぞ」


 ユーリに呼ばれて、エレナは素直に彼の隣に移動した。テーブルの上にはユーリが用意させたフルーツやパン、お菓子などが並んでいる。

 エレナは卵のサンドウィッチを手に取った。もし――、今日、ユーリと引き離されて一族の暮らす最果ての地へ連れて帰られたとしたら、こんなに贅沢な食事にはもうありつけないのだろうなという思いが脳をよぎる。


「余計なことを考えるなよ」


 すると、まるでエレナの心を見透かしたようにユーリが言った。


「俺はお前を手放さない。絶対だ。たとえお前が嫌だと言っても逃がさないからな」

「はい」


 不安が完全にぬぐえたわけではない。けれどもユーリの言葉はじんわりとエレナの心を温かくしてくれて、エレナは小さく微笑んでサンドウィッチを口に運んだ。






 パーティーがはじまるまでに父たちが接触してくるかと思ったが何事もなく、エレナはパーティーがはじまって最初のワルツをユーリと踊った。

 毎日練習したおかげでステップを間違えることもなく踊り終えることができて、エレナはほっと胸を撫でおろす。

 ダンスを終えてユーリとともにダンスホールから下がれば、途端に人に囲まれてしまった。

 ユーリが一人一人に「妻だ」とエレナを紹介して回るので、照れたエレナがユーリの背後に隠れていると、着飾ったご婦人方に「初々しいですわね」と微笑まれる。


「かわいらしい奥様ですわね」

「人嫌いで有名な殿下をどうやってその気にさせたのか教えて頂きたいですわ」

「ふふ、殿下はすっかりあなたに夢中みたいね」


 令嬢やご婦人たちに囲まれたエレナがおろおろしながらも一生懸命受け答えしていると、それを見た人たちがさらにエレナを取り囲みはじめる。


「そのドレス、素敵ですわね」

「こちらでおしゃべりしない?」

「殿方のお話はつまりませんもの」

「あら、お酒は苦手なの? あちらにノンアルコールのカクテルがあったわよ」

「細いのねぇ。まるで物語に出てくる妖精さんみたいよ」


 数人の令嬢たちにぐいぐいと腕を引かれて、エレナが不安を覚えてユーリを振り返れば、令嬢の一人が「大丈夫ですわよ」とくすくすと笑った。


「そこのソファのあたりに行くだけですわ」

「殿下からも見える場所ですから」

「うふふ、新婚っていいわねぇ」


 エレナは令嬢たちに手を引かれるままに窓際のソファ席に腰を下ろした。ユーリが心配そうな顔でエレナの方を見れば、令嬢たちは「きゃーっ」と楽しそうな声を上げる。


「殿下のあんな顔、はじめて見ましたわ!」

「意外と心配性な方なのね!」


 ユーリは滅多にパーティーに出席しないらしく、出席しても気難しそうに眉を寄せて、すぐにいなくなってしまうため、令嬢たちはユーリのことを怖い人だと感じていたらしい。そのユーリが嬉しそうにエレナを紹介して回るものだから、いったいどんな魔法を使ったのだと不思議に思ったそうだ。


「ユーリ殿下は、優しい方ですよ……?」


 妻として夫が誤解されたままなのも悲しいとエレナがそう言えば、令嬢たちがまた楽しそうに笑いだした。


「殿下がお優しいのは、エレナさんがお好きだからね!」

「そ、そうなのでしょうか……」


 エレナは頬を染めてうつむいた。

 ユーリには嫌われていないと思う。だが、好きだと思ってくれているのだろうか。そうならば嬉しい。

 顔を上げると離れたところにいるユーリと視線が絡む。


(好き……だと思ってくれているのかしら?)


 訊いてみたいような気もするけれど、ちょっぴり怖いような気もする。


「エレナ――」


 いつまでも令嬢たちに捕らわれているエレナに、ユーリがしびれを切らしたように近づいてきた、その時だった。


「まあっ、あなたがユーリ殿下ね!」


 ユーリと令嬢たちに囲まれているエレナの間に割って入るように、一人の少女が飛び出してきた。

 ふんわりと広がる蜂蜜色の髪をした少女の顔を見た瞬間、エレナの心臓が軋むような音を立てた。


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