第65話【ヘルツ】
ベルとの戦いの最中、《ヘルツ》は昔のことを思い出していた。
ただその思い出は、全て作られた記憶で、“弟”がこの世界に居ないということを知った今では、その思い出は《ヘルツ》にとってただの苦痛でしかなかった。
「お姉ちゃん! この本見てよ! 主人公がかっこいいんだ! 僕もこんな風になりたい!」
そう言って持ってきたのはある英雄が活躍する古いファンタジーの本だ。
しかしその本すらこの世界には存在しない。
昼に食べたものだって、自身の両親だって……全て、記憶にあるもの全てが偽物だと知ったときはおかしくなりそうだった。
何故この世界がゲームだと自覚しているのか……何故自身に心を与えたのか、モンスターに心を与えたのか、《ヘルツ》はわからなかった。
心が無ければ、ただのゲームのボスとして、モンスターとして戦えるのに。
ベルに向けて放った【フロストショット】だって、本当は当てれたのだ。
しかし、甘さがあった。ベルのあの目が、“弟”と似ていたのだ。
それだけではない、自分とは全く違う、綺麗な金髪も、その仕草も、笑顔も……似ている。
そして今も、「お姉ちゃん」と笑顔で呼ぶ声が頭に残っていて……。
『ベルッ! 来いッ! 殺す気で来いッ!』
だからベルが自身を殺す気で来なければ、思うように戦えない。
相手が本気で殺しに来ているのなら、戦えるはずなのだ。
「……なんでそんなに……悲しそうな顔をするのさ」
もしも相手がベルではなかったら戦闘中に“弟”を思い出さずにすんだのだ。
今だって手が震えて仕方ない。杖を持つ手が汗だくになっている。
“ベルを殺せるのか”そう自身に聞いても、答えはNoだった。
城を崩した時だって、ベルをすぐに発見した。動けない彼女を一方的に攻撃することも出来た。
しかしゲームとわかっていても、ベルの少し苦しそうな表情を見て、とたんに心が苦しくなった。
『何をしている、早く回復しろ』、『さっさと起き上がれ』、そう思ってしまった。
『《ガーディアン》ッ! 攻撃しろッ!』
だから自分でトドメを刺すのではなく、《ガーディアン》にさせることにした。
しかし防御力が高いモンスターを選んでいる辺り、もしかしたら自分は死にたくないのかもしれない。“弟”が居ない世界など意味がないというのに。
「ッ! 【クイックスラッシュ】ッ! 【サウザンドシュート】ッ!」
ベルは右手に《断鎧の短剣》、左手にハンドガンを装備し、《ガーディアン》の攻撃を避けてスキルを発動する。
『エン………ダメだ……』
《ゴブリン》に使用した、特殊なエンチャントスキル、【エンチャント・デスフレイム】は一撃必殺のスキルだ。
これをやれば一瞬で終わる。しかし発動することは出来なかった。
「【アイス・エイジ】ッ!」
ベルは【アイス・エイジ】で《ガーディアン》達の動きを止めていく。
「【フルチャージ】、【オーバーチャージ】、【リミットブレイク・チャージ】ッ! ……【アクセルブースト】ッ!」
強化された【アクセルブースト】は、フィールが使っていた【加速】というスキルとほぼ同じ速度になり、次々と《ガーディアン》達を斬り裂いて倒していく。
「てりゃぁぁァァアアッ!!!」
『ッ!?』
その速さで、ベルは遂に《ヘルツ》に一撃喰らわせた。
『……は、はは……やるじゃないか、ベル』
「………………」
《ヘルツ》の声は震えていた。
そして気付けば涙が溢れていた。
何をしようにも、“弟”の姿が脳裏をよぎる。
『どうすれば良いんだ……』
「……覚悟が出来てないのは、あなたのほうだよ」
もうベルは覚悟しているのだ、《ヘルツ》を倒すことを。
『覚悟……か……お前はもう出来ているのだな……』
《ヘルツ》は杖を強く握り締め、ベルに答える。
『……お前の覚悟、見せてもらおう。私も覚悟したよ……』
《ヘルツ》はそう言って杖を前に構える。
『【音速化】、【ソニックブーム】ッ!』
「なッ!?」
《ヘルツ》が発動した【ソニックブーム】により、強い衝撃波がベルを襲い、吹き飛んでしまう。
「音速……ってことはッ! 【スピードアップ】、【絶対回避】ッ!」
ベルはそう言って即座に立ち上がり、【音速化】により音速で移動するようになった《ヘルツ》の攻撃を避けようとする。
『【マジックウェポン・ブレード】ッ!』
《ヘルツ》は【マジックウェポン・ブレード】で、《焼結の宝杖》にブレードを付属させ、ベルを斬る。
【絶対回避】で避けれはしたが、まだ効果は終わっていない。
『すまなかった、全力でやろうと言ったのはこちらだったのにな……』
《ヘルツ》は思考を変える。ベルはベル、“弟”は“弟”だと。
似ているだけで全くの別人だと。
これはゲームだ。
自分はボスモンスターだ。
ならばプレイヤーを全力で倒さねばなるまい。
『……【エンチャント・エクスプロージョン】ッ!!!』
「本番は……こっから! 【暗殺ノ技】……ッ!」




