外伝#2【ロートフェルゼン・コロッサス】
ダンジョンを彷徨うこと数分。宝箱から回復ポーションが手に入ったおかげで、ヒットポイントの自然回復を待つこともなくなってカウンターがやりやすくなった。
途中、トラップ型の宝箱を開いた時はどうなることかと思ったけど、飛び出てきた触手はあえなく【反撃者】の餌食だ。
問題はMP残量。自然回復はするけど、消費量が多すぎて連発が出来ない。さっき倒した四本腕のモンスター、高レベルだったこともあって私のレベルも上がったからINTにポイントを振ってMPの最大値を上げた。それでも、たったの二回が限度。
「やっぱり、武器がないのは難しい……」
そんなこと言ってる間に、もうダンジョンの最深部まで来てしまった。大きな扉が待ち構えている。
その重厚な扉には絵が彫られていて、趣がある。高難易度ダンジョンなだけのことはあるらしい。傍にあった青火の松明を拝借し、彫刻を照らしてみると星みたいに煌めいた。
「……巨人だ」
剣や槍を携えた大きな影が街を踏みにじる光景。
綺麗に彫られているけど、少し不気味……
『――警告。開門するとクリアするまでダンジョンから出ることはできません。ダンジョンクエスト、〈賢者の石〉を開始しますか?』
扉に触れると、そんなメッセージが道を阻む。
「…………開門して」
そうして、扉が音を立てながら重々しく開かれた。
静かな暗闇の中へ、私は進む。
カツン、カツンと、靴が擦れるたびに音が響く。障害物が一切ない、青光りに包まれた鉄箱の中みたいな空間だ。
少し奥まで歩くと、途端に青い火が揺れ動いて中心部に黒い渦が現れる。ブラックホール……とまでは言わないか。ワープゲートみたい。
「【反撃者】……セット」
そんな渦を掻き分けて、巨人は姿を現した。
ここからは、敵の攻撃を見極めて大ダメージのみをカウンターしていく。油断は許されない。
「……《ロートフェルゼン・コロッサス》」
――赤岩の巨人。ちょっと大きすぎる気もする。
「ゴォォォォォォオオッッ!!!」
「…………」
咆哮と共に五本のHPゲージが展開された。
あの体格からして攻撃速度は遅いはず。それなら、今の私の足でも回避は簡単――
「……いや、これ……!」
手を広げた巨人に、私は扉の彫刻を思い出す。
彫刻の巨人にはいくつも武器があった。でもどうだろう、現れた巨人は丸腰だ。考えられるのは一つしかない。
――虚空から、不気味な巨人には似合わない黄金と純白の両刃剣が生成される。
思わず目を見開いた、その瞬間。剣が飛んできた。
「ッ! 大きすぎ……!」
大砲でも飛んできたように床を粉砕した剣は、当然だけど巨人サイズ。衝撃の余波で体が浮いてしまうほどに強力だ。
神聖な剣の名は《カラドボルグ》……アーサー王が持つエクスカリバーの原型とも言われる剣。
予想外……というか規格外すぎる。大剣どころじゃない。今はとにかく、敵の攻撃方法を洗い出そう。
なんて思っていれば、次の剣が作られた。今度は魔剣グラムだ。
「それだけじゃない……バルムンク、デュランダル、ダインスレイフ、レーヴァテイン、グングニル、ゲイボルグ。全部神話の武器……レジェンダリーウェポン……っ!」
最高ランクの武器を作り出して攻撃してくるなんて、序盤のダンジョンじゃ考えられない。
たゆたう剣達を掴んだ巨人は、腰を捻じ曲げる。
「――ッ! カウンター!」
遠心力で竜巻を起こしながら、グラムとバルムンクが飛んでくる。
さっきのカラドボルグと同じように床を抉って、勢いが止まらず迫ってきたそれをわざと受けて反撃。
HPは1だけ耐えて、そのダメージが巨人のHPを削った。
「あ、浅い……これじゃダメ……」
あんなに大袈裟な攻撃のわりに、削れたのはゲージ一本のうちの一割。残りの回復ポーションは六本で、こんなことを続けていたら絶対に削りきれない。
「考えて、導き出して……! 敵の攻撃を見極めて……!」
次々と飛んでくる伝説級の武器を、全力疾走して掻い潜る。
スタミナにはまだ余裕があるけど、巨人はまた剣を作っていた。
「……剣を、回収しない……? ずっと残り続けてる……」
攻撃に使った武器は消えていない。利用しようにも大きすぎて扱えないけど、何か意味があるはず。
例えば、ダインスレイフ。あれは血を吸い尽くすまで鞘に納まらない狂剣。今もゆっくりと、独りでに床から刃を抜いている。
