真編・第84話【夢幻滅却、無音の世界に徒花を】
呑まれるな。
「___ちご……苺! 早く起きないとみんなを待たせちゃうよ!」
「……むぁ?」
「ほらほら、寝ぼけてないでさっさと起きる! みんなと遊びに行くんでしょ?」
ポニーテールが似合う少女が、苺の身体を揺すって目覚めさせる。変な声を出して起き上がった苺は目を擦りながら周りを見渡す。
「……鈴?」
「うん? どうかした……? 具合悪いなら今日は無理しない方が……」
「あ、ううん! なんでもないよ! 早く準備しなくちゃね!」
何故かはわからないが、一瞬戸惑った苺はすぐに思考を変えて布団から勢いよく起き上がる。
思い出した。今日はみんなで少し遠出してお花見をする約束をしていたのだ。各自何かを持ち寄ることになっていて、苺と鈴はおやつ担当だ。朝、早めに起きてそのおやつを買おうとしていたのだが……見事に苺が寝坊して電車の時刻が迫っているところだ。
「…………」
「ん? 私の顔に何か付いてる? ……あ、こ、この服はちょっっっと私には可愛すぎるかなぁって思ったんだけど……! あったのがこれしかなくてですね……変なのは自覚してるよ、うん……」
「大丈夫、スゴく似合ってるよ!」
「そ……そうかな……えへへ、って……早く着替えないとホントに遅れる!」
「ああ! ごめんごめん、鈴がいつもと違う感じがして見惚れてたよぉ」
「〜〜っっ!! 褒めても何もあげないよ! さぁ早く着替えるっ!」
「は、はいぃぃ!」
なんてことない普通の日常で……どこもおかしくないはずだ。おかしくないはずなのに……苺はじっと鈴の姿を見つめる。鈴を見ていると、どうしようもないほど怖くなり、寂しくなる。もちろん鈴が怖いのではない。嫌な予感……そんなものを感じる。
「苺、準備出来た?」
「うん、バッチリだよ! お財布も水筒も、カギもちゃんと持った!」
「んじゃあ行こっか」
そう言って鈴は扉を開ける。すると陽の光なのか、白く眩しい光が鈴を包み込む。そして、そこで思い出してしまう。
(あ、これ……夢だ……)
気付いてしまえば、その夢幻の世界は消し滅び……黒く塗り潰されていく。それでも苺は必死に鈴を呼び、手を伸ばす。しかしその声も、手も、届かない。
「わかってるはずなのに、心の奥では鈴がまだ生きてるって……いつまでも引きずって……」
ひとつの光だけが射し込む黒い世界でただひとり、苺は座り込んで呟く。
顔を上げればどこから光が射し込んでいるかわかるだろう。その光はきっとみんなを救うことが出来るだろう。きっとこの残酷な世界を終わらせられるだろう。だが、黒いものに身体が呑み込まれて身動きひとつ取れない。
「……私は、こんなに弱かったんだ……」
今ここで終わっても、自分より強い者が居るのだから……その人に任せて楽になってもいいのではと、そう思えてくる。
「あれほど呑み込まれるなって……あたし、言ったはずだよね」
黒い世界に赤髪の少女が立つ。
「もういいやって気持ちが一番危ないんだ。そう思えば、力は主導権がコチラにあると錯覚して奪いに来る」
「力って……なんなの……? なんで私なの……?」
「……あんたは多分、その力をあのモンスター… 鬼神閻魔だっけ、そいつの事だと思ってるようだけどそれは違う。あれはあくまでゲームだった頃の名残りだから」
赤髪の少女は苺の反応を見ながら続ける。
「……力っていうのは、《エクス・システム》っていう酷い名称を付けられた子。……本当の名前は槙奈・フォートリア、あたしとあっちゃんの親友……。そして、“限りなく人間に近いが人間ではないもの”」
「エクス…いや、槙奈さんが、あなた達と私にこの力を……?」
「……話すべきが話さないべきか……まぁでも、これはあのツァールって人も詳しく知らないだろうし、これを聞いてあんたがどう思うのか………うん、話すよ」
そう言うと、黒髪の少女が現れる。その姿は以前見た時とは違い、黒い2本の角が生えていた。赤髪の少女が指を鳴らすと炎が現れ、服装が攻撃的な印象のものに変わる。
「自己紹介……しておくね、私の名前は明芽、あっちゃんって呼ばれてる」
「あたしは日凪、あっちゃんからはひーちゃんって呼ばれてるよ。こうして見てもらえばわかると思うけど、あっちゃんは“鬼の力”を、そしてあたしは“炎の力”を槙奈に貰った」
