真編・第100話【祈契・蘆頭】
100話…また記念が増えてしまった()
上へ……神へ近付くほど、身体が重く感じて階段を登るのも一苦労する。苺は現在、《バベルの塔・第49階層》のボスモンスター《グロル・ロート》を討伐して、徐々に光が失われていく塔を登っていた。窓もないため、どのくらいの高さまで登ったのかは苺にはわからない。
『……っ、どうやら第三、第四階層にもバウムが戦っている人型の《アブソリュート・ユーベル》が出現しているようです』
「早く終わらせなきゃ、みんながっ!」
『__大丈夫だよ苺さん、倒せない相手じゃない!』
ボイスチャットで正樹が戦いながらそう言った。しかし、本人は隠しているようだが息は荒く、とても大丈夫とは思えないほど疲労しているようだった。だが倒せない相手じゃないというのは本当で、《アブソリュート・ユーベル》のHPはもう半分を切っていた。HPゲージが擬態していないことも確認済みだ。
『おれ達のほうも平気です! むしろ《灰の集合体》のほうが手強かったくらいですよ!』
『そうそう、だから先輩はこっちのことは気にしなくてもいいんだよー!』
「ミツルくん、ハヅキちゃん……!」
『わたし達も、みんなと一緒に頑張ってます!』
『苺ねーちゃんと戦っていろいろ学んだから、こんなやつに負けはしないよ!』
「ミナちゃんにサナちゃんも……わかった、信じる!」
みんなから元気を貰い、苺は第50階層の扉を開く。やっと半分まで来ることが出来た。
『……』
『モンスターネーム《祈契・蘆頭》…今までと雰囲気が違います、用心していきましょう』
「うん、出し惜しみ無しで決める! 【高霎】ッ!」
高速チャージし、水流に乗って《祈契・蘆頭》を斬り裂くと、壁を蹴り、もう一撃喰らわせる。さらに壁を蹴り、もう一撃。四足歩行の竜のような見た目の《祈契・蘆頭》に計20連撃、【高霎】で斬った。
「……浅すぎるッ」
『す、全て1ダメージ!?』
視界に映る《祈契・蘆頭》のHPゲージはほとんど変動せず、傷すら付けることが出来なかった。《祈契・蘆頭》はワニのようにも見える大口を開き、咆哮すると背中の無数にある謎の突起物から黒い霧を噴出する。
『__ベリー! あの噴出口から出ている黒い霧は極々僅かですが、ユーベルウィルスが含まれています!』
「くっ、【鬼神・真渢龍纏】……【龍ノ導】!」
《果ての弓》を構え、風に乗せた矢を放って操ると黒い霧を近寄らせないよう空気を動かす。そしてそのまま《祈契・蘆頭》の口の中に矢を貫かせる。
『__■▼ッ!?』
「雷公よ纏え、【メテオ・シュート】ッ!」
燃える一矢に雷公が纏い、雷の如く放たれると矢は流星のように《祈契・蘆頭》の頭を穿つ。
「【鬼神・真氷華纏】……【氷華満開・反転地獄】ッ!!!」
【メテオ・シュート】によって放たれた火矢が反転し、氷と成ると、黒い“霧”という水分が凍りついていく。
「再反転ッ!」
氷は炎へと変わり、身体の中まで凍りついていた《祈契・蘆頭》が強く燃え上がる。硬い鱗が溶け始め、背中の噴出口から出る黒い霧も炎で蒸発していく。もう一度反転すると《祈契・蘆頭》は完全に凍りつき、ビクともしない。
「【解放者】、【第一形態・焔炎刃】ッ!!」
二刀を永炎化し、苺はそれらを擦り合わせて火花を散らすと爆走する。氷を燃やし斬り、一瞬で冷気に満ちた部屋が熱気に包まれる。炎の軌跡が花火のように散って、水蒸気と共に消える。
『___ッ!!!』
「ぐあっ!?」
が、《祈契・蘆頭》は鱗が溶け、肉を露出させながらも尻尾を薙ぎ払い苺の背を打つ。
『存在理▲由をくださったあのお方の願いを叶えるために◆…倒れる訳にはいか▽□ぬのだ■……ッ!』
『ベリーっ!!』
「これ…くらい……っ、動けない!?」
