外伝#1【まだ、持たざる者であった頃】
短編な外伝をやりたくなりました。理乃さんです。
一人称視点です。
私は、酷く物静かだと言われる。
どこを切り取っても美しく、人形よりも人形らしい子……と、私は人間だと言い返したくもなるけど、言い合うのは面倒だから唇はそのまま線を引く。
そうして私、理乃・スフィールは携帯ゲームを開き、イヤホンを耳に嵌めて意識を外界と隔絶するのだ。
クラスメイト達はそんな私の姿を見下ろし、俯いた顔と枝垂れた黒い髪を見てニヤつきながらぼそぼそと何かを話している。
別に、気にならない。気にしたくない――
「――……飽きた」
ゲームの電源を切って、外界と再び接続する。
帰りのバスの中は、傾いた太陽ですごく眩しい。
時間を少し遅らせたから、車内に知ってる顔はないけどこの時間帯でも多くの人が利用している。ちょっとだけ息が苦しかった。
やっぱり、外国は慣れない。早くどこかへ、誰にも邪魔をされないところへ行きたい。
「……そんなとこ、ないのに……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ただいま。と言っても、お母さんとお父さんは仕事で家には誰もいない。
暗闇と静寂だけがある。こんなものが、私と同じらしい。
「……違うゲームしよ」
ゲームが私の居場所。現実を忘れられる唯一のツール。
お父さんの部屋にはいろんなゲームが置いてある。レトロなものから最先端のものまで、幅広く。私がまだ全てをクリア出来ていないほど、ゲームコレクターだ。
でも、その日見つけたのはどんなゲームよりもひと際輝いて――異質的だった。
「《New Game Online》……? ナンバリングされてる……初めて見た……」
見慣れないパッケージに、『5』と印されたそのゲームを手に取る。
「検索にヒット……したけど、《NGO5》はない……発売前のゲームってこと……? お父さん達が働いてるとこだ」
制作会社は米国に本社を置いているらしい。
日本では人気らしく、ありきたりなネーミングのわりには前作は約1,500万人もアクティブプレイヤーがいた。
ゲーム内の戦歴ランキングは毎月更新されるようだけど上位プレイヤーがほぼ変わっていない。根強いファンがいるんだ。
「……フルダイブ」
噂によく聞く、意識を仮想世界に落とすもの。
つまり、現実世界との隔絶。これだ、私が求めていたものは。
この世界なら、きっと、私はうんと羽を伸ばせる。
私は、とても期待していた。意識を落とすというのがどういう感覚なのか想像もつかない。少し怖くもある。けど、〝面白そう〟と心の中で叫んでいるゲーマーの性に抗えなかった。
パッケージの傍に置いてあったフルダイブ機器一式を部屋に運んで、英語表記の説明書を隅々まで確認する。
「Prototypeか……でも、危険性はなし……」
それが分かれば、問題はない。その重々しいヘルメットを被って、寝心地の悪いベッドに横になる。
深く、深く、眠るように呼吸をして、1、2、3とカウントを始める。
上がる心拍を落ち着かせ、そして――……
気付いた時には、真っ白で無機質な空間にぽつんと立っていた。
案外、フルダイブというのはあっさりしている。
「……ん、アカウントがある……」
音もなく現れたシステムウィンドウに目を凝らすと、メインアカウントとサブアカウントが既に作成されていた。
メインアカウントの方は十中八九お父さんのものだ。プレイ時間がかなり長い。対してサブアカウントは無名で、ほんの数分しかプレイされていない。ほぼ新しいアカウントだった。
わざわざ新しく作るのも面倒だし、サブを使わせてもらおう。
「プレイヤー名……《フィール》で登録。あとは職業を――」
職業選択をしようとしたその瞬間だ。
突然、光が煌めいて、私の髪の隙間を刺していく。
『Ghost』と馬鹿にされていた黒い髪はこの無機質な空間のように真っ白に染め上げられて、体に素朴な服を着せられた。
「……は……?」
そして、私は生まれて初めて絶叫することになる。
空間が消え、投げ出されたのは夕焼け空の中。
風が激しく打ち付け、ひたすら落下していた。
ああ……なるほど……