もし神話と同じ能力があるなら、ダインスレイフの刃は耐えてもHPを吸収されるだろうから、攻撃を受けることはできない。そうすると戦闘中、ずっとダインスレイフから逃げることになって戦いづらい。
そんな必死攻撃、回避手段が用意されてなきゃおかしいよね。
「……使える」
思った通り、再び飛んできたダインスレイフは自動追尾してきた。なら、と私は巨人に向かって走り出す。
巨人が生成したのはフラガラッハ。報復者の剣。これもいい。
ダインスレイフが速度を上げ、私を貫こうとした瞬間だ。
ギリギリまで引き付け、避ける。追尾対象が消えた剣は急に方向転換なんて出来るはずがない。つまり、ダインスレイフは巨人へ向かう。正確には、巨人が持つフラガラッハに――
轟音と共に、フラガラッハは砕かれた。
巨人はダインスレイフに貫かれ、HPを奪われていく。
そして、砕かれたフラガラッハは攻撃者に報復、つまり反撃する。
ダインスレイフは私の意図で誘導されたに過ぎない。当然、ただの武器であるダインスレイフが報復対象になるはずもない。フラガラッハは元を辿り、ダインスレイフを生成して投げ飛ばした巨人自身へ報復するのだ。
「ゴッッ――オオォォォォッ!!」
フラガラッハが消滅すると、巨人は突然唸り声をあげる。
作戦通り、HPゲージを二本消し飛ばした。まだダインスレイフはHPを吸い取り続けているから、三本目も時間の問題だろう。
つまり、残り二本のHPを削る方法を考えればいい。
私がするのはそれだけ。たったそれだけだ。
「なんだ……簡単……」
続けて、必中の槍、ゲイボルグとグングニルが再び飛んでくる。
これも同じだ。引き付けて、避けて、巨人にお返しする。
赤岩の体が貫かれ、矛先が床を刺して巨人を捕らえた。
もう動くことは出来ない。HPは残り一本……
「ん、この石……」
砕けて落ちた赤石を拾うと、淡く光を放っていた。
すると他の剣が縮んで、プレイヤーが持てるサイズにまでなる。
「クエスト名は〈賢者の石〉……全身が賢者の石で出来たゴーレムってことか……体が崩れて力を維持できなくなったんだ」
バルムンクとレーヴァテインを拾ってみる。装備はできないけど、数秒だけ攻撃することができるらしい。
「じゃあ……使わせてもらう」
ただ剣を振っても、体格差がありすぎて巨人の脚にしか攻撃できない。弱点は頭か、胸のコア。そこへ攻撃するには、巨人がやっていたように、力いっぱい投げ飛ばすしかない。
「――――フッッ!」
バルムンクを頭へ、レーヴァテインをコアへ投げ、突き刺す。
巨人もされるがままなはずもなく、再び武器を生成し始めた。
今度のはもっと大きく、神々しく、閃光を放つ。
グラムとデュランダルを拾い、再度、投擲。
巨人のHPを赤色まで削ると、閃光はより強くなっていく。
「カラドボルグ……最後の剣……」
それを拾って、白き光の渦から現れる巨槍を見上げて目を細める。
MPを消費してカラドボルグに雷属性を付与させれば、もう何者にも止められない。
「穿て稲妻……カラドボルグ」
「ロン、ゴ……ミニアド……ッッ!!!」
剣は投げられ、槍は墜突し行く。
でも、カラドボルグは槍を受け止めるわけでもなく、巨人の心臓を穿って終わるのだ。まだ巨人のHPは削りきれない。
だって、ただのラストアタックじゃつまらないから。
回復ポーションを飲み干し、手を構える。
それは自業自得のラストアタック。自滅を誘う、持たざる者の反撃――
「…………【オーバーカウンター】」
光に呑まれた瞬間、受けたダメージを数倍にして反す余剰火力が炸裂する。
部屋全体が閃光に包まれ、巨人――《ロートフェルゼン・コロッサス》のHPは全損。跡形もなく消滅した。
『クエストクリア』
祝福のファンファーレと共に、ダンジョン攻略の報酬と討伐報酬が支払われる。随分、気前がいい。
そして、新たにスキルを獲得した。
「ユニーク、スキル……?」
他とは逸脱したそれは、【創造者】の名を冠して私の手元に収まった。
「自由に武器、防具の生成(創造)が可能……へぇ……これも、面白そう……」
胸の高鳴りがやまない。
もっともっと、このゲームを遊び尽くさなきゃ。
――こうして、私は新たな力を手にしてダンジョンから脱出した。先駆者として、この広大な大地を誰よりも先に駆け巡るのだ。