壁に衝突してぐったりと倒れ込み、歯を食いしばって起き上がろうとする苺だが……その手に力は入らず、全く動くことが出来ない。視線を変えればすぐにわかった。《祈契・蘆頭》はあの一瞬で霧を噴出して部屋に充満させたのだ。
『その生命、いただ▲こう▼』
身体が痺れ、動けない苺に迫る口。ひと噛みで絶命させる強靭な牙がすぐそこまで近付く。逃げなきゃと頭ではわかっていても、超微量なユーベルウィルスが苺の思考を邪魔してスキル発動を制御してくる。纏う力を変えることも出来ない。
「……み…らい……をッ」
苺は視る。何通りもの未来……その全てを1つ1つ潰していき、最良の選択を導き出す。纏う力は氷華。スキルは使えず身体も動かない。……しかし、【氷華満開・反転地獄】はまだ発動中だ。部屋に炎や氷はないが、先程放った【第一形態・焔炎刃】の熱気が部屋に残っている。
__牙が肩に触れる。ゆっくりと皮膚を貫き、肉と骨にくい込ませてくる。その刹那、苺は声を振り絞る。
「反転……ッ!」
部屋の熱気は冷気へと変わり、苺は氷華の力を最大限まで高める。生物が生きることの出来ない温度まで下げる。だが氷華を纏っているとはいえ、苺も寒さを少しだけ感じ取る。長時間これをやれば苺の命も危ない。
『■ガッッ……動け…な▽……ここま▼で来て○……●噛み付く■ことも出来ぬとい◆◇うのかァァ◆ァァッ!!』
《祈契・蘆頭》は顎に力を込め、必死に噛もうとする。…が、既にその竜の身体は凍り、部屋もマイナス100度は超えていた。数秒後、静かに消滅した《祈契・蘆頭》の光の粒を眺めながら苺はなんとか再反転させ、炎へ変える。自分自身が燃えるが、氷華を解除してその炎を全て吸収し、立ち上がる。
「危なかった……」
もし、もう一度反転させることが出来なければ苺は凍りついたままだった。
『ほ、本当に…ヒヤヒヤしましたよ! 使うのをやめろとは言いませんが、極力こういった危ないことは控えてください! 最上階には万全な状態で辿り着かなければいけないんですから……
!』
「う、うん。だよね…ちょっと焦ってるのかも」
そう言って苺は汗を拭い、ポーションを飲んでHPを回復させる。苺のレベルはいつの間にか852になっている。残り50…最上階に着く頃にはレベルは999だろうか。
苺が焦るのはモンスターが登るごとに強くなっていくからだ。こちらの方がレベルは高いはずなのに、今の戦闘もそうだがここに来るまで危ない場面がいくつかあった。この調子では偽神・五島文桔と対峙した時、勝てるのか……不安になってくる。
『そうですね…とにかく、少し仮眠をとってください。何か異常があれば私が知らせます』
「で、でも! そんなことしてたらみんなが……」
『今の状態で登っても、疲労から重大なミスをしてしまう可能性が高いです! そうなればベリーは、また無茶をします……! だから無茶をしない、ミスをしないためにもここは休んでください』
不安定な状態は危険なのだ。苺はその鬼神の力を我がものとし、詠唱短縮や威力向上といったものを獲得したが、精神が不安定になれば“力に呑まれる”。
「……うん、そうしよっか。ローゼの言うことは正しいし、みんなならきっと大丈夫。でも、時間もないだろうし…30分だけ寝させてもらうよ」
『はい、そうしてください。ベリーを中心としたチーム《ゼラニウム》は、そう簡単には枯れませんよ』
ローゼのその言葉を聞き、苺は瞳を閉じる。息を大きく吸い込み、そして吐き出す。そうして心を落ち着かせ、深い眠りに落ちた。
真うまはじメモ!
ー《祈契・蘆頭》Lv830ー
その姿は竜で、ワニのような口を持つ。動きは鈍いが凄まじい破壊力を持っており、背の突起物…噴出口から微量のユーベルウィルスを含む黒霧を噴出する。
霧はどこまでも遠くへ広がり、吸い込んだ者を痺れさせる。しかし寒さに弱く、寒冷地帯では霧が広がることは無い。
元々は五島が《NGO5》のモンスターとして出そうとし、没にされたモンスターである。