つまりこれが……急降下――――
「あぁ~~~~っ!!?」
地面が近い。やばい。死ぬ。
上空何千メートルから落ちたら、確か数分の思考猶予があったはず。いや、この状況でまともに脳を働かせられるならだけど。
そもそも距離的に、精々数百メートルのビルほどだ。
この高さでも人は死ぬ。そして当然、考えてる暇なんてもう数秒だってなくて……
怖くなって、視界を閉ざす。
そうすれば、風切り音と浮遊感だけが襲ってきて――
――――ドスッ……と、思いっきり地面に頭突きをするはずだった。
『落下ダメージ未設定』
メッセージが表示され、私は仰向けに倒れた。
痛みはないけど、心臓はまだバクバクと暴れている。
「…………はぁ」
でも、まぁ。
「すごく、いい……」
まだ発売されてないから当然だけど、誰もいない。
でも、不思議と孤独感はない。心地いい空気を胸いっぱいに吸い込む。
「緑の香り……土の感触……五感があるんだ」
原理はよく分からない。
起き上がってみても、しっかり体の重みを感じる。
風に揺らされた髪がこそばゆい。
傍を耳の垂れたうさぎが跳ねている。
ステンドグラスのような羽の蝶が、私の頭にとまる。
ここまで穏やかな気持ちになったのなんて、いつぶりだろうか。
「これが仮想世界……ここが私の居場所……」
つい、そわそわしてしまう。
こんなに面白そうな世界、遊び尽くさなきゃもったいない。
起き上がった私の頭から蝶が飛び立ち、キラキラと鱗粉を振りまきながら遺跡の方へ向かっていく。
葉っぱや蔓で隠れてて、入り口に気付かなかった。
「ここ……ダンジョン……?」
私が近付くと、石の扉が重々しく開く。
真っ暗な階段は、松明に青い火が灯して誘おうとする。
そんなワクワクすることされちゃったら、入るしかない。
きっとチュートリアル用のダンジョンだろうし……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――などと考えていた数分前の私を恨む。
「ギャグロォォォォォォ!!!」
四本の手を壁や天井につき、道を砕きながら迫ってくるモンスター。レベルは30……これがチュートリアルであってたまるか。
「しかも……っ、これっ!」
開いたステータス画面は酷いものだった。
レベルは10だけど、AGI以外のパラメーターが初期値。
それだけならまだやりようはあった。極めつけは……
「武器がない……っ!!」
よく見れば防具もない。今着ているものは見た目だけらしい。なんてサブアカウントだ。
無職、ノンウェポン&ノンアーマー、AGI極振り。アジリティに関してはそもそもレベルが低いから、今こうしてギリギリ逃げ延びることくらいしか出来ていない。
なにか……なにか対抗策を。このアバターに出来ること。
スタミナもそろそろ尽きそう。追いつかれる。
嫌だ、こんな序盤でゲームオーバーなんて――――
「――! スキル……!」
探し、見つけたのはスキルリスト。
目に留まったのは【反撃者】というエクストラスキル。
もう、効果を確認してはいられない。これに賭けるしかない。
「【反撃者】……ッ!」
振り向きざまに叫ぶと、一瞬、私の体は赤いオーラに包まれた。
「グロロォォグ!!」
四方から爪に引っ掻かれ、ダメージエフェクトが散る。
そう、確かにダメージはあったはずだ。少ないHPが一気に削られて、普通なら私はゲームオーバーするはずだった。
でも、私が見たのは悶え苦しむモンスターだ。散っていく巨体を眺め、全て理解する。
なぜ反撃者をリベンジャーと読むのか疑問だったけど、これは単なるカウンターじゃない。受けたダメージを何倍にもして反す、復讐者の怨み。
防御力にポイントが振られていないのも納得がいく。受ダメージが多いほど、反撃時の与ダメージも多くなる。私のHPが1だけ残っているのを考えるに、反撃するために耐える仕様らしい。
「面白いスキル……」
パラメーターは貧弱で、武器は無く、防具も無く、職業が無いから専用スキルも獲得不可。あるのは一発勝負のカウンタースキルのみ。
こんな縛りプレイで、高難易度ダンジョンの攻略なんて……
「……そんなの楽しいに決まってる。このダンジョン、反撃だけでクリアする……!」




