真編・第78話【華落】
花、落ちる。
苺は《ニーゼルレーゲン・フェッター》戦を思い出す。あの霧雨に隠れて攻撃を仕掛けてきた剣士と、少し戦法が似ていた。しかし今回は霧雨ではなく、吸い込むと猛毒になる灰だ。
「属性耐性は……全部持ってそうだね」
『そのようですね……灰自体は毒属性となっています。ハヅキさん達の状態異常が自然回復するまであと2分ほどですが、【ヒール】でHPを回復させても十分HPを削り切れる毒です』
「2分以内……やるしかない」
猛毒の効果はモンスターにもよるが、今回は3分間続く。既に1分が経過しており、ハヅキとミツルのHPは大体3分の1まで減っていた。
閻魔華蔦で《灰の集合体》のHPゲージを1本削り切ったが、まだ2本残っている。つまりチャージした閻魔華蔦をあと2回発動すれば良いのだが、【鬼神化】スキルの連続使用効果を使っていなかったため閻魔華蔦は既に2分以上のリキャストタイムに入っていた。思考している時間もない。
苺は【解放者】による血解状態になると、《灰の集合体》に接近して血色に染まった二刀を振りかざす。
「たとえこの身が灰になろうともッ!」
攻撃は命中、だがやはりダメージは低い。《灰の集合体》の胸部にX字の斬り傷が出来上がるが傷はすぐに塞がる。
『呑まれて燃えて尽きて灰になって一生ずっと永遠に私達と一緒に居ようよ』
別の誰かの声で《灰の集合体》は苺に喋る。その直後、後ろの火口から出る噴煙が光る。
『あれは……ベリー、火山雷が来ます!』
「っ、部分変身【雷公】! 【伏雷】ッ!」
雷鳴が轟き、周囲に火山雷が落ちる。苺は足に雷公を纏うと八雷神を発動。そして【伏雷】を発動し、火山雷を避けていく。
「【霧村】……!」
火山雷を全て避けると、苺は【霧村】を発動する。霧雨によるHP吸収は魔法扱いなので有効だろう。
角が消滅して白化すると、さらに【赫灼ノ陽魂】を発動して苺は《灰の集合体》へ再接近する。
『痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い』
《灰の集合体》の右肩を《燈嶽ノ太刀・真閻》の刃で打つ。灰を集めて強度を上げられ、斬り裂くことが出来なかった。
「奪えッ!」
だが斬れなくても問題はない。ダメージは入ったのだから【霧村】の効果は発動し、苺の周りに漂う霧雨が《灰の集合体》のHPとMPを吸収していく。さらに【赫灼ノ陽魂】の効果で爆発し、HPを削る。
『《灰の集合体》、残りHPゲージ1本! 残り時間あと1分ですっ!』
「【真閻解・鬼神纏】……【獄閻鬼斬】ッ!」
55連撃の【獄閻鬼斬】と攻撃する毎に爆発する【赫灼ノ陽魂】、この2つが合わさることで最大攻撃ヒット数は110ヒット。それを1分以内で完了させる。
「速く……もっと速くッ! 死なせたくない!」
10連、20連と……苺は太刀を振るう。【獄閻鬼斬】は物理攻撃なのでダメージは低いが、爆発で《灰の集合体》のHPは凄まじいスピードで減っていく。ハヅキとミツルは【ヒール】を発動して少しでも長く生き延びようとしているが、リキャストタイムがあるので一度使えばもう回復は出来ない。
『灰になろう一緒に居ようずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと……』
「まだ死ねない! 鈴に言われたんだ……あとはお願いって、それを聞かずに死ぬなんて出来ないッ!」
炎は必ず燃え尽きる。焚べる薪が無くなれば火は弱まるし、雨が降れば簡単に消えてしまう。
「だから私は燃え続ける、終わりが来るその瞬間まで……!」
55連撃目、苺はそう叫びながら《灰の集合体》を両断する。
『ア……アア……ア……ア……』
「はあっ……はあっ……これ、で……」
《灰の集合体》のHPは減り、灰の身体は崩壊していく。霧雨で濡れた灰の積もった地面を踏み、ハヅキ達の元へ向かう。
「はやく、ポーションを……うっ……!」
苺の視界が暗くなっていく。声も小さく、歩く足も震えて進めない。
「先輩逃げてッ!」
「……え」
ハヅキがそう声を上げた瞬間、火山雷が苺に直撃する。
『イッショニ……キエヨウ……』
