第81話【熾天使】
『大変申し訳ありません、プレイヤーの皆様に報告します。第三階層のボスモンスター、《シーツリヒター・セラフィム》がバグにより出現しないことを確認しました。5分後、緊急メンテナンスを行いわせていただきます。』
ベリー達がホームでくつろいでいると、アナウンスが流れる。
「バグなんて珍しいね?」
ベリーがジュースを飲みながら言う、確かに《NGO》ではバグなどほとんど無かった。
「確かにそうだね」
「んだなぁ」
バウムとソラはそう言う。ソラはそこまで気にしていないようだ。
「まぁバグくらいはどのゲームでもあるわよ」
「ん……この世に、完璧なものは……ない」
「バグかぁ……」
バグ、といえばベルは《ヘルツ》のことを思い出す。《ヘルツ》はこの世界がどういう世界か自覚してしまい、自身のクエストそのものを変えた。これも一種のバグなのだろうか。
* * *
「さてと、どーしよっかなー」
次の日の放課後、鈴は帰宅する準備を終えたもののまだ教室に残っていた。
「まだ……メンテナンス終わってないみたい……」
理乃はスマホの画面を見ながらそう言った。あのアナウンスから何時間も経っているが、まだメンテナンスは終了していなかったのだ。
「そうとう手こずってるってことね、それにしてもこんな長いメンテナンス、初めてなんじゃない?」
林檎が言うように、ここまで長いメンテナンスは初めてだ、そもそもボスモンスターが消えるというバグ自体が初めてなのだ、細かなバクはどのゲームでもほぼ必ずと言っても良いほどある。ただ大きなバグでもこんなに修正に時間が掛かることはない。
「んー、まぁ考えても仕方ないかな」
鈴はそう言って鞄を持った。長くても今日中にメンテナンスは終わるのだから、深く考えても意味はない。
* * *
そして《NGO》内では、《シーツリヒター・セラフィム》討伐部隊が結成されていた。
「……見つけました、《シーツリヒター・セラフィム》です」
「ローゼスゴい! じゃあちゃっちゃと終わらせようか! うん! 早く帰ろう!」
八神もといニャンコ二世がそう言う。なぜこうなっているかと言うと、《シーツリヒター・セラフィム》は正確には出現しないではなく、“別の場所”に出現してしまっていたのだ。
だがそのままモンスターを移動することは難しいので、出現場所を再設定した上で討伐して、第三階層のボス部屋に出現させるのだ。
「すみません、恐らく私の《自動クエスト生成システム》が誤作動してしまったみたいで……」
《自動クエスト生成システム》はローゼが他プレイヤーと接触することでそのプレイヤー達が何を欲しているかを感知し、自動的にクエストを生成するシステムだ、ただそれをローゼ自身が思うように扱うことは出来ない。
「ま、こっちは制作者側だ、負けるはずがねぇさ、それに人数もいる」
タケが言う通り人数は20人だ、そして全員レベルも高い。
「はい、倒すことは問題ない……のですが……」
ローゼはある不安があった。それは《シーツリヒター・セラフィム》が誤って出現した場所だ。それは現在の《NGO》の最上階、第五階層だった。第五階層はまだプレイヤーは一人も到達していない。
「にしても、第五階層はやっぱ不気味だなぁ」
《シーツリヒター・セラフィム》が出現した場所へ移動している最中、第五階層を見てタケはそう言う。そもそもこの《NewGameOnlin5》は第百階層まである超が付くほど長い階層ではない。第三階層の時点でモンスターは既に高レベルなのだ。
「うちの社長が何考えてるかは知らないっすけど……あっても十階層まででしょうねー」
仲間の一人がそう言う。第十階層が出てくるかは三嶋達にはまだわからないことだ。
「《シーツリヒター・セラフィム》がこちらに近付いていますね……」
「え? そいつってそんな索敵範囲広かったっけ?」
「いえ……でもバグでこんなところに出現しているんですから、その辺もおかしくなっているんでしょう」
バグで索敵範囲の拡大、そしてさらに、バグってしまったところがあった。
「え……マジかよ、あんなデカかったか……?」
タケは《シーツリヒター・セラフィム》の姿を見て驚く。通常の大きさの5倍はあった。
『プれ♯ィ八~▲↓ヲ●◎カ#%クに‰ン、【審判】ヲΩ→▼♀開死シま…"ス』
《シーツリヒター・セラフィム》はバグで色も、形も、言葉もおかしくなっていた。《シーツリヒター・セラフィム》は三対六枚の翼を持ち、人型ではない燃え盛る天使のモンスターだ。《審判の熾天使》という意味の名前を持つのは、第四階層からレベルが急激に高くなってくるので、上級者ステージになるということだ。上を目指すなら立ちはだかる壁は存在するものだ。
「よし、行くぞ!」
タケの合図で全員が《シーツリヒター・セラフィム》に突撃していく。
「ッ! 止まってくださいッ!」
すると突然ローゼがそう叫んだ。皆その言葉に振り返ると、ローゼの顔は驚愕、恐怖、といった感情が取れる表情だった。
「ど、どしたのローゼたん?」
「そ……そのまま、全員振り返らずに、武器をしまってゆっくりこちらに……」
何かはわからないが、ローゼがそう言った直後、後ろで何かを引きちぎった音が聞こえ、全員こう思った。「振り返ったら死ぬ」と。ゲームだからいいが、凄まじい恐怖が襲ってきたのだ。
「だ、だが……あれを倒さないとゲームが……」
「大丈夫です、三嶋さん、全員今すぐログアウトしてください……あれは、見ないほうがいいかと……」
ローゼは何とか声を出して言う。
「……わかった、全員、ログアウトしろ」
タケの一言で全員が頷き、ログアウトしていく。
「ろ、ローゼたんは?」
「私は大丈夫です、安心してください」
ローゼは笑顔を作りそう言う。
「行くぞネコツー」
「う、うん」
そして最後の二人がログアウトしていった。
「………………」
そしてローゼは目の前で、“悪魔”に翼を引きちぎられていく《シーツリヒター・セラフィム》を見た。
「……ログ、アウト」
ローゼは見なかったことにした、早くこの場から離れたかった。アレは見てはいけなかった。
「これが……ゲーム、ですか」
* * *
その後何事もなく、《シーツリヒター・セラフィム》は第三階層のボス部屋に出現して、メンテナンスは終了した。
うまはじメモ。
《シーツリヒター・セラフィム》
上級階層へ行くプレイヤーの壁として作られた《審判の熾天使》。遠近両方を得意とし、プレイヤーのレベルによって強さが変わる。