「うん、でも貰ったっていうのは少し違うんだ。槙奈ちゃんの意思で誰かに力を与えることは出来ないんだよ。私達はたまたまだった」
「最初は超能力みたいなものを人に与えるものだと思ってたんだけどね……後からわかったことで、槙奈には“不可能を可能とする力”があった」
その“不可能を可能とする力”を五島に利用されたことで現実と仮想の世界融合が果たされてしまったのだ。鬼と炎の力も、本来合わさることは無かったものを《エクス・システム》……槙奈・フォートリアが掛け合わせて《NGO5》に適応させた。
「槙奈がいったいなんなのか……あたし達はその答えを知らない」
「あの頃は槙奈ちゃんを守ることに精一杯で……どうやって、誰が何のために選ばれるのか、そんな大事なところも知らずに戦った……」
槙奈・フォートリアの“不可能を可能とする力”により、人の領域から大きく離れた力を手に入れた明芽と日凪は過去、その力を利用しようとしていた五島と対峙し……敗北した。
「力には意思がある。それは槙奈やあたし達の想いとは関係なく牙を剥く。そして噛み付かれたら……そう簡単には離れない」
「そして今……苺ちゃんは噛まれている」
そう言われた瞬間、苺は自分が今、どういう状況にいるのかハッキリと理解する。身体のほとんどが黒に呑み込まれ、一筋の光は遠ざかっていた。
「戻らなきゃ……私がやらなきゃ! あのモンスターは、《終わりの試練》はユニーククエストなんだよね!? だったらツァールさんがいくら強くても絶対に倒すことは出来ない!」
「……《灰の集合体》の時、あんたは“私の力”って言った。もうその時点でほとんど力に呑まれてるってのに……今更どうするのかな」
「どうするなんて……最初から決まってるよ。うん、ずっと変わってない。私はこの世界を終わらせる!」
「……魂は、堕ちてないね」
苺の瞳を覗き込み、明芽は言った。
「はァ……全く、あっちゃんは甘いよ……。苺、次はないからね? 今回は助けてあげるけど、あたし達は死んだ身だからもう長くはない。いつかあんたの心から消える。だから、消えたあとに呑み込まれたら自力で何とかするか……死ぬしかない」
「わかってる。……いやわかってた。わかってたのに知らないフリをしてた……もう大丈夫、終わりを見るだけじゃなくて、自分自身もしっかり見る!」
「……嘘じゃないって証明して見せてよね。じゃああっちゃん、ぶちかますよッ!」
「うん、後輩が前へ進もうとしてるんだもん……私達も消えるまで頑張らなきゃ」
苺の言葉を聞き届け、日凪と明芽は天を見上げる。
「__さあ、特別に手を貸してやるからあたしが出来なかったことをやってみせろッ!」
日凪の口調が荒々しく変わり、炎が日凪の身体に纏わり付いて物凄い勢いで燃え上がり、周囲を焼き尽くす。
「ひーちゃん!」
「おーよ! 火炎武器生成、《燈大刀》ッ!」
日凪は燃え盛る炎を丁寧に束ね、自身の拳をぶつけて形を成すと《鬼神ノ太刀》によく似た、《燈大刀》を作り出す。
「みんなが笑い合える世界を……絶対取り戻して……!」
「うん、任せてッ!」
「__〖桐花 -真華- 〗ッ!」
「__〖鳳凰 -華止- 〗ッ!」
明芽は《燈大刀》を握り締め、声を大にして言う。
日凪はそれに合わせて叫び、鳥の形をした炎を放つ。
「ハァァッ!」
明芽は飛び上がって日凪の放った炎を《燈大刀》で絡め取りながら勢い良く振り下ろす。まるで、苺の勝華爛漫と似ていた。
黒は燃え尽き、炎は苺を包み込むと光の射す方へ打ち上げる__
* * *
「【真閻解・鬼神纏】ッ!!!」
「来たか、苺クン!」
何分、何時間経っているのかはわからないが、《END・MACHINE》の猛攻から苺を守っていたツァールのHPは危険値までになっていた。
「すみません、でも大丈夫です!」
「……いい顔をしているな。では反撃だ、ぶちかましてやろうか!」
「はい、ぶちかましますッ!」
意識を覚醒させた苺はそう言うと、ツァールと共に《END・MACHINE》に接近した。
真うまはじメモ!
〖第八物語 -偽壊- 〗
〖桐花 -真華- 〗
〖鳳凰 -華止- 〗
これらの技は“スキル”ではない。