「ま、まだHPが……!?」
ミツルは立ち上がり、戦おうとする。だが、《灰の集合体》はそんなミツルに目もくれずに苺の頭を掴むと、火口へ転移する。
「うぐ……」
「や、やめて! お願いだから……その人を殺さないで!!」
『…………』
ハヅキの声に、《灰の集合体》は動きを止めるが……それも一瞬だけだった。苺は火山雷の直撃でHPをゴッソリ持っていかれ、麻痺が付与されてしまった。さらに別の状態異常、“恐怖”により完全に動けなくなっていた。
恐怖の状態異常は、時間経過で徐々に効果が強くなっていく。この状態になると、一部アイテムとスキルの使用制限と行動制限がかかるのだ。
「だめっ、やめてよ……!」
やめてと言ってやめる相手ではない。そんなことはわかっている。だが何も出来ない以上、こうして声を出すしかない。
『ボクニモワタシニモオレニモ、ヌクモリヲ……』
《灰の集合体》は苺の頭を掴んだまま、一歩、また一歩と進む。その先は噴火間際の火口だ。
「助けられてばかりで……わたしは何もしてないなんて、嫌だよ!」
「ハヅキ姉……なら、やるしかない。出来なくても抗うんだ!」
ハヅキとミツルはそう言って立ち上がる。視界がボヤけ、吐き気もするし、ちゃんと立っているのかすらわからない。それでも見える。目指すべき場所はわかる。
「__【デイモス】ッ!」
ハヅキが無意識に発動したのは【ラグナロク】や【エレボス】と同じ、神属性スキルだ。いつ取得したのか、少なくとも《峰奉村》に入る前までは持っていなかったものだ。
「状態が……リセットされた!?」
ミツルが驚きながら自分の身体を眺める。痛みも無ければ猛毒もない。それどころか減っていたHPでさえMAX状態になっていた。
ハヅキが発動した【デイモス】は、味方の良効果と悪効果関係なく全状態をリセットすることが出来る。その為状態異常の猛毒は消え、HPとMPはMAXに。そしてリキャストタイムも終了した。
「駿渢抜__ッ!」
苺は《灰の集合体》から逃れると駿渢抜を放つ。しかし与えたダメージはたった1だけ。どうやら残りHPが一桁台になると物理攻撃耐性がさらに上昇するようだ。
だが、これで終わりではなかった。
『___ッ!?』
「【デイモス】、追撃だぁぁ!!」
【デイモス】のもう1つの効果。それは全状態リセット後、自身の攻撃力を自身も含めた味方全員に上乗せし、88秒間、魔法追撃効果を付与する。
《灰の集合体》の身体に闇が巻き付き、削り切れなかった《灰の集合体》のHPを削る。
『アアアァァァァ……!』
不気味な叫び声を上げ、灰を撒き散らしながら《灰の集合体》は崩れていく。その中に光の粒が舞っていることから苺達は今度こそ討伐出来たのだと安心した。……いや、まだ安心するのは早いだろう。むしろここからが本番と言ってもいい。
『《灰の集合体》、討伐を確認しました! ですが火山の温度が急激に上昇していますっ!』
討伐がトリガーとなったのか、予定時刻よりも早く噴火が近くなっていた。揺れもどんどん激しくなる。
「……じゃあ、行ってくるよ」
「え、どこに……って、どこに行こうとしてるの!? ダメだよ先輩!」
納刀した苺が火口へ向かうのを見て、ハヅキは呼び止めようとする。
「【真閻解】の能力……周りからMPを吸収するのと、もう1つ。熱の吸収と放出……なら、私が全部受け止める」
『そ、それは……! ベリー、さすがに無茶です! 噴火時の温度はおよそ1000℃なんですよ?! 吸収する前に、ベリーの身体が燃えてしまいますっ!』
「大丈夫だよ」
『大丈夫じゃないです! もっと……自分の身体を大事にしてください! ……ベリーっ!』
「…………」
現実か仮想かなんてわからないこの不気味な世界で、果たして今自分が生きている身体は本物と言えるのか。自分の炎で火傷した両腕は、痛みを感じるはずなのに太刀を振るえている。だがゲームアバターであるはずの身体は、攻撃を受ければ血が出て、HPが0になれば死亡する。
……そうだ。
「HPが0にならなければいい……」
そう呟いて、八坂苺は火口に落ちた。
クリスマスイベント?
こ、こっちではもう過ぎてるので(((((




