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 翌朝。

 突然に嫁がされることになったエレナの疑問は、予想外のところから答えを与えられた。

 普段、つぎはぎだらけのぼろぼろのワンピースを着ているエレナだが、それではみすぼらしいと、母屋に呼ばれてドレスに着替えさせられた。そのドレスがエレナには胸もウエストもどうにも大きくぶかぶかだったため、母屋の使用人たちは眉をひそめてウエストにリボンを使ってどうにか形だけでも整えたが、結婚がきまって与えられたドレスのサイズが見当違いというのも妙な話である。

 もちろんエレナの細すぎる体型など誰も知らないだろうし、ましてや疑問を口にできるはずもないので黙っていたが、うすうす、これは違う誰かに用意されたドレスであろうと想像がついた。

 そして、見当違いのサイズのドレスを山ほど詰めた大きなトランク三つが豪華な馬車に乗せられたとき、母屋から異母妹のバネッサが現れて告げたのだ。エレナはバネッサの身代わりで嫁ぐのだ、と。

 ロデニウム第二王子のユーリ・ロデニウムは、どうやら本当に呪われているらしい。どう呪われているのかはわからないが、その王子に嫁がされそうになったバネッサは散々抵抗して、父にエレナを身代わりにするように伝えたそうだ。

 ノーシュタルト一族はもともと閉鎖的な一族で、力あるものが外に出ることをひどく嫌う。それと同時に、一族以外の婚姻をひどく嫌がるのに、どうして今回の婚姻を引き受けたのか甚だ疑問ではあるが、それゆえに、父が異能の力を持つバネッサの代わりにエレナを差し出すことにしたのもうなずける。

 おそらく父は、バネッサに言われるまで無能な娘の存在など忘れていたのだろうが、その存在を思い出すと同時に体のいい厄介払いもできると考えたのだろう。


(なるほど、納得したわ……)


 バネッサは呪われた王子に嫁がされるエレナを散々に脅して楽しんでいたが、エレナは、このまま死ぬまでここで暮らすのと呪われた王子に嫁がされるのと、どちらが幸せだろうかと考えていた。

 ノーシュタルト一族の中で、無能なエレナは存在する価値すらない。

 ならば、たとえその身が呪われていたとしても、エレナの夫となる人に尽くして暮らしたほうが、幸せかもしれない。

 バネッサはエレナを怖がらせて楽しみたかったのだろうが、エレナにはむしろここから出られるという安堵のほうが強く、いくら言っても顔色一つ変えないエレナに、バネッサはやがてイライラしたように邸に戻っていった。






 ロデニウム国はノーシュタルト一族の暮らす最果ての半島から、馬車で二か月ほどかかる。

 最果ての半島よりも北にあるので、たどり着くころには一面雪に覆われた銀世界が広がっていることだろう。

 夏は涼しくて快適だそうだが、冬の寒さは肌を刺すほどらしい。

 エレナにとって幸いだったのは、嫁入り支度はバネッサのために行われたため、分厚い毛皮の防寒具など上等なものが用意されていたことだった。

 半島を出立して一月後には馬車の中はひどく寒く、エレナは防寒具を羽織ってその寒さに耐えた。

 夫となるユーリ・ロデニウムのところにつくまで、体裁を整えるために、エレナには一人の侍女がつけられたが、彼女は始終、どうしてこんな無能なものの供をしなければならないのだと愚痴をこぼしていた。

 もしも途中で、ロデニウムが派遣した護衛が合流しなければ、侍女のライラによってエレナの防寒具は奪われていたかもしれない。

 それほどまでにライラは不機嫌で、誰の目もないところではエレナを無能ものだと蔑んだ。

 しかし、エレナが「無能」であることはどうやらロデニウムの人間には内緒にしていることのようで、ライラもロデニウムの兵士たちがいるうちはエレナを愚弄することはできず、取ってつけたような笑顔を浮かべてエレナに接していた。






「あと二週間ほどで到着しますよ」


 ロデニウムから第二王子の花嫁の護衛にと遣わされた騎士ライザックは、馬車から降りるエレナに手を差し伸べつつ言った。

 エレナはひどく細い手を遠慮がちに彼の掌に乗せたが、ライザックにとってそれは羽のように軽く重さを感じなかった。

 彼は二週間前にエレナをはじめて見たとき、その細さに驚いたものだ。

 まるでろくに食べ物も与えられていなかったかのように、エレナは病的にやせ細っていて、むしろ始終ふてぶてしい態度の侍女のほうが肌艶がよく、ライザックは強い違和感を覚えたものだ。

 だが、ノーシュタルト一族は自分たちにとっては存在自体が不可解な異能の一族。自分たちの常識と彼女たちの常識が異なっていても不思議ではなく、最初はその違和感を無視しようと思っていたのだが。

 ライザックは掌に乗せられたエレナの手に視線を落として、それを大きな手で優しく包み込む。

 この手は――、あまりに傷つきすぎていた。

 冬の寒さで手足が荒れるものはいるが、それとは違う――、かわいそうなくらいに小傷やひび割れの多い手。


 この女は、本当にノーシュタルト一族の長の娘なのだろうか。

 ライザックがそう疑うほどに、エレナは良家の令嬢らしくなかった。

 ライザックはエレナを馬車から降ろすと、宿屋の中までエスコートした。

 合流してからユーリ・ロデニウム王子の住む離宮まで、できるだけ休憩を多くとりながら、宿もとれるように気を付けてはいるが、どうしても途中何度かは馬車の中で夜をすごしてもらうこととなった。

 ライザックは文句を言われることも覚悟していたが、エレナは車中泊でも愚痴ひとつ言わなかった。うるさかったのはむしろ侍女のライラとかいう女のほうだ。


(変わったお姫さんだ)


 だが、嫌いではない。

 彼女は常に低姿勢で、自分たちにも感謝の意を示す優しい女性だ。

 だから、ライザックはエレナが本当にノーシュタルト一族の長の娘なのかという疑念を頭の隅から追い出すことにした。


(彼女ならあいつも、心を開くかもしれないしな)


 ライザックは宿の部屋の扉の前で、頭を下げて丁寧に礼を言うエレナを見て、ひねくれた性格の友人を思い、こっそりとため息をついた。


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