第89話【クォーツドラゴン】
「……この奥かな?」
ベリー達が水晶の街に入ってきたところからさらに奥。街から少し離れている神秘的な場所に、上へ続く螺旋階段があった。
お爺さんから聞いたことが正しければこの先に《晶龍様》が居る。
「か、階段なげぇぇ」
「頂上まで続いてるかもね……」
螺旋階段を上り始めたはいいが、長すぎる。
「うひゃあ高いねぇ」
ベルが螺旋階段の柵から下を覗いて言う。
そしてそこから何分か階段を上り、やっと終わりが見えた。
「着いた~!」
「ってこの扉……ボス部屋じゃん!」
と、着いたはいいが目の前の巨大な扉の装飾から、明らかにボスがいる部屋だ。
「ここに来て戦闘か?」
「まぁ行くしかないわよね、戻るの面倒だし」
面倒は面倒だが、そもそも戻ったところで意味はない。何故ならアイテムを買えないのだから。
「じゃあ、お邪魔しまーす!」
そう言ってベリーは部屋の扉を開く。するとそこには《晶龍様》と思われる一匹のドラゴンがいた。
『……ごきげんよう、外のお方、この私に何か用があるのでしょう? そんなところにいないで、こちらに来なさい、私に敵意はありませんよ』
と、身体中が水晶のようになっていて顔を見上げるほど巨大な見た目をしているドラゴンだが、口調は丁寧で優しい感じがした。
「え、えっと……じゃあお言葉に甘えて」
ベルがそう言って、全員《晶龍様》の元へ行く。
『さて、用件というのは恐らく私の許可が欲しいのでしょう?』
「は、はい! そうなんです! 許可が貰えないと食べれなくて……!」
そのベリーの言葉を聞いて、《晶龍様》は笑いだす。
『ふふ、そのような理由で来られたお方は初めてですよ……あぁそうです、自己紹介を忘れるところでした、では失礼して……』
《晶龍様》はそう言って、大きな身体を揺らして起き上がる。
『我の名は《クォーツドラゴン》、この水晶の地の王である……ハァ、やはりこの言い方は疲れますね』
《晶龍様》、正式な名を《クォーツドラゴン》と名乗ったがどちらで呼べばいいのかわからない。
「何て呼べばいいかな?」
『そうですね……いつも堅苦しく呼ばれてますし……お好きな風に呼んでくださいな』
と、本人がそう言うのでベリーは少し考え。
「うーん、じゃあ……クーちゃんで!」
「ちょ、ベリー!? それはいくらなんでも……」
『はい、それでは私のことはこれからクーちゃんとお呼びください』
「いいの!?」
ベルが一瞬驚くが、まさかの承諾。ベリーのおかげで《晶龍様》や《クォーツドラゴン》ではなく、クーちゃんと呼ぶことになった。
『それでは、簡単に説明致しますと、この街で自由に動くには私からの許可証が必要となります……ですが当然簡単には渡すことは出来ません、なので私がこれから言うモンスターを狩って来てください』
クーちゃんがそう言うと新たにクエストが発生する。
『討伐するモンスターは、この辺りを縄張りとしていて街の人達に度々襲い掛かる《アイスウルフ》と《イエティ》です、それぞれ三匹程度お願いします』
「うん、わかったよクーちゃん! それじゃあ待ってて!」
ベリーはそう言うとダッシュでフィールドへ飛び出ていった。
「あ、あー、ごめんね、えーっと……クーちゃん」
『いえいえ、賑やかで楽しいです、さぁ、あの子だけでは不安です、あなた達も行ってください』
確かにベリーだけでは不安だ、急いで追い掛けなくては。
「うっし、んじゃ早く追い掛けるか」
「そうだね、それじゃあ……えっと、クーちゃんさん、また!」
ソラとバウムがそう言ってベリーを追い掛け部屋から出る。
「いくらベリーでも危険かそうじゃないかくらいわかるわよ……全く」
「……でもホントは心配で心が苦しいのーー………」
「なっ、ち、ちがっ……ほ、ほら早く行くわよフィール!」
アップルはそう言ってフィールを引きずりながら部屋を出ていった。
「ま、待って! 私を置いていかないでくださーい!」
それを追い掛けてローゼも出ていく。
「みんな忙しいなぁ、ホントなんかごめんね?」
『それほど皆様がそのベリーさんが好きということでしょう、羨ましい限りです』
「まぁね、ベリーはなんか……よくわからないけど人を惹き付けるんだよ、私もベリーが好きだよ、本当に大好き、だからあの子は私が守る、ベリーが守りたいと思うものも全部ね」
ベルのその言葉を聞いて、クーちゃんは少し顔が暗くなる。
『……少し厳しいことを言います、誰かを好きになるというのは、とても素晴らしいことです。でも、だからと言って……守るために自分が犠牲になるなんてことには絶対にならないでくださいね? どんな生物でも、自分が一番大切なんですから』
「わかってるよ! それに……あー、えっと……」
「ここはゲームだから」という言葉を、クーちゃんに言ってもいいものかと言葉が詰まる。NPCにこんなこと言っても反応はないが、《ヘルツ》などの特殊なモンスターは、もしかするとその一言で自覚してしまう可能性がある。それによってクエストなどに大きな変化が訪れてしまう。
『……えぇ、そうですね、わかっているのなら大丈夫ですね』
「あっ、う、うん! 大丈夫! それじゃあ私も行ってくるよ!」
ベルはそう言って部屋から出ていった。
『……私は水晶、全てを見通します……だからなのか、あなたの運命がわかってしまうような気がして……心配です』
《クォーツドラゴン》は誰も居ない部屋でそう呟いた。
彼女はとても美しい音を響かせる。




