真編・第79話【神はそれを見届けた】
(熱い……熱いっ! でも、“その程度”で済んでる……ッ!)
マグマの熱、それは生物が耐えられるものではないことは誰もが知っている。だがそれを苺は耐えていた。
(これならいける……!)
苺は【飛焔ノ翼】を発動して、一度マグマから脱出する。
「__もっと力をッ!」
「苺先輩!! くっ……ミツル、【エレボス】でどうにか出来ないの?!」
「苺さんを【エレボス】の中に入れようにもおれが落ちなきゃだし、発動して時間内に戻れる保証はないよ!」
明らかに無理をしている苺を見て、ハヅキは焦りの感情をあらわにする。ミツルもなんとかして手助けしたいのは山々だが、そんな力は持ち合わせていない。
苺は鬼神の力を強め、再度マグマへ突撃する。
『ベリー、HPが!!』
鬼神の力を強めたとしても、一度に吸収出来る熱は限りがある。吸収しきれなかったマグマにより、苺のHPはじわりじわりと減っていく。
「彼女は……」
男性神官が麻痺から解放され、よろけた足取りでハヅキ達に状況を聞く。
「苺先輩は、あなた達のために体を張ってくれてるよ。こんなこと……生贄を捧げるのとほとんど変わりないじゃんか……」
「……苺様は、神を信用しておられないようでした。……苺様の敵が神を名乗っているからなのか……なるほど、だから神が決めたルールから外れようとしているのですね」
「NPCにしてはよく喋るね」
「このような世界です。本来は存在しないはずの我々NPCもまた、生物の一種としてここで生きているんですよ」
訝しげな顔でハヅキは自分達は生きていると主張する神官を見つめる。
「苺様はそれをわかっておられる。だから我々を殺さず、行動の制限だけで留めている」
「わたし達だってわかってるつもりよ」
悪いのがこのNPC達ではないことくらい、わかっている。それでも自分の命を奪おうとした相手だ。ハヅキが信用出来るはずもない。なにかして来たらすぐ反撃出来るよう、ハンマーを握り締める。
「……ミツル! 先輩を助けるよ!」
『__お二人共、それはいけません! 今すぐここを離れてくださいっ!』
ハヅキがミツルの手を引き、火口へ向かおうとした瞬間に、ボイスチャットがローゼと繋がる。
「な、なんで……! 先輩を見捨てて逃げろって言うんですか!?」
『……っ、そうです! これだけのエネルギー、吸収出来たとしても抑えられるのは一定時間だけです。……許容範囲外なんです!』
そう、既に苺は【真閻解】で吸収出来る熱エネルギー量を突破している。しかし火山は衰えることを知らない。このまま吸収し続けていれば、いつかのように炎が溢れ、爆発してしまう。
『この《焼結島》を消す威力はあります』
「わ、わたしに……わたし達に出来ることは……」
『逃げてください、出来るだけ遠くへ。自分のせいでお二人が亡くなったと知れば……ベリーの心は完全に壊れてしまいます。だから、八坂苺を想うのであれば……どうか逃げてください……』
「……わかったよ、行こうミツル。NPC達も麻痺が解けたでしょ? 早くここから逃げるよ」
「ハヅキ姉……いいのか」
「苺ちゃんなら大丈夫だよ! だってあんなに強くてかわいいんだから!」
無理をした笑顔でハヅキは言った。
本当は今すぐにでも飛び込みたい。助けてあげたい。そんな感情をぐっと押し込み、ハヅキは火山を降りようとする。
「うぐッ!! あッ……! まだ、んぐっ……」
「せ、先輩っ!?」
火口から這い出て来た苺はすぐにポーションを飲んでHPを回復させ、また落ちようとする。
「……私なら出来る、私にしか……私がやらなきゃ……もっとうまくやらなきゃ……!」
