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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

眼窩となった水兵たち

 遅い梅雨明けのうだる暑さで、8月に入ったのを意識したからでしょうか。戦禍の傷ましさが寄せてきました。

 鋼鉄の砲弾が打ち込まれる海上戦であっても、甲板より留まるところのない水兵たちの身体はいまだ進化のない生身であることに気付き、小品をかきあげました。

 お読みいただけましたら幸いです。

 歪み(ゆがみ)が層をなしているのを見ると、一艘(いっそう)だけではないらしい。互いを沈め合う臨場が、その船の甲板(かんぱん)に溢れている。火砲が登場してから此の方、船の竜骨(キール)をぶつけ乗り込み()めつける剣撃の舞台だった甲板は、姿を見せぬ敵同士が土足で火球を投げ込みあう修羅に変わっていった。鉄と煙と轟音の中で、汗まみれ血まみれの柔らかな肉が大小の断片に刻まれていく。死んでしまえば真っ先に腐る目玉の墜ちた者から、眼窩(がんか)となった新しい顔に破れたセーラーハットを被り(かぶり)直すと、延々の修羅にまた舞い戻る。

 砲弾は真ん丸の鉄球から、先がとんがり甲板を突き破って中で爆発できるようハラにイチモツ抱いたものに進化していったが、身千切(みちぎ)れる肉は相変わらず柔らかなままだ。眼窩の水兵にかわった大人数が、押し合いへし合い助けてやらねば、割りに合わぬ様相を(てい)してきた。


 歪みの亀裂から大きな銅鐸(どうたく)が降ってくる。

 甲板は傷つけずに堂々とした顔で辺り(あたり)睥睨(へいげい)する。

 今度のイチモツは、食べやすいようにと穴の空いたベーグルに化けて、クリスマスのツリーのような飾り付けで、その胴回りにみっしり取り付いている。眼窩の水兵たちは、そいつをひと飲みしたら、イルカのブリッジよろしく、海の中へ。

 爆発は四方へは向かわず、海面から水柱が立ち上がり、キールを超え、見張り台の「鳥の巣」まで上がって、噴水した。

 すでに生身ではないので、再び千切れた身体は元に戻るのを待ってから、ずぶ濡れの裸の格好で甲板に上がる。

 

 それでも途中に、血の匂いに釣られた肉食魚に持っていかれた「部位」は戻しようもなく、肩の骨が剥き出しであったり、小腸そっくりを盗られた(やから)なんぞは腹回りが紙人形のように薄い。それでも、皆んなセーラーハットだけは放さないよう、爆発したあとも手をあてているので、失くした水兵は一人も見ない。

 これが海軍の矜持(きょうじ)なのかと思ったら熱いものが込み上げてきた。


 あがったあと、清潔第一の海軍が用意してくれた真新しいセーラー服に身を包むと、神輿でも担ぐみたいに寄ってたかって銅鐸へと突進する。それが、持ち上げようとするくせに、肩に乗せるでなく、さっき海に入ったときの藤壺でもこそげ落とすような、ザラザラだが冷たくはない銅面に背かなを(こす)りつけ、寄ってたかって担ぐように押し出すように、おしくら饅頭の粒になる。


 ゴシゴシ ゴシゴシ ゴシゴシゴシゴシ ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴ・・・・・・


 うんともすんとも言わない銅鐸は、634人まで食っついたゴシゴシですっと浮かび、「抱えてきたベーグルの代わり」というように、真新しいセーラー服の白い白い眼窩の水兵たち634人を貼り付けたまま海の中へと落ちていった。


 水柱が立つことも船が傾くことも無くなった。束の間かもしれぬが、大きく青い二枚貝を合わせた様な空と海の平らな中に船は浮かんでいる。が、その層をなしている歪みは相変わらずで、一艘の輪郭を描くことはいまだ出来ずにいる。


 こちらが出来ないのだから、銅鐸も水兵たちも底を見つけられずに延々と底に向かって転がっていくよりほか、あるまい。

 


 

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