「ま、待ってよ! 一緒に逃げれば誰も傷つかないよ!」
しかし、噴火する明日までもう時間が無い。登りで6〜7時間かかっているのだ。今から下山したとしても、途中で溶岩に巻き込まれてしまうだけだ。もう後戻りが出来ないからこそ、苺は無理をしてでも噴火を阻止しなくてはならない。
「私の力なら出来るよッ!」
『……ベリー?』
「先輩……」
焦り、怒り、不安、期待。そんな感情が苺を殴り、ふとそんなことを言ってしまう。すぐに苺は自分が言ったことを理解し、口を手で覆い隠す仕草を見せる。
「わ、たし……今……っ」
苺の力は《エクス・システム》があっちゃんとひーちゃんの2人の魂を繋いで受け継がせたものであって、決して“私の力”ではないことを苺は重々承知していたはずだ。
「ーーッ! こんなんじゃダメだ! しっかりしないと……!」
自分の頬を数回強く叩き、苺は正気を取り戻す。
「ハヅキちゃん、ミツルくん、手伝って……!」
「……! うん!」
「了解です! 苺さん!」
1人で何とかする必要などない。確かに2人がここに居れば危険に晒すことになるが……噴火を止めなければ全滅する規模なのだ。ならば全員で力を合わせてここを切り抜ける。
「……我々も協力しましょう。祝詞を唱えれば少しは神の怒りも抑えられるかもしれません」
「わかりました、お願いします。ハヅキちゃんとミツルくんは……怖いかもしれないけど、一緒に来てくれないかな……? 私も落ち着いて出来ると思うんだ」
「大丈夫ですよっ! かわいい先輩はわたしが守ります!」
「いやハヅキ姉は守られる側だろ!」
「ちゃんと守りますぅー!」
今も上昇し続けている火山のエネルギーがどれほどあるかはわからない。だが被害を最小限に抑えることくらいは出来るはずだ。3人は手をしっかりと繋ぎ、火口へ落ちていく。
「【エレボス】ッ!」
ミツルの【エレボス】により、無敵空間の中で苺は熱を吸収する。最大10分間だけHPは減ることは無い。だがやはり、許容範囲を超えた身体で吸収し続けるのは危険だ。
「マグマで減ったHPも、苺先輩の吸収した熱も、全部リセットすれば……ッ! 【デイモス】ッ!」
【エレボス】の効果時間が切れた瞬間にハヅキが【デイモス】を発動する。全員のHPは最大値までリセットされ、リキャストや苺が吸収した熱もリセットされる。そうして再度ミツルは【エレボス】を発動し、苺がさらに熱を吸収する。
神官達の祝詞の影響か、地震が少し収まってきていた。
『熱エネルギー、99%まで吸収完了! 充分です、早く脱出を!』
「【飛焔ノ翼】!」
ローゼの言葉に苺は2人の手を握り締めたままスキルを発動し、炎の翼を羽ばたいて空へ飛ぶ。その瞬間、残った1%の噴火が始まったのか、爆音のようなものと共に噴石が皆を襲う。
「ヤアッ!」
苺は一瞬だけ2人の手を離し、《鬼神ノ太刀・真閻》を突き出すと【燈灯線】を噴石の数だけ放ち、光は真っ直ぐに噴石を貫通して粉々に破壊した。
「……っと、みんな無事……だよね?」
苺は着地すると周囲を確認しながら言う。さっきまでのが嘘だったかのように辺りは静まり返っていた。空も晴れ始め、雲の切れ間から月明かりが差し込んでいる。
「凄い……すごいすごい! すごいよ苺先輩! ホントにみんな生きてる!」
「めちゃくちゃ熱かったですけど……よかったぁ……!」
無事、完全鎮圧に成功したのだ。苺の表情も柔らかくなる。
そして苺達は、峰奉祭最終日……12月31日を迎えたのだった___
寒いですね……ぜひうちの苺ちゃんに暖めて欲しいです……アッッッッツ!!?




